『開戦』
──中央暦1643年8月1日 アニュンリール皇国 ブシュパカ・ラタン──
「おかしいな、いつもより随分と多いぞ。今日の予定は何もないはずだが」
アニュンリール皇国外交官のカール・クランチは目の前の光景に違和感を抱き、思わず首をかしげる。
「特に急用の知らせは来ていません。ただ、この様子は……」
隣の部下は手元の書類をめくって、目的の情報を探しはじめる。しかし、当てはまるものは無く、単語や日付さえ掠りもしない。つまり、この出来事はアポ無しの急用であるということだ。
2人は互いに顔を見合わせると、視線を島唯一の港湾施設に向ける。
その沖合には多数の艦船が浮かび、海面をほぼ覆い隠している。各艦の煙突から灰色の排煙や七色の廃棄魔素が昇り、青空をぼんやりと燻んだ色模様に染めていた。
帆船は一隻も見当たらず、完全な動力船ばかりである。船の外観を見るかぎり、科学文明国と魔法文明国が入り混じっているようだ。しかも、世界の名だたる大国しかいない。
カールたちにとってそれは最悪の光景だった。急な来訪という面倒事に加えて、外交官の数も明らかに多いのだ。激務の予感しかしない。
「今日は絶対に忙しくなるな、はぁ」
「そうですね、はぁ」
2人は無意識にため息を吐き、肩を落とす。
カールは憂鬱な気分になっているのか、眉をひそめている。それでも、自身の職務を全うするべく、外交部門の部下たちに声をかけ、来訪者たちに近づいていった。
「ん?」
さっそく、彼は妙な違和感を覚える。大国の外交官たちの表情は冷たく、視線から軽蔑の意志を感じる。それはまるで極圏の氷海のようだった。
いつものように微笑まず、和やかさは微塵も見当たらない。前回の様子とはあまりにも違う。友好国の使節団だと思えるほど、融和的な姿は幻だったのだろうか。
カールを始めとする、現地の有翼人たちは何ともいえない不気味さを感じる。
(嫌な予感がする。今まで感じたことがないくらいには……お願いだから、何事も起きないでくれよ)
「これはこれは、皆さま初めまして。ようこそ、アニュンリール皇国へ。私は外交官のカール・クランチと申します。本日はどのようなご用件でしょうか?」
カールは自身の感情を押しとどめ、相手に不安感を悟られぬよう微笑む。そして、両腕を開きながら近づいていく。
「……」
彼らは手元の書類を開くと、カールの前に見せつけるように近づける。次の瞬間、カールの表情は固まり、笑顔は次第にぎこちないものになる。
「我が国は貴国に対して宣戦布告する」
ムー連邦の外交官が口を開いて早々、単刀直入に言いきった。直後、世界各国の外交官たちも宣戦布告の件を伝え、書類をカールたちの目前に叩きつける。
テーブルに1枚、また1枚と置かれるたびに、有翼人一同の顔から血の気が引いていった。
宣戦布告状には厳粛な宣言文だけでなく、同胞の有翼人、その顔写真が犯罪者リストのようにずらりと貼り付けられていた。
「我々はあなた方の工作員を全て捕縛した。もちろん、行動の目的もすべて把握している。本国に魔帝復活ビーコンを多数保存しており、良好な状態に保っていることもだ」
「潔く観念することだな。魔帝の落とし子さん、いや自称末裔の雑種さんよ」
神聖ミリシアル帝国の外交官がカールを睨みつける。その視線は冷たく、まるで道端の汚物を見るかのようだ。強烈な軽蔑感に満ち、慈悲のかけらさえ感じさせない。
カールは全身を恐怖で震わせながら、目一杯の大声で反論する。
「ウソだ、絶対にウソだ! そんなことはあり得ない、我が国を一方的に貶めるためのデタラメだ!」
カールの声は虚勢を張っているというよりも、心の底から湧き上がる混乱と恐怖に満ちていた。
「ほう、あくまでもデタラメだと言いはるのか」
グラ・バルカス帝国の外交官がカールの間近に迫る。彼は冷笑的な笑みを浮かべていた。
「そうか、そうか……ならば貴様に聞いてやろう。ちょうど1年前、同族の工作員が我が国の機密資料を盗もうとしていたが、あれもデタラメとでも言うのか? 半年前、我が国の主任科学者を誘拐しようと企てたこともか? おい聞いているのか!!」
カールは顔色を真っ青に染め、視線を地面の方に逸らす。なぜなら、それは極秘の諜報活動であり、他国には絶対に知られていないはずだからだ。
彼の心臓が激しく脈打ち、今から喉まで飛び出しそうだった。
「ま、ま、まさか、なぜそれを……はっ!?」
「なぜだって? 答えは極めてシンプルだぞ」
彼は勝利を確信したかのように不敵な笑みを浮かべた。
「貴様らが我々を友好な存在として認識したのは、我々の技術力が自分たちよりも劣っていると見なし、大した脅威ではないと見なしたからだろう。違うか?」
「勝手に安堵して、自国にずっと引きこもっていたようだがな……我々は自身の力量を磨き続け、貴様らのスパイ網を全て把握できるようになっていたのだ」
各国外交官は有翼人たちに冷ややかな視線を向ける。それは有翼人のプライドにとってあまりにも屈辱的なことだった。
自分たちよりも下等な存在であり、内心見下していたにもかかわらず、逆に軽蔑され見下されてしまったのだ。
こんな事は決して許されない。生意気な下等種には躾をしなければ。有翼人たちはそう思いつつ、現状の無力さに苛立ちと恐怖を抱く。
(か、完全にバレている!? おのれ下等種族め!! しかし、ここの戦力では)
カールの頭の中は真っ白になった。ただ口をパクパクとさせるだけであり、一言も喋らない。彼の部下たちも同じように顔面蒼白で立ち尽くしている。
有翼人は世界各国に自身の秘密がバレていないと、傲慢にも思い込んでいた。
しかし、その間に同胞の諜報員は全員捕らえられ、こちら側の情報が完全に筒抜け状態だった。その残酷な真実によって高慢ちきなプライドは粉々に砕け散る。
「あ、あぁぁ」
カールの喉から絶望の声が絞り出される。彼の顔は屈辱と敗北感に染まり、もはや外交官のものではなかった。
「さっさと観念しろ、手羽先のゴミ共が!!」
エモール王国の外交官はカールの胸ぐらを掴み、自身の目前まで引っ張ると大声で怒鳴りつけた。
その言葉は竜人族が長年抱えてきた、光翼人に対する憎悪のすべてを吐き出すかのようだった。
「ひっ……」
有翼人外交官の1人が恐怖に引きつった声を漏らす。彼女の視線はパーパルディア皇国の外交官に向けられていた。
いつもの軽蔑的な態度とは違い、恐怖心に満ちあふれている。野蛮な下等種国家、しかも救いようがない馬鹿者集団だと見下していた。そんなヤツらに対して。
「お前ら蛮族は所詮この程度の知恵しか持ち合わせていなかったということだ!」
「我々が築き上げてきた歴史! そして文明の力を! その身をもって思い知るがいい!!」
彼女の言葉には深い軽蔑と抑えきれない高揚感が滲み出ていた。各国外交官たちは満足げな表情で一歩後ろに下がる。
その背後から完全武装の兵士たちが静かに現れた。彼らは些細な感情も見せることなく、ただ機械のように有翼人たちを次々と取り押さえる。
そして、ブシュパカ・ラタンは宣戦布告からわずか5分で呆気なく陥落した。
その結末はあまりにも自業自得に思えた。彼らは我々の技術力に下等種は決して追いつけないと信じていた。
今もこれからも我々の優位性は揺るがない。なぜ、大規模な防衛戦力を配置する必要があるのか。
そんな慢心さえ通り越した、謎の自信が裏目に出てしまったのだ。
──アニュンリール皇国本土 西方海域──
ムー連邦の潜水艦部隊は水深数十m以下の海中に沈みこみ、漆黒の暗闇にひっそりと潜んでいた。その数は24隻、すべて攻撃型原子力潜水艦である。防衛用の予備戦力を除いた、全常備戦力をまとめて投入している。
潜水艦の内部は非常に静かだった。
乗組員たちは会話を交わさず、些細な小言さえ発することもない。淡々とモニターを見つめ、作戦開始の通達が表示されるのを待つ。
ただひたすらに沈黙を貫く。人類史上最大の軍事作戦に参加するためなのか、対魔帝の前哨戦がついに始まるからなのか。それは誰にも分からない。
次の瞬間、モニターに新たな情報が表示される。極めてシンプルなメッセージだった、人類の夜明けは近い、ただそれだけである。
艦内には張り詰めた緊張が走る。そして、艦長は部下たちの顔を見渡し、遂に口を開いた。
「作戦開始……いよいよだな」
数分後、巡航ミサイルが潜水艦上部の垂直発射管から次々と発射され、爆音と爆煙を発しながら、海中を突きすすむ。やがてミサイルは海面を飛び出し、空へ向かって力強く舞い上がる。
同時期、日本国と在日米軍の連合潜水艦隊も動きだした。うおつり型原子力潜水艦6隻とハワイ級原子力潜水艦2隻は巡航ミサイルを垂直発射管から発射。
また、陸上の装甲車両、海上の戦闘艦。空中の航空機という異なるプラットフォームからも同様に発射される。
無数の光の筋が青空を切り裂き、アニュンリール皇国本土『ブランシェル大陸』へと向かっていく。その規模は規格外の一言であり、人類史上初の先制攻撃だった。
【用語解説】
『ブシュパカ・ラタン』
アニュンリール皇国唯一の国際的な外交窓口。この島以外の場所は対外的に解放されておらず、僅かな侵入さえも許可されていない。
自国の文明水準を偽装するため、また他種族の力を根本的に舐めているため、本格的な防衛戦力は一切存在しない。
せいぜい、帆船の小規模艦隊と十数匹のワイバーンだけである。有翼人は本島での仕事をタイムスリップ勤務と自嘲しており、給料と仕事量が見合ってないと度々不満を漏らす。
『パーパルディア皇国』
日本国召喚の登場国家(悪役) 原作の技術水準は産業革命の一歩手前ほど。本作の世界線では大幅に強化されている。
また、太陽会によって国家全体が漂白されており、差別意識やプライドの問題は劇的に改善された。もっとも、光翼人や有翼人相手ならば原作以上に厳しく接する。