PSYCHO-PASS -confrontation of orphen- 作:鈴夢
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深夜1時過ぎ、自宅のバルコニーにて。
柵にもたれ掛かる2人の姿があった。それは狡噛兄妹。
さすがにこの時期となると、夜風も少しは冷たく感じていた。
かすかに聞こえてくる波の音。潮の香り。
時折、風に吹かれたタバコの香りが鼻を掠める。
「カストルとポルックス」
兄は動画でそう名乗っていた、2人の人物の名を改めて口にする。
「"双子座"。そして、ギリシャ神話において双生の英雄。……そして」
舞白は隣の兄と視線を合わせる。
「「ゼウスの息子たち」」
全てが繋がっていく。
ギリシャ神話、ZEUS、カストルとポルックス、神の使い。
そして顔は分からないものの、判明した2人の容疑者。
「相手のID情報は一切不明。完全な透明人間…。お兄ちゃんたちも何か見つけたの?」
隣で、2本目のタバコに手をつける兄をじっと見つめる。つい先程、突然自宅に帰ってきた兄。直接会うのは青森以来だった。それまで、たった数日間ではあるが、どうやら花城と共に調査をしていたらしい。
ふぅー、と煙を吐き出すと、視線を海岸へと向け、口を開く。
「一応な。ただ、国防省も絡んで、あまり勝手なことは出来ない。」
「……ということは、国外の人間だってことは確実っぽいね。」
「お前があの場所で推理していた内容、ほぼほぼ当たってるさ。」
先程確認した動画を、再度デバイスを使って再生する。
画面に映る2人の容疑者。狡噛は、とある部分を抜粋した。
"『じゃーーーん!"日本の"無能な経済省の人達が隠し続けた、プルトニウムで〜す!』"
その部分が流されると、停止ボタンを押す。画面にはプルトニウムを両手で持ち上げる、呑気な様子のポルックスが映っていた。
「"日本の"。国内の人間ならこのワードは使わないだろう。"経済省の"。国内の人間ならそう言うはずだ。」
デバイスの画面を閉じれば、再び視線を海岸へと向ける。
「あくまでも雰囲気だけだが、かなり若い。残されたメッセージからも、やけに幼さを感じた。だが、知能は非常に高い、そして高度なハッキング能力。このシステム社会に足跡を一切残さず、容易に欺く力を持つ……」
あんなに大掛かりな事をしたにも関わらず、痕跡は一切残していない。動画の発信元を逆探知しようと試みたものの、それさえも分からず。VXガスの出処も、爆発物も、恐らく持ち込まれたものだと推測していた。
「手数は多いのに、痕跡0。刑事課もお手上げ状態……」
舞白は柵に背中を預け、天を仰ぐように視線を星空へ向ける。自身の能力をコピーしていたスパーリングロボット。それに殴られた左頬に触れると微かに目を細める。
「今日は災難だったな。一係からの報告書、目を通したが日本で起こった事件とは思えん」
「……本当。開国政策を始めた途端に、こんな事が起こるなんて。」
ビュウッと強い風が吹き荒れると、舞白はベランダから室内へと戻る。狡噛もタバコの火を消し、灰皿へ押し付けると、同じく室内へと戻っていく。
シンと静まり返った室内。舞白はダイニングテーブルの傍の椅子へと腰掛けると、眠そうに欠伸をしていた。兄の狡噛も、その向かいへと腰掛けると、疲れた様子の舞白を心配そうに見据える。
「ちゃんと眠れてるのか?」
つい先程、急に自宅へと帰ってきた兄。大事件が起こったその日の深夜にも関わらず、リビングで何やら調べ物をしていた妹の姿を見た時は、かなり驚いていた様子だった。部屋着姿の舞白、着用していたキャミソールの隙間から、痛々しい焼印などが目に付く。日本に戻ってきて数ヶ月間、相変わらず平穏な日常とは掛け離れた生活をしている妹を、いつも心配していた。
「眠れてるよ、大丈夫。今日はやけに落ち着かなくて……。それにお兄ちゃんとこうやって家で過ごせるのもなかなか貴重だし。」
ふふふふっと両肘を立てて兄に満面笑みを向ける。昔から一緒に住んでいたこの家で、2人でこうして過ごす事は夢のように感じていた。
「…すぐ、行っちゃうの?」
珍しく、寂しそうな声色で兄に問いかける。そんな事を聞くなんて珍しいと、妹のその姿に若干眉を下げれば、困ったような笑みを零す。
「明日の朝にはまた出る。」
「よかった。またすぐ出ていくのかと思ってたから」
「だからって、夜更かしするなよ?」
「え〜、せっかくお兄ちゃんとゆっくり出来るのに。
……あと少しだけ喋ろうよ?」
"お願い!"と両手を合わせて懇願する妹に、小さくため息を吐く。するとその場から立ち上がると、着ていたシャツを脱ぎ始める。
「分かったよ。ただ、先にシャワーを浴びさせてくれ。」
「もちろん。行ってらっしゃ〜い」
ヒラヒラと手を振り、兄が戻ってくるのを待つ。
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「それで、志恩さんがね……」
時計の針は深夜3時を指す。
次々と溜め込んでいた他愛のないエピソードを口にする舞白。話を聞く限り、どうやら楽しくやっているようだと安堵していた。
「存外、楽しそうにやってるみたいで安心だ。刑事課の監視官として、シビュラが適性を出した訳も分かる」
椅子の背に掛けられている、監視官のジャケットに目を向ける。
「危険な事が多い仕事だけど、お兄ちゃんも昔はこうやって、仕事してたんだなーって思うと感慨深いよ。たった3ヶ月間だけだけどね」
「俺に似て、無茶なことばかりしてると聞くが……。やっぱり血は争えないな」
「お兄ちゃんの妹だから、私。
何も考えてないような、突発的で無茶な行動をしてるって怒られるけど……、ちゃんと頭の中では考えてるよ。」
伏せがちな目を、そっと兄に向ける。
その瞳は妙に落ち着き、冷たさをも感じた。
「"人間が思考することは、不幸の原因でありながらも尊厳の根拠でもある"。……私はこんなだけど、いつも考える努力はしてるよ。そこに道徳の真理がある。だからこそ、私は正しい基準をいつも持つように、努力してる。人を正しく裁くためにも。」
どこかで目にした一文を引用した舞白。狡噛は微かに眉を顰める。
そして、舞白はコップを手に取り、水を口に含むと、時計に目をやる。舞白も朝8時から勤務が始まる。さすがに眠らないと仕事に支障をきたしてしまう。
「……ふぁ〜あ……。話し足りないけど、さすがにそろそろ寝ないと……4時間くらいしか眠れないけどね?」
「ただでさえ、今日は大変だったんだ。早く寝ろよ」
ぐーっと体を伸ばすと、椅子から立ち上がる。廊下へと繋がる扉へと向かうと、出る間際に兄へと目を向ける。
「…じゃあ、おやすみ。お兄ちゃん。また帰ってくる時は教えてね?」
「あぁ、分かったよ。…おやすみ」
笑みを向け合えば、舞白は自室へと向かう。何だかんだ、元気そうな妹の姿を見られて、狡噛は満足気だった。
手元のグラスを手に取り、アルコールを口にする。ふと、テーブルの上に目をやると、一冊の本が書類たちに埋もれているのに気づく。書類を退け、その本の題名が目につくと、小さくため息を吐き出す。
ブレーズ・パスカル 『パンセ』
"正義は議論の種になるが、力は非常にはっきりしている。そのため人は正義に力を与えることができなかった。"
ふと、槙島聖護の声が脳裏を過る。
「……やな本に、また手をつけたな、お前は…」
かつて、槙島聖護と対峙し合った時のことを思い出す。
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「悪いな。俺は誰かがパスカルを引用したら用心すべきだということをかなり前に学んでいる」
「オルテガだな」
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ずっと前から、微かに舞白から感じ続ける、槙島の気配。
余計に目の前の本が、それをリアルに感じさせた。
「頼むから、これ以上アイツのようにハマるなよ。舞白」
パラパラと捲っていた本を閉じ、テーブルへと戻す。
棚の写真に目を向ければ、笑顔を放つ舞白の姿を静かに見据えていた。
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