研究室の窓ガラスを突き破り、両者はもつれあうようにして落下した。大学のキャンパス内での戦闘になってしまった。騒ぎに気づいた学生たちが悲鳴を上げ、一目散に逃げていく。
「答えろ。なぜ美明日を狙った。どうして彼女の肉体を利用したりしたんだ!」
激しい斬り合いの最中、オメガ珈琲シルバーは問うた。
「あなたを誘い出すためよ」とネトルが返す。
「百合・BLレンジャーと高次元生命体との戦いが始まったときから既に、私は人間界に潜伏していた。宿主を次々に乗り換えることでヒーローたちの目を欺き、人間社会へ溶け込んできた。超次元生命体による新たな侵攻計画が始まってからも監視役を続けていた。けれど、他の武神が皆やられてしまったものだから、やむを得ず私も出撃したってわけ。ニューヒーローさんを処刑し、その力を我が物にするためにね」
「……なるほどな。どうやって調べたかは知らないが、お前は俺と美明日が学生時代に親しくしていたことを知り、彼女を餌にして俺をおびき出そうと考えた。美明日を人質に取られて攻撃できない俺を倒した後は、俺の体をも乗っ取って、オメガ珈琲シルバーの力を奪って大暴れする。大体、そんなところだろう」
裕介は鋭い斬撃を放ったが、バックステップで巧みに躱されてしまった。
「俺を倒したら、百合レンジャーやBLレンジャーに対しても同じように人質作戦で挑むつもりか? いい性格してるじゃねえか、お前」
「いいえ、どうもありがとう」
「褒めてねえよ、馬鹿。……それにしても、超次元生命体に監視役がいたとはな」
「あなた、不思議に思ったことはなかったの? こことは異なる位相の世界に住む者たちが、なぜ事細かに人間界の動きを知り得ているのか。私という内通者がいたからよ」
高次元生命体がちゃんと超次元生命体の思惑通りに動いているかどうかを見張るのも、ネトルの役目だった。実は、これまでの侵攻計画のほぼすべては、見えないところで彼女に支えられていたのである。
与えられた仕事はサポートがメインだが、三武神というだけあって腕は確からしい。ネトルはオメガ珈琲シルバーと互角以上に渡り合っていた。
「待ってろよ、美明日。今助ける!」
「ブレイザー・珈琲インパクト」を発動した裕介が、ガンモードにしたブレイザーから光弾を連射。ネトルを怯ませた隙に距離を詰め、ソードモードに切り替えて一撃を叩き込もうとした。
「きゃあっ」
すると、裕介にとって予想外な出来事が起きた。ネトルは可愛らしい悲鳴を上げ、うずくまってしまったのだ。
「やめてっ。やめてよ、早川くん!」
「美明日……」
思わず、オメガ珈琲シルバーの攻撃の手が止まる。斬撃はあと数センチのところで届かなかった。
ネトルは裕介のことを「あなた」としか呼ばなかった。「早川くん」と呼ぶのは美明日だけだ。裕介は一瞬、ひょっとして美明日の意識が戻ったのではないかと思い、攻撃をためらってしまった。
「――呆れた。どこまでも甘い男ね!」
黒い仮面の下で、ネトルがにやりと笑った気がした。しまった、と回避動作を取ろうとしたときにはもう遅かった。
『ネトル・ダークネスフィニッシュ!』
NTRブレードを振るい、至近距離から青緑色の斬撃を飛ばすネトル。それをまともに喰らい、シルバーは吹き飛ばされてしまった。
「馬鹿みたい。あんなの、演技に決まってるでしょう」
フン、と鼻を鳴らし、ネトルは倒れ伏した裕介を見下ろした。
「て、てめえ……」
「クックッ。惚れた女の顔をした敵に倒されるのは、どんな気分かしら? 死なない程度に痛めつけてから、あなたの肉体も私が奪ってあげるわ!」
とどめよ、とネトルが剣を振り上げたそのとき、漆黒の戦士の周囲を灰のようなものが覆った。視界を遮られ、ネトルは戸惑う。
「何よ。何なのよ、これは!」
「――『唸れ』」
何かしらの原典の力を借りているらしき女が、灰の中から姿を現した。金髪碧眼で、胸元の大きく開いた服を着ている。日本人離れしたルックスだ。
「……あなた、何者? 普通の人間じゃないわね」
灰が散って視界が晴れたのち、ネトルは怪訝そうに尋ねた。
「私の名は、松本・オリジン・お菊。武神アマエマックスに殺された『原典無し』の同志であり、恋人だった女よ」
「原典無しの……⁉」
裕介が目を見開く。あいつ、女がいたのか。
あいつの同志ということは、超次元生命体の中の異端、原典のイメージ付与に抵抗している者のうちの一人だろう。先ほど見せた灰を操るような力は、おそらく超次元生命体でなければ使えない類のものだ。
「力を貸すわ、オメガ珈琲シルバー。あなたと私の力で、武神ネトルを倒しましょう。散っていったあの人の想いを、無駄にしないためにもね!」
さあ立って、とお菊が手を差し伸べる。ありがたく手を借りて立ち上がり、裕介は珈琲ブレイザーを構え直した。
「助太刀、感謝するぜ。でも、ここは俺に任せてくれ。三武神は強敵だ」
「舐めないで。私だって戦えるわよ」
そう言って、お菊は胸元からベルト型の変身アイテムを取り出した。赤と黒に彩られたそれを腰に装着し、さらにスタンプ型のアイテムをも胸元から出す。
「めちゃくちゃ胸元から出すじゃねえか⁉ それ、収納スペース的にどうなってるんだよ。物理的にあり得なくね?」
「細かいことは気にしないで」
あまりにも収納スペースがすごかったので、「なぜそんなアイテムを持っているのか」という疑問よりもそっちを優先して聞いてしまった。
「さあ、行くわよ。私の命を賭けて、世界を守る!」
ネトルへ向き直ったお菊が、スタンプ型のアイテムの上部を押す。「リボンダー!」という軽快な音声が響いたのち、スタンプをベルトに押印した。
『DEEP! DROP! DANGER! アメリカン・ファイター! リボンズ!』
蜘蛛の巣のように絡み合ったリボンがお菊の全身を包み込み、変身を完了させる。ベルトの色と同様、赤と黒をメインカラーとしたアーマー。青いアイレンズ。蜘蛛の意匠を持つ新たな戦士が、ここに爆誕した。
「『リボンダー』?」
リボンダーマンには、ついこの間「BANG・解」習得のための修行を手伝った貰ったところだ。なぜ、その名を発するベルトをお菊が所持しているのか、裕介には理解不能だった。
彼女こそが、トニーが開発したリボンズドライバーを拝借した張本人。死んだ恋人の仇を討たんとする復讐者にして、超次元生命体への反逆者であった。