PSYCHO-PASS -confrontation of orphen-   作:鈴夢

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地平線が表す心情

 

 

 

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――9月6日――

 

 

夕陽の橙色に染まる美術室。

キャンバスに筆を走らせながら、教室の入口で立ち止まる少女へと目を向ける少年。

 

 

「なーに?真希ちゃん。そんな所で、僕のことじーーっと見て…」

 

「……玲君って」

 

東雲真希は左手で拳を作り、胸に手を当て、何か思い詰めたような表情を浮かべていた。スカートの裾を掴む右手に、グッと力が篭もる。

 

その様子を見た玲は、ニヤッと笑みを浮かべ、筆をパレットへと置く。

 

「せっかく綺麗な顔が台無しだよ?そんな、顔を歪めて――」

 

「玲くんって、…あのポルックスとなにか関係あるの?」

 

膝に肘を乗せ、顎を掌に添えるとじっと彼女を見据える。その表情は、いつも皆に向ける天真爛漫なあどけない笑顔ではない。冷酷で、まるで全てを見透かすような、恐ろしくも美しい。夕日に照らされる彼のその様子は、人間離れをしているような雰囲気を醸し出す。

 

 

「……見たの、私。この前電車の中で一緒にいた麻布高の男の人と…一緒にいるところ。」

 

「で?なんでそれだけで、僕があのポルックスって思う訳?」

 

「玲くん。ワザとだよね。…私がいるの分かってて、変な会話してた。」

 

街中で見つけた2人の姿。東雲はそっと2人について行き、会話を盗み聞きしていた。その内容は、渋谷の犯行を伺わせる内容。そして配信する動画の内容――

 

 

「あの麻布高の人、顔見知りなんかじゃないよね?…顔もどことなく似てるし、お兄さんって…」

 

 

玲は椅子から立ち上がり、入口で立ち尽くす東雲の腕を引っ張る。ドアの鍵を即座に閉めると、怪しげに笑みを浮かべていた。

 

 

「本当に、君って僕のこと大好きだよね。」

 

腰を曲げ、東雲の両肩に自身の両腕を乗せると、グイッと顔を近づける。美しい青い瞳にそのまま吸い込まれてしまうのでは無いのだろうかと、東雲は瞳から目が離せない。

 

「君は、取り巻きの1人に過ぎない。でも、なんか1歩後ろに身を引いて僕を観察する感じ。転校初日の時もそうだった。1番後ろの席から僕を見ていたあの瞳は、他の子とは違う――」

 

"キャーキャー煩い女の子達とは違ったから、すごく覚えてるんだよね〜"と呟けば、コツンと額を相手の額にぶつける。

 

 

「この学校の取り巻きの子たち。正直煩いし、鬱陶しい。全員殺してやりたいっていつも思ってるよ。…君みたいな子も、その細い首を両手でへし折ったら、どんな気分になるのかな〜って…」

 

刹那、首を捕まれ、床に押し倒されると息苦しさに顔を歪める。目の前の少年は、あの優しい玲じゃない。殺意に満ち溢れた、その男は自分の知らない人間だった。

 

「ッ…がぁ……」

 

「僕、今まで何人も人を殺してきたんだ。気に入らないやつは全員。片っ端からね」

 

首を掴む手を何度も引っ張るもビクともしない。

 

「でも、この国はすぐ足が着いちゃうし、めんどくさいよね。しかも、簡単に、こうやって、酷い目にあったら色相が濁っちゃうんだよね?ちょっと実験させてよ、面白いから――」

 

「…ッ…ゲホッゲホッ…」

 

スっと手を離せば、東雲は一気に酸素を取り込み酷く噎せる。玲は彼女に跨ったまま、デバイスを使い、彼女の色相を確認する。

 

 

「ふーん。powder blue…。君ドM?僕に酷く扱われて嬉しい?…普通こんな事されたら濁るでしょ」

 

「………」

 

彼女は何も口にせず、じっと瞳を見据える。

悲しみ、切なさ、困惑、憐れみ……それらの表情がいっぺんに水煙のように拡がって行く様子の彼女のその表情。

 

 

「…あなたは誰なの?」

 

そんな彼女の口から放たれた一言。その言葉に揺れ動く青い澄んだ瞳。

 

「そんな目で僕を見るな。」

 

「……たった数ヶ月だけど、本当の玲くんの姿を見ていない。むしろ、あの時…」

 

 

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"ぶっ殺すよ"

 

 

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「……あれは、誰?」

 

おそらく、何者でもない。彼に本物はいない。すべてが作り物。少なくとも、東雲はこの数ヶ月間、本当の彼が全くわからなかった。

 

 

「玲くん。あなたは何かを恐れてる。怖いんでしょ?」

 

「は?」

 

東雲は、玲が何かを描いていたキャンバスに指を指すと、震えた声で恐怖を必死に隠すよに言葉を発する。

 

 

 

 

「玲くんが描く風景画。日に日に、地平線が上に上に上がっていってるの。」

 

その言葉に、玲は彼女から体を離せば、描いていた風景画、そして過去の風景画も取り出せば眉を顰める。

 

「…地平線は不安の象徴。…海に、山の風景画に…どんどん地平線の位置が上に上がってるの。有名な画家のゴッホも、自殺をする直前まで、地平線が上がり続けた絵を描き続けていた――」

 

「…へー、詳しいんだね。そういえば、君は臨床心理学の勉強もしてたね…」

 

 

その時の彼の顔が、今までにないくらい弱ったような様子だった。

 

東雲の脳裏から、その顔が…忘れられない、離れない――

 

 

呆然と立ち尽くす彼。

それからというもの、この学校に姿を表さなくなった。

 

 

 

 

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「……彼は、本当にあのポルックスなんですか?

…捕まえて…殺すんですか…?」

 

 

霜月、舞白、六合塚の前で彼との出来事を包み隠さず話した彼女の表現は、どこか窶れ、疲れている様子だった。

 

舞白はそっと、彼女のサイコパスを確認する。

 

"ボルダーオパール"、犯罪係数はアンダー50となっているが、色相の変化からして、少し不安定な様子が伺える。

 

これ以上、無理に思い出させることも、ましてやメモリースクープなどは行えるような状況でもない。霜月は慎重に言葉を選ぼうと、眉を顰める。

 

 

「残念だけど、内部情報を詳しく話す訳にはいかないの。…あなたが私たちを呼び止めた理由は――」

 

 

 

「…殺さないで。…もし、彼がポルックスだとしたら、あの渋谷の事件が、大変なことになっていたなら、それは許されないことかもしれないけど…」

 

スカートの裾をギュッと握りしめる東雲。

 

「彼は…本当に自分の意思で、あんな酷いことを口にしたのかな?って…不思議で堪らなくて…」

 

霜月は埒が明かないと、舞白に視線を向ける。こういった時に上手く話ができるのは彼女だった。その為に呼び寄せたのだからと。

 

舞白は東雲の目の前に立てば、小柄な相手の慎重に合わせるように、若干屈むと笑顔を向ける。

 

 

 

「東雲さん。あなたの気持ちはよく分かった。とても。」

 

「…それじゃ…」

 

「相手がその気なら、容赦なく執行する。それが私たちの使命。これ以上、あなたのように苦しむ人が出ないように――」

 

グイッと霜月が舞白の腕を引っ張る。色相を濁らせるような余計なことを言うんじゃない、と言わんばかりの視線を向けるも、舞白は首を振るう。

 

 

 

「あなたの、その正直な気持ちがあることは立派なこと。でも正しくあることも大事。」

 

とある言葉を引用し、戸惑いの瞳を浮かべる相手に視線を再び向ける。

 

 

「確かに、私たちは彼に会ったことも無い。探り当てた情報を頼りに、彼の姿を想像しているだけに過ぎない。…あなたが彼と過ごした日々はかけがえのないものだったのね?」

 

「………」

 

「少なくとも、彼は人を殺してる。…あなたに乱暴をしたのもまた事実。でも、信じたいんでしょう?彼の事を。自分の正直な気持ち、本心はそうなんだよね?」

 

こくりと頷く少女を見つめ続ける。スカートの裾を握るその手は白く色を変えていた。

 

 

 

「…あの日、私は守らなければならなかった命を、人々を、大切な人を…守れなかったの。」

 

舞白は右手を差し出すと、彼女の手に触れる。やけに硬く、手袋を覆ったその手が義手だと気づけば、目を見開き、視線を舞白へ向ける。

 

「だからって、彼らに復讐をしようとは更々考えてない。彼らを正しく裁くために、法を守り、人々を守り、…もしかすると、何かの被害者であるかもしれない、加害者の彼らも守らなければならない。」

 

無機質な右手で、そっと、彼女の手を握り締める。

 

 

「あなたのその気持ち、しっかりと汲み取ったから、安心して?この社会が、私たちの采配が決して正しいわけじゃない。だからこそ、人の命を、正しさを測るべく私たちは誰よりも慎重に、正しさと向き合ってる。」

 

 

舞白の優しい瞳に、吸い寄せられるように固まる彼女。ふと、背後の六合塚が改めて東雲のサイコパスを計測する。

 

 

「……大丈夫です。色相も良好、犯罪係数も下がってます。」

 

「よかった…。こんな所で学生相手に濁らせたりなんてしたら、どれだけ言われるか…」

 

 

背後の2人は、安堵のため息を漏らす。

 

東雲の表情も、微かに灯りを灯したように、彩りを取り戻していた。

 

 

 

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「結局、無駄足だったわね、

…宇和城玲があの学校の学生だったっていう証拠は掴んだけど。」

 

1人車を操作する霜月。一緒に訪れていた六合塚は舞白の車両へと乗り、ハンドルを握っていた。

 

 

『でも、彼女がモンタージュ写真を描いてくれたおかげで、少しは進歩じゃない?美佳ちゃん』

 

『志恩も、あの絵があれば十分解析が進むって口にしてたわよ。』

 

デバイスから放たれる2人の声に、霜月は口角を緩め、小さく息を吐く。

 

 

 

「まあ、確かにね。

…奴らの背後の人間が、どれだけやばい奴らなのか、より想像がついたわ」

 

『弟の宇和城玲こそ、やっぱり、かなり危ないかもね。それに、東雲さんが言っていることが本当なら、彼も彼なりに、何かあるのかも』

 

もしかすると、親愛している兄にも言えない何かを隠しているとか、もしかするとそういった可能性も考えられる。

 

 

舞白は助手席から景色を眺めつつ、頭の中でグルグルと考え込んでいた。

 

 

 

 

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