PSYCHO-PASS -confrontation of orphen-   作:鈴夢

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林檎畑と初恋

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

寝室のベッドに寝転ぶ。

傍らにダイムが擦り寄ると、ふわふわとした柔らかな毛並みに、顔を埋める。

 

 

昨夜の舞白の姿が、やけに鮮明に脳裏に浮かぶ。

 

シビュラに反し、恋人と心中しようとした2人に言い放った言葉や、身を呈して水瀬を守った姿。

昔の、必死に後ろをついて回っていた頃の舞白は、もうそこにはいなかった。

 

そっと目を閉じる。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

あれはいつだろうか

 

公安局キャリア研修所に入所する数日前。

あいつはまだ、小学生で…

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

「あーあ…明日からしばらく

みーんなに会えなくなっちゃう」

 

む〜…、と口を尖らせイジける様子を見せる。

 

「ほら、零すぞ」

 

狡噛宅にて、テーブルを介し向かい合う2人。

ゆらゆらとジュースの入ったコップを揺らしていた。

 

公安局刑事課へ入局すると決めた、狡噛と宜野座。

本来狡噛は教師になりたいと、決めていたのだが、何故か刑事への道を選択することに。

 

それに伴い、新人刑事として配属されるまでの約半年間。

研修所にて厳しい訓練を受けなければならなかった。

自宅に戻れるのは、恐らく長期休暇のみ。

 

まだ8つ程の幼い舞白にとっては、大きな悩みの種。

親戚の手を借りつつ、ドローンの力を頼りながら、この家に長期で1人で住むのは、初めての事だった。

 

「だって…お兄ちゃんも、ノブ兄も、青柳お姉ちゃんも、

みーんな一緒でズルい…」

 

「休暇は必ず遊びに来てやるから、

それに留守番は慣れっこだろう?」

 

この頃から、妙に生意気に、大人びていた舞白。

冷めたような目付きが、彼女の幼さを徐々に消し去っていく様子だった。

それもそのはずだった、独りで何もかもこなさなければならない環境に、順応すればする程、そうなるのは当たり前。

 

「はーーい…」

 

ツンケンした様子で、傍らに置かれていた本を見つめる。

宜野座も気になっていたその本。

 

谷崎潤一郎の『春琴抄』

夏目漱石の『三四郎』

島崎藤村の『初恋』

 

かなりボロボロの文庫本。全て恋愛についての文献。

一体狡噛は何処で手に入れたんだ、と

それにまだ舞白には早すぎる内容の本に、あとで兄を問い詰めてやろうと考えていた。

 

「昔って、自分が好きになった人と一緒に過ごすのが当たり前だったんだね。」

 

唐突に口にした事は、珍しく恋愛の話。

 

今の時代、シビュラが自動的に相性を測り、恋人適性等により、結婚相手を選択する時代だった。

勿論、そんなものを使わずとも一緒になる人間も居るだろうが、それは稀だ。なんせ、相性が良いと最初から分かれば、幸せになれる方を選択するのが当たり前だった。

 

「まだお前には早い話だ、10年早い」

 

舞白は島崎藤村の初恋を手に取ると、ニコニコと微笑む。

 

「私、どんな本の中でもこの本が一番すき!

本というか…詩集なんだけど…

林檎の話があってね…」

 

簡潔に話されていく内容。

幼なじみの少女と少年の初恋の話。

 

少年が林檎の木の下にいる少女を遠くから眺める。

「まだあげ初めし前髪」という出だしで始まる文章。

 

明治時代、女性は12歳~13歳頃になると、大人になった証として髪の毛を結う風習があった。

昨日までとは違い、髪を結って少し大人びた彼女を見つけて、少年は初めて"恋"をする…

 

「まだ」という表現を付け加えることで少女の幼さ、結い上げたばかりの髪、そして少女は今まさに子どもと大人の境目にいることを強調している様子。

しかし、遠くから眺めている少年は、その少女の元へは向かわず、ひたすら眺めるのみ。

その後の文章には「前にさしたる花櫛の花ある君と思いけり」と続き、大人びた少女を前に、髪に花が咲いたように思うほど見とれたと解釈する。

 

ついこの前まで、あどけない少女が急に大人へと変わっていく様子。

相手の些細な仕草や少し大人びた様子に惹かれて恋をする。

 

少年少女の恋の始まりを描いた詩に舞白は心惹かれるものがあった。

 

「舞白も、こんな素敵な恋したいな〜」

 

本をパタンっと閉じ、夢を見る少女のように目をきらきらとさせる様子。

そういえば、昔から"王子様"だとか、夢物語を口にするような少女だったと思い出す。

 

「相性のいいやつをシビュラが…」

 

「そうじゃないの!

もー…、ノブ兄は夢がないな〜」

 

呆れ顔の舞白は再び口を尖らせる。

 

「好きになった人が、たとえシステムに相性不一致だとか、不相応だとか言われても…

舞白はね、好きになった人と絶対一緒にいたいの!」

 

なんの穢れもない、真っ白な心を持つ舞白の言葉は、何か刺さるものがあった。

 

そして、小学校中学年の子供が言うことではないだろう、なんて思っていると、玄関の方から物音が聞こえてきた。

 

「あ!お兄ちゃん帰ってきた!!」

 

椅子から飛び降り、リビングの扉を開くと、兄に抱きつく舞白。

先程まで大人びて会話している様子が嘘のようだった。

 

「ありがとな、ギノ。」

 

「別にいつもの事だろう」

 

朝から、日が暮れる今の今まで子守りをしていた宜野座。

狡噛は遠方に住んでいる親戚達に会うため、舞白を宜野座に任せていたのだった。

 

「……それより、お前。

まだ早いだろう、この本は…」

 

テーブルの恋愛本3冊を指さすと、狡噛はくくくっと笑みを浮かべる。

 

「それは俺の本じゃないさ」

 

「…?」

 

「雑賀先生だよ、ほら、あの講義の…」

 

以前、舞白を連れて雑賀譲二の自宅へ特別講義を受けに行った時、妙に舞白が恋愛小説を読み漁っていたものだからと、借りているらしい。

 

「……あの人は…全く…」

 

宜野座は雑賀の名前を聞くと諦めている様子だった。

しかし、あの男は舞白をどう思っていたのか、と…

 

 

「いーの!

いつも読んでる本より、楽しくて…うきうきするの…」

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

 

 

「…………っ……夢か…」

 

目を閉じて、気づいたら浅い眠りに落ちていたようだった。

 

時計を見ると、恐らく30分ほど眠っていたらしい。

気づけば傍らのダイムは姿を消していて、寝室の外からは声が聞こえる。

 

 

宜野座はゆっくりと体を起こし、寝室から姿を現す。

目の前にはすでに着替えを済ませ、しっとりと髪の毛を濡らしていた舞白がダイムと戯れていた。

 

寝室から出てきた人物に目を向けると、起こしてしまったかと申し訳なさそうな様子だった。

 

「…ごめん、起こしちゃったね?」

 

「いいや…大丈夫だ」

 

舞白にゴロンとお腹を見せ、尻尾を振るダイム。

その傍らでしゃがみこみ、ヨシヨシと撫でているそれは、昔の幼い頃の姿と全く同じだった。

 

 

「よし…、じゃあ帰るね?

ヘトヘトだったから本当に助かった…」

 

スーツのジャケットを羽織り、鞄を手にすると、外へ繋がる扉へと向かう。

 

「また明日の夜、当直勤務よろしくお願いします!

宜野座さ…」

 

宜野座さん、と言う言葉と共に振り向こうとする。

 

刹那、ガバッと背後から体を包まれるように抱きとめられると、驚きのあまり、手から鞄が滑り落ちる。

 

 

「宜野座…」

 

「さっきは悪かった、変なことを口にして。」

 

グッと抱きしめる腕に力が篭もる。

湿っている髪の毛が、宜野座の頬に当たると、ひんやりとした感覚が伝わる。

 

「…本当だよ、"らしくない"

いつもあんなこと言わないのに。

…深山と水瀬の事、考えてたんでしょう?」

 

くるっと振り向けば、クスクスと笑みを向ける。

宜野座を見上げる舞白の表情は、あの頃の幼さを何故か妙に感じさせた。

 

 

「私が好きなのは、宜野座伸元、あなたです。

…たとえ、また私がここから離れたとしても、その気持ちは変わらない、ずーーっとね」

 

「舞白……」

 

ムギュっと舞白は両手で宜野座の頬を掴むと、とある詩の一部を口にする。

 

「林檎畑の樹の下におのづからなる細道は誰が踏みそめしかたみぞと問ひたまふこそこひしけれ…」

 

島崎藤村 初恋、最後の一文

 

成長した林檎の木、林檎畑となったその場所。

それは即ち、少女の成長を暗示していた。

 

「おのづからなる細道」、少年少女が林檎の樹の下に通い続けた証。

道、ではなく、細道という言葉が、やけに一途な恋心を思わせる。

それと同時に、時間の経過も表していた。

 

最後の「誰が踏みそめしかたみぞと問いたまふこそこひしけれ」

二人が通い続けたからと分かっていながら少年に尋ねる様子から、少女のいたずらっぽさが見受けられ、そしてその少年もそこがたまらなく恋しいと、「こそ」という已然形を用いて強調し、2人の息の合った微笑ましい様子が伺えた。

 

また、その一方彼らは2人の恋の進展を振り返っているようにも受け取れる。

今なお枯れることのない永遠の恋を意味していたのだった。

 

 

 

舞白は手を離すとくくくっと笑みをこぼす。

 

 

「"初恋"だろう?」

 

「そう、正解!」

 

「お前が一番好きな文学作品だ」

 

「すごい、よく覚えてるね…

…あの本、雑賀先生に返しに行かなきゃ…」

宜野座の掌が、舞白の頬を撫でる。

 

 

「お前は、大人になったようで、元は変わらないんだな。」

 

「…それって褒めてるの?バカにしてるの?」

 

ツーンと口を尖らせると、宜野座はクスクスと笑みを零した。

あの時と全く変わらない、そんな彼女が愛らしくてたまらなかった。

 

そして刹那、その空気を壊すかのように

舞白のお腹から大きな音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

「……そういえば、私何も食べてない…」

恥ずかしそうに腹部を押さえると、宜野座を再び見上げる。

 

 

 

 

「…何かご馳走して欲しいな〜」

 

「全く…お前は…」

 

 

呆れた笑いを浮かべ、2人は再び室内へと戻っていく。

 

 

その様子をソファの上から、ダイムは尻尾を振りつつ見守っていた。

 

 

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