「いやあ、久しぶりのニューヨークでございやすねえ」
タクシーから降りて街並みを眺め、キンジ・オネガワは大きく伸びをした。それから、スーツケースをゴロゴロ転がして歩き出した。
行方不明になったロリーソードガンを探して、彼は世界中を旅していた。道中で名古屋によって味噌カツバーガーを食し、ついでにオメガ珈琲シルバーと共闘したこともある。
だが苦労の甲斐なく、ソードガンは見つからなかった。愛用の武器が異国の地で「ロリギヌスの槍」に変えられてしまったことを、キンジは知らない。道理で見つからないわけである。
なかなかソードガンを発見できないので「そろそろ帰りやしょうか」と悩んでいたところ、無貌とやらが電波ジャックで宣戦布告してきた。ヨーロッパ諸国を旅してまわっていたとき、某国の家電量販店のテレビにのっぺらぼうの怪人が映っているのを見てキンジは驚いた。しかも無貌とやらは、アメリカにも泥人形を送り込んだという。
祖国の危機だというのに、ヨーロッパをぶらついていて良いわけがない。思い立ったが吉日、キンジは国際便に飛び乗ってアメリカへ戻ってきたのであった。
懐かしい故郷で最初にしたことは、行きつけのバーガーショップに顔を出すことだった。
「う~ん、美味い。やっぱり、ここのダブルチーズバーガーは安定の美味しさでございやす」
カウンター席で幸せそうにバーガーにかぶりつくキンジを見て、店主の男は笑った。右目に眼帯を付けているため厳つい印象を与えるが、その笑顔は柔和である。
「兄ちゃん、久しぶりに見かけたけど、豪快な食べっぷりは変わってないね。俺も見ていて気持ちがいいよ。聞くところによると、旅に出てたんだって?」
「ええ、まあ」
キンジは、バーガー屋の親父に正体を明かしてはいない。「大切な物を探しに行く」とだけ伝えてあった。
親父は元警察官で、十年以上前、銃撃戦で右目を負傷したらしい。それが原因で警察を辞め、地元で父親から継いだバーガーショップを経営し始めた。今では残った左目も視力が落ちてきていて、キンジのこともかろうじて視認できる程度だった。
だから、仮にキンジがロリーニンジャーへ変身するところを目撃したとしても、近くで見ていなければ何が起きたのか理解できないに違いない。
「探し物は見つかったのかい?」
「残念ながら、まだ見つかっていやせん。ただ、どうしても外せない用事があって、今回は急遽帰国しやした」
「そうかい」
親父は頷いた。
「何、焦らなくていいさ。無くしたものってのは、忘れたときに出てくるもんさ。気にせず、どっしり構えていりゃいいんだ」
俺の右目はもう戻ってこねえだろうがな、と豪快に笑った親父に、キンジが「笑い事じゃありやせんよ⁉」とツッコむ。戦いが激化する以前の、のどかな日常が戻ってきたと思われた矢先、バーガーショップのドアを蹴破った男がいた。
「邪魔するぜ」
頭に巻いているのは、星条旗のあしらわれたバンダナ。サングラスをかけた金髪の大男が、店内をぐるりと見回した。
「この中にキンジ・オネガワはいるか?」
「……あっしに何の用でございやしょう」
すっくと立ち上がるキンジ。彼を認めて、男はほくそ笑んだ。よく見ると、顎の無精ひげが目立つ。
「俺は無貌様に使わされた刺客、ヤンデッレ・キース。今からお前に、『病みのゲーム』による決闘を申し込むぜ!」
「病みのゲーム?」
キンジは眉をひそめた。人間の姿をしているが、どうやらこの男こそがアメリカに送り込まれた泥人形のようだ。
「どういうゲームなのかは知りやせんが、ここの人たちを巻き込むのはやめてもらいやしょう。表に出て下さいやし」
「おっと、そんなに警戒するなよ。こう見えても俺は平和主義でな。別に、殴り合いをするために来たわけじゃない。……座りな」
二人掛けの席が空いているのを見つけ、キースはそこにどかりと腰を下ろした。反対側に座るようにと、身振りでキンジを促す。
誘われるまま、キンジは恐る恐る席に着いた。
「毎回毎回、強い相手と戦うというのも大変だろう。誰しもが、少年漫画の主人公みたく『もっと強くなるんだ』というモチベーションを維持できるわけじゃない。努力に耐えられず、心が折れちまう奴だっている。だから俺は、より平和的な方法で決着をつけることを望んでいる」
「つまり、どういうことで?」
キースが回りくどい言い方をするので、キンジの方から尋ねることにした。
「カードゲームで、それも『病みのゲーム』で勝敗を決するということだ」
バンダナの男がジャケットの内ポケットから取り出したのは、二組のカードの束だった。
「これは、超次元界で流行しているカードゲーム『性癖王』の構築済みデッキ。それぞれ四十枚から成る」
そして、キースはルール説明を行った。カードの種類はモンスター、マジック、トラップの三種類。プレイヤーは互いにモンスターを召喚し、マジックやトラップで相手を妨害して、敵のライフポイントをゼロにして勝利すべく戦うのだそうだ。幼い頃に遊んでいたカードゲームとよく似たルールだったため、キンジはすんなり呑み込めた。
「ルールは分かりやしたが、一つ疑問がありやす」
キンジが挙手する。
「ヤンデレ坊ちゃんが用意したその二つのデッキの強さが、同じくらいだという保証は?」
もしかしたら、キンジに弱い方のデッキを使わせて叩き潰すつもりかもしれない。
「心配は無用だ。俺はイカサマはしないぜ」
チッチッと指を振り、キースは虚空からパソコンとプロジェクターを召喚。用意していた資料をバーガーショップの天井に映し出し、テキパキとプレゼンを始めた。
「……と、この対戦結果から分かるように、二種の構築済みデッキの強さはほとんど互角だ。専門家による分析だから、まず間違いないだろう」
「まさか、パワーポイントでプレゼンされるとは思いやせんでした。ご丁寧にありがとうございやす!」
表や円グラフを用意してくれていたキースに、キンジが頭を下げる。敵に対してその距離感はいかがなものか、と思う向きもあろうが、武力で争う気がないキース相手にはこれでも良いのかもしれない。
「おっと、『病みのゲーム』についての説明を忘れていた」
プロジェクターを片付けた後で、キースは思い出したように手を叩いた。
「ヤンデレの性癖を司る俺の能力で、このゲームに追加ルールを設ける。お互いのプレイヤーは自分自身の魂をカードに込め、四十一枚目のカードとしてデッキに加えるんだ。こんな風にな!」
胸ポケットから出した一枚のカード。無貌の顔のように真っ白で何も書かれていないそれに、キースの体から滲み出たオーラが吸い込まれる。やがて、カードには「米国への刺客!ヤンデッレ・キース」と文字が浮かび上がった。能力や攻撃力なども、小さな文字で色々と書かれている。
「ほら、お前もやってみろ」
「分かりやした」
キースが放り投げた白いカードを、キンジも受け取る。やがてそれは、金色のドラゴンの絵柄を持った。
「俺たちが今魂を込めたカードは、他のカードよりもさらに強力なパワーを持つ。もし山札から引き当てることができれば、ゲームを優位に進められるだろう。――ただし、『病みのゲーム』のルールにより、勝者は敗者が魂を込めたカードを奪うことができるがな!」
「何っ⁉ そ、そんなルールがあるんでございやすか?」
「そうだ。この決闘に負けた者は、魂を奪われる。要するに、死ぬということだ! ガハハハハッ!」
文字通り、命がけのゲーム。キンジはようやく、キースが「平和主義者」ではないと気づいた。
彼は平和を愛してなどいない。ただ、力ではなく頭脳で敵を捻り潰すことを好んでいるだけだ。
今回、ご迷惑をおかけした作品
・遊戯王