PSYCHO-PASS -confrontation of orphen- 作:鈴夢
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深夜2時―――
仮眠を取るために、舞白はある場所へ向かう。
当直勤務も兼ねている為、若干の疲れを見せていた。
自宅に戻るのは危険だと判断され、暫くは公安局ビル内の執行官宿舎で過ごすことを余儀なくされる。
常守や霜月の家に行くことも進められたが、2人に危害が及ぶ可能性も否めないと判断したからだった。
どっちみち、公安局に身を置くのも残り約1ヶ月程。執行官宿舎であれば安全は確保され、何より非常時には直ぐに職務を行える。まさに一石二鳥。
静まり返ったら廊下を歩み進め、部屋の前へとたどり着く。デバイスをかざせば無機質な音声が流れる。
『ロック解除』
期間限定で借りた部屋。中へと歩み進めると、殺風景な景色が広がる。その部屋はかつて、兄が使用していた部屋だった。その後にもう1人執行官が使用していたそうだが、今は誰も利用していない。
部屋に入るとジャケットを脱ぎ、椅子に腰掛ける。テーブルには数冊の本と公安局備品で借りた、朝のコーヒーが入りっぱなしのマグカップ。
残りはほんの少しの私物が部屋の片隅に置かれたままでこの部屋には寝に戻るだけにしか使われていないのが分かる。
「…シャワー浴びて、少し寝ないと…」
ぐーーっと伸びをすると、ゆっくり立ち上がり、浴室へと向かう。キュッと蛇口を捻り、温かいシャワーを頭から被ると、一気に疲れが洗い流されていく。浴室の壁に両手をつき、シャワーを浴びながら目を閉じる。
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『……必ず、明日あなたを"この手で"殺します。』
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あの少年の言葉が脳内再生される。
明日、彼は間違いなく現場に訪れる。
何かしら、自分に接触を図るに違いない。
いよいよ、今日の夕方、彼らが何かアクションを起こす。結局、国土交通省は刑事課の願いを聞き入れることは無かった。局長も、何故か諦めたらしい。理由は不明だ。
だからといって、こちら側も諦める訳には行かない。舞白と常守が主導となり、作戦も立てていた。
しかし、上手くいくという確証はない。そして相手がどんな手法を使ってくるのか、ある程度の予想は立てたものの、この前のように土壇場で危険な行動をされた場合、下手をすれば死人も出す可能性がある。
「…ふぅー…」
ゆっくりと瞼を持ち上げ、ぼーーっと足元に目を向ける。
少しずつ、獲物の尻尾が鼻をかすめる感覚を掴んでいく度に、体の一部が麻痺していくようだった。
宜野座に言われた言葉、その通りだった。
自己犠牲、あの時と変わっていない、大馬鹿者…
"兄の真似事"
正直、監視官、そして執行官時代の兄を詳しく知っている訳では無い。しかし恐らく宜野座には、その無茶苦茶な行動をする自分と、兄の姿を重ねていた。
自分と同じく、無茶苦茶で心配をかけていたんだろう。その兄の性格は、妹も勿論分かっていた。
でも、だからといって彼らを捕らえようという気持ちは変わらない。人々の、若者の、弱者の気持ちを悪用し、犯罪を犯す。彼らにどんな理由があれ、一般人が巻き込まれることは遺憾だった。
彼らが憎んでいるもの、裏で操っている者。それを解明するためにも無理は承知。自己犠牲と言われても仕方がない、そうするしか方法が思いつかない。
犠牲は自分だけで良い。他を巻き込まなければ…と…
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シャワーを浴び終わり、下着を着替え、オーバーサイズのTシャツを身につけるとミネラルウォーターを口に含み、ぐったりとソファに沈み込む。
両手のひらで顔を覆う。
「…兄の真似事…」
そう口にした瞬間、何者かが部屋を訪れた事を知らせるアラームが室内に鳴り響く。舞白は体を起こし、扉前のモニターに目を向ける。
そこには宜野座の姿があった。様子を見る限り、舞白は何を言われるのか予想が着く。
おそらく、カストルとの通話を聞いたのだろう。内容は常守と霜月しか知らないはずだが、霜月辺りが宜野座に話したか…はたまた、分析をしている唐之杜から聞いたのか…
部屋のロックを解除し、扉を開ける。
鋭い眼光が舞白を見下ろしていた。
「舞白、お前は何を考えてる。正気か?」
「…正気じゃないように見える?」
眉を下げ、微かに口角を上げる。
舞白は室内に宜野座を招き入れると、再びソファに腰を下ろす。宜野座は向かい側に腰を下ろすと、溜息を漏らしていた。
「明日、お前は作戦に参加するな、と言っても聞かないだろうが…」
「その様子だと、あの音声データのことでしょ?」
「…死ぬ気か、お前は」
「市民の命を守るためには、自己犠牲も厭わない。ってこと?」
「お前は執行官じゃない。潜在犯でも、なんでもないお前が、そこまでする必要が無いだろう。」
「…大袈裟だよ、宜野座さんは…」
ふふふ、と呑気に笑っていると、宜野座は更に眉を顰めていた。そもそも、これは仕事だ。危険なことを承知で監視官に、そして外務省入りも決めたことだ。
「俺が言いたいのは、1人で突っ走るなということだ。何故分からない?現にお前は、犯人とやり取りをして、あんな挑発的な…」
「意味があってやった事だよ。…まだ、その結果は現れないだろうけど…」
「無闇矢鱈に、勝手にする事じゃない。相手は人殺しだ、それも規格外の。」
「…宜野座…、…ノブ兄…」
舞白の表情から笑みが消えていく。真っ直ぐと静かに目の前の人物の目を見据える。それはまるで、兄を、狡噛と同じ"あの目"だ。
「…私の目の前に、底が見えない黒い沼がある…、調べるためにはその沼に深く潜るしかない。だからこそ、私は潜り始めたの。彼らを知る為に…」
聞き覚えのある言葉。舞白は決して真似をしている訳では無い。本心を口にしているだけだった。目の前の人物は、狡噛そのものだった。宜野座にとって、舞白は年端もいかない、危険察知能力に欠けた少女だと考えていた。物事を甘く考えている、そうとしか捉えられなかった。
宜野座は立ち上がると、向かいの舞白のTシャツの襟首を強引に掴み、引き寄せる。その様子に驚いた舞白は、キッと相手を見上げることしか出来ない。
「…そこに潜って、お前は帰って来れるのか?」
「ッ……」
冷徹な声色で、宜野座は問い詰め始める。襟首を掴む宜野座の腕を舞白も掴み返すも、ビクともしない。
「お前は確かに、利口だ、それに強い、今回のこの事件もほぼお前が解明したと言っても過言ではない。…だがな、狡噛…、お前の兄と同じ勇往邁進さが、時に自分の首を絞めることも、周りを危険に晒すこともあるんだ」
襟首を揺らしながら、本気で投げかける宜野座。その瞳は、いつも向けられるような優しい眼差しからはかけ離れていた。
「現に、お前の兄はその沼から這い上がれなかった。だから潜在犯になり、過去にお前を傷つけた、そしてお前は何年も苦しんだんだ。……それに振り回されたのは、俺も同じだ。」
佐々山、狡噛…、自分の目の前で何人もの人間が抜け出せず、暗闇へ堕ちていく光景を目にしてきた。
そして、今度は目の前のこの少女も、十分に同じ道を辿る可能性があった。何度忠告しても、道を逸れていく、それが性なのかもしれない。
「…私は、確かにお兄ちゃんの妹…、だからって全く同じ道を辿る訳じゃない!」
「今更何を言ってるんだ!?今の今まで、お前は辿ってきてるだろう。兄と同じ道を」
声を荒あげる2人。
刹那、宜野座は襟首を掴んだ手を押し付け、ソファに身を倒す舞白。脚の間に自身の膝を割り込ませ、グイッと舞白のTシャツを強引に捲りあげる。強引な相手の行動に、舞白は珍しく怯むとただ見上げることしか出来ない。
「……異常なんだよ、お前のその考えも行動も…。この傷がそれを物語ってる。」
左太腿、腹部、横腹、胸上、左肩には酷い傷跡。他にも細々と白い肌に刻まれた傷。傷ついていくその姿は見るに絶えなかった。
「そんなこと言うなら…、私に首輪でもかけたらいいじゃない…。私は、自分がやるべき事をやってるだけ、こんな傷、大したことも、後悔もない。誰かを守るために、その為に受けた傷なら、どうってこと……」
宜野座の大きな手が首に伸びる。白く細い首をいとも簡単に掴めば、冷ややかな瞳で舞白を見下ろす。
「いつも思ってたさ。お前が勝手なことが出来ないように、首輪に繋いで、何にも干渉されないように…」
力は込められないものの、首にまとわりつくその冷たい手が、恐ろしく感じてしまう。
「俺は潜在犯だ。そんな事を考えるのも普通なんだよ。」
「……何考えてんだか、
よっぽどノブ兄の方がお兄ちゃんみたいだよ…」
宜野座の腕を掴み、思いっきり体に力を入れる。そのまま逆に、宜野座を押し倒す形でソファに押さえつける。困ったような、哀しそうな表情で宜野座を見下ろす舞白。そして深く溜息を漏らせば、今度は舞白が宜野座の首を捕む。
「もう、私の事ばかりに振り回されないでよ。私は成すべきことを成す。腹を括ってここに来たの、日本に戻ってきたの。その為なら、命は惜しくない、…だから、ノブ兄も、これ以上私に踏み込まない方がいい。」
首から手を離せば、サラッと相手の髪に触れる。
「とにかく、明日は明日。例え、私が死にそうになったとしても目的は皆同じでしょ。犯人を捕まえる、市民を守る、シビュラと共に。それが根本の目標。もちろん、朱さんの大切にしてるチームワークも加味して、それに従って私は行動するのみ。」
宜野座の体から身を離せば、乱れたTシャツを整え、背を向ける。
「…私情は入れない。私が死にかけたとしても、あなたは犯人を追いかけるの。猟犬の仕事はそのはず。ノブ兄が成すべき事は、そのはずでしょう。」
体を起こす宜野座に振り向くと、微かに笑みを浮かべる。
「ね。大丈夫だから。気持ちだけ、そばに居てくれれば、私はそれだけでいいの。多くは望まない。…今まで、沢山助けてくれたのに、勝手でごめんなさい。」
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「…お前さえ、生きてくれれば俺はそれでいい」
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あの日、大好きな場所で宜野座が口にした言葉が脳裏に浮かぶ。その言葉が本当に嬉しくて、想ってくれていることに喜んでいた。
舞白も同じく、その言葉に対し"私もだ"と返した。
でも、それは理想論に過ぎない。
現実を見る度に、あの時交わした言葉が、全て遠く、儚く散っていく。
「……ごめんなさい。でもしんどいの、本当に。」
舞白は部屋の隅に置かれたベッドへと歩み進める。
「私は、その気持ちだけでいいって…。そう思ってくれてるだけで幸せだって気づいたの。多くは望まない。」
「……舞白」
「私、当直で仮眠時間だから。
…おやすみなさい」
ベッドに潜り込み、背を向ける。ギュッとシーツを掴む手に力が入る。
それ以上、宜野座は何も口にすることは無かった。
しばらくすると、部屋を出ていく音が聞こえると、舞白はギュッと瞼を閉じる。
「…勝手でごめんなさい。許して…」
そしてそっと、意識を手放していく。
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