PSYCHO-PASS -confrontation of orphen-   作:鈴夢

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夢を染めて、道を拓いて

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

同日、16時過ぎ―――

―――刑事課オフィス

 

 

オフィスから見える外の景色は、少しずつ日暮れを知らせるように色付いていく。

 

 

 

 

最終日だと言うのに片付いていないデスク上。

数々の本が積み重ねられ、霜月との夏の思い出の、向日葵畑の写真も飾られたまま――

 

室内には舞白の姿のみ。

 

霜月と雛河は非番。

常守は六合塚と共に分析室へ。

須郷と宜野座は何処へやら……

 

 

ぽつんとオフィスに取り残されたようで、寂しさが込上げる。そんな心情を表すように、舞白は久しぶりにとある小説の一部を口にする。

 

 

「心がわけもなく膨み、震え、揺れ、痛みに刺し貫かれる。そしてそれは、ゆっくりと長い時間かけて通り過ぎ、あとに鈍い痛みを残す―」

 

 

報告書を作り終え、感傷に浸る。

デスクにもたれ掛かるように上半身を乗せる。ゆっくりの瞼を閉じ、微かに聞こえる換気音に耳を澄ませる。

 

柔らかい秋の日差しがオフィス内に静かに差し込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノルウェイの森。相変わらず、お前は村上春樹が好きなんだな――」

 

 

思いがけない人物の声に、舞白は慌てて体を起こす。そして声のする方向へと視線を向ければ、かすかに笑みを浮かべ、ため息を漏らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「部外者は立ち入り禁止だよ、お兄ちゃん。」

 

「別に、誰も咎めないだろうが。」

 

煙草を口にしたまま、隣の宜野座のデスクへと腰掛けるのは、舞白の兄、狡噛だった。外務省のジャケット姿、あと少しすれば自分も再び"それ"に袖を通す。椅子の背に羽織らせている監視官ジャケットはもう着ることはないだろう。

 

そんな事にまで感傷的になってしまう自分に、舞白は内心驚いていた。

 

 

「そこで煙草吸ったら、ノブ兄に文句言われるよ?」

 

椅子を回転させて、兄へと体を向ける。デスクに肘をつき、煙草を吹かすその姿。おそらく、かつてこの場所で執行官として働いていた時もこんな感じだったのだろうか?等と想像をふくらませていた。

 

「別に構わないさ。」

 

ふーー……、と煙を吐く。そして、ポケットから取り出した携帯灰皿へと煙草を廃棄すれば、狡噛も同じく椅子を回転させ、舞白へと体を向ける。

 

 

 

 

「どうだった。この3ヶ月間は。」

 

「……お兄ちゃんの言う通り、私が成すべきことを成せた……かな?」

 

"かな?"という言葉と童子に首を傾げる舞白。両手を両膝に添え、少し視線を下げると言葉を続ける。

 

 

「日本に戻ってきて、出島で、そして外務省の本庁で訓練して。お兄ちゃんがかつて働いていた公安局刑事課で働けることになって……、大事件を解決に導いた要になれた事、私はとてもいい経験だったと思ってる。」

 

当初、自分がまさか刑事課に身を置くとは予想外だったものの、何よりも、やはり尊敬している兄と同じ経験ができたことが何よりも嬉しかった。一係というチームで働けたこと、常守という上司の元で働けたこと。霜月をはじめ、様々な仲間との繋がりを感じることが出来た。

 

同時に、あのカストルとポルックスの事件。

 

複数の若い命が喪われたこと、そして自分も、宜野座も大きな怪我を負った事……。取り返しのつかない事態に遭遇したことも経験したことによって、自分に足りない事にも直面することが出来た。

 

 

「最終的には、まさかお兄ちゃん達に助けられちゃったけどね?……自分のせいで、ノブ兄も怪我を負ったのに、最後の最後で結局助けられたのは私―――」

 

「…………」

 

「大変だったことも多かったけど、私はこの3ヶ月間を絶対無駄にしないって決めてる。次は外務省行動課の捜査官として、成すべきことを成してみせる。」

 

 

ゆっくりと顔を持ち上げると、兄へと視線を向ける。

兄とよく似た、少しタレ目がちで、鋭く光った瞳。その瞳には信念のようなものを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「例え、この命が期限付きだとしても。燃え尽きようとしても――」

 

 

 

 

そっと左手を左首に押し当てる。触れる度に感じる鈍痛、キリッと痛む頭、その痛みは癖になっていたのか最近はあまり感じなくなっていた。

 

 

狡噛は、そんな舞白の手に自身の右手を伸ばせば添えるように置く。そして、先程舞白が口にしていた一説を、狡噛もまた口にする。

 

 

「"心がわけもなく膨み、震え、揺れ、痛みに刺し貫かれる。そしてそれは、ゆっくりと長い時間かけて通り過ぎ、あとに鈍い痛みを残す"……か。」

 

久しぶりに感じる、兄の大きな手のひらの感覚、体温。舞白はじっと目を見据えていた。

 

「……それを引用したのは、単にお前の感傷的な感情だけじゃない。―――放っておいても物事は流れるべき方向に流れる、そして、どれだけベストを尽しても人は傷つくときは傷つく……」

 

 

 

「私の今までの、そしてこれから訪れる人生の言葉でもあるんだよ。お兄ちゃん。」

 

 

兄の手に擦り寄せるように頭を微かに倒す。そして、舞白はある事を口にした。

 

 

 

 

「…そんな私が、誰かと残りの人生を共にしたいという願いは、驕りなのかな?求めすぎなのかな、贅沢?」

 

宜野座から聞いているであろう内容。それについて、遠回しに兄に問いかけてみる。

 

舞白の長いまつ毛がキュッと持ち上がるように、舞白はじっと兄の瞳を見上げる形で、更に強い視線を向けていた。兄は表情を変えない。しかし添えられた手のひらに少しずつ力が篭もるのが分かる、

 

 

「外務省行動課特別捜査官なんて、すごいキャリアの肩書き。……それに加えて、私は人並みの幸せをつかみ取ろうとするなんて、それこそ神様に嫌われそうだよ。」

 

 

「そうだとは思わない。……それに、お前の人生だと、俺は何度も言っているはずだ。肯定も反対もしない。俺ができることは、お前を救う事、助言をする事、兄として妹のお前にできることをする迄―――」

 

そっと手を離せば、ポンポンと頭に触れる。

久しぶりに頭を撫でてやる感覚に懐かしさを感じれば、狡噛もまた感傷に浸ってしまいそうになる。

 

 

艶のある長い白銀の髪の毛。自分と似た目元、知的な涙ボクロ。陶器のような白い肌に、頬に浮かび上がる鴇色。

 

自分のせいで、6年前、槙島と引き合わせてしまった後悔は今も消えることは無い。あの浜辺での事件で傷ついたであろう心身。親友を失った地下での凄惨な狩場での事件。共に復讐を終わらせ、日本から離れ傭兵となれば、武器を握らせた。人間離れしたような自分と良く似たその能力を身につけさせたのは、紛れもなく兄である自分の責任でもある。

 

そして、彼女を蝕む病。

事の発端は自分のせいでもあると、悔やみきれない気持ちばかりだった。

 

 

 

 

 

 

「……すまない。…今更、こんなことを口にするのはお門違いだが。俺はお前にキツく意見を言えるほどの兄じゃない。」

 

「そんな事言わないでよ。……もしかして、今までのこと考えてる?」

 

まるで見透かされていたかのような表情に、狡噛は口角を微かに緩ませる。

 

 

「もう……。お兄ちゃんもノブ兄も、そうやって、たまーに弱々しくなっちゃってさ。心配し過ぎるんだもんね、本当に2人は……」

 

 

舞白は両腕を前へと動かし、狡噛の頬をムギュっと掴む。

 

 

 

 

 

 

 

「これから、この先も。近くで見守っててね、お兄ちゃん。」

 

 

ニコッといつもの無邪気な笑みを見れば、安心する狡噛。

 

 

「それと、私とノブ兄の事。許してくれる?」

 

「……昔、ギノだけには、妹はやらんと話したんだがな。」

 

狡噛から手を離す舞白。両手を再び両膝へと下ろせば、真剣な表情を向ける舞白。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺からは、"おめでとう"。そう言わせてもらうよ。舞白。」

 

"まさか、この場所でそれを口にするなんてな"と付け加えれば、深く息を吐く。

 

 

舞白の表情は、全身から喜びが迸る様子を写していた。

 

そして狡噛は、宜野座に可能性を賭けたいとも考えていたのであった。

 

 

もし、舞白に奇跡が起こるなら、それは間違いなく宜野座の力は欠かせないだろうと。彼が何らかのトリガーになるのであれば、それを信じたいと考えていた。

 

 

それに、もはや2人を引き裂くことなど出来るはずもなかった。2人を引き裂くものは、恐らくは"死"のみ。兄の狡噛が、それをいちばん理解していた。

 

 

 

 

 

「ありがとう。お兄ちゃん。

……ありがとう―――」

 

 

兄の手を再びぎゅうっと握りしめる。

 

 

そんな2人を、大きな窓から差し込む柔らかな夕陽が包み込んでいた――

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

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