目的地であるレセプションルームに足を踏み入れると、リンに対して質問をぶつける四人の少女たちが元太の視界に飛び込んできた。だが、その四人は、元太にとっては初対面だがとても
「ちょっと待って!代行!見つけた、待ってたわよ!早く連邦生徒会長を呼んできて!」
「主席代行官、お待ちしておりました」
「トリニティ自警団です。連邦生徒会長は何処へ?直談判を頼みます」
「連邦生徒会長にお会いしに来ました。風紀委員長、及び
「……面倒臭い方々に捕まってしまいましたね。ですが態々、暇を持て余す貴女方がこんな辺鄙な所まで足を伸ばす理由は想像がつきますが……」
矢継ぎ早な質問攻めにあい、あからさまに嘆息したリンは適当にあしらえばいいかと口を開こうとするが、それはユウカ達のクレームじみた報告に遮られることになる。
「あのねぇ…!そこまで分かってんなら何とかして!数千もの学校が混乱に陥ってるのよ!?この前なんて
「風紀委員にも、連邦矯正局にて停学中の生徒達の一部が脱走したとの情報が」
「スケバンや不良達が、登校中のうちの生徒達を襲う頻度、全体的な治安の悪化が見られています。
「出所不明の弾薬、銃火器、戦車や装甲車などの不法流通が一〇〇〇%も増加しています」
リンはそんな現状報告に胃がキリキリと痛むのを感じた。うるさいわ、んな事こっちが一番分かってんだわ、テメーらは自分とこの自治区でやることやりゃあいいだろうが…………と、彼女らしくない893じみた暴言がすんでのところで飛び出そうだった。というか実はもう我慢の限界であった。
「こんな状況なのに連邦生徒会長は何してるの!?数週間も公の場に姿すら表さないなんて!先ずは早く会わせて!」
青髪のツインテールが特徴の少女ーーーたしか、ユウカだーーーが捲し立てる。
「……結論を申しましょう。連邦生徒会長は今現在席に就いておりません」
「……正確には『行方不明』に、ですが」
「「「「!!??」」」」
そう言いきったリンを見て、各々の顔には驚愕の感情が表れていた。連邦生徒会の長たる会長がまさかの行方不明。
それが意味することをーーー四人は自然と理解出来た。
「そう、お察しの通り『サンクトゥムタワー』の最終管理者ーーーー会長がいない為に現在の連邦生徒会は行政制御権が失効した状態です」
サンクトゥムタワー。連邦生徒会、否キヴォトスの腸とも言える管理施設。その管理者の失踪はキヴォトスの秩序の崩壊を意味する。なにしろ行政制御権ーーー連邦生徒会のあらゆる権利が剥奪され、白紙に戻っているようなモノだ。
「認証を迂回出来る方法を探していましたが……先程
「……と、申しますと現在はその方法が見つかったと?」
「えぇ、こちらの五十嵐先生がフィクサーになって頂けるハズです」
「「「「!?」」」」
「ちょ、ちょっと待って。この先生はどなた?そもそも何処からいらっしゃったの?」
どうやって来たかは実際、彼自身も皆目見当がついてない。なにしろ、半ば記憶喪失みたいな事になっているからだ。
「キヴォトスでは無い所からいらっしゃったとは思いましたが……先生だったのですね」
「はい。こちらの五十嵐先生はこれからキヴォトスで働く方であり、連邦生徒会長が行方不明になる直前に指名した方でもあります」
「連邦生徒会長が直々に……。それも直前に……?益々分からなくなってきたじゃない……」
元太は混乱する各々を一瞥し、徐に口を開く。
「ーーーうん。それで間違いないよ、なんで来たかは分からないけどね。とにかく、四人ともよろしくね」
「よ、よよよろしくお願いしますっ!私はミレニアムサイレンススクールの……って!今はそんな事やってる場合じゃなくて……!」
「そのうるさい方は気にしなくて結構です。続けますと……」
「う、うるさいは言い過ぎなんじゃない?」
「そうよ!誰がうるさいですって!?わ、私は早瀬ユウカ!覚えておいて下さい、先生!」
「そっか。ユウカちゃんか、よろしくね!」
「……ゴホン、先生は元々、会長が立ち上げたある部活の担当顧問として
リンは右手で眼鏡を押し上げ、ジャケットのポケットから校章のようなマークが刷られた白いポストカードを見せ、言った。
「ーーーー連邦捜査部『シャーレ』。ただの部活の範疇には収まらない一種の超法規的機関」
「連邦組織の為、キヴォトスのありとあらゆる学園に在学している全ての生徒を無際限に加入させることができ、各学園の自治区で制約なしの戦闘活動を行う事も可能です」
「……部活、ですか。聞けば聞くほど、部活というよりもはや大規模な
「えぇ、ハスミさん。私も、何故連邦生徒会長がこのような特権を持つ組織を部活にしたかは分かりませんが……」
リンは一旦話を区切り、肝心の本題へと話を移行させる。
「シャーレの部室はここから約30km離れた外郭地区にあります。今は殆ど何も無い建物ですが、会長からの命令で地下室に
「…まずは、そこに先生をお連れしなければなりません」
そう言い終え、リンはカードをしまい、携帯端末を取り出してどこかへ繋ぎ、話始める。
「モモカ、シャーレの部室に行くためにヘリが必要なんだけど……」
『シャーレの部室?あーあの外郭地区の?そこなら絶賛大騒ぎだけど』
「おお、騒ぎ?一体なにがあったというの」
『ちょうど矯正局を脱走した停学中の百鬼夜行の生徒がドンパチおっぱじめて戦場になってるよ、今』
「は?」
リンは思わず、虚をつかれたかのような間抜けな声をこぼした。余りの間抜けさに彼女はわざとらしく「ゴホン」と咳をし、気を取り直しモモカに事情を聞こうとする。
が、モモカはそんな気も知らずーーポテトチップスを片手にーーベラベラと勝手に喋り出す。
『生徒会に恨みマシマシで地域の不良とか引き入れて周りを焼け野原にしながら大暴れしてるし、オマケに巡航戦車まで引っ張り出してきたみたいだね、しかもちゃっかり違法改造されてるし』
「…………は?」
『まー、そんでシャーレの建物を占拠しようとしてる魂胆みたいね。……まるでそこに大事なものがあるかのような動きだけど、ねぇ?』
「…………」
『……ん?あ、先輩。お昼ごはんのデリバリー届いたからこの辺で。ま、また何かあったらまた連絡するよ!』
ブツッ
「…………………………」
リンは見てるこっちが真っ青になるほどの怒気を孕んだ蒼白な顔になっていた。あと、手に持ってる端末がピシリとヒビが入ったかのような音が聞こえる。
溜まりに溜まったストレスみたいなのが爆発寸前なのはもう誰の目にも見て取れる。その様子を見て、元太は思わず「大丈夫……?」と声を掛けた。
「え、えぇ……想定外の事態ですが、えぇ、なんのこれしき……」
声を震わせながらなんとか応対するリン。どうにか息を絞り出した彼女は、眼鏡を上げ、好都合なことにーーこれから起こることは彼女たちにとっては不都合だがーー今レセプションホールにいる他校の四人を死にかけた魚のような目で射抜くように見つめる。
「……?」
「な、なに?どうしてそんなに私たちを見つめるの?」
あまりの嫌な予感に四人は後ずさるも、リンはあまりにドス黒い笑みを浮かべながら四人に詰寄る。
「ちょうど、ここに各学園を代表するお暇そうな方々が好都合なことにこんなにも……。ふふ、ふふふふふふふ。とても、とても嬉しいですよ?えぇ」
「……!?ま、待って!何するつもり!?」
「キヴォトスの正常化の為、無理矢理でもあなた達の力が必要です。行きましょう」
「はぁ……!?答えになってないわ!だからどこに行くつもり!?」
「あら、お話の流れで嫌でも理解出来たとお思いになっていたのですが。そんなの決まっていますーーー」
何を今更と、呆れを孕んだ声音の彼女はこう続ける。
「ーーーシャーレです」
ーーーーーー
シャーレ付近の地域へやってきた……と言うより半ば強制的に放り込まれた五人は呆然としながら、秩序もクソもへったくれも無い、目の前に広がる惨憺たる地獄に呆然としていた。
「な!何これ!?」
「想定はしてたけども……これ、なかなかや……っば!!」
傍へ撃ち込まれた砲弾を咄嗟に避けるために、近くのコンクリートの壁へ逃げ込む元太。なんだかんだあの地獄のような日々、そしてベイルとの因縁の決着に至るまでに鍛えられて来た危機管理能力が何気に役に立った瞬間でもあった。
元太は遮蔽物に身を隠しながら、ちらりと視線を移す。どうやら、今のは無差別砲撃らしい。誰彼構わず巻き込むつもりだったのか。だが、隠れた途端に砲撃も銃声もパタリと止んだ。
「先生、大丈夫ですか!?……あれ?攻撃が止まった…?」
「おそらく、私たちの姿を見失ったから不良たちも攻撃のしようがないのでしょう」
と、チナツが冷静に意見を述べる。
「よ、よし!なら先生!このまま戦闘を避けーーー「それは無理だね」ーーーへ?」
ーーー喜色に満ちた声音のユウカは、そうバッサリと切り捨てた元太が指指す方向へ目を向け、凍りつく。
「は……!?囲まれてる!?ウソでしょ!?」
そう、道を塞ぐかのように別方向からも不良たちがやってきていたのだ。
「どこをどう行こうと、もう戦闘は避けられない。敵さんが最初から挟み撃ちにする気だったのかは知らないけどね」
「ーーー分かりました。ですが、先生はなるべく下がっていた方がいいかと思います。このまま戦闘になれば、銃火にその命までも晒される。皆さん、最優先事項は先生の安全、部室の奪還はその次です」
「ハスミさんのおっしゃる通りです。先生はキヴォトスでは無い場所からいらした方ですので……。私たちにとってはかすり傷でも、先生にとっては弾丸一発でも命の危険になります。その点にご注意を!」
「分かってるわ!先生、先生は戦場に出ないで下さい!私たちが戦ってる間は、安全な場所に……「その事なんだけど……指揮くらいはさせて貰えないかな?」……へ?」
元太は、自分でも何を宣ってるんだと感じた。だが、そんな意思に反し、口からはつらつらと言葉が出てくる。
「勿論、君たちの足手まといにはならないように安全な場所から、後方支援ってことで。……どう?」
もし、もしあの記憶が正しいのであれば、『彼』と同じことが出来るハズだ。幾度となく、死線を潜り抜け、研ぎ澄まされたキヴォトス最強の戦術指揮官たる『彼』と同じことが。
「……了解、これより先生の指示に従います」
「はい。生徒が先生の言葉に従うのは自然なこと、ですね。よろしくお願いします」
「あはは……まぁお手柔らかに頼むね……」
「……もー!考えるのはやめ!じゃあ行ってみましょうか!」
「ーーーあぁ。想定状況『B-44459657』。戦闘準備開始。スズミちゃん。遮蔽物を用い、高所へ移動」
「へ?高所へ……?わ、分かりました」
瞬間。彼の声音はまるで無機質で抑揚のない色へと変わった。まるで、合理的に取捨選択する戦闘機械のように。
四人は豹変した目の前の先生に、動揺を隠せないが、意識を切り替えて眼前の敵へ視界を移し、交戦準備を整える。
ーーー極限環境下においてのまさかの初戦闘。
だが、この戦場にトリアージ・タグは必要ない。ならば、自ずと目の前の
ーーーーーー
シャーレ前を占拠する十数人の不良たちは、辺りを哨戒し、異常がないか見て回っていた。
「……此方ズールー2、異常なし」
『此方ズールー・リーダー、了解。持ち場へ戻れ』
「了解」
ブラックマーケットで売られてた安物の無線機で報告し終えた一人の不良は、放棄された車輌の近くで休むことにした。
「…………ふぅ。にしても、大袈裟過ぎねぇか?風紀委員やら正義実現委員会が出しゃばるワケでもねぇのに……。いや、噂の見たこともねぇ装備の黒ずくめの部隊が出てきたらさすがに終わるか」
ーーーと、独りごちたその時。
カランカランーーー
「ーーーん?なんのお
バゴォォォオォォン!!!
ギャアアアアアアア!!!!!????」
突如として響いた轟音の直後、黒煙を巻き上げながら爆発した車輌。その衝撃に吹っ飛ばされた不良はごろごろとゴムボールのように転がり回った。
「!?大丈夫か!?」
「敵か!?何処だ!?何処にいーーー
ドゴォオオオオォン!!!
オ゛オ゛オ゛ァ゛!!!???」
異状を確認し、駆け寄ってきた幾人もの不良たちも次々と爆発に巻き込まれ為す術なく地に伏していく。
「……フェーズ1」
フェーズ1ーーースズミの
最初にして最後の難点であったが、ここさえ突破すれば後は此方のワンサイドゲームだ。
元太は混乱に陥る
「……フェーズ2」
本来はヘリからの降下用に用いるファストロープ。それをビルの屋上に固定した簡易強襲装備でチナツ以外の三人は降下。不良たちの後ろへ回り込み拘束。
「がっ゛、あ゛っ゛!?は、離せーーーーー」
「チィッ!クソが!三人程度であたしらに勝てると思ってんのかァァァァ!!!」
ぐったりとし、身につけていた銃をガチャリと落とした不良を遮蔽物にし、真っ向から突撃してくる不良たちに向けてユウカはSMGを向け、スズミは先程も用いた
「ぶべぇ!?」「おごァ!?」
マトモな断末魔も上げずに地へ伏す数人の不良たち。
「て、てめぇらぁ!なに盾にしやがっーー」
そして間髪入れずにハスミのインペイルメントが耳を劈くような金属音を周囲にブチ撒け、モロに直撃した不良は絶叫を挙げる暇もなく痙攣しながら倒れた。
「ワンターゲットダウン、援護射撃を継続します」
『了解。チナツちゃん、降下準備。適時回復剤を投与』
「分かりました!」
「よし……フェーズ3」
バラバラに分断された状態でじわじわと戦力を削られていく不良たち。残るは数人と指揮官だけ。それを見た元太は最後の指示を出す。
『ハスミちゃん、次弾準備。
「はい」
もはや痩せ細った猫のような心許ない攻撃しか出来ない不良たちはそれでも必死に銃弾をばら撒く。
「クソォッ!!くるな、くるな来るなくるなぁァァァァァァ!!!!」
最後のくいしばりとでも言うべきか、ユウカ達もなかなか前方へ進めず、遮蔽物へ身を隠すしかない。
だが、そんな無意味な抵抗もすぐに止んだ。
「はぁ、はぁ……クソッ!こんなの聞いてーー」
見事目標に命中したハスミの弾丸は、不良たちの銃を暴発。
「むごぉ!?」「いだいいだいいだい!!!いだだだだだだだ!!!!」「て、テメェらァ!銃狙うのはひきょーーーいだ、いだぁ!!??」
そこかしこに無造作にばら撒かれる弾丸のあまりの痛さにのたうち回り、隊長格の不良も間抜けな姿を晒しながらパタリと電池が切れたオモチャのようにたおれた。
その様子を見届けた元太は一息つくと同時にインカムをオンにし、労いの言葉をかける。
『作戦終了。ーーみんな、お疲れ様』
ふと、彼は額どころか全身にベタりと滲んでいた脂汗に気づいた。やはり、頭では理解できていても、身体は正直だったらしい。
なにしろ、自分にとっては初めての指揮だったからだ。というか元いたあっちでは、戦闘はそれこそ飽きるほどやってきたが指揮なんて無理な話であった。やはり、
(……いや、どうにか完勝したのはいいけど脂汗ヤバッ。すごいベタベタしてんなこれ……)
そんな元太の心境なぞつゆ知らず、四人の生徒は彼が待機する場所までやってきてじっと彼を見つめ、各々が口を開く。
「先生、素晴らしかったです。まさか無傷で戦闘を終えられるだなんて……」
「……そうよね?私も前に出る
「え、そ、そうかな?えへへ、それはよかった」
生徒達に口々に誉められ、元太自身も意外と満更でもない気分であった。例え中身も身体も三十路のハードルを軽々と飛び越えたおっさんであっても、嬉しいものは嬉しいのだ。
尚、本人はおっさんだと思ってるものの何故か若返ってる模様。なんでやろね(すっとぼけ)