PSYCHO-PASS -confrontation of orphen- 作:鈴夢
・・・・・・・・・・・
―――18時前
すっかり外は暗闇に包まれていた―――
ダンボール箱に詰められていく本や備品。
中には写真立ても入っており、それを箱にしまう舞白は、どことなく寂しげだった。向日葵畑の思い出が、はるか昔に感じてしまう。
片付ける姿をじっと傍で見守る霜月。だんだんと舞白の荷物がデスクから消えていく光景に、大事なものを抜き取られたような、心にぽっかりと穴が空くような感覚に苛まれる。
「何も忘れ物は無いわよね?あったとしても棄てるだけだけど」
腰に手を当てると、デスク周りを見回す霜月。自宅で少し仮眠を取り、わざわざ最終日だからと再びオフィスに訪れていたのであった。
「棄てるなんて酷いー。もし忘れ物があったら、次会う時にでも手渡してよ?」
「次会えるのはいつになるかしらね。」
"まあ確かに"なんて呟けば、ダンボール箱の蓋を閉じ、ポンポンと蓋を手で叩く。
「それにしても、美佳ちゃん。わざわざ非番なのに来てくれるなんて優しい〜、ありがとね?シフト見た時、最終日はお昼から非番だって知って正直残念だったんだ。」
とは言いつつも、霜月はきっと来てくれるだろうな〜、なんて心のどこかで察していた舞白。へへへ〜、と呑気に笑う舞白を見て、霜月は小さく息を吐く。
「勘違いしないでよね、あんたの事だから、きっとこの時間になっても片付けしてないって思ってただけで、デスクに何か残されて行っても困るから、わざわざ来てやっただけよ。」
ふんっ!と顔を逸らす霜月に対し、満面の笑みを浮かべる。
「間借りしてた執行官宿舎の部屋は?」
「あの部屋はもう大丈夫だよ。備品は六合塚さんと宜野座さんに借りてたものばかりだし、私物は既に午前中の内に車に入れておいたから。」
「…さすがに、宿舎の片付けが終わってなかったら1発殴ってたかも。」
さすがにやることはやってくれていた、と安心する霜月。しかし、空になったデスクを見つめると、霜月は霜月で何か考えている様子だった。
「私が居なくなると、寂しい?」
「…まあ、少しはね、少しは」
「へぇ〜。珍しい。いつもなら"清々するわ!"なんて言ってそうなのに。」
意外な言葉に、嬉しそうな舞白。霜月自身も口から放たれた言葉に驚いた様子で、慌てて訂正する様子を見せる。
「清々はするわよ!もうあんたに振り回されないだろうし、それに―――」
言葉を並べる霜月を横目に、舞白は監視官ジャケットを丁寧に畳んでいく。
左胸、背に印字された公安局マーク。
裁定を下す"天秤"と保健所を表す"十字記号"と神の使者ヘルメスの杖"カドゥケウス"が組み合わさった、少し変わったマーク。
折り畳みながら、そのマークをじっと見つめ、ジャケットをデスクの上に置く。もう着ることはないと考えると、少し寂しい気もしていた。兄も、宜野座も袖を通したこのジャケット。なかなか感慨深いものがあった。
「―――って……舞白?ちょっと!聞いてんの?」
「聞いてたよ〜。破天荒で、無茶苦茶で、突拍子もない行動ばかりする、同僚としても部下としても上司としても、御免だわ〜って。」
「聞いてないじゃないの。私そんなこと言ってないわよ……」
霜月は丁寧に畳まれ、デスクに置かれたジャケットを拾い上げる。そして微かに口角を緩ませれば、荷物の入ったダンボールを手に取る舞白に視線を向ける。
「それに、……なんとなく、つまらなくなる日常が想像出来るのよ。"面白かった"。あんたと仕事ができて、私は楽しかったのよ。」
ギュッとジャケットを握りしめる霜月。彼女の背後の大窓から見える、高層ビルのネオンの様子が、やけに鮮明に輝いて見えた。
「私は、あんたの破天荒な行動に動かされるものがあった。それは事実。……でも、自分の身をたまには案じなさいよね。もうそれ以上、体を傷つけたりなんかしたら承知しないんだから。」
右手の義手を隠す黒い手袋に触れる。その瞳には新疆ウイグルで向けられた時のような、心配する様子が見受けられる。でも少し、ほんの少しだけ、あの時とは違う。
舞白の能力を理解し、信頼していた。
肩の凝りのおりたような声で、すっきりとした表情へと変化していく。
それに応えるように、舞白もニコニコと満面の笑みを向けていた。
「どうする?次会った時、全身サイボーグ化してたら。」
「それはそれで、もういいわよ。諦めるわ。」
「……そこは諦めるんだ……」
ガクッと頭を落とす仕草を見せると、霜月は義手に触れていた手を肩へと移動させる。
「頑張りなさいよ。外務省でも。
…あんたは1人じゃないんだから。いざとなったら、いつでも私が助けに行ってやるわよ。」
コツン、と
無機質で硬い右肩を叩くように指で押しこむ。
「あんたはあんたで、成すべきを成すのよ。」
「うん。頑張るね、美佳ちゃん。」
2人は視線を合わせて、互いに無邪気に笑みを向けあっていた。
互いの胸の奥底が熱く泡立つ。
公安局刑事課一係監視官、霜月美佳。
外務省行動課特別捜査官、狡噛舞白。
国内と国外。次は別々の道を歩む2人。
しかし、思うことは同じ。お互いにそれぞれの成すべきことを成す。
シビュラの目に留まった2人は、この社会に何をもたらすのだろうか―――
それぞれの精神が、水を吸う海綿のように豊かに潤っていく。
色白の頬に、そばかすが目立つ笑顔。
その笑顔からは、もう彼女を嫌うような影は何一つ感じられなかった。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・