──中央暦1638年10月26日 ムー連邦 パガンダ州 サルマリア──
グラ・バルカス帝国外交団はパガンダ島の宿泊施設『ラ・イラー』から出発した。その輸送車は現地警察のパトカーや白バイクに護衛され、島のメインストリートを悠々と突き進んでいく。
20分後、彼らは来賓用ホテル『ルルイエ』に到着。ムー国側の歓迎パーティーに参加するため、ホテルのロビーに足を踏み入れていった。
「この国は予想以上に厄介だな。国力でも技術力でも……ケイン神王国とは全く比較にならない。大人と子供以上の差がある。ムー国から見れば、我が国とケイン神王国はドングリの背比べだろう」
ハイラスは一人言を淡々と話す。その表情は非常に重苦しく、雰囲気自体も暗い。彼は気づいてしまったのだ。ムー連邦が規格外な国力を有していることに。
サルマリアの市街地を通りすぎ、ホテルの機械製品を使ってきた。ただそれだけでも分かってしまう。何度も何度も強烈に思い知らされる。
自国の現在が人類史の最盛期ではない。ただの通過点にすぎないと。ハイラスは内心頭を抱える。
(これからどうすれば良いのか。本国のタカ派はきっと素直に受けいれてくれないだろう……ダメだ、上手く考えが纏まらない。専門家たちに意見を聞きたいな)
ムー連邦の情報は無難な内容ばかりだ。我が国の領土はここからここまで。総人口は○億人以上。工業だけではなく、農業の方も非常に盛んです。本当に当たり障りないものだ。まあ何というか正直反応に困る。
我々はムー連邦の軍事力を知りたい。しかしそれを丁寧に避けてくる。親切なのか、親切じゃないのか、いっそう分からなくなる。
まあそれでもケインの連中より断然マシだろう。ヤツらは100%の宗教狂いだからな。
(カイザル君の意見を聞いてみたいが……)
彼は会場全体を見渡す。
(見つけた! しかし今は取りこみ真っ最中のようだな)
どうやら、カイザルは現地の男性達と会話しているようだ。彼らの体格は随分と厳つい。脂肪の類は見当たらず、屈強な筋肉だけで構成されている。
(
ハイラスは気がついた。彼らはムー連邦軍の幹部であると。胸元の勲章が明確な証拠だ。10個以上も身につけている。
勲章のデザインはかなり独特な物だ。ユグドの軍隊ではあり得ない物もある。
それはさておき、周囲の人々は軍人達に怯えていない。それどころか親しげに触れあっている。おそらく軍人の仕事が正当に評価されているのだろう。
軍人は国家の安全保障を担っている。だからこそ、相応の社会的地位と待遇を与えなければならない。冷遇は決してあってはならないことだ。
(あの様子を見るかぎり……軍事関係の情報を集めているようだな。私が下手に近づけば邪魔になるだろう。とりあえず、今は距離を置くべきか)
ハイラスは周囲の料理に目線を向ける。どの料理も素晴らしいものばかりだ。素人の目線でも分かる。鮮度と品質があまりにも高い。きっと、ムー国の食品技術は異世界でも群を抜いているに違いない。
(この食欲はどうしたものか。さっきから無尽蔵にわいてくる。この肉料理を食べて落ち着かせよう……ん?)
「グラ・ハイラス様ですか?」
彼は声の方に振りかえる。そこには──
中年男性が一人ポツンと立っていた。普通の人間種に見える。銀髪緑眼という特異性さえ除けば、ユグドの人間とまったく変わらない。
ハイラスはそこに強烈な親近感を抱いた。
彼は白色スーツと黒ネクタイを身につけている。ユグドの正装とまったく変わらない。ただ奇妙な点がひとつ。漆黒のガラス瓶を右手に持っているのだ。しかも微かに泡だっている。
(この男はいったい?)
「失礼、自己紹介が遅れましたね。私は『ケネディス・ノヘルカ』ムー連邦の首相を務めています。また労働党のトップでもあります。今後ともよろしくお願いします」
「なんと……こちらこそよろしくお願いします」
「それではさっそくですが、我が国の特産品でも如何ですか? 肉料理とも相性抜群ですよ」
ケネディスはニコニコと微笑み。ハイラスに漆黒のガラス瓶を差しだす。
「このような物は初めて見ました。炭酸飲料水の類ですか? 色こそ違いますけど、ラムネにかなり近そうですね」
「お気付きになりましたか。これはヌカコーラと言います。砂糖の量が絶妙に良く、ちょうど良い甘さです。炭酸ガスの感触も相まって、1度飲んだら病みつきになりますよ。もちろん飲みすぎは禁物ですが」
「なるほど、味が気になりますね」
ハイラスはガラス瓶のフタを開けた。次の瞬間、液体が小さな音を立て、不思議な香りを漂わせる。表面は茶色の泡に覆いつくされている。
(魔女の大釜みたいだな。本当に大丈夫なんだろうか。ケネディスさんは飲んでも問題ないと言っていたが……ええい! なんとでもなるはずだ!!)
彼はヌカコーラを勢いよく口にした。
(これは美味いな! 甘さがちょうど良い、何というかサッパリとしている。一口一口が苦じゃない。炭酸は強すぎもせず、弱すぎもしない、絶妙な組み合わせだ。これならば……ずっと飲み続けても飽きないだろう)
帝国海軍のラムネとは全然違う。そして、ハイラスは苦笑いした。彼は気付いたのだ。飲みすぎは禁物だと釘を刺した。ケネディスの警告の意味を。
「ヌカコーラは素晴らしいですね。本国でも飲み続けたいです。貴国から輸入出来ますか?」
「そうですね。国交樹立1週間後くらいならば出来るかと。ヌカコーラを気に入ってくださり、感激の極みです」
ケネディスはニコニコと微笑み続ける。それにしても、ムー連邦の外交は非常に不思議なものだと思う。ユグドの外交は強烈な緊迫感に覆われ、こんなに穏やかでは無かった。
双方が丁寧語を喋っているとはいえ、罵倒と皮肉の応酬合戦という有様だった。あれは思い出したくない。
(それはさておき……)
「貴国が別世界からの転移国家だったとは……大変驚きました。たしか地球という惑星でしたね。しかも異世界唯一の科学文明、それにも関わらず──」
ムー連邦の歓迎パーティーは続いていく。
ケネディスの外見はLibrary Of Ruinaのホクマー君に近いです。
【用語解説】
『ムー連邦』
本作の独自国家。ムー国がレイフォル・パガンダ王国・ヒノマワリ王国を併合して出来た。立憲君主制の民主主義国家という所は変わっていない。