──中央暦1639年5月13日 日本国 東京都──
(朝の光が眩しいな……)
ムー連邦の技術士官『マイラス・ルクレール』は差し込む陽光に目を細め、その場に立ち止まった。
小さな雲一つなく、透きとおるような青空が広がっている。昨日の夜、ホテルの部屋で交わされた会話が頭の中を駆け巡る。
(まさか、この日本に私たちと同じような存在がいたとはな。しかも、最初からこちらの存在を知っていたなんて)
「マイラス、どうしたんだ? まさか、もう引き返すつもりじゃ……」
隣のラッサンが警戒の眼差しを向けてくる。
「何でもない。ただ朝日が眩しくてね。見づらかったから立ち止まっただけさ」
マイラスは軽口を叩き、再び歩き出した。
前日の夜に感じた緊張感はまだ残っている。しかし、それ以上に転生者組織への好奇心が勝っていた。
2人は謎の招待状が示した東京郊外の住宅街を歩き続けていた。
人々は一様に穏やかな表情であり、ごく普通の日常がそこにはあった。
マイラスは不思議な感覚を抱いていた。その平穏な光景と不穏な目的地という大きなギャップに対して。
やがて、目的地の番地にたどり着いた。
「随分と立派な造りだ。おかしいな。この光景、日本のゲームで見たことあるぞ」
マイラスは思わず声に出す。ラッサンもその言葉に頷く。
「マジか、俺もそう思ってた。ヤクザの本拠地に似てる。あそこまで広くはないけどな」
2人は目の前にそびえ立つ屋敷を見上げる。
重厚な瓦屋根、威圧感を放つ門構え、そして手入れの行き届いた庭木。どこを切り取っても、ごく一般的な日本の住宅とはかけ離れた雰囲気を醸し出している。
マイラスは心の中で独り言を呟く。
(このまま進んで、BGMが勇壮な和風ロックに変わって、画面下に『東○会本部』とか赤色テロップが出てもおかしくないぞ。いや、まさかな)
2人は広大な日本式の屋敷を前にして、無意識に顔を見合わせて笑った。その場には張り詰めていた空気から一転、奇妙な親近感が生まれていた。
その威容に見とれていると、背後から突然声がかけられた。
「お兄さんたち、ここに何かご用で?」
マイラスはすぐに振り返った。そこには高身長で筋肉質な若年男性が立っていた。
全身黒ずくめのスーツに革靴、そして目にはサングラスをかけている。その姿はこの場に似つかわしくない威圧感を放っていた。
(まるで、筋肉モリモリマッチョマンの変態だな。いや、今はこんな冗談を考えている場合じゃない)
マイラスは頭の中に浮かんだネットミームをかろうじて打ち消す。
隣のラッサンも同じことを考えていたのだろう。無言で例の封筒を差し出した。
男は封筒を一瞥すると、表情1つ変えずに重い門扉を開け、2人に屋内へ入るよう促す。
門をくぐり、玄関へと足を踏み入れると、入口の奥に1人の老婆が立っていた。
白髪を綺麗にまとめた、小柄で穏やかそうな人物だ。彼女は2人に気づくと、深々と頭を下げた。
マイラスとラッサンもお返しに頭を下げる。
「お待ちしておりました。主様の部屋までご案内いたします。私の後に続いてください」
老婆の言葉に2人は靴を脱ぎ玄関の端に揃える。畳の感触が足の裏に伝わる。そのまま老婆の案内に従い、屋敷の中を進んでいく。
廊下はどこまでも静かで、耳を澄まさなければ足音さえ聞こえないほどだった。
壁には書や掛け軸が飾られ、古き良き日本の文化が随所に感じられる。しかし、その静けさがかえって緊張感を高めていった。
そして、重々しい空気をまとう屋敷の最奥にある和室にたどり着いた。
2人は重々しい襖の前に立った。
冷たい廊下の様子とは違い、襖の向こうは静謐な空気を漂わせている。あまりにも対照的な状況だ。
それはこれから始まるもの、転生者同士の対話がいかに大切なことであるのか。明確に物語っているようだった。
マイラスは意を決して襖を開ける。部屋の中央には座布団が2つ、間隔を空けて置かれていた。
その奥には1人の若年男性が静かに座っている。
彼は灰色一色のスーツを身につけており、その姿は周囲の和の雰囲気と不思議な調和を見せている。
そうまるで、彼だけが別の時代から切り取られてきたかのようだった。
「お待ちしておりました」
男性は穏やかに挨拶を行い、座布団に手を向けて座るよう促した。
その表情はにこやかだが、瞳の奥には底知れぬ深さが感じられた。彼はまるで自分たちが来ることを確信していたかのように、悠然とそこに座っていた。
(やはり諜報機関で察知していたか)
マイラスはそう思いつつ、ラッサンに目配せする。2人は早々に腰を下ろし、深く頭を下げて自己紹介をする。
「ムー連邦軍技術士官のマイラス・ルクレールです」
「同じく、ムー連邦軍戦術士官のラッサン・デヴリンです」
彼らの言葉に男性はにこやかに応えた。
「私は八咫烏の最高指導者『高辻誠』と申します。具体的な代数は不明ですが、設立者の子孫にあたります」
誠は姿勢を正すと、まっすぐな目で2人を見つめた。
「あなた方はご存じでしょうが、我々『八咫烏』は平行世界の転生者たちが設立した秘密結社です。組織の設立時期は分かっていません。ただ、第二次世界大戦の前後だと考えられています」
彼の話は淀みなく続いた。
八咫烏の先人たちは最初から数世代にわたる壮大な計画を立案。自分たちの代では完遂できないことを承知のうえで、己の人生を捧げてきたという。
そして、子孫たちは当時の社会情勢を考慮しつつ、計画を忠実に実行。前世以上の発展を日本にもたらした。また、同様の異世界転移が起きることまで視野に入れていた。
誠の話が終わり、部屋に静寂が訪れる。
マイラスとラッサンはただただ感心するしかなかった。
自分たちとは違い、転生時期と計画完了時期が遠く離れている。
それにもかかわらず、歴史改変の計画を子孫に託すという、この決断はあまりにも思い切ったものだ。そうそう真似できるものではない。
「それはさておき……今回の用件ですが、我々八咫烏はあなた方太陽会と協力関係を築いていきたいと考えています」
「それはなぜですか?」
マイラスは警戒しながらも誠に問いかけた。彼は迷いなく答える。
「私たちと同じ価値観を有しているからです。前世の経験を踏まえ、現世をより良く改変する。それは太陽会も同じでしょう?」
マイラスとラッサンは互いに顔を見合わせ、深く頷いた。
「そして、ラヴァーナル帝国を倒す。最終的な目的も同じです」
誠の言葉にマイラスとラッサンの表情が引き締まる。
「さっそくですが、あなた方に頼みたいことがあります。ラヴァーナル帝国の末裔『アニュンリール皇国』を倒すのに協力していただきたいのです。開戦の証拠集めは既に見当がついています」
誠はそう言い、手元の資料を差し出した。2人はそれを手に取り、内容を見て、再び驚愕に目を見開く。
「こ、これは!?」
「もうこんなに……」
その資料には、アニュンリール皇国の軍事活動や他国への内政干渉の証拠がびっしりと記されていた。
おそらく、圧倒的な情報量と正確性は転生者たちの記憶と現世の調査を組み合わせたものだろう。
マイラスとラッサンは言葉を失った。
「実は私たちも……」
マイラスがこれまでの調査で得た情報を話し始める。
2つの転生者組織の思惑が入り混じり、アニュンリール皇国戦の準備が本格的に始まろうとしていた。そして──
中央暦1642年4月22日、世界情勢の大きな転換点がまるで運命の糸が絡み合うかのように次々と起こっていた。
神聖ミリシアル帝国領カルトアルパスでは、先進11ヵ国会議が厳粛な雰囲気の中で開催されていた。
エモール王国の代表は会議の壇上でラヴァーナル帝国の復活を正式に発表。その言葉は会場の空気を一瞬にして凍りつかせ、世界の歴史を大きく揺るがす戦いの狼煙となった。
また、『日本国』と『グラ・バルカス帝国』は異世界の国際機関への正式加盟を果たす。この出来事は両国が国際社会の舞台へと本格的に進出することを意味していた。
すべての歯車が噛み合い、アニュンリール皇国戦が遂に始まる。
表向きは国際協力の一環としての共同演習。実際はアニュンリール皇国への武力行使である。
これは単なる戦争ではない。
未来の知恵と現世の歴史がぶつかり合う、人類の命運をかけた戦いの序曲だった。
嵐の前の静けさ。すべての者たちはそれぞれの思惑を胸に抱き、決行の時を待つ。
【用語解説】
『アニュンリール皇国』
日本国召喚の登場国家(悪役) 技術水準は神聖ミリシアル帝国以上、ラヴァーナル帝国以下らしい。本作の世界線では世界的な技術力のインフレに何とか追いついている。
光翼人の末裔『有翼人』によって構成されている。ただし、有翼人は他種族との混血が進んでおり、魔力量と魔法適性がハイエルフ程度まで低下している。
そのため、ラヴァーナル帝国の生物兵器からは下等種と変わらない、ただの雑種と辛辣に罵られた。