PSYCHO-PASS -confrontation of orphen- 作:鈴夢
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――同日 17時過ぎ
88F 局長執務室――
「不躾だな。君を呼んだ覚えは無いが――」
コツ、コツと禾生のデスク前へと歩みを進める人物。目の前へ立つと、真っ直ぐと冷たい瞳で相手を見下ろしていた。
その人物の瞳の奥底、軽蔑の視線が執念深い鏃を無数に突き刺す。
「何用かな?常守監視官。」
禾生は両肘をデスクに置き手を組めば、目の前の常守を見上げる形で視線を向ける。ひしひしと伝わる殺意に似たその瞳。常守はグッと拳を握り締めていた。
「……シビュラシステム。あなたには失望したわ。」
「珍しいな。君がそこまで感情を露にするのは――」
余裕そうな、冷静な眼差し。
その様子に常守は微かに苛立っている様子。
「この事件。あなた達はこの結果を分かっていた。そうでしょう?」
ギョロっと禾生の瞳が動く。
「あくまでも、我々が行ったのは"リスク計算"。君たち刑事課一係の能力値、そして予測される彼らの行動を照らし合わせ迄だ。」
「混乱に乗じて、再び彼女を引き込もうとしたわね?」
「フフッ…、君がここに来た理由はそれだろう?」
「…そして、あなた達はもうひとつの目的を果たしたはずよ。」
常守の言葉に、禾生は手を組み直すと、怪しげに口角に弧を描き、視線を向ける。常守は1歩デスクへと近寄れば、両手をデスクに置き、相手を見据える。
「教えなさい。宇和城琉をどこへやったの?」
消えた人間。間違いなく、舞白は逃がすようなことは絶対にしないはず。だとすれば、残された可能性はひとつしかない。
宇和城琉を、システムの一員に引き入れた。
それしか考えられないのだ。
「極めて貴重な、稀な存在、人工サヴァン。彼ら兄弟はIDすら、シビュラシステムのサイマティックスキャンでさえ犯罪指数を計測できない存在。…でも免罪体質者では無い、特殊な存在に興味を持ったあなた達なら、彼らを取り込むに決まってる。身内も存在しない彼らを取り込んでも、咎められる事はない都合の良すぎる存在なのだから――」
貴重なモデルケース、それを実験的に取り入れるとしても、決してシステムに悪影響を及ぼすものでもない。
常守は彼らが現れてから、関係するであろう様々なものを調べ尽くしていた――
そもそもサヴァン症候群は脳に深刻な障害を負いながらも、ある一定の領域にのみ卓越した才能を示す状態の総称である。その才能の領域は絵画や彫刻などの芸術表現をはじめ、音楽や計算、記憶など多岐にわたることが知られている。
しかし、IQそのもの自体が高いという訳では無い。先天的にサヴァン症候群を発症したという、大昔の双子の兄弟のデータによれば、IQは60程しか無かったとか。
対価と言う言葉は間違いかもしれなが、その代わりに4万年前や4万年先の任意の日付の曜日を言い当てる“カレンダー計算”の能力や床に落ちたマッチの本数を瞬時に言い当てる計数の能力、更には少なくとも8桁の素数を言える能力、他にも様々な特化した能力を手にしていた。
昔の研究結果によれば、サヴァン症候群を大きく3つに分けられていることも分かった。
1つ、先天的にサヴァン的な能力を示す自閉性サヴァン。2つ、事故や疾患により後天的にサヴァン的な能力を発揮する獲得性サヴァン。3つ、磁気や電流を脳に与え、一時的に脳機能を抑制することでサヴァンに似た能力を示すようになった一過性サヴァン。
おそらく彼らは3つ目に当たるだろう。しかし、イレギュラーすぎるのだ。IQは異常に高く、身体能力も高く、サヴァン特有の能力を、まるで"良いとこ取り"しているような――
シビュラシステムは、サヴァン症候群の脳機能を理解するうえでも、魅力的な題材であるといえる。
「あなた達が欲している、免罪体質者。それは生まれつき"罪人"であり"聖人"である存在。 従来の人類の規範に収まらないイレギュラーな人格の持ち主であり、他者に共感することも情に流されることもなく、人間の行動を外側の観点から俯瞰し裁定出来る資質を持つ人間たち…」
常守はデスクから手を離すも、冷たい視線で見下ろしたまま口を開く。
「まるで神に成り代わったような、彼らの存在は美味しいはずよね?システムの更なる成長の為にも――」
「君は随分、知らなくても良い事に足を突っ込む事が好きなようだね。」
常守の言葉に言い返すようなことはなく、まるで全てを認めたように小さな息を吐く。そしてデスク上に、ある人物のIDデータを映し出す。
「狡噛舞白に関しては訂正させてほしいね。…この前も話した通り、彼女とは約束をしているはずだよ。君もその場に立ち会っていたはずだ――」
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"こちらとしては、外務省の特殊部隊に、君のような人材を置いておくのはむしろ好都合だと判断した。シビュラシステムの真実を知り、特異な免罪体質を持つ、そんな君を利用する他ないとね"
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「信じられるわけが無い」
舞白の話が真実であれば間違いないのだ。信じられるわけが無いと、常守は言い張る。
「あの場で、宇和城琉が狡噛舞白を庇うであろう事は予測できたことだ。…言っただろう、リスク計算を行っていると。もし狡噛舞白にパラライザーを打ち込んでいたら、どうなっていたか、君のその頭なら分かるはずだ」
「……」
2人の行動を止められた場に、唯一居た舞白を撃てば、確かに成すすべは失くなっていた可能性は高い。それこそ、彼らの復讐は全て成し遂げられていたのだ。例え、爆発物を安全に確保したとしても、頭のいい彼らなら、シビュラシステムの全容を国民全員に告発する可能性もあった。
あらゆる可能性が考えられる。
しかし、それでも常守は信じられなかった、信じたくなかった。
「何にせよ事件は解決。君がこれ以上、この事に足を突っ込む必要性は無い。引き続き、君は君の仕事を成し遂げれば良い、それだけだ。狡噛舞白も監視官としての任期は明日が最終日だろう?…我々と密に関わることも少なくなる―――」
禾生はゆっくりと椅子から立ち上がれば、目の前の常守の左肩に手を伸ばせば、トンっと手を乗せる。
「今後も、君の働きに期待しているよ。常守朱監視官――」
常守は変わらず、鋭い眼光で相手を見据えていた。
まさに"不倶戴天"
あからさまな憎悪と猜疑が混じった目の色に染まった彼女の瞳は、今の今まで、誰も目にしたことがないだろう。そして想像もできないはずだ。
「あなた達に、未来はないわ、シビュラシステム。…例え、更なる成長の兆しがあったとしても――」
「必ず、いつか誰かがあの部屋の電源を落としにやって来る――」
常守はそう言い残せば踵を返すのであった。
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