PSYCHO-PASS -confrontation of orphen-   作:鈴夢

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彼を知る者

 

 

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睡蓮の浮かぶ湖の畔。傍らのベンチに腰掛ける白髪の少女。向かいで呑気に微笑む人物の表情を見るなり、深くため息を漏らす。その表情は困惑と不安が入り交じっていた。

 

 

「何で断ったんですか、征陸さん」

 

 

その声には驚愕と当惑の調子がこもっていた。

 

 

「なにも、そこまでする必要はないだろう?」

 

「でも……」

 

舞白が若干の怒りを露わにする理由。公安局の直下施設への異動という名の保護。征陸の息子でもある宜野座も重傷を負い、そして彼らの隠れ家を調べた時に、征陸の情報も部屋に残されていた。

 

万が一、ということも考え、身の安全を確保するためにも異動の申請を出したのだが、そ 征陸本人が辞退したのだった。

 

パンツスーツに監視官ジャケット姿の舞白。非番でもなく、仕事の合間に飛び出して来たのだった。辞退を知らせる通知が届くと、居てもたってもいられなかった。

 

 

「大丈夫だ。こんな老耄を相手にする余裕もないだろう?」

 

ある程度事件の内容は舞白から聞かされていた。あくまで直感だが、自分には害は出ないはずだと考える征陸。むしろ、そんな目にあったとしてもあまり気にしている様子は感じられなかった。

 

舞白は、膝の上に置いた手をギュッと握りしめ、瞼も同じく強く閉じれば、頭を下げる。征陸は膝に乗せられた舞白の右手を目にすると哀しさを滲み出していた。

 

「本当に、ごめんなさい。」

 

「もう何度目だ。その言葉は…」

 

「やっと直接会えたし……改めて謝りたくて…」

 

征陸は車椅子を動かすと、舞白の目の前へと停める。そっと黒い手袋に覆われた手に触れ、小さくため息を吐く。

 

 

「舞白ちゃんは悪くない。…にしても、これは聞いてなかったが……傷を負ったのはお前さんも…」

 

まさか、舞白も腕を失っていたということは初耳だった。手袋の下は硬い無機質な感触。自分の左腕と同じ状況に、苦痛の表情を浮かべる。

 

「とにかく、生きててよかった。そうだろう?」

 

「……はい」

 

「伸元の行動は間違っちゃいない。舞白ちゃんを守った。執行官が監視官の盾となるのは間違った行動じゃない。犯人の1人も、結局は捕まえることができた。」

 

舞白はゆっくりと顔を持ち上げ、征陸と視線を交える。

 

「そう哀しそうな顔をするな。荒ごとは男が引き受けるもんさ。それに、伸元はまだ生きてる。また2人で会いに来てくれるって約束しただろう」

 

征陸は舞白の右手を包み込むように優しく握り締める。体温を感じないはずなのに、何故かその手から温かみを、体温を感じていた。

 

 

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「あの渋谷のテロから今日で2週間か…。報道規制がかかってるんだろうが、まるで手のひらを返したかのように誰しもが興味を示さなくなったな。」

 

 

あの凄惨なテロから気づけば2週間。死傷者も多く出した大事件にもかかわらず、既に世間はその事を、まるで忘れようとしているかのようだった。

 

「でも、あの事件で爪痕を残された人々は沢山います。……過去の、槙島が起こしたヘルメット事件と同じように―――」

 

ヘルメット事件で家族を失った人物が事件を起こすというようなケースもアーカイブに残っていた。他人事のように、興味を示さない市民も居る中、逆に耐え難い苦痛を味わっている市民も多数存在する。

 

ほとんどがシステムの都合よく、隔離施設行きとなっているせいで表沙汰にはなりにくい。全て、システムの思惑通りなのだろう。

 

傍らの湖の睡蓮に視線を向け、やるせない気持ちを吐き出すかのように、ため息を漏らす。

 

「あまり詳しいことは言えないだろうが、あの2人組。おそらく誰かに使われてるんだろう?」

 

「……さすがですね。刑事の勘ですか?」

 

「奴らの動画、掲示板、一通り見させてもらったよ。途中から哀れに見えてきてな。……ただの若者の愉快犯にも見えるが、そうじゃない。何かの目的の為、汚い大人に扱き使われ、全てその悪行を被る。そのようにしか見えん。」

 

矯正施設で穏やかな日々を送っているも、その鋭い洞察力や持ち前の刑事の勘は健在だった。

 

「もう、誰も傷つけさせない。絶対に。」

 

「その様子だと、そろそろ決着みたいだな」

 

「はい。朱さんが中心になって、計画を立ててます。恐らく、相手もそれを分かってる。」

 

 

移送計画まであと6日。先日、住居で見つけた手がかりも解析を進め、弟を追っている最中だった。

 

「"誰も傷つけさせない"。自分自身の事も忘れるんじゃないぞ」

 

「へへへ……」

 

「笑い事じゃない。腕を失っても懲りないのか?」

 

宜野座と同じような言い回しに、改めて親子だと実感する。しかし、その表情は本気で心配している顔だった。

 

 

「コウもまだ知らないんだろう?その腕のことは」

 

「…はい、話せられる状況じゃなくて。まだ日本に戻ってないみたいだし、直接会った時に言えば――」

 

 

刹那、舞白のデバイスが鳴り始める。表示された画面には霜月の顔写真が映れば、ぎょっとした表情を浮かべていた。

 

 

「…はい、狡……」

 

『舞白!どこほっつき歩いてんのよ?』

 

「調査がてら、寄り道――」

 

『だったらなんで文京区の矯正施設なんかにいるのよ。征陸さんに会いに行ってるんでしょ?』

 

舞白の様子に気づいた征陸はひょこっと顔を覗かせると、テレビ通話に切り替える。

 

 

「久しぶりだなー、霜月監視官。元気でなによりだ」

 

呑気に顔を覗かせる征陸。さすがに頭が上がらないのか、霜月も"うっ……"と顔を顰めさせる。

 

『…うちの監視官補佐がそっちで油売ってるみたいで…、さっさと追い出してください。職務放棄もいい加減にって。』

 

「今回は目を瞑ってくれ。俺の身勝手な行動を心配して駆けつけてくれたんだ。」

 

『全く……。』

 

困り果てたようにため息を漏らす。しかし、要件があって連絡した事は変わりない。霜月は画面越しで舞白に視線を向ける。

 

 

『舞白。そのまま世田谷の成城学園まで来なさい。話はそれからよ』

 

「了解。美佳ちゃん。」

 

 

『…征陸さん。また落ち着いたら、私も顔を出すわ。宜野座さんの事もあるし』

 

「そんな気を遣うんじゃない。監視官は成すべきことを成せばいい。よっぽど暇ができたら、時間を持て余した老耄の話し相手にでもなってくれ。それで良い。」

 

『相変わらず、刑事課の人手不足は深刻ですから。暇はできないかも。…でも必ず行くわ』

 

微かに笑みを浮かべ征陸に視線を向けたと思えば、舞白に再び向けられた視線は怒りを表していたようだった。

 

『とにかく!あんたは早く合流しなさい!』

 

ブツッと途切れる会話。

舞白はその様子に呑気に微笑を浮かべると、ベンチから腰を持ち上げる。

 

「……ということで、行きますね。」

 

「あぁ。皆に宜しく伝えてくれ。次会う時、また怪我を増やしていたら大説教だ。」

 

「絶対嫌なので、これ以上怪我をしないように留意します。」

 

"では!"と舞白は右手で敬礼をすると、足早にその場から立ち去る。

その後ろ姿を目で追うと、征陸はやれやれと言わんばかりの表情を浮かべ、湖畔へと視線を向ける。

 

 

「……また、聞けなかったな。」

 

ふと、以前宜野座と訪れた時の舞白の発言を思い出す。

 

 

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"……それに、……私は……"

 

 

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この場所で、儚げに、深刻そうな表情を浮かべ何かを言いかけた。しかし、宜野座が現れた瞬間口を閉ざせば、何事も無かったかのように振舞っていた。

 

あれからずっと、その事が引っかかって堪らなかった。

 

 

「……まだ、何か足枷となってるものがあるのか?舞白ちゃん。」

 

車椅子の背もたれに寄りかかると、そっと瞼を閉じる。

 

やっと、日本に戻って、平穏とは言えないかもしれないが、それなりの生活を取り戻すことができた。しかし、今回のテロ、失った右腕、目を覚まさない宜野座。

 

相変わらず落ち着かない日常。

それを密かに不憫に思えば、いたたまれない気持ちに襲われていた。

 

 

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急ブレーキで停止する黒い車。

成城学園の駐車場で待機していた霜月と六合塚は、遠目からその車を確認すると、中に誰が乗っているか、すぐに想像がつく。

 

 

「久しぶりにハンドルを握っているのを見ましたが、すごい運転ですね?」

 

六合塚はボソッと隣の人物に呟く。

 

「舞白の運転感覚は未だに海外仕様って感じ。同乗する時、絶対私が運転するもん」

 

過去にも宜野座から"いい加減、海外のノリでハンドルを握るのはやめろ"と、再三言われ続けていた舞白。雛河と須郷以外は、絶対に彼女にハンドルを握らせない程、危険な運転で有名だった。

 

 

 

舞白が監視官補佐として着任した2日後に発生した事件。暴走車両を追跡した時、助手席の舞白がハンドルを握り、常守がアクセルを全力で踏み続けるようにと指示された案件があった。執行官時代の兄の狡噛と同じ行動に、常守と宜野座は度肝を抜かれたらしい。

あれから絶対に、助手席に乗せることも恐るほどだった。

 

 

 

バタバタと現れた張本人は、急ぎ足で2人へと駆け寄る。

 

 

 

「すみません、遅くなりました…」

 

「到着予定時刻より遥かに早い到着でビックリよ。事故らなくて良かったわよ……」

 

ホッと胸を撫で下ろす様子の霜月。そして舞白を呼びつけた理由を口にする――

 

 

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「……東雲 真希さん」

 

霜月達が乗ってきた車の傍らで話し込む3人。デバイスに表示された成城学園の生徒のID画像をじっと見つめる舞白。

 

霜月と六合塚が校内の調査を行っていたところ、この少女に声をかけられたらしい。ただ、人目に付くところで話したくないからと、あらためて下校時刻になったら会うことを約束していた。

 

 

「玲・コバルト・ルラキス。あの事件から登校もしてない。そして、校内の防犯カメラも彼が映っているであろう期間は全て抹消されてた。」

 

「音声や画像、全て復元しようと公安局のラボとも連携してみましたが、元に戻せず……」

 

 

「……なるほど。ちなみに、教員や生徒の聞き込みは?」

 

コミッサのホロアバターになりきり、昼前頃から調査を行っていた2人は口を揃えて同じことを言う。

 

 

「人気者、優等生。この高校に来て数ヶ月間、友人や教員からの信頼度も高い。考査も全てほぼ満点のポイントだったって。噂によると、彼のファンクラブもできてたみたいよ」

 

「特に、彼の描く絵は異彩を放っていた。とにかく皆が口を揃えて言っていたわ。同じようなことをね。」

 

とくに、取り巻きのような女の子たちのグループが多く存在したらしい。その子たちに話を聞くも、全く参考にならない話しか聞けず、上手くいかなかった。

 

 

「でも、この東雲って子だけは様子が変だった、って事ですよね?」

 

「そうよ。やけに神妙な面持ちで。…だから余計気になったのよ」

 

漆黒の長い髪を持つ綺麗な女の子。どうやら、この子だけは、玲の事を違う目線で見ていたらしい。

 

 

「とにかく、あと少ししたらここに来てくれるみたいだから。それまで待ちましょう。」

 

腕を組み、車にもたれ掛かる霜月。

六合塚と舞白はこくりと頷き、少女が現れるのを待っていた。

 

 

 

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