PSYCHO-PASS -confrontation of orphen- 作:鈴夢
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甘く柔らかい、暖かくて優しい。ふわふわと部屋に漂うカフェオレの香り。砂糖とミルクの分量も、昔と変わらず完ぺきに入れてくれて、何も言わず、そっとテーブルに置いてくれる。
口につけると広がるカフェオレの味。何故か分からないけど、いつもより甘く感じる。涙に滲み、若干赤く染まった顔を隣から覗き込む宜野座。眼帯テープを外した左目に、撫でるように指を添わせる。
「これでも腫れは引いたんだよ?結構マシでしょ?」
「見るだけで痛々しい…」
コトンとコーヒーカップをテーブルに戻し、隣に腰掛ける宜野座へ視線を送る。綺麗な切れ長の瞳。本人は昔からこの顔が嫌いだと口にしていたが、舞白は大好きだった。
昔は、少しトゲのあるような雰囲気を漂わせていた。しかし、伊達メガネに隠されていたその瞳の奥底は、本当は誰よりも優しくて、いつも自分を見守ってくれていたことを知っている。
シーアンで再会した時は、既にメガネを外しており"一体彼に何があったのか"なんて考えていたが。彼もまた、自分が放浪していた空白の6年間で、様々な経験や思いを重ねていたんだと知った。
前に進んでいく宜野座の姿。だからこそ自分も踏ん切りがついたのかもしれない。形は違えど、自分もこの世界で、生きていこうと――
「なんだ?そんなにじっと見つめて…」
「えっ…と……髪の毛伸びたな〜って」
じっと見すぎていたのを突っ込まれれば、慌てて相手の目から視線を逸らし、話を転換しようと、宜野座の長く伸びた髪の毛に目を向ける。
「いいな〜、直毛で綺麗な黒髪。もうちょっとしたら美佳ちゃんみたいにお団子にできるんじゃない?」
自身の白髪を指で絡め、くるくると回す仕草を見せる。
「そろそろ切らないとな。…なかなか切る時間も惜しかったからな、ここ数ヶ月は。」
「なんで?」
「……なんでって……そりゃお前……」
ぽかんと不思議そうに見つめる舞白に"鈍感な奴"だとため息を漏らす。そんな暇を作るのも勿体ないと考えていた宜野座。できるだけ、休みの日は舞白と過ごしたいと思っていたなんて、口にするのも恥ずかしい。
「私、もうちょっと短い方が好きかも。ほら!シーアンの時くらいの、ぴょこっとしたポニーテールくらい。」
宜野座の長い髪の毛に触れ、脳裏にあの時のポニーテールを思い浮かばせる。あれくらいが手入れもしやすそうだし、邪魔にならなさそうだし、そもそも霜月にも鬱陶しい!なんて言われないだろうし。
「お前がそう言うなら……」
「うんうん。それで、次会う時は――」
"次会う時"
それは一体、何時なのだろうか?
舞白がそう口にした瞬間、2人はピタッと時が止まったように体を強ばらせる。
今夜が最後なのだ。こうやって、部屋で2人っきりで、昔のようにどうでもいい事を、時間も気にせず語り合って、コーヒーを飲んで、足元にはダイムが気持ちよさそうに眠っていて――
こんなに幸せな空間、焦がれていたこの時間はあと少しで終わってしまう。部屋の壁掛け時計の秒針がいつもより早く感じてしまう。気づけばもう22時半を過ぎていた。24時間後の自分はどんな顔をしているだろう。
「……次……会う時……」
ツーーっと、頬に涙が伝う。
あぁ――、ダメだ
泣きたくない、もう泣きたくないのに
勝手に涙がぽろぽろと、こぼれ落ちてしまう。
怪我をした左目は感覚が無くなっていた、じんわりと涙の熱さのせいで麻痺をしているようだった。
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彼女の凛とした、柔らかな瞳から零れ落ちていく涙。こんな涙を見たのは初めてだった。天真爛漫な彼女からは誰も考えられないだろう。弱々しく、虚ろで、惑いに覆われたこの瞳は。おそらく、兄の狡噛にさえ見せたことがない表情だろう――
幼少期の頃から変わらない。
柔らかい瞼が開く瞬間が、どれだけ愛しかったか。
昔から俺の傍で眠る時、必ずお前は俺の胸元に耳を近づけていた。まるで、俺の鼓動で眠りたい、耳を塞ぎたい、そう言わんばかりに。
兄が潜在犯落ちしてからは、その孤独を埋めるように、白く華奢で柔らかい指を無意識に絡ませてきたお前の癖は、今も変わらなかった。
そしてお前は、決まって呟く――"ごめんね"と。
たった3ヶ月間。離れていた6年間を埋めるように、先も何も見えない自分たちの未来を背に、触れ合っていた、求め合っていた。
まるでそれを、"悪い事"のように、お前は何度も謝罪を口にしたんだ。いずれ別れが来る事が目に見えた関係だと、お前はそれを分かりきっていた。
俺も考えなかったわけじゃない。狡噛のように、ここから逃げ出す手段はある。親父のセーフハウスの在処も、その鍵も持っている。そこに、2人で身を潜めることさえも考えたこともある。
だが、それが正しいことなのか?
自分の欲のために、彼女に首輪をかけることを。
前を向こうとしている彼女に、それはあまりにも勝手で驕りだ。外務省、そして公安局刑事課一係の仲間たち。その出会いに恵まれ、温かい周りの人間たちに囲まれた彼女を見ると、その時は、不思議とその気持ちは消えていった。
だが、矛盾した自分の気持ちは、完全に消えることは無かった。ただ、彼女と居たいと。何処にも行ってほしくない、永遠に、隣を歩いて欲しいと。一緒に歩いた、あの浜辺の景色。何でも笑い合えた、鮮やかで優しい記憶が何度も俺の胸を抉り出す。
――この気持ちも、今しか伝えられない。
今夜が最後なんだ――
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「舞白。」
宜野座は右手を舞白の顔に近づければ、指で涙を拭う。ソファで上半身だけを向け合うふたり。黒と白の髪の毛。左腕、右腕の義手。潜在犯と免罪体質者。まるで対照的のような雰囲気を感じさせる2人がじっと見つめ合う。
「……何……?」
眉を顰め、悲しげな表情を読み取った舞白は、次に放たれる言葉に不安を感じていた。舞白も、そっと左手を宜野座の右手に添える。
「ずっと、俺の隣にいて欲しい。」
放たれた言葉に、目を見開く舞白。その言葉は、想像していた、突き放す言葉では無かった。
「身分違いで、俺がこんなことを言える立場じゃない。俺は潜在犯で、更生の見込みは無いし、この場所から出ることは出来ない。それに比べ、お前は外務省に選ばれた人間。色相も濁らない、文武両道で才色兼備―――」
刹那、思いっきり宜野座に抱きつくと、胸に顔を埋める舞白。宜野座は戸惑ったように、両腕に行き場を無くすも、しばらくすると、そっと彼女の背中を包み込むように腕を伸ばす。
「……私の、夢の続き……」
「……?」
彼の優しさに触れすぎた。
だからこそ怖かった。
孤独なフリなんて、そんなことが出来ないくらい、彼の優しさに触れすぎてしまった。だからこそ、舞白もまた、先の未来を夢見ていた。叶わないかもしれないけど、信じてみたいという気持ちが強くなる。
悲しみに昏れる日は、もう沢山だ。
胸に埋めていた顔をゆっくりと持ち上げ、宜野座を見上げる。涙は消え、顕になるのはいつもの笑顔。
「ずっと、手を握っててね。私がまた迷わないように、明日からまた、選んだ道を進めるように―――」
舞白は体を戻すと、ソファに正座をする形で座り直す。そして左手を伸ばせば、宜野座の右手の甲を包むように触れる。
「腕を失くしたのは正直辛いけど。左手と右手はこうやって、義手じゃなくて、ちゃんと温度を感じられるんだよね。」
宜野座は左腕、舞白は右腕。
しかし、失っていないお互いの片方の手は、まだ温度を感じられる。今更そんな事に気がつくのも、なんて思うも、そんな少しの幸せさえも嬉しかった。
「ずっと、手を繋いでてね、離さないでね。」
「……勿論だ。」
宜野座はそっと舞白の左手を掴めば、そっと甲に口付けを落とす。次は額に、鼻に、そして唇に―――
唇を離せば、ギュッと瞼を閉じた舞白に微かに笑みを浮かべる。そして、舞白の細い体を抱き寄せれば、愛おしそうに頭を擦り寄せ、瞼を閉じる。
宜野座の肩に顎を乗せた舞白はゆっくりとまぶたを持ち上げると。微かに眉を顰める。そして、そのまま、宜野座の耳元で言葉を続ける。
「……あのね。私決めてたの。
もし、こういう事になったらって、そうなったら話しておきたいことがあって―――」
「なんだ?話しておきたいことって―――」
抱きとめたまま、宜野座は聞き返す。
少しの沈黙の後、再び舞白は口を開いた。
「私ね、実は――――――」
その先の言葉に、宜野座は目を見開く。体を離して、彼女の顔を見ようとするも、舞白はグッと力を入れ、体勢を変えないまま話を続ける。
「…………このまま別れるなら、話すつもりはなかったの。でも、これから、ノブ兄と一緒に歩んでいくって言うなら話は別。」
「……舞白……」
「後出しでごめんね。……それでも、私と一緒に居てくれる?前言撤回するなら今のうちだよ。それでも私は哀しくない。……ノブ兄の気持ちが聞けただけで、私は果報者だから。」
ギュッと宜野座を掴む両手の力が強くなる。鼓動がジワジワと早くなる感覚。2人は抱き合ったまま、部屋の無音に覆われていく様だった。
宜野座は相手の言葉に一瞬驚くも、気持ちが変わることは無かった。小さく息を吐けば、再びぎゅうっと抱きしめ直す。
「未来は、いくらでも塗り替えられる。……俺が、塗り替えてみせるさ。」
その言葉に、舞白は安堵したように頭の力を抜けば、ごろんと彼の肩に首を持たれかかる。
生まれたばかりの淡い光に、舞白は希望が見えた気がした。胸が熱い。
きっと彼なら、どんな運命になろうとも、迷わないように手を握って引っ張ってくれるだろうと信じていた。
「お前が望む夢の続きは、必ず俺が捕まえる。……俺が必ず見させてやる。」
トントンと背中を叩かれると、泣きたくなるくらいの安心感に包まれる。まるで、昔に戻ったようだった。寂しくて孤独だった時、宥めてくれた宜野座の手の温度を感じる。
「……私の王子様はノブ兄だったんだね」
"なんちゃって〜"と顔を起こせば、いつものようにヘラヘラと笑みを浮かべる。そして、そっと、舞白は宜野座の目元を撫でる。
「今夜、泊まっていい?」
「帰す訳が無いだろう?」
「……早く寝ないと、明日最終日で寝坊なんてできないし― 」
「心配するな。俺が叩き起してやる……」
ヒョイッと軽々と抱き上げ、妖しげに笑みを浮かべると舞白を見下ろす。その表情に、舞白は甘美な雰囲気を漂わせる相手に酔ってしまいそうだった。
ダイムはそんな2人を追いかけることなく、ソファでゆっくりと眠りにつく。
寝室のベッドに体を下ろされれば、美しい瞳が目の前に現れる。
「愛してる。」
「……私もだよ。」
サラッとした黒髪が甘い香りを漂わせ、顔にかかる。
優しい波に、引かれて、押されて、襲われて。
あの白い砂浜にいた時をふと思い出せば、舞白はそっと目を閉じた。
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