「愚かな。そんなことをすれば、貴様が今しがた守ろうとしたこの塔も――」
巻き添えになるだろう、と口にしかけて、無貌は口をつぐんだ。いや、元より口は無いのだが、ともかく台詞を喋るのを中断した。
低温レーザーでスカイツリー上部を凍結させたのは、塔の崩壊を防ぐためだけではない。BLレックスロボが激しい攻撃を行っても、氷が壁となって、中にいる人々に被害が及ばないようにするためでもあったのだ。
無貌としばらく問答していたのは、単に個人的な復讐心からだけではない。仇と言葉を交わしながら、ナオヤは電波塔を覆う氷に脆そうな箇所がないか、それとなくチェックしていた。強度に問題なし、と判断してはじめて、猛攻に踏み切ったのである。すべては、周囲に被害を出さずに無貌を撃滅するため。
「なるほど。どうやら貴様は頭脳派らしい」
迫りくるミサイルを見やり、無貌は言った。
「だが、頭脳だけで私を倒すことはできぬ。……『無貌通行』」
のっぺらぼうの侵略者が、とある科学の原典を発動する。すると、全弾命中したかに見えたビームとミサイルが進行方向を変え、刹那、BLレックスロボ目がけて真っ直ぐに突っ込んできた。
「何を……⁉」
予想外の反撃を受け、ナオヤは防御が間に合わなかった。恐竜型ロボの胸部に光線やミサイルが次々に叩き込まれ、その巨体が大きく揺れる。反動で投げ出されたBLファイヤーの体が、宙を舞った。
「私が今使用した原典は、『反射』の能力を司る。自身の肉体に触れた物質のベクトルを、私は自在にコントロールすることができる。このように、受けた攻撃をそっくりそのまま跳ね返すことも可能だ」
ロボットの肩から落下したBLファイヤーは、地面に激突した。自分が繰り出した最大火力の攻撃をカウンターされただけでなく、落下の衝撃によるダメージも重なり、そのアーマーはとうに耐久値の限界を超えている。すぐに変身が解除された。
「がはっ」
吐血し、ぜいぜいと喘ぐナオヤ。
「――諦めろ。貴様では私には勝てぬ」
その傍らに降り立ち、無貌はさっと手を振った。彼がベクトル操作した風の動きによってかまいたちが発生し、BLレックスロボは全身を切り刻まれて転倒する。BLファイヤーの使える戦力のすべては、完璧に叩き潰されてしまった。
「人間よ。なぜ私がこれほどの強さを持つか、貴様に理解できるか?」
破壊された恐竜型ロボを背景に、のっぺらぼうは尋ねる。
「……さあな」
口元の血を拭い、苦しそうに応じるナオヤ。彼はいつ殺されてもおかしくなく、無貌の気まぐれで生かされているだけだった。
「超次元生命体は、与えられたイメージに応じて姿を変えられる。何にでもなれる。だが私は、何者にもならなかった。この姿は、かろうじて人型を保っているのみの虚無。何者にもならぬことで、すべてを手に入れたのだ。この体は常に、『何にでもなれる』という可能性に満たされている」
「話が抽象的すぎるな。もう少し具体的に説明してもらおうか」
「貴様たちが今までに戦った高次元生命体、及び超次元生命体は、ごく限られた種類の原典の力しか使うことができなかったはずだ。彼らは最初に与えられたイメージに縛られており、他のイメージを宿すことが叶わぬ」
「お前にはできるっていうのか」
「そうだ。私は、存在するすべての原典の力を引き出すことができる。私自身は常時何の原典も宿してはいないが、自らが空っぽな器として存在し続けることにより、任意の原典の力を任意のタイミングで発動することが可能となる」
「……無茶苦茶だ」
血の混じった唾を、ナオヤは吐き捨てた。こういうのを「チート」と呼ぶのではないだろうか。
「さらに、私はすべての原典を知り尽くしている。ゆえに、敵がどの原典の力で対抗してこようとも、それに対して最も有効な原典によるカウンターを瞬時に行える。私が長きにわたって数多の世界を支配し、あらゆる戦いに勝利し続けてきたのはこういうわけだ。理解できたか?」
「おかげさまで」
オメガ珈琲シルバーの報告によれば、人間界も原典の影響を受けており、この世界のヒーローたちも例外ではないという。おそらく、無貌は「BLファイヤーの原典」を知っていた。だからこそ、BLレックスロボによるミサイル攻撃にも動揺せず、一瞬で逆転勝ちしてみせたのだろう。
「さて、そろそろ殺してくれようか」
無貌の右手が、ナオヤの喉元へ伸びる。力を込め、絞め殺そうとする。
「貴様たちはこれまで、戦いの中で無意識的に原典の力を借りてきた。だが、私はその力をすべて掌握している。原典を利用している限り、貴様らが私に勝つことは絶対にできぬ」
東京スカイツリー付近で、無貌が目撃された。
その知らせを聞くやいなや、松本・オリジン・お菊は名古屋から新幹線に飛び乗った。彼女の場合、これといって巨大メカを持っていないため、移動手段が公共交通機関しかないのである。
席に着いて駅弁を食べながら、お菊はそわそわしていた。こんなときに駅弁食べてる場合か、というツッコミは置いておくとして、彼女が闘志に燃えているのは確かである。
(とうとう親玉のお出ましってわけね。見てなさい。既に仲間たちには連絡してある。東京で皆と合流して、無貌を討つ!)
仲間とは、お菊が所属していたレジスタンス組織の同志のことだ。原典無しとともに抗戦していた組織のメンバーは、超次元界から人間界へ逃げてくる途中、各地に散り散りになっていた。そのメンバーたちとどうにか連絡がついたため、今一度力を合わせて無貌を倒し、原典無しの仇を取ろうということになっている。
新幹線が東京駅に到着し、押上駅を目指して乗り換えようとしたところだった。ホーム上に、白いコートを羽織った男が立ち、こちらを凝視している。コートだけでなく、スーツの上下とズボンも真っ白だ。長い髪をポニーテールにまとめ、風に揺らしている。
「お久しぶりです」
「あなたは……!」
人間態で人混みに紛れようとしているが、間違いない。彼の名は、超次元生命体「ウルフ・J・ギンブリー」。かつて、レジスタンス組織「イーシュ・バール」を単身で壊滅寸前まで追い詰め、人間界へと撤退を余儀なくさせた因縁の相手だった。当時は敵対勢力への切り込み隊長ポジションに収まっていたが、イーシュ・バールをほぼ壊滅させた功績を認められたのか、現在では無貌の補佐官へと大出世を果たしている。
「無貌様を補佐する者として、あなたを行かせるわけにはいきません」
ギンブリーは腕を伸ばし、コキ、と肩を鳴らした。
「あのお方には、日米のヒーローどもを根絶やしにするという崇高な仕事がある。あなた方のようなレジスタンスは、無貌様の手を煩わせるまでもない。私がこの手で皆殺しにして差し上げましょう」
「あなたもしつこいわね。言っておくけど、この前のようにいくと思ったら大間違いよ」
いつの間にか、お菊の細い腰にはリボンズドライバーが装着されていた。胸元からスタンプ型のアイテムを取り出し、上部を押すと「リボンダー!」と音声が流れる。それをベルトに押印することで、変身が完了する。
今の彼女には、アメリカのヒーローから借り受けた変身能力がある。この力で無貌と、彼を補佐するギンブリーを屠るのだ。
『DEEP! DROP! DANGER! アメリカン・ファイター! リボンズ!』
リボンが蜘蛛の糸のように絡み合ったデザインの、赤と黒の戦士。変身したお菊を見て、駅にいた通行人たちは驚きの声を上げた。
「……ここはギャラリーが多すぎるわ。場所を変えましょう」
「いい考えですね」
ギンブリーとお菊は頷き合い、前者は跳躍して、後者は手首から伸ばしたリボンで振り子のように移動して、東京駅の外へ出た。
改札を通るのを忘れた気がするが、仕方ない。すべてが終わったら、駅員さんに事情を説明しよう。お菊はそう思った。
今回、ご迷惑をおかけした作品
・鋼の錬金術師