PSYCHO-PASS -confrontation of orphen- 作:鈴夢
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9月1日 午後14時過ぎ
―――所沢矯正保護センター
駐車場に黒い自家用車を停めると、後部座席へ腕を伸ばし、本が大量に詰められた紙袋を引っ張り出すと外へと出る。
「…っ…重……
こんなに溜め込まないで、こまめに返しに来れば良かった…」
私服姿の舞白は、ふぅっとため息を吐く。
残暑が残るこの時期。空調が効いていた車内から外に出る瞬間は、ムワッと暑さに包まれて嫌いだった。
掌でぱたぱたと仰ぐ仕草をしつつ、車にロックをかけて、建物内へと入っていく。
日本に戻ってきて、ここに来るのは3度目。
帰国後、兄と1度。そして2度目は1人で。そして今回。
借りていた本や、雑談、助言を貰うべく、貴重な非番を割いてでもこの場所へと足を踏み入れる。
奥へ進むと、犯罪係数300以上の重篤患者が隔離されている部屋。
厳重な警備をくぐり抜けていくと鉄格子の扉が開き、舞白を招き入れる。
有事の際には通風口から毒ガスが出る仕組みの区域へと振り込むと、少し緊張感も漂う。
「雑賀先生、狡噛です。」
奥の部屋の扉へと声をかけ、開かれる厳重な扉。
その部屋にいたのは、雑賀譲二。
臨床心理学が専門の元大学教授でもあり、学者時代に担当していた生徒の犯罪係数が上昇したことから「受講生を黒く染めた講師」とも称され、接触を避けようとする人間も多かった。過去には分析官として公安局に席を置いていた経験もある。
どうやら、再び古巣に戻ったらしくこの場所へ。
兄とはかなり親しい関係で、その繋がりもあり、舞白は幼少期からの顔馴染みだった。
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部屋に漂うコーヒーの香り。
若干緊張していた舞白は、その匂いに身を強ばらせる。
「もう全部読んだのか、この量を」
紙袋に詰められた大量の本を覗き込み、半分呆れた様子の雑賀。それを横目に、出されたコーヒーを口に含み、満面の笑みを向ける舞白。
「はい、全部読みました。
ブレーズ・パスカル の『パンセ』、あとホセ・オルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』この2冊は特に面白かったです。」
「やっぱり、兄妹だな。昔、狡噛も同じことを言っていたよ。"血は争えない"。」
兄を思わせる雰囲気を纏う舞白をじっと見つめる。その表情を読み取ると、雑賀は、面白そうに笑みを浮かべるのと同時に、どこか安堵した様子だった。舞白はその表情を読み取り、何かサインを読み取られたのではと考える。
「"人は無意識の内に、さまざまなサインを発している。コツさえ覚えれば、簡単にそのサインを読み取れる"…、ですか?」
雑賀のモノマネをするように声色を変え、以前言われた台詞をそのまま口にすると、じいっと相手を見すえる。
「以前よりも、また"人間味"が現れているようで安心したよ。」
「それ思うんですけど、"人間味"が無かったってかなりの悪口ですよね。…まるで私が冷徹な人間みたいで…」
幼少期から舞白の事は"何を考えているか分からない"と、雑賀はよく口にしていた。パッと見、天真爛漫で可愛らしい印象を持つのが普通だが、その体の奥底にある"何か"。善悪、白黒、ハッキリとした対称的何か。かつてはそれさえも、雑賀は理解することが出来なかった。
「別に冷徹だとは思っていないさ。人間味がない人間、それを表す特長はいくつかある。その中でも、お前さんに圧倒的に感じられなかったもの、"感情に左右されない冷静さ"。」
「そんなこと無かったと思うんですけどね、特に小さい頃なんて。」
「いいや、どうだろうな?狡噛はそれを昔から、何となく分かってたらしい。ふと見せる表情や行動。いくら天真爛漫な人間でも、心の最奥では闇を抱えているものだ。」
むぅ、っと口をとがらせると顔を隠すようにコーヒーに口をつける。
「だが、久しぶりに会った時は安心したよ。物怖じせず俺に突っかかって異性慣れしてる。甘え上手で、自己肯定感も強い…」
「ブラコンって言いたいんですね?雑賀先生」
ブラコンの人物にありがちな特徴を口にした雑賀に気づくと、じとーーーっと相手の目を見据える。すると、雑賀はソファにもたれ掛かり、腕を組む。
「"ブラザーコンプレックス"とは、何だ?舞白。」
「……いきなりその話からですか?前回は、プライミング効果についての話だったのに…」
舞白はピンッと背筋を伸ばしたまま、呆れたように眉を下げるも、仕方ないと思えば口を開く。
「男兄弟に対して強い愛着・執着を持つ状態の事、です。」
「そうだ。…とくに親からの愛情不足の者が多い。お前さんの場合は狡噛しか肉親がいない。いつもそばにいて話を聞いてくれたり、助けてくれた狡噛から愛情不足を補った。」
「……………」
「要するに、兄弟関係、家族関係が良好な結果だ。別に悪いことじゃない。」
「私、そんなに依存してるつもり無いんですけどね?むしろ兄には、早く結婚もして欲しいって考えてるくらい。」
"オジサンだし"と小さく呟けば、雑賀は可笑しそうにクスクスと笑う。そして、舞白はそんな雑賀を真っ直ぐと見据え、ある事を口にする。
「…カストルとポルックス。
二人の関係性を、先生はどう見ていますか?」
「もう分かってるんだろう?」
「先生が急に"ブラザーコンプレックスとは?"なんて話し始めるものだから、この事だろうって思ったんですけど。」
コトン、とコーヒーカップをテーブルに置くと、デバイスから2人の画像を表示する。もちろん顔は見えない、ID情報すら存在しない。
「彼らは兄弟だと考えてます。そもそも、カストルとポルックスは双子座を意味しますし。…最初はそれでも、血の繋がりはない、ただの利害の一致した者同士の愉快犯かと思いましたけどね」
彼らの今までの言動を目にしてきた。そして今は、あの怪しげなサイトも情報源となるほど、彼らの行動は細かく公開されている。掲示板へのコメントや動画を見る限り、様々な憶測が飛び交うも、そこからあの2人は兄弟だろうと推測していた。
「"兄的性格と弟的性格"、ある双生児研究の論文を見たことがある。聞いたことはあるかな?」
「教育心理学に関連した本を読んだことはあります。中学生の時ですけど…。そんな言葉があった気も…」
聞きなれない事柄に、舞白は首を傾げる。
「双生児の対偶間には、多くの点で高い類似性が見られる。しかし、性格の面では、両者の間にしばしば差異があるとされてる」
「…例えば?」
「あの2人、カストルとポルックスの言動において、お前さんが思うことを上げてみろ。」
そっとコーヒーカップに手を伸ばし、トントンとカップを指で叩く仕草を見せる舞白。視線をコーヒーに向け、うつむき加減で彼らの言動を脳内再生する。
「カストルは、どちらかというと"控えめ"。自制的、落ち着きがあって、冷徹で指導的、そんな印象を受けています。掲示板の書き込みも主にポルックスがやっているみたいですし。」
雑賀は舞白の発言を興味深そうに聞き入っていた。
「ポルックスは"従属的"。落ち着きがなくて、我儘、利己的。負けず嫌いで、強情傲慢。他の動画でもかなり残酷な事を容易に口にしたり、ひねくれてる印象を受けます。でも、カストルの言うことには従順…」
カップから視線を雑賀に戻すと、満足気な表情を浮かべる相手を不思議そうに見つめる。
「さすがの洞察力だ。その通り、論文にはそのように兄弟それぞれの性格が記されている。二群の性格を比べると、兄郡には、慎重で自制的で指導的な面を持つ。」
雑賀は画像のカストルを指さしていたが、次はポルックスへと指を指す。
「そして弟郡には、従属的で放免。我儘で利己的で好ましくない評語が多い。」
「…ドンピシャですね。」
雑賀が口にした"兄的性格と弟的性格"の論文の一部。まさに2人にピッタリと当てはまっていて、舞白はかなり興味を引いていた。
「そもそも、性格的差異が生じるには2つの理由がある。1つは、一方を兄、一方を弟と、家庭内でしきたりのように決めつけている、この国の昔からの思考。あと1つは何だ?答えてみろ」
「…質問ばかりやめてください。まあ、ここに来た時点でいつもそうなるのは分かってるんですけど…」
雑賀の話はとにかく複雑で難しい。理解した上で訪れてはいるが、毎度試されているようで、ドキドキとしていた。
「……それぞれが成長していく間で、体力面にも知力面、或いは生活経験の多少面の差。もしくは、偶発的な事故や病気によって生じた両者間の力の差の不均衡……でしょうか?」
「正解だ。」
雑賀の放った言葉に、一気に力が抜けると、ソファの背もたれにもたれ掛かる。その様子を再び面白そうに見据える雑賀。
「力の差、そして両者間の依存関係に生じた模様のあるものが、性格形成に影響する。狡噛兄妹もそうであるようにな。」
「そんな論文があったなんて、さすが物知り雑賀先生」
へへへっ、と再び呑気に笑みを浮かべ、カップを口につける。
「カストルとポルックスは兄弟。そしてお前さんが言う日本棄民と言うのであれば、偶発的な事故を何かしら経験しているだろうな。恐らく、それが彼らの復讐の火種となっている。」
「…雑賀先生のおかげで少しずつ掴めてきたかも。」
「それは何よりだ。」
雑賀はソファから立ち上がると、舞白の空になったコーヒーカップを受け取ると、再びコーヒーを注ぐ。
コポコポと心地よい音、再び柔らかなコーヒーの香りが部屋を充満させると、舞白はその香りをゆっくりと体へと吸い込んでいく。
「で、まだ彼らのID情報も何も掴めないと?」
「はい、そうなんです。スキャナにも何も引っかからない。"透明人間"なんです。」
新たに注がれたコーヒーカップを受け取り、スゥッと香りを吸い込む。雑賀も再びソファへ腰を下ろすと、とある過去の事件を思い浮かべていた。
「お前さんと狡噛が海外に居た時。こっちでもそんな似たような人物がいたよ。」
犯罪係数の測定どころか、存在自体をシビュラが認識出来ないという極めて特殊な体質を持つ青年の話。当初はその実在すら疑われており、「透明人間」呼ばわりされていた。
「…鹿矛囲桐斗、ですよね?
アーカイブで見ました。」
医療特許技術の実験台として7人の脳を含む、184人の遺体部位の多体移植手術が行われていた。それを施された人物こそ"鹿矛囲桐斗"。
彼のサイコパスがサイマティックスキャンに映らなかったのは、いわば彼が集合体として、『繋ぎ合わされた死体』としてシビュラシステムに認識されてしまっていたからであった。
「抜かりないな、相変わらず。」
「そういう訳じゃないですよ?そもそも私は今、外務省兼公安局所属ですから〜。それなりに権限もありますし、興味のあるものは見てみたいじゃないですか?」
まさに職務乱用。アーカイブ保管庫に行っては、過去の事件などを盗み見するのは日常茶飯事だった。
「お兄さんそっくりで、先行き不安だよ。」
「知ることは力になりますから。どんな事でも。」
「知は力なり。アイツの方針だな」
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『知識は力なり、人間の知識と力は一致する。妹は父親と母親からの世間一般的な愛情というものはほとんど受けていません。兄の俺にも出来ることは限られてる…だったら俺らしく、あいつに何か残せるなら、それは知識だと思っています』
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過去に、狡噛が雑賀に言い放った台詞を思い出す。
その意思が、形は多少荒いにしても、伝わっているのだと知れば、雑賀も親のような気持ちで、嬉しさを浮かばせていた。
「鹿矛囲桐斗、カストルとポルックス。彼らに、なにか通ずるものは特になさそうでしたね。ただ単に、あの2人が特殊すぎる。高度な技術で透明人間になれる方法を彼らは創り出して、それを使ってる。そうとしか考えられませんから…。」
「それに関しては同意見だ。現時点でそれを証明する方法は無い。だが彼らは間違いなく存在している。いないと断定することは出来ない。お手上げだよ」
謎めいた2人組。
それは雑賀でも、未だにどんな人間なのか知る由もなかった。
若干の重苦しい空気。それを打ち砕いたのは雑賀。
「まあ、それよりもお前さんに聞きたいことがあったんだ」
「尋問なら嫌ですよ?」
やけに怪しく笑う相手に、舞白はギョッと身構える。
「なーに、お前さんの恋愛話だよ」
「…尋問確定じゃないですか。」
「重苦しい話ばかりだとつまらないだろう?」
バツが悪そうに視線を動かす。
「雑賀先生、私の恋愛話なんて需要ないですよ?」
舞白の挙動、表情を面白そうに観察すると、雑賀は両手を組みクスクスと笑みを浮かべていた。
「んーー…、その様子だと何かあったな?しかも、悪くなさそうな話だな。おそらく相手と…」
「やめませんか!本当に!」
顔を一気に赤面させ、ぶんぶんぶんと両手を広げ振るう。
すっかり人間味を取り戻した、なんて雑賀は楽しそうに、その後も舞白を尋問し続けたとか、
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