PSYCHO-PASS -confrontation of orphen-   作:鈴夢

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焦がれた夢の続きを、

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

同日 21時過ぎ――

――執行官宿舎

 

 

舞白はパッと目を覚ます。

薄らとぼやけて見える天井。相変わらず遠近感は掴めず、違和感はあるものの、薬が効いてきたのか左目の痛みは消失していた。

 

ベッドからゆっくりと体を起こし、殺風景な部屋を見渡す。ここで寝起きするのも今日で最後。家の修繕も無事終えたと連絡が入れば、自分の私物をまとめなければとため息を吐く。

 

そもそも、公安局刑事課一係監視官補佐、という役割も明日で最後。なんとか自分の在籍中に、あの事件を片付けることができたと安堵した反面、微かに心の奥底にシステムへの不信感が湧き上がっていた。外務省へと戻れば、接点はほぼ無くなるのは事実ではあるものの、気分は良くない。

 

 

「…………何か食べないと」

 

床に足をおろし、ゆっくりと立ち上がる。ふと右手で顔に触れるも、無機質なヒヤッとした感覚に体が跳ねる。そういえば、右腕は義手だったんだと、寝惚けているせいか、未だにぼんやりとしていた。

 

キッチンへと向かいオートサーバーの機械を起動すれば、軽食を用意する。その間も、シンクへと両手を付け、俯く形で足元に視線を落とす。

 

 

 

今日の昼過ぎ、常守と別れた後、さすがに休息しなければ体が持たないと判断し、いつの間にかこんな時間までぐっすりと眠っていたらしい。左手首のデバイスを目にするも誰からも連絡は入っておらず、全員が察して連絡を控えてくれているのだと分かっていた。

 

 

「ふー……」

 

 

和食テイストの低カロリーの軽食が出来上がれば、機械から取り出し、テーブルへと持っていく。ゆっくりと椅子へと腰を降ろすと"いただきます"と呟き、口へと運ぶ。

 

 

「……」

 

もぐもぐと口を動かしつつ、この3ヶ月間の事を思い返す。

 

外務省の人間だとはいえ、一係全員はそれを煙たがる事すらなく、むしろ自分の能力を存分に発揮させてくれていた。

 

特に霜月は、毎日のようにガミガミと口うるさかったものの、あれは彼女なりの精一杯の心配だったのだろう。どんな時も、自分の行動を気にかけてくれていた。そして今では、互いにかけがえのない親友として、一目置いている仲でもある。同い年で、何でも言い合える、彼女とはもっと早く会っておきたかったと思うくらい、信頼していた。

 

六合塚は、宜野座と同じく、昔から舞白のことを知っている唯一の人物でもあった。破天荒な行動をとる時はいつも"お兄さんと同じね"と呟けば、その行動に対して反対することなく、なんでもフォローしてくれていた。屋上から飛び降りた事件の時も、彼女がすんなりと助けてくれていなければ、おそらく重傷を負っていたに違いない。

 

雛河、正直何を考えているのか、あまり読めない人物ではあったものの、知識豊富で、とくに薬品の分析力に何度も助けられた。着任当初は、破天荒な行動に対し、否定的な雰囲気だったが、ここ最近では何でもすんなりと肯定してくれた存在でもあった。

 

須郷は自分と唯一、体力的に張り合える貴重な人物であり、トレーニング相手と言えば、宜野座よりも須郷と行うことが多かった。そして、須郷は花城に行動課にスカウトされた人物。本人は断ったが故に、一緒に働くという未来は無いのかもしれないが、通常業務でも一緒に組まされることは多く、今では何も言わずとも察して行動してくれる、頼れる人物だった。

 

 

「…寂しいな、たった3ヶ月だったけど――」

 

食べる手を止めると、デバイスを操作し、ふと写真のデータを見漁る。

 

 

「唐之杜さんには、仕事の事よりプライベートの事を話すことが多かったな。大人の目線でアドバイスも沢山くれて、落ち込んでた時は背中を押してくれて――」

 

分析室にて、六合塚とイチャイチャと写ったものを見ては、思わずクスッと笑ってしまう。彼女もまた、兄の狡噛経由で過去の舞白を知る人物でもあった。それ故に、恋愛相談はまるで分かりきっているかのように宜野座との間を取り持ってくれるような存在でもあった。

 

 

パッ、パッと写真を切り替えていく。過酷な任務がメインだったにせよ、単純にこの期間がとても楽しかった。もし、自分が6年前の職能適性通りに、公安局刑事課に配属されていたら、どんな未来だったのだろうか?と想像するほどに。

 

そしてふと、とある写真を目にしては、口角に弧を描き、小さく微笑む。三係の宮舘、如月監視官。食堂で向かいに2人の姿が移る写真。"撮るな!"と恥ずかしげに手を伸ばす如月に、可笑しそうに笑う宮舘。

 

当初は2人にめちゃくちゃ嫌われていたのは分かっていた。廊下ですれ違う度に、嫉まれているような視線を感じていたし、報告書に文句を言われたことも度々(今思えばちょっとムカつく…)。しかし、討論会の事件を境に、彼らも自分を見る目が変わったと感じていた。

 

 

「何だかんだ、シビュラシステムに選ばれた人達。根はみんな優しくて、真っ当な人達ばかり…」

 

監視官にせよ、執行官にせよ、根から嫌いになるような人物は誰ひとりとしていなかった。

 

 

 

「…朱さんには、本当に迷惑しかかけられなかったな。」

 

デバイスの画面を切ると、ふぅっと息をつき、椅子の背もたれに寄りかかれば天井を見上げる。天井に取り付けられた、回転するシーリングファン

をボーッと見ると、常守との会話や場面を脳裏に浮かばせる。

 

 

初めて出会ったのは、6年前のあの日。当時まだ執行官として在籍していた兄との面会日。帰りにお茶をしないか?と誘ってくれた朱さん。

 

自分と同じく、職能適性結果が13省庁6公司、全てにA判定が付いていたという話から始まり、進路に迷いを浮かべていた自分にアドバイスをくれたお姉さんのような存在だった。

 

公安局入りを反対した兄に対し、自分はどうすべきだろうかと問いかけた時、

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

"正直、いいか悪いかは分からない。でも、…でもね、自分にしかできないこと、その人にしかできないことがもしあるって思うなら、私はその選択は間違ってないと思う"

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

その言葉に何度救われた事か。実際に日本に戻って、外務省に入省すると決めたのも、常守の言葉が浮かんだことは間違いなかった。自分に出来ること、成すべきこと、成せること。それは良いか悪いかなんて分からない、だけど今、全く後悔はしていなかった。

 

シーアンで再会した時も、そしてシビュラシステムとの関係を知られた時でさえも、常守はどんな時も自分の味方をしてくれた。…おそらく、今回の件に関しても、常守の様子を見るからに、黙ってはいない様子だった。

 

良き上司として、何でも相談できるような姉のような人物。もし今後、常守の身に何かが起こったとすれば、自分は、自分の身を呈してでも救い出すだろう。それくらい、大切な存在であることは間違いなかった。

 

 

天井から視線を戻せば、皿に残されたにんじんの煮物に目を向ける。無意識に残していたことに、思わず自分でも小さく息を吐いた。

 

「…私は、いくつになっても変わらな……」

 

 

 

 

 

 

刹那、デバイスにメッセージを知らせる通知が1件入る。

 

 

 

 

 

「…"起きてるか?"……って、分かってる癖に…」

 

 

送信者は宜野座。

"起きてるか?′怪我の様子は?"ただそれだけなのに、内心連絡が来たことに嬉しくてたまらなかった。

 

霜月から聞いた話によると、彼は病院に戻ることなく、通常業務に戻ったとか。実は、ノナタワーで少し残って調査をしていた舞白は、それから宜野座には再会していない。

 

鬱陶しいくらいに伸びた長い髪の姿は、正直、自分よりも綺麗で嫉妬するほど。変わらず自分を瞬時に助けてくれた宜野座に、舞白は頭が上がらない。

 

 

 

外務省へと戻ってしまえば、おそらく簡単に彼にも会えなくなる。2人っきりで会うなど、おそらく一生叶わない。執行官の単独行動は許されていないし、そもそも自分が、今後は国内よりも、国外に居る事の方が増えるだろう。

 

 

舞白はじっとメッセージ画面を見て、思い悩んでいた。

 

「((…ここで返事をしたところで、後ろ髪引かれるだけ。辛い思いをするのは目に見えてる。))」

 

 

ここで会ってしまえば、きっと後悔する。明日、心置きなく"じゃあね!ノブ兄!またね!"と明るく別れを切り出せる気もした。

 

 

征陸に、"伸元を頼む"と言われたものの、やはり好いている以上、そばにいられない事がどれだけ残酷か、明日が近づくにつれて現実に苛まれているのを感じていた。

 

2ヶ月前、2人で過ごした時も、傍にいて欲しいと口走った自分に、今思えば殴り掛かりたい気分だった。完全に浮かれていた。そんな事は夢物語でしかない。普通の恋人たち、夫婦のように過ごせるわけがない。

 

だが実際、その気になれば、彼と婚姻関係になる事は可能だ。しかしそれには、様々な制約が課される。互いに幸せになれる事は、まずないだろう。しかし、それを口にしたとして、恐らく彼はそこまで望まない。…それに、私がそれを言う資格など持ち合わせていない。

 

 

「………」

 

 

デバイスを閉じようと右手の指を動かす。しかし、無機質なその指は、かたくなに画面を閉じようとしなかった。ふるふると微かに震える指。義手の癖に、自分の心情を思わせるかのように、生身の指と同じようにそれは小さく震え続ける。

 

 

 

 

ここで、会わないで終わったとして、本当に後悔しない?会ったことで後悔する気持ちもあるかもしれない…

 

でも、このまま……忘れられるはずもない。だったらちゃんと話したい。

 

 

 

 

 

 

"会いたい"

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

"…会いたかった、

ずっと、もう会えないかもって、考えるだけで……"

 

 

"もう決して離さない、絶対に。お前が何を言おうと、逃げようとも、"

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

新疆ウイグルでの出来事。

死の淵から救ってくれた彼は、私を諦めなかった。

 

 

 

 

お互い、何度も別々の道に逸れては再会の繰り返し。でも今度こそ、これが最後な気がしてしまう。

思いをきちんと伝えないまま、逃げるように去る事は、果たして自分は後悔するしない?

 

 

 

 

 

「……ッ…」

 

 

舞白は椅子から立ち上がると、裸足のまま一目散に駆け抜ける。

 

 

ただ、後悔したくない。このまま、また逃げるようなことをしたくない。

 

白銀の髪の毛を揺らし、彼女は部屋から飛び出す。

 

 

 

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