泡がプクプクと海の上かな。
なんだか懐かしい風が吹いている。
夕日の向こうにはたくさんの影が見える。
あの翼のように空は飛べなくて、あの脚のように陸は歩けなくて、空と海の狭間から届かせることができるのはウタだけど、彼ら彼女らは堕ちてしまうらしいから、プカプカと浮かんでいるしかない。
ウタが好きだから、もっとウタっていたい。芽生えた感情を噛みしめるように、雲がかかり始めた夜空へ叫びたいけど、我慢もできるようになった。だから風の行方でも考えながら、早く太陽が照らす時間が来ないかなって思いながら、月が輝く世界で眠ってたんだ。
朝日が昇るとモヤモヤな雲は晴れた。陽だまりの中でポカポカしていられた。時には自由な大空へ連れ出してくれた。ドンドットットって鳴らす歌は、胸の奥にまで響いて、不思議な感覚をくれる。
どんなウタでもニカッとした笑顔のままで聴いてくれるもの、此れが幸せなんだって、魂で自覚できるんだもん。だから、例えばこの言葉が当てはまるんだろうけど、王子様をきっと愛していたんだと思う。
ずっと一緒にいられるように、私はヒトに―――
えっと。続きが思い出せない。
これ、何の絵本だったかな。
「ここは……?」
私は桜色のパジャマを着ていて、高そうなベッドだからメリー号ではなさそう。まだ朧げな視界の先には、古びた本棚に収められたいろんな御伽噺がホコリを被っているけど、でもまだそれを手に取る元気はないかな。
それよりも部屋の入り口に不思議なヒトがいる。
「...ヒト?」
「トナカイだぞ、一応……やっぱり紅白だ」
その声の持ち主はフワフワな毛に包まれてて、青色の鼻やピンクの帽子やガッチリした鹿の角がかわいい。まるでぬいぐるみがしゃべってるみたいだ。
部屋の入口の向こうからお尻を突き出してポーズをしてるし、とにかくかわいい。
「ここはどこ? なんていう町?」
「元ドラム王国だぞ。1番高い山にある城だ」
聞いたことないや。
でも。なんだか。
ドラム、って響きがいい国だね。
「かわいいね。ねぇこっち来てよ」
「お、おう……」
ピョコピョコ、とか効果音が付きそうな足取りで私に近づいてきてくれた。本当はすぐにでも抱きしめたいけど、恐る恐る伸ばしてくる
「お前、よく魘されてたけど、大丈夫か?」
「うん! もう元気いっぱいっ!」
私のことを心配してくれたみたいだし、優しくて、まるでお医者さんのホンゴウさんみたいだ。私の手首へ、小さくてひんやりとしたで
「よし、もう安定してるな」
「ありがとうドクター」
あれ、ダダダって入り口まで走っていっちゃった。またかわいいお尻を突き出してるポーズだ。身体隠してお尻隠さずかな。
「お、お前、さっきなんて言った?」
「ありがとうドクターって言ったよ!」
「う……」
「う?」
「う、嬉しくなんかねぇぞ このやろ~」
身をよじりながら喜ぶ姿とか、やっぱり抱きしめたくなる。
それよりも。
私は聴こえてくる音に意識を傾ける。
「この音、やっぱりルフィだ。無事で良かった」
「ルフィって、あいつのこと!?」
ドタドタドタっていう足音が聴こえたんだ。
「ホントだ。もう起きれるのかァ!?」
叫び声も近づいているけど、このぬいぐるみさんにも聴こえたみたい。
「そんなに酷かったの?」
「ああ。あいつも全身凄い凍傷だったんだ。でもお前を看病するって聞かないから、毎回ドクトリーヌに気絶させられてるのに」
トウショウって、凍傷のことかな。
確か、またルフィが苦しそうだったよね。
「うおおおお!」
「だんだん起きるのが早くなってるぅー!?」
窓から見える雪景色、ここは山の頂上。
もしかしてルフィは。
「うおおおお! ウタぁ~~! 」
「ギャー! これもう発作だァー!?」
ぬいぐるみさんは走って逃げちゃって、入れ替わるように部屋へ走り込んできたルフィは立ち止まった。口を開けて嬉しそうに、一度目をこすって、しっかりその嬉しそうな瞳を向けてくれる。
「ウタ、生きてるよな!? な!?」
「うん、生きてる、ちゃんと、ね?」
大袈裟なくらいに確認してくれる。
いっぱい心配かけちゃった。
「よかった! ほんっとうに良かった!!」
「うん、ありがとう、ルフィのおかげ……グスン」
ルフィの両手にはグルグルと包帯を撒かれてて、凄く血が滲んでるんだ。過程は想像するしかないけど、ルフィが命懸けで私を救ってくれたことは分かる。
「な、泣くなよ、俺も泣けてくるじゃねぇか」
「やーい、ルフィの、グスッ、泣きムシ」
両手をキュッキュッてしてやるもんね。
とにかく今回もルフィの負けだもん。
「グスン ウタのほうが、泣きムシ」
「グスン 見えて、ないでしょ」
涙と鼻水がいっぱい出ちゃう。
でも笑顔でありがとうを伝えたいよね。
「よがっだぁ~ じぬがどおもっだ~」
「な、なぎずぎだっで~」
わんわん泣いちゃってる。
ルフィのせいでもっと泣いちゃうじゃん。
「に゛ぐもおいじぐなぐで~」
「ぞんな゛に゛ケガじで~」
こんなに泣いたの久しぶりだ。
嬉し涙だから幸せだけど。
スンスンと、笑顔を見せたいから。
「ズー……ありがと、ルフィ♪」
「ズー……おう、生きててよかった」
私たちはズズズーっと鼻水をすすった。
ルフィは二カッとしたけど、目元が真っ赤だ。
「ハッピーかい?」
「「うわぁ!?」」
うわっ、びっくりした。
へそ出しのおばあちゃんに見られてた。
「あ、ばあさん! よくもいつも!
……いやなんでもありません!」
部屋の入り口にもたれかかって腕組みをしていたおばあちゃんが、スッと輝く刃物を見せると、あのルフィが押し黙った。それなりに年齢を重ねていそうなのに、その身体つきは若々しくて、これはモデル体型ってやつだ。髪もすごく綺麗だし、女の子としては若さの秘訣をぜひ聞きたい。
「おばあちゃんもお医者さん?」
「口の利き方には気をつけな。まだピチピチの139歳だよ」
えっと、120年も年上って、想像もつかないな。
「ったく、またベッドから抜け出したのかい」
「あぐぅ……やっぱりつえぇ……」
ドンッて軽くルフィを足蹴りにして、床に伏せさせる実力もあるみたいだ。血の付いた包帯をシュルシュルと抜き取ったけど、もう両手がほとんど治りかけているのを見て、私はホッとした。
「この快復力、2人揃って医者泣かせだね」
「そうだ! ナミは!?」
「ああ! サンジは!?」
ルフィは慌てて立ち上がって、焦っている私たちに対して、お姉さんはヒッヒッヒと笑った。ていうか、もしかしてナミを運んでくれたのはサンジなんだね。ルフィもこんな怪我だし無事だといいけど。
「あの男も面白い身体だから早いものさ。
そして、もう1人の女のほうは……」
私たちはゴクリと息を呑んだ。
「まっ、峠は越えたさ」
「やったね、ルフィ!」
「やったな、ウタ!」
嬉しくなった私たちは、パンッとハイタッチする。
「いてて……」
「あ、ごめん、痛かった?」
少し痛がってるルフィは、大丈夫だと笑顔を見せてくれるけど。
「まだ誰も治りきってないよ!!」
「いでぇ!?」
「ゴムにも効くのぉ!?」
それぞれガツンゴツンと拳骨されちゃった。確かにルフィがビビるのも分かる痛さだよ。
「医者の前で重症患者がいなくなるのは、完治するか、死ぬか、だよ!」
「いっでぇ! いでででで!?」
「ルフィ~~!?」
再び蹴って床に伏せさせて、グルグルときつくルフィの包帯を巻き直してる。破天荒なルフィでもそう簡単に取れないくらいに硬く結んでいるけど、あの、むしろ苦しそうなのですが。
「そ、そういえば、ウタとナミはもう大丈夫なのか?」
ルフィったら、そんなに私のことを心配してくれるんだ。
「そんなに見くびらないでほしいね。治療は完璧さ」
お姉さん、カッコいい。
大人の女性って感じで憧れる。
「女2人はケスチアって虫にやられたのさ。これは並みの医者には治せないから感謝しな。なぜなら100年も前に絶滅した虫さ。高温多湿の密林で――――」
「うん……。」
「はい……。」
あっ、私の麦わら帽子もちゃんと置いてくれてるや。今はヘッドホンもはずしているから、いつもよりいろんな音が聴こえちゃって、ルフィの心臓の歌に耳を傾けちゃうな。
「……聴いてたかい?」
「助けてくれてありがとうね!」
「よっ! 世界一の名医!」
「はぁー そういうところも医者泣かせだね。まさか太古の密林を
太古の密林ってリトルガーデンのことかな。
でもその時は探検服を着てたはずだけど。
「あの時か! 裸で歩いてたぞ!」
「し、下着は付けてたからね!?」
3のやつのせいで、服が燃えたんだった。
確かに虫がいっぱい飛んでた。
「……最近の若者はそうなのかい?」
「違います。燃えちゃったんです!」
「でも元々、足出してなかったか?」
真顔でお姉さんに引かれちゃったから急いで訂正する。まあ、私は確かにあの時ミニスカートだったけどさ、基本的に半袖半ズボンのルフィにだけは言われたくないんだけど。
「ったく、無駄に元気なガキと小娘だね」
「うわっ!」
「えぇ!?」
床に伏せていたルフィの襟を掴んでポイって、私の隣へ投げてきた。ドサッとした衝撃で、ベッドのスプリングが緩やかに上下する。
「あんたら2人は寝て体力を回復させるだけさ」
まだ上下してる。
まだ治まらないで。
後ろ髪がピョコンって真っ直ぐ立ってて、しかも肩も上がったまま、今の私は静止しちゃってるから。
「お互いに逃げないように見張っておきな」
「おう! 任せろ!」
ドクンドクンと私の心臓が鳴ってる。
ルフィに聴こえてないといいけど。
「眠いから寝る! ウタを見張っておくけど!」
「ちょっとルフィ、私綺麗じゃないよ」
ルフィがガサゴソと布団の中へ潜りこんできたけど、私は熱で汗もいっぱいかいてて、しかも何日もお風呂にも入れてないわけでして、ルフィのよく利く鼻には、いろいろと女の子としては。
「別に気にならねぇよ、そんなの」
「ぁ……その……」
生意気って言いたいのに。
なんで私ここまで動揺しちゃってるの。
「ふわぁ~ おやすみ~」
「おやす、み……」
最近ルフィが優しくて、ずるい。
ルフィはいつも通りで、するい。
真っ直ぐ顔を見てると、ますます顔が熱くなってきちゃうじゃん。なんで私だけこんなにドギマギさせられちゃうの。
「ハッ、ヘンな気は起こすんじゃないよ」
「べべべ別に、ただの
……幼馴染だもん」
スゥースゥーとルフィが寝息を立て始めたので小声にしておいた。お姉さんは去り際に伝えてきたから、もうどっかへ行っちゃったし。
肌がまだあちこち赤くなってるとこがある。ルフィはいっぱい頑張ってくれて、それなのに看病までしようとしてくれて、凄く疲れてるんだよね。昔もそうだけど、ホントに風邪引かないからって付いててくれるから。
「……バカ」
ルフィがいなかったらたぶん私死んでたんだよね。もうルフィのいない世界なんて考えられなくなってる。なんだか、139歳までずっと一緒にいたい気持ちが溢れてくるのは、あのお姉さんの若さに影響されたからかな。
私はベッドへ横になって、ルフィへ息がかからない程度に深呼吸して、火照った身体を落ち着かせたかった。
ルフィの穏やかな寝息は温かい風をくれて、ますます心臓が高鳴って。
でも足を動かしちゃうと布団がこすれる音がしちゃうから、ああもう、とにかく我慢しなきゃ。
ルフィの寝顔、昔と変わらない。
度胸試しで付けた古傷がまだ残ってるや。
2歳も年下だったのに、もういろいろ追い越されちゃって、ルフィが確かに大人になってると感じちゃう。食いしん坊だし、すぐ迷子になるし、負け惜しみはよく言うし、泣きムシだし、まだまだ子どもっぽいところもあるけど、そこはあんたらしいところだよね。
可愛いまま、カッコよくなっちゃった。
私はもう立派なレディーなんだけど。
女性として見てくれる時があるのかな。
まあ、いいや。今はそれよりも。
「救ってくれてありがとう、ルフィ」
お礼に唇へチュッてしちゃった。
すぐに私はルフィの胸に顔をうずめる。
私たち幼馴染なのに、まるで御伽噺のような幸せなことをしちゃって良かったのかな。