地下闘技場。
世界各国から集った凄腕の暗殺者たちが、優勝を目指してしのぎを削る武闘大会。そこでは、一回戦から波乱が巻き起こっていた。
真っ白な髪に、赤い目。珍しい風貌の青年の手には、弓が構えられていた。
「……よろしく頼む」
審判が試合開始の合図をするやいなや、青年は仕掛けた。虚空から取り出した光の矢を弓につがえ、引き絞ってから放つ。
「ハッ、遅いぜ!」
対する相手は、大柄で毛むくじゃらな男だった。横に跳んで難なく矢をかわすと、身の丈ほどもある大剣を振り上げ、青年へ突進する。
「狙いは悪くなかったが、いかんせん撃つ速度が遅すぎるな。この程度なら、見切るのは容易い。接近戦に持ち込んで、ぶった切って終いだ!」
もっと広いフィールドで戦うならともかく、直径十メートルに満たない地下闘技場の円形のステージでは、遠距離型はやや不利だ。最初の一撃で仕留められなければ距離を詰められ、敵の攻撃を許してしまう。攻撃速度が遅いとなれば、なおさらだ。
男は、青年の力量を軽んじていた。否、青年のバトルスタイルを見誤った。
大剣がターゲットに届く数秒前、青年の持つ弓が三つのパーツに分離する。彼の手が握り締めている箇所を中央とするなら、その上下が中央から離れ、宙に浮いた。まるで刃物のように、金属質な輝きを放っている。
「――引っかかってくれてありがとよ」
不敵に笑い、青年は弓の中央部、ナックルダスターのような形状に変化したそれを構えた。
「さっき、俺は矢をわざとゆっくり撃った。油断したお前が、俺の攻撃範囲内に突っ込んできてくれることを期待してな」
「お前、まさか……俺を嵌めたのか⁉」
「ご名答。けど、気づくのがちょっと遅すぎるぜ」
男は青ざめた。かといって、今さら攻撃を中止して退くこともままならず、半ばやけくそになって大剣を振り下ろす。
「その気になれば遠距離でも戦えるが、俺の弓は、どちらかというと近接戦闘メインで設計されててな。こうやって分離してやれば、刃が敵を自動追尾してくれる」
敵が一定の範囲内に踏み込んでいて、かつ弓が分離モードになっていれば、刃による防御は自動的に発動する。青年が特に何もしなくとも、敵は切り刻まれる運命にある。
浮遊していた刃が、目にも止まらぬ速さで飛んだ。一瞬で男の手足に無数の斬撃を刻み込み、激痛に悶えさせる。手から大剣を取り落とさせる。
「ぐああああっ。お、お前、よくも……!」
「そして、本命はこいつだ」
倒れ込んだ男はしかし、まだギブアップしていなかった。とどめに、白髪の青年はナックルダスターを装着した右拳を固め、勢いよくパンチを繰り出した。姿勢を低くし、必殺の一撃を下方へ見舞う。
「――『爆裂拳』」
拳が男の熱い胸板を捉え、闘技場の床全体を揺らすほどの凄まじい衝撃波をそこへ叩き込む。
先刻、青年は光の矢をつがえ、射た。無から出現してつがえられたかのように見えたそれは、実はこのナックル部の内部機構で生成、放出されたものだったのである。
光の矢十数本分の破壊エネルギーを拳に溜め、一気に解放、爆裂させる。それこそが、青年の切り札「爆裂拳」の全貌であった。
「がっ……」
あまりの威力に痙攣し、白目を剝きかけたのち、ほどなくして男は目を閉じた。ぐったりしており、とうに戦闘不能である。
「おい、何だ今の⁉」
「分離して、近距離攻撃もできる弓なんて見たことないぞ!」
「すごいのが現れたな」
ステージを眺めていた観客たちは興奮し、見慣れないチャレンジャーの姿を近くで拝もうと、前列の席へ詰めかけた。
暗殺者が世界中から集う大会という性質上、この闘技場には様々な珍しい武具が持ち込まれる。だが、青年が今使用したようなものは前例がなかった。
大勢の観客から「何て鮮やかな勝利!」「かっこよかった!」「サインしてくれ!」などと言葉を投げかけられる青年。彼は歓声というものにまるで興味がない様子で、「フン」と鼻を鳴らすばかりだった。
「一回戦を勝ったくらいで騒がれても困る。俺は優勝しか眼中にないからな」
不遜にもそう宣言し、青年は控室へと戻っていった。
彼とは対照的に、彼女は黒髪で碧眼だった。控室で、腕組みをしてジト目で青年を見つめていた。
「あんたの戦い方、性格の悪さが滲み出てるわよね」
「頭脳派と言ってほしいな」
青年は取り合わず、部屋の隅に置かれているベンチへ腰を下ろした。疲労の色は全くない。
「ふざけないで。自分の戦闘スタイルを遠距離型だと思わせておいて、敵を誘い込んだら近接攻撃に切り替える? こんなの、騙し討ちみたいなものじゃない!」
「それを言うなら、君もだろ」
指摘されて、黒髪の女は何も言い返せなかった。事実だったからだ。
「さあ、次は君の試合だ。早く行けよ」
「分かってるわよ」
女はため息を吐き、鞘に収めた刀を手にステージへ向かった。
彼女の対戦相手は、眼鏡をかけたインテリ風の男性だった。皺ひとつないスーツの上下を着こなしている。右手には鞭を、左手には一冊の本を持っていた。
「ちょっと、あんた。何で戦いの場で読書なんかしてるのよ。不要なものを持ち込むのは、闘技場の規則に違反するわ」
「……不要なもの? 失敬な。この本大会に出場を果たす前の予選でも、私は常に本を携えて戦ってきた。そして、勝利し続けてきた。運営は本の携帯を違反と認めていない」
「あー、はいはい。分かったわよ」
超適当に相槌を打ち、黒髪碧眼の女はインテリ男と対峙した。刀を鞘から抜き、中段に構える。
もしかすると、あの本は単なる書籍ではなく、武器としても使えるのかもしれない。さっきの試合で弓が変形するのを見た直後だからか、十分あり得そうな気がした。
いずれにせよ、早期に決着をつけてしまえば問題ない。
「僕はね、本当は暗殺者ではなく教師になりたかったんだ。だけど、僕の家は代々暗殺稼業をやっているものだから、親からは当然猛反対されてね。泣く泣く、夢を諦めた」
その無念を戦場で晴らすのさ、と眼鏡の男は狂気じみた笑みを浮かべた。
「ゆえに、僕は戦いながら敵に教え、道を示す。今までだって、ずっとそうしてきた。ああ、楽しかったなあ……。瀕死の敵を鞭打ちながら『鞭で百回打たれました。これからさらに千回打たれます。合わせて何回打たれるでしょう?』って、算数の教科書を参照しながら問題を出してあげたときなんかは、興奮のあまり汗が止まらなかったよ!」
試合開始の合図があってもなお、彼は饒舌に語り続けた。
鞭と刀。お互いの武器が近接向きである以上、一定の距離を開けている限りは向こうの攻撃はこちらに当たらない。女の側からいきなり仕掛ける手段がないと踏んでいるからこそ、こうして余裕ぶっているのだろう。
ただし、それが「普通の刀」であればの話だが。
「さて、君にはどんな問題を出してあげようかなあ。今日は国語の教科書を持参したのだけれど、君にはどんな物語が似合うだろう? 勝ち目のない戦いを挑んで命を落とす、涙なしには読めないような英雄譚かな? 自己犠牲を厭わない、健気なお姫様の物語? それとも……」
インテリ男の台詞は、ここで途切れた。
彼の頭部には、刀の刀身が突き刺さっていた。
「話の腰を折ってしまって、悪かったわね」
女は八重歯を覗かせ、得意げに笑った。彼女の手に握られているのは、刀の柄の部分のみ。刀身は、男の顔面に突き立てられたままだ。
ほどなくして、刀身が宙を飛んで彼女の元へ戻る。柄と合体し、あるべき姿へと還った。
「あたしの剣、刀身を分離して飛ばせるのよ」
青年に「君もだろ」と指摘され、言い返せなかった理由がこれである。
きわめて直線的な軌道しか描けないという欠点こそあれ、敵の意表を突く奇襲攻撃としてはかなり強力で、殺傷力も高い。眼鏡の男は、女が刀を構えて自分の真正面に立った時点で、既に射程に捉えられていたのだ。
「……あたしは、勝ち目のない戦いを挑んで命を落とす英雄でも、自己犠牲を厭わないお姫様でもない。どんな敵が相手でも常に勝ち続ける、無敵のじゃじゃ馬娘で結構よ」
遠距離型と誤解させて近距離で仕留めた青年とは、真逆。彼女は、近距離型と誤認させて遠距離で片を付けた。
二戦連続で騙し討ちのような決着だったため、客席のどよめきは最高潮に達している。観客に適当に手を振ってあげつつ、女はさっさと控室に引き上げた。