あと、アカウント名を変更しました。『starship』→『白蛇様の夢女子』です。
──中央暦1639年4月1日 ムー連邦 アイナンク空港──
航空機が格納庫内にポツリと佇んでいる。
柔らかな日光がコンクリートの床に差しこみ、機体のシルエットをぼんやりと浮かび上がらせる。広大な空間には静寂だけが満ちていた。
グレー1色の機体は微かに光沢を放ち、その無骨なデザインの中に美しさを感じさせる。
流線型のフォルムや鋭利な翼は観覧者に圧倒的なパワーとスピードを予感させた。機体側面の吸気口や後部の排気口は
マイラスはジェット機の真下まで足早に歩み寄る。そして、機体下部の車輪に手を軽く当てた。
彼は自信に満ちた表情を浮かべる。高揚感を抑えられていないのか、無意識に口元を緩めていた。
(遂に来た! 現世のマリンはひと味違うぞ。前世の時とはまったく比べものにならない。日本人たちもきっと驚くことだろう。たぶん)
「我が国の戦闘機『マリン』です。最高速度はマッハ1.5、固定武装は20mmガトリング砲、誘導弾や誘導爆弾を最大10t搭載できます。基本的には艦載機として──」
マイラスは機体説明を続ける。内容は当たり障りのないものだった。開発企業の名称、研究開発時の苦悩、機体のカタログスペック、軍での運用方法など。
日本国外交官たちはきっとエリートばかりなのだろう。しかし、科学技術の分野は素人だと思われるため、簡易的な表現や用語に留めている。
彼は機体説明を流暢に行う。その表情は明るく誇らしげに見えた。ただ内心激しく怯えている。日本国側の一挙手一投足にいちいち反応しているのだ。
(頼む、頼む! このまま何事もなく進んでくれ。前世の時みたいにツッコミをしないでくれよ)
日本国側の爆弾発言、マリンに対してレトロやクラシックという感想を言いだすこと。それがいつ来るのか、気が気でないのだ。
出来れば思い出したくないくらいには。
(さてさて、どう来るか? 在日米軍のスーパーホーネットを丸パク、参考にしているけど、開発と製造は100%国産。多少古く見えても、侮れないはずだ)
その一方、日本国外交官たちは驚愕の表情を浮かべていた。小声で何かを話しあっている。様子は予想以上に慌ただしく、寝耳に水のようだった。
「ええ、どういうこと? この技術はまるで……」
「もしかして本物なのか? しかしここは異世界……」
彼らの声は小さく、マイラスには届いていない。だが、その顔つきからただ事ではないと見て取れた。
(やったぞ、遂に日本人を驚かせられた! こんな日が来るなんて夢みたいだ! それにしても、現世の日本はどうなっているんだ? 諜報部の情報によれば随分と変化しているらしいが。とにかく、あの2人に話を聞いてみよう)
マイラスは外交官たちの動揺を見逃さなかった。彼らの様子から何かを隠しているのは明白だ。
「日本国はどんな戦闘機を保有しているのですか? あなた方の技術水準を考えれば、ステルス機を保有しているのでしょうね」
彼は核心を突くように尋ねた。
「えっ!? ああ、そうですね。少々お待ちください」
エレンが動揺を隠せない様子で答える。彼女はすぐに宇佐見に小声で話しかけ、冷静に話し合いを始めた。その表情はまるで予想外の質問に戸惑っているかのようだ。
(この反応は間違いない。やはりステルス機を保有しているのだろう)
現代の航空戦において、ステルス性の存在はもはや無視できないものだ。
ステルス機は敵のレーダー網をくぐり抜け、自身の存在を一切悟られることなく、一方的なワンサイドゲームを可能にする。
性能がどれほど優れていても、敵機の位置を把握できなければどうしようもない。だからこそ、ムー連邦軍は『マリン』の後継機計画を極秘裏に進めているのだ。
エレンは少し考え込むように視線を宙に向ける。そして沈黙を破った。
「現代の戦闘機にとってステルス性は当たり前、別に隠すことでもないですよね」
「確かにそうですね。ん!?」
「はい、保有しています。我が国の主力戦闘機は『F-35』『F-3』と言います。これらは全てステルス機です」
エレンはにこやかにそう語り、話を締めくくった。その言葉の裏には、何かを隠しているような不自然さがあった。
(おいおい、嘘だろ!?)
マイラスに雷のような衝撃が走った。日本がステルス機を既に保有している。その事実に彼の頭の中は混乱していた。
「アハハッ、日本国の戦闘機をぜひ拝見したいものですね。さあ、アイナンク空港の出入口に向かいましょう」
彼は震える声を必死に押し殺し、場を取り繕うように言った。エレンもそれに合わせるように頷く。
「ええそうですね」
(前世の日本はまだステルス機を保有していなかったぞ!? 自分の記憶は間違っていないはず。さっそく、前世と現世の違いが明確に出てきたな。これはとんでもない状況になっている予感がする)
マイラスは自分の中に渦巻く嫌な予感が当たらないことを必死に願いながら、日本国外交官たちをアイナンク空港の出入口へと案内していく。
彼らはアイナンク空港の出入口にたどり着いた。漆黒色の大型自動車が直前の舗装道路に待機し、重厚なガソリンエンジンの独特な作動音を低く響かせている。
その大型自動車は『ガタノトーア』と呼ばれていた。ニッケル水素電池と永久磁石式同期モーターを搭載、本格的なハイブリッド駆動方式を実現していた。
まさに異世界最強国家『ムー連邦』が誇る超科学技術の結晶だった。
しかし、日本国外交官たちは特に驚く様子を見せない。彼らは淡々とガタノトーアのドアを開け、無表情のまま車内に乗り込んでいった。
(相変わらず、日本国の人々は我が国の自動車に驚いてくれないなあ。ちょっと悲しいぞ)
マイラスにとって、この無反応は逆に新鮮な体験だった。文明圏外国の人々が自国の科学技術に驚愕する。そんな反応に慣れきっていたからだろうか。
彼は寂しげな表情を浮かべながら、外交官たちの後ろに続いて車に乗り込んだ。
──20分後──
大型自動車『ガタノトーア』は高級ホテル『ミスカトニック』の出入口前に滑るように横付けされた。
マイラスたちは車を降り、重厚な扉をくぐってホテルのロビーに足を踏み入れる。
大理石の床、天井から吊り下げられた豪華なシャンデリア、洗練された調度品の数々。
それは『ムー連邦』の豊かさと技術力を象徴する空間だった。しかし、日本の外交官たちはここでも特に驚く様子を見せない。彼らはただ静かにマイラスの言葉を待っていた。
「明日、我が国の歴史と海軍の一部をご案内いたします。今日はごゆっくりとお休みください」
マイラスはそう告げると、一礼し、踵を返した。彼の足取りはわずかに重く感じられた。今日一日、日本の外交官たちとのやり取りは、彼の心に前世の記憶とは異なる、漠然とした不安を植え付けていた。
マイラスはホテルの廊下を歩きながら考える。
(なぜだ? なぜ彼らは驚かない? 我々の技術は前世の時よりも別次元に高い。それなのに……いったい、現世の日本はどうなっているんだ?)
彼の胸のざわめきは、明日への期待と、それ以上の恐怖を掻き立てるのだった。
【用語解説】
『F-3』
日本国の戦闘機。本作の架空兵器ではなく実在する(国際共同開発中) 高度なステルス性、F-35以上の航続距離、F-35以上の武装搭載量を有するらしい。
ただ作中世界のスペックは現実世界と異なる。