──中央暦1639年4月2日 ムー連邦 国立歴史資料館──
「まずは我々の歴史について、簡単にご説明いたします。他国の皆様にはなかなか信じてもらえませんが、我々のご先祖様は、この星の住民ではありませんでした」
マイラスがマイクを手繰り寄せ、落ち着いた声で語りかける。日本国外交官たちは驚きの声を上げた。
その足元には歴史説明に使うのだろう、灰色のバックパックが置かれている。彼らが動揺を隠せないのも無理はない。衝撃的な事実があまりにもあっさりと告げられたからだ。
「今から約1万2千年前、ムー大陸上空が強烈な発光現象に覆われました。おそらく、この現象によって、ムー大陸の大部分がこの世界に転移したのでしょう。当時のムー王国政府が正式な記録を残しています」
マイラスはそう言うと、灰色のバックパックから球体の模型を取り出した。
「そして、これが私たちがかつて暮らしていた『地球』の模型になります」
木製の長机にゆっくりと地球の模型が置かれる。日本国外交官たちはその模型を食い入るように見つめていた。
その配置は彼らが知る世界地図と酷似していた。しかし、違和感もまたそこかしこに見て取れた。
「エレンさん、これはどう見ても……地球儀ですよね」
「宇佐見さんもそう見えますか」
2人はその違和感を口にする。
「ただ、地球儀の傾き具合がかなり違いますね。各大陸の配置状況はまったく同じなんですけど」
外交官のエレンが赤道地域に大きく広がる大陸を指差す。それは彼らの世界では分厚い氷に覆われているはずの南極大陸だった。
「うーむ、南極大陸が赤道地域に近いですね。もしかして、分厚い氷に覆われていなかったのかな?」
(日本人があの大陸を指さしている。前世の時とまったく同じことを教えてみるか)
マイラスは日本国外交官たちの反応を冷静に観察していた。彼らの困惑はマイラスにとっては既知のものだった。
「この大陸はアトランティスと言います。我が国『ムー』と『アトランティス』は地球の覇権を手に入れるため、様々な争いを行っていました。おそらく、アトランティスは地球を既に支配しているでしょう」
マイラスはそう語ると、今度はユーラシア大陸の最東端、フィリピン諸島の北部に位置する、一つの列島地域に指をさした。
「ちなみに」
彼らの視線がマイラスの指先に集まる。
「この国家は『ヤムート』と言います。ムー王族とヤムート王族には『太陽神の子孫』という重要な共通点があり、『兄弟国家』として極めて友好的な関係を築いていました」
マイラスは一呼吸置いて、静かに言葉を続けた。
「ただ、ムー大陸は異世界に転移してしまいました。そのため、ヤムートはアトランティスに飲み込まれているでしょうね」
マイラスの声には、遠い過去への哀惜が滲んでいるようだった。外交官たちはその言葉の重みに対して、ただ沈黙するしかなかった。
外交官の『エレン・ベーカー』は隣席の宇佐見に視線を送る。
「我が国の説明方法に一番良いものがあります」
「それはいったい何ですか?」
「我が国『日本国』も地球からこの世界に転移してきました。ムー連邦と同じ地球なのか、それとも別次元の地球なのかは分かりませんが。その証拠もあります」
宇佐見が黒いバッグから数枚の紙を取り出した。
「これが現在の日本地図と世界地図です」
紙はテーブル上に広げられ、旧世界惑星『地球』の世界地図が描かれていた。
ムー連邦の地球儀と酷似している。しかし、地軸の傾きは明確に違う。ムーの人々が知る、かつての地球とはまるで別世界のようだった。
「約1万2千年前、ムー大陸は突如として海底に沈んでしまった。そんな言い伝えが残っています。アトランティス大陸は南極大陸になってしまったようですね。地球の地軸がズレてしまったのでしょうか?」
この衝撃的な事実に、マイラスは困惑しながらも自嘲するように笑った。
「まさかの歴史的大発見ですね。我が国と日本国が兄弟国家と再び言えるよう、友好関係を築いていけたら良いですね。それでは、このことを上層部に報告しておきます」
マイラスはそう言うと立ち上がった。その後、彼はムー連邦の歴史を簡潔に説明した。
異世界転移後の大混乱、周辺諸国との軋轢、魔法文明に対する機械文明としての劣勢、そこから世界最強国家の地位まで成り上がった苦難の道のり。
ムーの歴史は異世界に転移してから苦難の連続だったようだ。歴史説明を終えると、マイラスたちはインスマス海軍基地へと向かった。
──30分後──
マイラスたちはインスマス海軍基地の港湾施設に到着した。そこに停泊していたのは、圧倒的な存在感を放つ一隻の巨船だった。
『ラ・カサミ級航空母艦』
排水量: 80000トン
全長: 320m
全幅: 76m
最高速度: 30ノット
搭載機数: 70機
武装: 近接対空ミサイル×2基
20mmガトリング砲×4基
ムー連邦自慢の原子力空母だ。その巨大さに日本国の外交官たちは息をのんだ。
「エレンさん、この巨大な艦船を見てください。空母ですよ! 空母!! やっぱり、空母は独特なロマンを持っていますね」
宇佐見は目を輝かせ、興奮を隠せない様子で叫んだ。
(宇佐見さんの能力は非常に高そうだ。ただ、性格が少々個性的だな)
マイラスは宇佐見の興奮をあえてスルーしつつ、心の中で密かに同意する。
(やはり日本人も分かりますか、空母が独特なロマンを持っていることを!)
「宇佐見さん、ちょっとはしゃぎすぎですよ。それにしても、我が国の空母よりも本当に大きいですね。大人と子供くらいの差はあります」
エレンが冷静に宇佐見を制しながら、空母の大きさを分析する。その言葉にマイラスは驚きを隠せなかった。
(!?)
「日本国も空母を保有しているのですか?」
マイラスはエレンに質問を投げかける。
「あっはい。我が国は『ながと型航空護衛艦』を4隻保有しています」
(自分よ、落ち着け! 日本国がなぜ空母を保有しているのか、その理由は後から調べればいい。とりあえず、目の前の話題に集中するんだ)
彼は頭の中で自問自答を繰り返す。日本の平和憲法を思えば、空母の保有はありえないはずだ。しかし、目の前のエレンは事実としてそれを語っている。
「なるほど、そうですか」
マイラスは苦笑いを浮かべるしかなかった。現世の日本は前世の日本と大いに異なるのかもしれない。
──中央暦1639年4月9日 ムー連邦──
マイラスは観光案内を無事に終え、静かに執務室の椅子に座っていた。
この一週間、彼は日本人たちを案内し、その間に得た情報を基に詳細な報告書を作成していた。
報告書はムー連邦の上層部と太陽会へ既に送付済みだ。
報告書には、日本国がムー連邦に対して非常に友好的な態度を示していること。そして彼らがかつての兄弟国家『ヤムート』の後継国家であるという、歴史的な大発見が記されていた。
この事実はムー連邦に大きな衝撃を与えた。その結果、ムー連邦は速やかに日本国と国交締結条約および通商条約を結ぶ運びとなった。
また、日本国の転移時期も判明した。それは異世界の暦で中央暦1639年1月1日、地球の暦で西暦2039年1月1日のことだった。
マイラスは報告書を机に置き、深く息を吐いた。新たな時代の幕開けを予感させる出来事だった。
【用語解説】
『ヤムート』
日本国召喚の登場国家。ムー国にとって、異世界転移前の貴重な友好国だった。
本編時には既に滅んでいるものの、皇族や住民は後世に受け継がれており、現在の日本国に至るらしい。ただ同一世界の話なのか今のところ不明。