キンジ・オネガワは帰国した。行きはロリコンキングに乗って登場したが、無貌との戦闘で大破した愛機に別れを告げ、帰りは国際便に乗った。
空港に降り立ったその足で、いつもの店に向かう。カウンター席についてダブルチーズバーガーを注文すると、眼帯の親父が「おっ」と顔を上げた。
「兄ちゃん、帰ってきてたのかい」
「帰国してすぐ、ここのバーガーが食べたくなったものでございやして」
「そりゃどうも」
親父はニッと笑い、トレイの上にダブルチーズバーガーとポテト、コーラを載せて寄越した。しかし、キンジはすぐにはそれに手を付けず、神妙な顔つきで店主を見つめた。
無くしたものってのは、忘れたときに出てくる。アメリカを立つ前、彼から送られた言葉だ。超次元生命体とのすべての戦いを終えた今、そろそろ真実を明かしても良い頃ではないか。そんな気がしていた。
「実は、今日は親父さんに話がありやして」
「おう、何だい」
「今まで黙っていやしたが、あっしの正体は――」
「皆まで言うな」
眼帯をした店主は、首を振った。
「元警察官の勘を舐めてもらっちゃ困る。兄ちゃんの正体なんて、とっくにお見通しさ」
それに、こんなところで正体をバラしたら他の客に聞かれるかもしれないだろう、と軽く注意してから、親父が柔和な眼差しを向けた。
「……ありがとな。これまでずっと、皆を守って戦ってくれていたんだろ」
「礼を言われるほどのことじゃございやせん。最初はただ、憧れのヒーローを追いかけて、その手助けができればと思っていた程度で。だんだんと、背負うものが多くなってきただけでさあ」
「日本人は謙遜を美徳と考えるらしいが、ここはアメリカだ。たまには、思いっきり自慢してもいいんだぞ」
頭を掻くキンジ。豪快に笑い、親父はその肩を叩いた。
「今や、兄ちゃんはアメリカを代表するヒーローの一人だ。近い将来、リボンダーマンやハットマン、アイロンマンにも肩を並べるだろう。もっと胸を張れ」
「は、はあ。それじゃあ遠慮なく」
文字通り「胸を張る」ポーズをして、キンジはおどけてみせた。
「ハハッ、素直な奴だな。……よし、今日はお代は結構だ。満足するまでとことん食え!」
そんなヒーローを気に入ったらしく、店主は追加でアップルパイやら何やらデザート類をこれでもかと寄越してきた。
「こ、こんなに頂いて良いんでございやしょうか⁉」
「むしろ、少なすぎるくらいだよ。俺たちが兄ちゃんに感じている、恩義のでかさに比べたらな」
幸せそうにジャンクフードを頬張るキンジに、店主はグッと親指を立てた。それで交渉は成立した。
「親父さん、あれは?」
バーガーとポテト、それからアップルパイを半分ほど食べ終えた折、キンジは尋ねた。店の奥に設けられている、プレイ台のようなものを指差す。
「ああ、あれは――」
「おじさん、こんにちはー!」
店主が答えようとしたちょうどそのとき、数人の子供たちがバーガーショップに駆け込んできた。「コーラ四つとソーダ二つね!」とドリンクだけを注文し、一目散にプレイ台を目指す。
「ま、実際に見てもらった方が早いかもな」
店主はキンジへ小声で言い、苦笑した。それから、ドリンクをトレイに載せて子供たちのところへ持って行く。少年たちは口々に礼を言い、おもむろにデッキケースを取り出した。
「ははあ、カードゲーム用のプレイ台でございやすか」
ようやく合点が言った様子で、キンジが頷く。カウンターへ戻ってきた親父に、一つ質問した。
「でも、何のカードゲームを?」
「兄ちゃんもよく知っているゲームさ」
親父の回答は意味深だった。
「僕のターン! 『百合ブラック・マジシャン・ガール』をアドバンス召喚!」
「トラップカード『やおい穴』を発動。この効果で、百合ガールを破壊だ!」
元気にゲームを楽しんでいる少年たちの声が、キンジの疑問を解決してくれる。あのカードゲームはどう見ても、ヤンデッレ・キースが用意していた「性癖王」そっくりではないか。
「兄ちゃんがアメリカを離れてからというもの、色々あってな」
なぜ、性癖王が流行しているのか。馴染みのバーガーショップにまでプレイ台が置かれるなんて、異常である。浮かんだ新たな疑問を察したかのように、店主が補足した。
「キースが倒されても、奴の所持していたカードデッキは消滅しなかった。そのデッキがアメリカを代表するヒーロー、ロリーニンジャーとの決闘で用いられたらしいことが、どこかから漏れちまったらしいんだな。で、ロリーニンジャーの熱狂的なファンがカードを複製したのが始まりで、たちまち人気に火が付いたってわけだ」
今では、全米で大流行中なんだとか。
「超次元生命体がやって来て、悪いことばかりってわけでもない。侵略者の落とし物さえ、時に新しい娯楽として大勢の人を楽しませる。人生、何が起こるか分からないものだよな」
「……しんみりしたムードをぶち壊すようで、申し訳ないでございやすが」
うんうんと頷いている親父を遮って、キンジは深刻そうな顔で呟いた。
「ということは、親父さん以外にもあっしの正体に感づいていた方が、あの場にいたと? そう考えなければ、辻褄が合いやせん」
他にもキンジの正体に気づいた者がいて、そいつが「これはロリーニンジャーとの戦いで使われたデッキだ」という情報をうっかり漏らしたのではないか。キンジはこう考えていた。キースとの戦いのとき、彼はキンジのことを一度も「ロリーニンジャー」と呼んでいないからである。
「……すまん」
店主はなぜか、居心地が悪そうに目を伏せてしまった。
「つい、俺が口を滑らせた」
「いや、親父さんが情報提供しちゃったってオチでございやすか⁉ しれっと『どこかから漏れちまった』とか言っといて⁉」
「まあまあ、そう怒るなよ。ほら、日本のことわざで、人の口に戸は立てられぬって言うだろ?」
「普段はアメリカ流で通しているのに、都合のいいときだけ日本流を持ち出さないで下さいやし⁉」
とはいえ、親父はあくまでデッキの使用者がロリーニンジャーだと漏らしただけだ。「キンジ=ロリーニンジャー」だと暴露してしまったわけではないので、全然許せる範囲である。何だかんだで、キンジも別に店主を責めているわけではなかった。今のボケツッコミも、単なるじゃれ合いみたいなものだ。
日本に超次元生命体が現れることがなくなった以上、キンジの海外遠征の頻度はめっきり減るだろう。そうなれば、お気に入りのバーガーショップに顔を出す回数が増えるのは必然だ。
こんな平和な時間がいつまでも続くようにと、キンジ・オネガワは願っていた。