プロローグ その1
これは8歳とか9歳の頃の話。
拠点としているフーシャ村へシャンクスたちが帰ってくる度に、ルフィは赤髪海賊団に入りたがって挑戦を受けに行ってたんだよね。
コインを隠されたり、船を漕いだり、鬼ごっこしたり、私にだって一度も勝ててないのに、シャンクスに勝てるわけないのに。
えっと、あの時は。
目元の傷ができた時だよね。
ルフィがとにかく大泣きしちゃってさ。
「バカ! ほんとバカでしょ!」
「うぅ~」
いつも生意気で子どもなルフィに、私は泣きつかれて困っちゃってた。服にしわができちゃうけど、ルフィがこんなに大泣きするのなんて初めてだし、突き放せるわけないじゃん。
でもどう考えてもバカ。
度胸試しかなんか知らないけど。
「うぅ、いてぇよぉ~」
「ほら、もう泣かないの。いたいのいたいのとんでけ~♪」
目の下に貼ったガーゼは何度も張り替えてようやく血が止まったみたいだけど、まだ真っ赤に染まっていて、目を逸らしたくなるくらい痛そう。
泣きムシなルフィってば、泣いてまた血が出たらどうするのよ。私はお姉さんだから、特別にヨシヨシ慰めてあげるんだからね。
「が~はっはっはっ! ルフィのやつ! うちのウタ姫に泣きついてやんの!」
シャンクスはまたお酒に酔って、ルフィをからかってくるけどさ。
「……船長さん?」
「る、ルフィの根性を見せてもらったぞ!」
「やーい、マキノからまた怒られてやんの」
マキノが笑顔で怒ってるよ。
まあシャンクスたちが付いていながら、とにかく不器用なルフィが、ナイフ持ってバカなことをするの止めなかったの、私だって怒っているんだからね。
「ぐすっ……そうだシャンクス! これでウタと俺を次の航海に連れていってくれよ!」
「おいおい、またその話か」
ぐびぐびとお酒を一気に飲んだけど、よくあんな苦い水を飲めるよね。まあマキノだってたまに飲んでいるし、大人になるなら美味しく飲めるようにならないといけないのかな。
それはともかく。
「そうよ! 私が置いていかれたのこれで3回目でしょ!」
「そうだそうだー!」
「まー、そうカッカッするな。ほら、お前らジュースでも飲め」
シャンクスがまた手品みたいにジャーンって出して、私たちにオレンジジュースのジョッキをくれたけどさ、甘くて美味しいのが悔しい。
「わー、ありがとな!」
「ふん、私はだまされないからね」
「おっと、ルフィはガキだが、ウタは大人だったな」
なんだとーって、ルフィは両腕を上げてシャンクスに立ち向かって遊ばれているけど、ふふん、そりゃあ私はルフィより2歳もお姉さんだもんね。
「ぐぬぬ、おれのパンチが効かねぇ」
「マキノー、またシャンクスが~」
「フフッ、大人げないわよね」
「おいおい、そりゃ卑怯だぜ」
マキノに何かと弱いシャンクスなんて、これで両手を挙げて降参するんだよ。
「ひきょーで結構、海賊の娘ですから」
「ははっ! こりゃあ一杯食わされた!」
「え~ 海賊ならまっすぐ戦うもんだろ」
「そうでもない。時には逃げることも必要さ」
ほら、ベックさんだってそう言っている。
シャンクスより頭良いし、酔ってお腹を出して寝ないし。他のみんななんて肩を組んで、海賊の楽しさをワイワイとルフィへ自慢するから大人げないよ。
「海賊は楽しいが、過酷だ。たくさん危険だってあるからな」
私やルフィは首を傾げて、それがお互い逆にやるからゴツンってなった。
こいつ石頭だし、頬っぺたを引っ張りたいけど、今回はケガしてるから勘弁してあげる。
「分かりやすく言えば、さっきのルフィみたいに痛い目に遭うってことさ。こんな風に、身に染みてな」
そう言って、ベックさんはゴツゴツした腕の古傷を見せてくるけど、ルフィの傷よりずっと深くて大きそうで、私たちは思わず目を逸らしちゃう。
シャンクスもそう言えば3本の傷が目元にあるけど、目が見えなくならなくてよかったよね。世界の歌姫になる私は絶対そんな傷、イヤだからね。
「ベックさんよ、ルフィのやつはともかくウタまであまり怖がらせてくれるな」
「お前は甘やかしすぎだと思うがな」
ぶぅー、また子供扱いしてくる。
ふーんだ。
久しぶりに会えたのに、すぐこれだもん。
「ほら。ルフィ、ウタ、食べる?」
「食べる! 宝払いで!」
「ホイップある? シャンクス払いで」
マキノの作るパンケーキは大好きで、フーシャ村で作られたホイップも大好きで、何かと隣に来るこいつといることもキラいじゃない。
船の中でお留守番をすることが多かった時よりもいろんな
「また出たな、ルフィの宝払い」
「フフッ、期待して待ってるわね」
「ししし 海賊になって宝を見つけたら金を払いに来るんだ」
「とか言って私を宝探しに連れ出すんだよ。ガラクタだーって私が言ってもいろいろ拾ってくるし」
お花とか、綺麗な貝殻とか、ガラス玉とか、森で見つかったり海に流れ着いたりするものだもん。シャンクスがくれる金色や銀色のピカピカなお宝と比べれば、ほとんどがビミョーだよ。
でも、不思議と引き出しにしまっておきたくなるんだよね。ルフィが描いた麦わら帽子の落書きとか、あの宝の地図とか。
あっ、そうだ。
「この前なんて宝の地図でさ!」
「そうそう! 掘ってみたら金貨があったの!」
たったの1枚だったけど、初めてちゃんとしたお宝を、自分で見つけた時、とても嬉しかった。
「ほう。2人で宝探しか」
「私にプレゼントしてくれたんですよ」
だってマキノはいつもご飯を作ってくれるし、泥まみれになった私たちの服を洗濯してくれるし、よく夜も一緒に添い寝してくれるもん。
「……そうか。そりゃあ良かった。」
あれ、麦わら帽子を深く被り直したシャンクスの顔、なんか別のところを視ているような気がする。
「ししし 他にも宝の地図ねぇかな」
「メッセージボトルに入ってたのよね」
私たちは顔を見合わせて笑顔になる。
フーシャ村の生活、毎日が楽しいんだ。
「なあシャンクス」
「ん? どうした?」
シャンクスが急にお酒を味わうように飲み始めたけど、どうしたんだろう。私とルフィは、塩辛いイカのおつまみに手を伸ばしてモグモグするけどさ。
「あとどれくらいこの村にいるんだ?」
「んー、そうだなぁ。ここを拠点にしてもう1年以上になるか。そろそろずっと北へ向かおうと思っていたところだ」
「ふーん。そうなのね」
「それは、寂しくなりますね」
こいつやマキノと、お別れすることになる。
私は、赤髪海賊団の音楽家だから。
「じゃあさ、俺それまでに泳ぎの練習するよ!
「うん! それがいいと思う!」
「お~ ウタまで賛成するとはな」
えっと、前は反対していたから、付いてきてほしいって言うの、今さら恥ずかしいし。えーと、そうだ。
「私、こいつをボディーガードにすることしたの。だって海は危険でカコクなんでしょ」
「ウタは俺がまもってやるからさ!」
「そうかウタ。なら強くなれよルフィ。」
私たちは大きな手のひらでガシガシと頭を撫でられるけど、久しぶりで、髪が崩れちゃうのが気にならないくらい嬉しい。
「さてと、人がいい気分だってのに」
シャンクスが今度は自分の赤髪をかいてそう呟くと、ガヤガヤと騒がしい酒場が急に静かになる。私とルフィは首を傾げて、またゴツンってなった。なんでいつもこうなるのよ。
バーンッって音と、酒場のドアが壊れて飛んできた。
大きな音でビックリしたし、知らない男の人たちがいっぱい入って来る。見るからに悪そうなやつらだ。でもシャンクスたちがいれば、あいつらなんてけちょんけちょんだもん。
ほら、ルフィなんて、シャクッガブガブと紫の果物を呑気に食べているし、2歳も年上の私がビビっていたらダメだよね。
あれ、いつの間にそんな果物があったっけ。
まあいいかと思って、私も食べようとしたとき、割り込むようにベックさんの大きな腕が、イカのおつまみに腕を伸ばしてきた。
「お前たちは海賊か?」
「ああ。俺が船長だ。」
ズカズカと私たちやマキノがいるところへやってきたけど、泥まみれの靴がお店の床に足跡を残している。
「俺たちは山賊だ。が、別に店を荒らしにきたわけじゃねぇ」
よく言う。
扉とか壊したでしょ。
「酒を売ってくれ。樽で10個ほど」
「ごめんなさい。お酒、ちょうど切らしているんです」
倉庫にあるよね、なんて言わないよ。
てかまず扉のことを謝らないとダメでしょ。
「すまんな、俺たちが全部飲みつくしちまった。詫びにこれ1本やるから許してくれ。まだ栓も開けてない」
マキノからシャンクスへ、代わるように視線が向かって、差し出された瓶を山賊が手にとった。
「きゃー!?」
「シャンクスさん、大丈夫ですか!?」
パリーンって音で割れたけど、シャンクスが頭に瓶を叩きつけられたんだ。ポタポタと赤髪がずぶ濡れで、ガラスの破片が散らばってて。
ルフィをちらりと見たシャンクスの口元が緩んだ気がした。
「おいおい、うちの歌姫たちを驚かすなよ」
「なんだ、ガキを2人も連れているのか。海賊の程度が知れる」
あれ、ルフィがなんだか。
えっと、気のせいかな。
「ゴクッまずっ! てか俺はガキじゃねぇ」
「そうよ。私だって海賊よ」
ともかく。
シャンクスにケガはないみたい。
あとなんかまた手品みたいにいつの間にか麦わら帽子がマキノへ被せてある。あのボロボロな麦わら帽子はいつも被っていて、大切なものだとはなんとなく知っていたけど、あれだけはお酒で濡れてない。
「あーあ、床がびしょびしょだ。マキノ、雑巾はあるか?」
「いえ、私がやりますが……ありがとうございます」
ガラスの破片を拾っている姿を見て、もじもじとしているマキノだけど、まあ今のシャンクスってなんだかカッコいいよね。
「おい、これを見ろ。俺は800万ベリーの賞金首だぞ? 56人殺したのさ、てめぇのように生意気なやつを」
そう言って、山賊が手配書を見せてくるけどさ。確かシャンクスって去年くらいに3億になったーって叫んで自慢していたはずよ。でもそんなに悪いことしてないはずだよね。56人も殺したほうが悪いと思う。
「よく見れば、良い女じゃねぇか。そっちの小娘も将来有望のようだし」
なんでだろと、手配書のお金について考えてうんうんと悩んでいたら、山賊が剣の柄に手を添えていた。
「やめときな」
「……なに!?」
立ち上がっているシャンクスが指1本で、山賊が振ったサーベルを受け止めている。
たぶん怖がらせるためにカウンターの後ろにある瓶を狙ったと思うんだけど、私やマキノが声にならない悲鳴を上げたくらいにヒヤヒヤすることを見せるんだから。
後でお説教だからね。
「とある国にな。堪忍袋の緒が切れるという言葉があると聴いたんだが、ともかく、これ以上は見過ごせんぞ?」
「ちぃ! てめぇら、ここは引くぞ!」
また山賊がドタバタとうるさい足音で帰っていくけど、謝る気が起きるまで2度と来ないでよね。
あいつらの背中を見て私はむすっとしているし、ルフィだって今すぐにぶっ飛ばしてやりたいって顔をしているし。
「……ぷっ」
ほら、シャンクス、喧嘩しにいこうよ。
パンチ1発で海の向こうまで吹き飛ぶでしょ。
「なんてざまだお
「酒くせぇなぁ おい!」
「カッコつけちゃってよ!」
「はっはっはっ! ハデに酒まみれだぜ!」
ぶー、シャンクスってば気にしてないみたい。
シャンクスがバカにされたのは変わらないし、私やルフィのこのイライラはどうしてくれるのよ。
「はー、笑い疲れた。お前ら掃除するぞ~」
「へーい。酔いも冷めたしな」
「ルウも食べてないで手伝えよ~」
「マキノさん、洗い場を借りるぜ?」
「夜もあるしそれまで休んでおきな!」
「ああ! そりゃ言えてるな!」
「お前ら、さすがに酔いすぎだ」
「……はい、皆さんありがとうございます」
シャンクスへ麦わら帽子をつま先立ちで被せたり、タオルであちこち拭いてあげたり、そしてマキノは少し足早に、次はルフィの口元をナプキンで拭き始めた。
「シャンクスのやつ、なんであんなことされて笑ってるんだ。こんなカッコ悪いの海賊じゃねぇ」
「ほんとほんと。シャンクスならガツーンって海の向こうまでぶっ飛ばせるでしょ」
「そうかしら。私はあんなことされても平気で笑っていられるのはカッコいいと思うわ。それに...お店のために、怒ってもくれたし」
マキノっていつも若くてかわいいけどさ。頬が赤くなっている今の表情、なんだか大人びて綺麗に見える。
「ふーんだ。ウタ、海にでも行こうぜ」
「いいわよ。カナヅチのルフィだけじゃ心配だし」
お前のほうがカナヅチだろーって、歩きながらルフィが顔を近づけて言ってくるけどさ、私は海に落ちない海賊だからいいの。
「ご飯までには帰ってくるのよー」
「「は~い!」」
「……これでよかったのか?」
「……さぁ、運命なんじゃねぇのか」
「あれ!? お
「「「た、食べやがったァ~!?」」」
何かがなくなったー、みたいな話で騒がしくなり始めた酒場から出て、私たちは夕暮れの海へ向かう。
どうせルウが楽しみにしていたお肉を、シャンクスが食べちゃったんでしょ。