東京都上空、高度七百メートル。
青空に突如、短い縦線が刻まれた。それはジッパーに似ていた。
ジジジジ、とジッパーが下り、異界との扉が開かれる。とある「原典」の力で別次元間の移動をいとも簡単に行ったのは、扉から現れた人物。真っ白でのっぺりとした不気味な肉体を持つ、無貌であった。
空中に足を踏み出しても、彼の体は重力に逆らって浮遊し続けた。おそらく、先ほどのジッパーとは別の原典のパワーを使っているのだろう。
「TSカイザーとヤンデッレ・キースは、その役目を終えた。侵略の第一段階は終わったということだ」
誰に言うわけでもなく、無貌は呟いた。
「第二段階を始めよう」
彼が見下ろしているのは、東京スカイツリー。言わずと知れた、現存する電波塔の中で世界第一位を誇る建造物だ。
既に、展望台はちょっとした騒ぎになっていた。宙に浮かんでいる無貌を見つけた観光客らが、悲鳴を上げている。
「この世界を植民地化するにあたって必要なのは、むやみに市街地を破壊することではない。それが分からぬ愚か者の、何と多いことよ。肝要なのは、民の心に決して消えることのない恐怖を刻み込むことだ」
無貌は両腕を十字にクロスさせ、ビームのようなものを発射した。
「日本を代表するランドマークを粉砕し、民に絶望を与えてやる。……見よ、人間たち。貴様らの世界が崩壊する様を、目に焼きつけるのだ」
展望台の少し下辺りを狙って、無貌が光線を放つ。ビームの直撃では殺さず、落下する恐怖をじっくり味わわせてから殺すつもりなのだろうか。残酷なやり口だ。
スカイツリーから爆炎が噴き上がる。塔が傾き、やがて折れ、人々の絶叫が響く。表情というものを持たない無貌が、「もう少し静かに死んでくれぬものか」と漏らしたときだった。
「――『マックスBLブリザード』」
地上から放たれた低温レーザーが、塔の上部を凍らせた。折れかけたスカイツリーは、二十度ほど傾いたままの状態で固まった。崩壊は免れたのである。
「何者だ」
恐竜型ロボットの肩に乗った赤い戦士を、無貌は睨んだ。邪魔をした者の顔を拝もうと、少し高度を落とす。
「……二十世紀が泣いている。BLファイヤー!」
実に久々に名乗ってから、ナオヤは静かに問うた。彼が誰よりも早く現場に駆けつけたのは、TSカイザー戦に駆けつけられなかった反省によるものだけではなかった。
「一つ、聞きたいことがある。俺の父を……本物の次元大魔王を殺し、泥人形と入れ替えたのはお前か?」
「なぜ、そんなことを聞く」
無貌は平然としている。
「初めて超次元生命体と戦ったとき、超モモタロウは、自分たちこそが父さんと泥人形を入れ替わらせたと明かした。だから俺はてっきり、奴が入れ替わりを主導していたものと思い込んでいた」
だが、とナオヤが続けた。
「奴は俺たちとの戦闘で泥人形を用いず、終始自分の姿を変えて戦うことにこだわっていた。それに、戦いの中で三武神と呼ばれる存在の出現も報告され、超モモタロウは切り込み隊長的なポジションに過ぎなかったらしいことが推測された。あの程度の奴が、超次元界の命運がかかったプロジェクトに携わっていたとは考えづらい」
「ほう」
「何より決定的だったのは、お前が実際に泥人形を作り出し、日米両国に放ったことだ。俺はようやく確信を得た。真犯人はお前だったのか、とな」
BLファイヤーにビシッと指を突きつけられ、無貌は微かに笑い声のようなものを上げた。
「そうだ、私だ。否定も謝罪もするつもりはないがな」
人形になっても役に立たない男だったよ、と冗談めかして言う。
「私の目的は人間界の植民地化だったが、好戦的な性格に作り変えすぎたせいか、次元大魔王の泥人形は人間界そのものを壊滅させようとした。全く、とんでもない出来損ないだよ。万が一彼がやりすぎた場合は私の部下が止めることになっていたけれど、正直ひやりとしたな」
「偽物の話はもういい。俺の父さんの話をしろ」
ナオヤの怒りに呼応したように、BLレックスロボが唸り声をあげた。
「……貴様の父親の話だと?」
無貌はしばし、考え込んだ。
「すまないが、よく覚えていないな」
「何だと。俺を馬鹿にしているのか」
「本当のことを言ったまでだ。彼と対面した数秒後には、私は彼を殺していた。そのさらに数秒後には、彼の代わりとなる泥人形を完成させた。私は彼の亡骸を引きずり、高次元生命体の世界を去った。すべてが終わるまで、一分もかかってはおらぬ。一分未満の時間しか顔を合わせなかった相手のことなど、記憶に残るはずもない。私にとって次元大魔王とは、今までに殺した弱者のうちの一人に過ぎぬ」
「黙れっ。父さんのことを侮辱するな!」
申し訳なさを微塵も感じさせない無貌の態度に、ついにナオヤは我慢の限界に達した。ロボに指示を与え、攻撃態勢を取らせる。
「……お前だけは。お前だけは、絶対に許さない!」
BLレックスロボの装備は、低温レーザーだけではない。通常兵器、つまりビームやミサイルの発射装置も搭載している。スカイツリーの側に浮遊する無貌目がけて、ナオヤはその全弾を一斉発射した。