麦わらのウタ   作:ヒラメもち

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プロローグ その2

 

 心地よい風の中で私はグググーって腕を伸ばす。

 

「んー、気持ちいい~」

 

 ザザーって波の音は耳を澄ませて聴きたくなるし、太陽が輝く地平線って綺麗だし、このオレンジの色合いも好きだし。

 

 指で四角を作ってみると、一つの絵になる。

 

 同じ島でハデな物もないのにいろんな景色を見ることができている。フーシャ村を拠点にするって言い始めたシャンクスだけど、珍しくセンスがいいよね。普段着とかおしゃれの欠片もないけど。

 

「なんか指がおかしい」

 

 隣でルフィがそう呟いた。

 

 ビヨーンって指が伸びているのも。

 いつものこと。

 

 いや、そんなわけないじゃん。

 

「えっ! なにこれ!? ゴムみたいじゃない!?」

「えぇ!? ゴムぅ~!?」

 

 夢かと思って、ルフィの頬っぺたを引っ張ればビヨーンって伸びるし、特に痛がる様子もない。手を離したらバチーンってなって、余韻でぷるぷると揺れる。もしかして何かの病気なのかも。

 

「すっげー! 俺ゴムになったんだ!」

「受け入れるの早っ!?」

 

 ルフィはニカッと呑気に笑っている。ぺらりと剥がれたガーゼの傷も塞がって傷跡になっているし、まるで私くらい傷の治りが早いんだけど。

 

「あんたまさか! シャンクスのお宝を食べたんじゃない!?」

「えっと、あのマズい果物か?」

 

 あの紫色の果物が入った宝箱は、気になって欲しがった私にだってくれなかったお宝だったはず。ワガママを言ったら何でもくれるシャンクスが、麦わら帽子とあの果物だけはくれなかったんだ。

 

「聴いたことがあるの。悪魔の実という海の秘宝は果物で、それを食べれば悪魔の実の能力者になる。ちなみに私はウタウタの実を食べたウタ人間」

「ウタウタ、ウタ……? えーとじゃああれはゴムゴムの実ってことか!!」

 

 しかも1人につき1つの能力しか身に付かないはずで、よりにもよってルフィがゴム人間になんかなっちゃった。

 

「しかも食べたらずっとカナヅチなの!」

「そっか。だからウタは風呂でおぼれるんだ!」

 

 そうよ。シャンクスやマキノがいないときに、私たち2人で溺れたらどうしてくれるのよ。私は海に落ちない海賊だからいいけど、こいつとかこれから何度も海に落ちるでしょ。

 

「しかもその身体で戦えるの?」

「ぎゃ~! どうしよ~!」

 

 ようやく状況が飲み込めたようで、いつもの練習のようにぐるぐると腕を振ってパンチを繰り出そうとすれば、ビヨーンってへにゃへにゃパンチになっちゃう。しょんぼりとするルフィはかわいいけどさ、これだと私がわるいみたいじゃん。

 

「なぁウタ、俺もう船に乗れねぇかな」

「私だってカナヅチだからいいの!」

 

 あーもう、そんな暗い表情しないの。

 

「ほら、腕が伸びるんだから、上手くいったら遠くまでパンチが届くんじゃない?」

「そっか! 俺のパンチはやっぱり(ピストル)ってことだな!」

 

 ルフィは元気になって喜び始めた。

 ふふん、この天才ウタちゃんのおかげね。

 

 まあ使いこなせば面白そうだけど、変わった身体に慣れるまでには時間がかかりそう。もう少しでお別れするのに、こんな調子じゃシャンクスに船へ乗せてもらうことを認めてくれるのかどうか私も不安になってくる。

 

 でもなんだか、目の前にいるこいつの腕が伸びること、私もすんなりと受け入れてしまっていて、ようやく何かの歯車が合った感じ。

 

 あれ、ドサドサと砂浜を叩く音、村の人ではなさそうだけど。

 

「お前ら、あいつらといたガキだな?」

 

「「あ、山賊だ」」

 

 こいつらまだ懲りずに山へ帰っていなかったんだ。

 

「フーンだ。私の(ウタ)であんたらなんて海へぶっ飛ばしちゃうんだから」

 

「おいおい、バカ言ってんじゃねぇよ。そう現実は思い通りにならんぞ、小娘?」

 

 ぐぬぬ、山賊の偉いやつも、その手下のやつらも、どこまでも(ウタ)をバカにしてくるようね。

 

 だったら見せてあげる。

 最近練習してるんだ。

 

「~♪」

 

「なっ!? ここはどこだ!?」

 

 ここは私が主役のステージ。

 あなたたちは観客にすぎない。

 

 キラキラとライトが私だけを照らして、私が最強の世界なんだ。私が食べたウタウタの実は、ウタえば私の思い通りに戦うことができて、どんな悪魔の実よりも最強で無敵の能力ってことよね。

 

「ウタの不思議なやつだ!」

「私の世界、ウタワールドってところかしら」

 

 この世界ではイメージがすべて形になる。例えばルフィがどれだけお肉を食べても減らないし、私が欲しいものはなんだって手に入るし、私やルフィが戦わなくても兵隊さんだって作れるし。

 

 他にも、指を振るって虹色の五線譜で山賊たちを縛ってやれば、どれだけ暴れようとビクともしない。この平和で幸せな世界では物騒な剣も銃も取り上げるし、泥まみれの服装も洗濯してあげるし、もう反省するまで放さないからね。

 

「てめぇ! 一体何者だ!」

「私は赤髪海賊団の音楽家よ♪」

 

 腰に手を当てて、ドーンっと宣言してやった。私のお父さんは赤髪のシャンクスって呼ばれて、あんたの何十倍もの懸賞金を懸けられているんだからね。

 

「ほら、早くごめんなさいしなさい。そうしたら出してあげるから」

 

「なに? これはまさか夢か?」

 

 あれ、急に山賊たちの表情がホッとして、リラックスし始めた。悪いやつらに使うのは今回が初めてだけど、思い通りにならないなんて。

 

 えっと、悪いやつらをごめんなさいさせるのって、シャンクスはどうしてたっけ。たとえ喧嘩してもいつの間にか仲良くなって、肩を並べて宴をしていたけど。

 

「ちょ、ちょっと! 早く謝りなさいよ!」

「別に。夢なんていつか覚めるだろう?」

 

 ヤバい。

 

 頭がガンガンとしてきたし、疲れて眠気も出てきたし、こいつらとの根比べは私が不利だ。

 

 例えば五線譜できつく縛って痛いことだってできるけど、そんな無理やりごめんなさいをさせる海賊なんて、シャンクスの娘失格だし、私とルフィの思い描く新時代に相応しくない。

 

「いたいっ!?」

「えっ!? どうしたんだウタ!?」

 

 ガツンと、たぶん現実の私が叩かれた。

 私は意識を切り替える。

 

「あんたの仕業!?」

「お、お前の仕業なのか……?」

 

 怒鳴り声は重なり、まるで化け物を見るかのように、私を見てくる。恐る恐る近づいてきて、私の頬に痛みが。

 

「いたっ! や、やめなさいよ!」

「おい! 皆を起こせよ! お前が眠らせているんだろ!」

 

 怖い。

 振り上げられた拳を止められない。

 

「わ、分かったから」

 

 現実の私、こんなに弱かったんだ。

 

「でかした。お前が対処してくれたか」

「帰りが遅いと思って来てみたら、皆(うな)されててビックリしましたぜ」

 

 ウタワールドから出たことで次々と目覚めてしまって、他の山賊のやつらもまた化け物を見るかのような視線を向けてくる。

 

「また妙なことをしたら次は殺すぞ」

 

 銃を向けてきて、少しでもウタえば私は撃たれてしまう。ねぇ、(ウタ)の力で平和に仲直りをしたいだけだったのに、どうしてこうなったの。誰か教えてよ。

 

「いや、危険ですよ。すぐ殺しましょう」

「こいつ、たぶん悪魔とか魔女の類ですよ」

「心配するなお前たち。ただの夢見がちな小娘だ」

 

 死ぬなんてイヤだ。

 そんな弱い気持ちが芽生えてくる。

 

 だってシャンクスたちやマキノたちに会えなくなるじゃない。いろんな景色をもっと知りたいし、いろんな(ウタ)を作りたいし、温かい手でいっぱい撫でてほしい。ベックさんだって、時には逃げるのが大事って言っていたけど。

 

「さて、デカい口を叩いた小娘には、地面に頭をつけて詫びてもらおうか。てめぇらの保護者様の赤髪の分もな」

 

 ウタワールドへ逃げれば私は助かる。

 でも、この震える身体を失いたくない。

 

 どうすればいいか教えてよ、シャンクス。

 

「おいお前ら! 次は俺が相手だ!!」

 

 両手を広げたルフィの背中、私がぺたんと座っているから大きく見えた。

 

「ねぇルフィ、やめてよ」

「ウタは俺がまもってやる!」

 

 あんた私よりずっと弱くて、勝てるわけないのに。

 

「ほう。いいぜ、来な」

「うおーー!!」

 

 立ち向かったルフィがもうボコボコにされている。

 

 全身がゴムの身体のおかげで、比較的ダメージは少なそうだけど、逆転もできなくて、踏みつぶされるようにガンガンと足蹴りにされている。

 

 こんなの見てられない。

 どうにかして助けないと。

 

「ご、ごめ」

「あやまるな!!」

 

 頭を下げた私の言葉を遮って、ルフィが叫んだ。

 

「ウタはわるくねぇ! 俺がこいつらぶっ飛ばして絶対あやまらせてやる!」

 

 ルフィ、こんなに強かったんだ。

 私、ようやくハッキリ分かった。

 

「く、くそぉ~ 放せぇ~」

 

「何度痛めつけても倒れないこのガキは新種の動物らしい。見世物小屋に売れば儲かるな。そっちの小娘も珍しい髪色だから高値で売れるぞ」

 

 怖い。

 

 その瞳もだけど、考え方が怖い。

 まるで今の時代は当たり前のようで。

 

 人を売るって何なの?

 

「ねぇ、そんなのやめなよ!」

「そうだ! わるいのはお前だ! 山ザル!」

 

「俺を怒らせるなよ、ガキども。少しくらい痛い目に遭わねぇと分からねぇか!!」

 

 振り上げられたサーベルが、ルフィが度胸試しで自分を傷つけたナイフに重なって見えた。ガタガタと震えて立てない私の前にいるルフィはたぶん逃げない。私がいるせいでルフィは絶対逃げられないんだ。

 

 誰か、ルフィを助けて。

 

 

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