PSYCHO-PASS -confrontation of orphen- 作:鈴夢
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同日、21時過ぎ―――
―――厚生省ノナタワー 1F
建物内に職員の姿はない。
通報装置も遮断し、警備ドローンは破壊され床に転がる。
広大なエントランスに、2人の足音が響き渡る。煌びやかで不気味な内装。地上90階以上、そして地下は4階。玲は背負っていたリュックからPCを取り出せば、ノナタワーの内部図面が映し出される。
「首都圏各地に設置されたサーバーによる分散型並列処理。鉄壁のフォールトトレラントを実現した理想のシステム――」
「それが、日本の厚生省のうたい文句だったな。」
玲は手際よく様々な機械を取り出し、イヤホン型の無線機を兄へと手渡す。それを受け取った琉は片耳にそれを装着し、言葉を続ける弟へと視線を向ける。
「……実際、全国民のサイコパスを測定し、分析するともなれば、膨大な演算が必要なはず。当然、ネットワークを経由したグリッドコンピューティングでもしない限り追いつかない――」
カタカタとPCのキーボードを操作し、検証した様々なデータを映していく。
「でもね、検証すればするほど、データの流れ方がおかしいんだ。街中のスキャナー、公認カウンセリングAI、そして、あの刑事達が手にしていたドミネーター。一見グリッドを巡り巡っているかのように見えたデータが、実は全てたらい回しにされているだけだったんだ。」
「……たらい回し?」
「そう。…それで気づいたんだ。シビュラを巡る全ての通信が、必ず一度は経由する中継点が、ただ1箇所だけ存在する事に。もしそこに誰も知らない、スタンドアローンのシステムが隠されてて、全てのシビュラの処理演算をその1機が賄っているのだとしたら……全部辻褄が合う。」
ここ数ヶ月間、細々と調査をしていた玲の分析に、琉は口角を持ち上げ、ニヤッと笑みを浮かべていた。
「お前は天才だな。」
「別に天才なんかじゃないよ。それに、兄さんも手伝ってくれていなかったら、ここまで調べあげることは出来なかったよ。」
兄に視線を向け、褒められたことの喜びを表情に滲み出す。
「――で、不可解なのはその性能。孤立したシステムだとすると。それは既存の技術では説明のつかないスループットを発揮していることになる。そもそも、1箇所に集約する意味がわからないし、保安上のリスクを考えたら危険すぎる。……そんなの、確かめないと気が済まないよね?兄さん」
「それで、お前が導き出した問題の施設。それが、厚生省ノナタワー。この場所……」
何の変哲もない、ただの日本の省庁本拠地の1つ。しかし、玲が手にしているPCに映し出されているマップに目をやると、不可解な、怪しい点を見つける。
「サイマティックスキャンで収集された、あらゆるデータの中継地点。おまけに、このエリアの消費電力は明らかに偽装されてる。ほぼ間違いなくシビュラシステムはこの中に隠されてる。」
「……なるほど。電力消費が圧倒的に激しいのは、最上階付近と地下。屋上近辺は電波塔、電力消費が激しいのは当然――」
「案内表示には地下4階までしかないように見るけど、手に入れた設計当初の図面には地下20階まであるんだ。…どう考えてもおかしい。」
刹那、微かに聞こえるパトカーの警報音。2人は地下4階へと続くエレベーターへ乗り込めば、互いに顔を見合わせる。
「父さんが関わっていた、シビュラシステム、その正体。僕たちを狂わせたその真実を解明して、全てを破壊する。……そしてお父様の望みでもある。」
"お父様"、自分たちを利用していると、狡噛舞白は口にしていた。琉の表情が曇っていく。
「……玲、……俺たちは……」
深刻そうな表情を浮かべる兄の手をギュッと掴む。何かを悟ったような表情。微笑が口角に現れていた。青い瞳は、まるで全てを見透かしているようだった。
「兄さん。僕達は…、全ては父さん、母さんの為に。そうだよね?」
「……あぁ」
「こんな国があるせいで、僕達は全てを奪われたんだ。父さんも、母さんもきっと分かってくれる。」
「…………」
兄は口を紡ぐ。弟の言葉に、掴む手の力に、底知れない何かが込められているようだった。あのことは口にできない。するべきでは無い。……むしろ、弟は全てを黙認していたのか?
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"弟のポルックス君。パッと見、幼くて子供っぽいけど、実は兄より神経質で几帳面、内省的で、おそらくあなたよりも狡猾なはず"
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彼女の言葉が蘇る。目の前にいる弟は、自分よりも遥かに特別な存在だった。天真爛漫なその表情は、それをいつも覆い隠していた。
「その為に、僕たちに全てを与えてくれたのはお父様だ。与えられたこの力をこの時のために発揮する。」
エレベーターが止まり、電子盤に地下4階と表示される。扉が無音で開けば、薄闇の空間目の前に現れた。
「神様は、僕たちを見守ってくれてる。moG作戦は僕達で終わらせるんだ。……兄弟たちの為に、僕と兄さんで――」
2人はエレベーターから降り、視線を向け合う。兄はそっと弟の目元に触れ、口角に弧を描く。
「お前の言う通りだな。全てここで終わらせよう。……俺たちはその為に生きてきた……この日のために……」
様々な闇に囚われた2人は、もう後戻りなどする気はなかった。
「カストルとポルックス。お父様は僕たちに名前を与えた。文武両道に秀でた英雄……。その意味を成すためにも。」
「……神話通りの結末に―――」
ボソッと兄は呟く。しかし、弟には聞こえていない様子だった。
「何か言った?兄さん」
「……いいや、イーダースとリュンケウスが現れないことを祈っているよ」
イーダース、リュンケウス。その名前に玲は可笑しそうにケラケラと笑う。カストルとポルックス兄弟と、最後まで争ったもう一組の双子の兄弟の名前。前を歩く玲はその場で足を止め振り向けば、じっと琉を見据える。その表情はゾッとするほど妖しく、儚げで美しい。
「……神話通りにさせない。カストルとポルックス、兄さんと僕。人間の子と神の子。違う運命を、絶対に兄さんには辿らせないさ。」
そう言い放つと、再びニッコリと笑みを浮かべ先へと進んでいく。琉は弟のその言葉に悲しげに眉を下げるも、目的を成し遂げるために歩みを進め始めた。
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柔らかな光、穏やかな波の音。パラパラと本を捲る手を止めると、男は手元から視線を離す。
冷酷で冷めきったような声、しかし芯のある、1度聞いたら脳裏に残り続けるような声がその空間に響き渡る。
「「ギリシア神話のカストルとポルックス。」」
1冊の神話が記された本をパタンと閉じ、傍らに置けば、そっと砂浜のさらさらとした白い砂に触れ、男は語る。
「「大いなる神、ゼウスとスパルタの王妃レダの間に生まれた双子の兄弟。…しかし、カストルは"人間の子"として。ポルックスは"神の子"として生を受けてしまったが為に、2人に悲劇が起こるそうだ――」」
ゆっくり立ち上がれば浜辺へと歩みを進める。
「「2人は成長し、文武両道に秀でた勇者となり、アルゴ船の遠征に参加して大活躍をし、一躍有名人に。……その後2人はイーダースとリュンケウス兄弟と戦うことになるが、カストルはイーダースに殺されてしまう。弟を庇ってのことなのか、それとも自身の力を見誤ったのか?はたまた、人間の子だと言うことから貧弱だったのか――」」
足先にひんやりとした水の冷たさを感じる。太陽も月も存在しない、その無の空間をじっと見据えていた。
「「だが、ポルックスはイーダースが投げた石が当たっても、リュンケウスの槍で突かれても死ぬ事が出来ない。……そこで、自分が神の子だと気づいたポルックス。兄弟の運命の違いに嘆き、悲しみ、自分の命と引き換えにしても生き返らせろと、父親のゼウスな頼んだそうだ―――そして、聞き入れた父親は2人を天に召し上げ、星にした―」」
男はゆっくりと瞼をと閉じる。視界は闇に覆われ、波の音がやけに耳に流れ込んでいく。
「「僕は、神だの宗教だの、目に見えない空想のような、伽話のようなものは特に興味はないんだが……。実に、悪魔的で残酷で、人々を魅了し、利用する彼ら行動は嫌いじゃなかったよ。」」
「「……むしろ、評価するよ。孤独に襲われた兄弟が、それを恐れず、むしろ孤独を武器へと変えた。」」
「「――さて、宇和城兄弟。君たちはどんな運命を辿るのかな。」」
槙島は瞼を持ち上げると、法悦の笑みを浮かべる。
静かな無の空間に響く波の音が、やけにキラキラと光を帯びているように感じていた。
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