PSYCHO-PASS -confrontation of orphen-   作:鈴夢

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9章
表の共犯者達


 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

9月29日 正午過ぎ――

――公安局ビル 51F 展望テラス

 

 

 

ベンチに腰かけ、デバイスで、とある報道番組のニュース映像をじっと見る舞白。左目は腫れ、ジクジクと痛みを増していた。そして寝不足、溜まる疲れ……

 

落ち着いて仮眠を取れるはずもなく、虚ろな右目は画面を見据え続ける。

 

 

あの時、あの場所で――

放たれた青い閃光、割れたドミネーターの声。

 

あの地下に、誰にも見つからず辿り着ける人物。どんな対象でも関係なくドミネーターを使える人物。そんな規格外な者は"彼ら"しか有り得ない。

 

 

「((……シビュラシステム))」

 

 

デバイスから流れるニュース番組の音声は耳に入る訳が無い。

 

『昨夜未明。厚生省シンボルタワーでの爆発――』

 

『この事態を受け、公安局局長 禾生壌宗局長は会見を開き――』

 

『――若者たちを騒がせていた、カストル、ポルックスの身柄は――』

 

 

 

 

 

 

 

「…………相変わらず、この国は隠蔽が得意――…」

 

 

ボソッと呟けば、デバイスの画面を消し、ゆっくりと後ろに顔を向ける。

 

テラス入口に立っていた人物に気づくと、舞白は何ともはなしに、無心な微笑みらしいものを浮かべる。

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。朱さん。」

 

「お疲れ様。舞白ちゃん。」

 

 

常守は手に缶コーヒーを2つ手にしており、舞白の隣へと腰を下ろせば、ひとつを手渡す。舞白は礼を口にし、缶コーヒーを受け取ると、真っ直ぐと目の前のビル群へと視線を向ける。

 

 

 

「左目の調子はどう?まだ痛む?」

 

常守は左隣の舞白に心配そうな視線を向ける。サラサラと長い白髪が靡くその姿は、儚げにも感じる。

 

「恥ずかしながら、結構強い一撃を食らったみたいで…。そこそこ痛みます。でも唐之杜さん曰く、薬が効けば痛みも引くし、視力にも影響は無さそうだって……」

 

「うん、それなら良かった。……でも、ごめんね。また危険な目に――」

 

「……朱さん、そればっかりですよ?私は自分が成すべきことを果たした迄――」

 

 

 

 

 

 

 

「――地下で何があったのか、教えてくれない?舞白ちゃん」

 

 

舞白はその言葉に、ビル群に向けていた視線をサッと常守へと向ける。穏やかな笑みを浮かべていた常守はそこにいなかった。

 

押さえていた苛立ちの堰が切れるような、我慢のならない憤激を抱いているような瞳だった。そんな表情を浮かべるのは珍しい。いつも温厚で冷静沈着な常守からは想像ができない様子だった。

 

常守は察していたんだろう。地下で何があったのか、容易に想像がついたらしい。

 

 

舞白の表情が一瞬怯むような皺を浮かべる。

 

常守から見た、舞白の顔。いつもの美しい眼と唇、爛漫さを窺わせる表情。しかしそれは、定まらぬ考えを反映するように、ぼやけて見えた。

 

 

「……分かりました。しかし、私の妄想、憶測かも知れません。あくまで私の身に起こったその時の出来事をそのまま伝えます――」

 

 

 

 

そして舞白はあの時のことを語り出した――――

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

同刻――

刑事課一係オフィスにて

 

 

 

分析室で調べ物をしていた霜月が、久方ぶりにオフィスへと戻る。六合塚は引き続き分析室で職務を。雛河と須郷は任された仕事を終わらせ、休息を取るために執行官宿舎へ。

 

 

自分以外、オフィスには居ないはず――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宜野座さん。なんでここに居るんですか?」

 

「なんでって……。俺は一係の執行官、」

 

「そういう意味じゃないです。まだ本調子じゃないですよね?さっさと病院に戻って安静にしてください。……デバイスから宜野座さんの声が聞こえた時は、本当に自分の耳を疑いましたよ――」

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

たった2日前に目を覚ました宜野座。

 

本人も、目覚めた時はかなり動揺した。体は鉛のように重く、左腕に感覚はない。体に繋がれた管、口と鼻を覆っていた呼吸器。

 

ぼんやりと揺れる視界の先に映ったモニターに目を向けた時は、頸から鳥肌立つような衝撃を受けたらしい。9月27日と表示されたその画面から目が離せなかった。確かあの日は8日。半月以上もの記憶がない。

 

 

その瞬間、身体中にアドレナリンが分泌されるような感覚。事件はどうなった?あれから何が起こっているのか?一係は?……舞白は生きているのか死んでいるのか――

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

「別にもう何ともない。心配かけて悪かったな、監視官。」

 

 

ケロッとした様子でいつものようにデスクに佇む宜野座の様子を見て、何を言っても聞く耳を持たないだろうと、霜月は盛大なため息を吐く。

そして、自分のデスクへとスタスタと歩みを進めれば、椅子へと腰かけ、じいっと宜野座へと視線を向けていた。

 

 

 

「有り得ないでしょ、本当に。もしかして左腕だけじゃなくて、実は全身サイボーグになってたりして。」

 

「正真正銘、生身の人間だ」

 

すっかり馴染んだ左腕の義手を動かし、小さく笑みを浮かべていた。霜月はデスクに肩肘を立てれば、顎を乗せ、眉を顰める。

 

「舞白が戻ってきたら、なんて説明するつもりよ。病院で安静にしてるだろうって、あの子はそう思ってるわよ。」

 

「休んでないのか?」

 

「……そうみたい。私も分析室にずっと居たから直接は会えてないけど。さっき先輩と会った時、チラッと様子を聞いたのよ。」

 

 

怪我の治療を受けた後、本来であれば昼過ぎまでは、間借りしている執行官宿舎で休息を取る予定だったと。しかし姿は無く、刑事課の仮眠室にも姿は無い。

 

どうやら、オフィスの自分のデスクで報告書を纏め、なにか思い悩んでいる様子だったとか。

 

 

「カストルとポルックス。2人が仕組んでいた計画はなんとか阻止できた。結果として弟の宇和城玲はタワーから落下して死亡。兄の宇和城琉に関しては、死体が上がってない。」

 

「正に"神隠し"だな。」

 

「……何上手いこと言ってるんですか。そんなこと言ってる場合じゃないんです。死体が見つかっていないことは、一係だけにしか知られていないのが不幸中の幸い。処理したと言えば誰も怪しまないですから。」

 

霜月はデスクから肘を離し、深く椅子によりかかれば天井に視線を向ける。

 

「傍から見れば、舞白が宇和城兄を逃がした、なんて捉えられる可能性だってあります。…箝口令が敷かれて正解――」

 

 

「かなり前の話だが、過去に一係の執行官が、ノナタワーの地下調査中に行方を眩ませた、なんて事もあった。その時と全く同じだろう。」

 

 

縢と全く同じ状況。彼もチェ・グソンを追った際に、行方不明となり、データ場では"失踪"となっていた。しかし、当時執行官だった狡噛も、監視官だった宜野座も、そんな事は有り得ないと断言していた。結局そのまま、他の係に調査を委任し、蔑ろになったまま――

 

さすがに宜野座も、舞白が凶悪犯を逃がすはずは無いと考えていた。霜月は、とある可能性を考えていたが、それを口にするわけにもいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結局、有耶無耶になった事件でしたね。まさか、またサンクチュアリが絡む事件が起こるなんて、数ヶ月前は本当に驚きましたけど。」

 

もっとあの時、自分たちが対処していれば、プルトニウムが強奪される事は無かったかもしれない。今更悔やんでも仕方は無いが、まさかこんな大事件に繋がるとは、想像もしていなかった。

 

そして外務省行動課の花城によれば、宇和城兄弟を利用していたと思われる欧米諸国の組織の調査は止められたらしい。国防省、経済省、厚生省……ありとあらゆる省庁の上層部達の決定。開国を進めている今のこの状況を荒立てたくないのだろう。

 

しかし、それを恐らく取り決めたのは、各中央省庁の高級官僚達、即ちシビュラシステム構成員。あまりにも闇が深すぎる事件であったことは間違いなかった。

 

 

「…………」

 

宜野座は天井をぼんやりと見上げる霜月に視線を向ければ、何も口を挟むことも無く、目を伏せる。

 

 

「"罪と罰"、"汝自らを知れ"――

……彼らのメッセージは、そんな私たちに宛てた警告だったのかも知れませんね。」

 

 

 

結局、闇に葬られた彼らの真実。

 

彼らは神の名前を名乗ったものの、最後まで孤独だった。その正体を明らかにされず、世間にも知られず、同調した若者たちでさえ、時間が経つと2人のことはまるでなかったかのように記憶から抹消されていく。

 

 

――汝、自らを知れ――哲学者、ソクラテスの言葉

"自分の無知を自覚し、自分の心を高めるように励め"

 

 

 

この国で生かされている人間たち。

彼らは、犠牲の上に成り立つその事実を、伝えたかったのだろうか。

 

自分の無知を自覚しろと。その傲慢さを、最大の悪徳を。

 

人間として"善く生きる"こと。それこそが他の動物にはない人間の優れた性質。

 

"善く生きる"ためには、"善"について知らなければならない。おそらく、この国の人間に"善"について問いただせば、殆どの人間は知っているかのように答えるに違いないだろう。知らないという自覚がない限り、人は知ろうとしない。そんなこの世に、彼らは諦めを抱いた。

 

正しく知ることが正しい行為に繋がる。そして幸福へと――

 

 

傲慢な人間たちに、身をもってそれを知らせようと、数々の強硬手段に走った彼らは、結局何も得られず、"善く生きる"ことを説くことも出来なかった。

 

 

 

「残酷で、身勝手で、決して許されない彼らの悪行。でも同時に、私たちも、無知さを改めないといけないのかも知れない。この安寧の地に身を委ねて平和ボケしている私たちも、ある意味犯罪者……共犯者です。」

 

 

霜月は視線を戻し、炯々と目を光らせる。

 

 

 

 

「舞白も同じことを言うだろうな。」

 

 

「…先輩も、同じことを考えてるはずです。」

 

 

2人は視線を交わすと、疲労の滲んだ嘆息を洩らした。

 

 

 

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