麦わらのウタ   作:ヒラメもち

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第44話 東の海

 

 七武海の一角が崩れた。

 

 政府に認可されているとはいえ、力無き人々から略奪を行うようなモーガニアに属する海賊の1人だったのだ。アラバスタを襲う海賊たちを追い払ったことで、彼も『正義』の英雄の1人だと語る者もいたが、やはり多くの海賊が裏の顔を持つ者たちなのだろう。

 

 海賊はやっぱり海賊だった。

 

 ともかく、新聞を通して、『悪が退治された』と朗報が世界を駆け巡る。

 

 主にグランドライン前半の海を縄張りとしていたクロコダイルが、アラバスタという王国を乗っ取ろうとした事件、それが海軍によって阻止されたということなのだから、海軍の名声はますます上がることだろう。

 

 表向きの話はここまで。

 そして今日は裏の話もしない。

 

 なぜなら東の海の人々にとっては、遠く離れた海の事件にすぎないのだ。とある海賊たちが関わるのならともかく、グランドラインの大事件すらほとんど影響しない。

 

 海の匂いに混じって、みかんの香りが漂うココヤシ村は今日も天気が良かった。アーロンの支配から解き放たれたことで、今日も漁師たちは近隣の海へ生き生きとした笑顔で小舟を出す。

 

「なんだかなぁ」

 

 ココヤシ村を拠点にして再び賞金稼ぎに戻る予定だったジョニーたちは、筋力トレーニングになるだの、船を買う稼ぎになるだの、宿代の借金が残っているだの、いろいろと言いくるめられて村の男たちの枠組みに取り込まれてしまっていた。

 

 妹と同じく、母親譲りで男勝りな女性によって。

 

 幹部が一斉に交代した海軍支部も建て直しの最中で慌ただしく、魚人海賊アーロンの後釜を狙った小規模な海賊を2人で追い払ったこともある。なんかもうジョニーはこのままココヤシ村の一員として人生を終えるんじゃないかと薄々感じていた。

 

 昼の休憩時にニュースクーから貰った新聞を広げて、日差しの中でサングラスを通して文字を流し読んでいく。

 

 七武海の1人がインペルダウンに送られたとか、冬島にサクラが咲いたとか、夏島が暗闇に覆われたとか、とりあえず冬か夏かはっきりしろよと、心の中でツッコんだ。

 

 パラッと新聞から3枚の手配書が出てくる。一応賞金稼ぎの身としては確保しておくが、どうせグランドラインの海賊だろう。アーロン以上の実力者だから、今の自分たちでは勝てるはずもない。

 

 えーと、麦わら帽子の男女と、さらに緑髪の男。

 

「ぇー!? あ、相棒ォ~!!」

 

「なんだなんだ? 俺たちは生ハムミカンを試すのに忙しいんだ」

 

 すっかり漁師たちの中で馴染んでいるヨサクは、もう賞金稼ぎにはあまり興味がないようだ。ジョニーが新聞を投げ捨てて突き付ける手配書にゆっくりと目を向ける。

 

「あの人がついに!!」

「あぁ? 一体どこのどいつが?」

 

 緑髪のイケメン。

 これはまさしく。

 

「あ、アニキィ~~!?」

 

「6000万だぞ! 6000万!! 一体何やったらいきなりこんな額が出るんだ!?」

 

 懸賞金イコール強さとは限らないが、首領クリークでさえ1700万、そして魚人海賊団船長アーロンでさえ2000万なのだ。最初の額にしては破格であり、紙一重でとんでもないことをしたに違いない。

 

「ルフィのアニキは1億ぅ~!? しかも俺たちのウタちゃんまで8600万だとぉ~!?」

 

「紙一重でとんでもねぇ人たちだろ!?」

 

 その話を聞き付けて集まってきた漁師たちも、特にウタの懸賞金には目が飛び出るほど驚いた。

 

 確かに並みの海賊より強かったとはいえ、どう考えてもピースメインだからだ。俺たちのアイドルが世界に追われることになって男泣きして嘆き始める。

 

 あと、どうせならウタちゃんの写真が欲しかったし。

 

「何騒いでんの、あんたら」

 

「アネキィ~! これ見てくださいよ!」

「アニキたちが賞金首になっちまった~!」

 

 3枚の手配書だけかとノジコはちょっと残念に思った。といっても、あり得ないくらい仲間思いのこの3人がいれば、ナミも楽しく元気に海賊をやっていることだろう。

 

「まあいいんじゃない。あいつらなら嬉しがるだろうし」

 

「いやいや、一体どんなでかいことをやらかしたのかなって!?」

「俺たちのウタちゃんが心配で心配で!?」

 

 いろいろと想像して、こらえきれなくなり、ノジコは声を上げて笑い始めた。

 

「まあどっかの大海賊と喧嘩したんでしょ」

 

 ナミを追いかけてやってきて、アーロンをぶっ飛ばしてくれたことを考えると、どうせまた人助けをしたのだろう。それこそ大きな国をまるまる救っちゃったとか、投げ捨てられた新聞の1面が物語っている。

 

「そうだ! 心配だ!」

「あら、ゲンさん?」

 

 帽子につけた風車がないことがすっかり見慣れたゲンだが、まだまだ若々しい足取りでプンスカしている。

 

「あの小僧が狙われれば狙われるほど! ナミに危険が及んでしまう!」

 

「それは確かに」

「ナミの姉貴も元気してるかな」

 

「大丈夫よゲンさん。約束したんでしょ? ちゃんとこいつらが守ってるから」

 

 といっても、この笑っている麦わら帽子の青年は、本当の危機が訪れたとき、たった1人を優先して守るかもしれない。その時はいまだ手配書が出ていないが、確かな実力者の金髪の彼が命を懸けて守り通してくれるだろう。

 

「だ、だがな。賞金稼ぎや海軍、それに、きゅ、求婚者さえ現れてしまったらと思うと夜も眠れず」

 

 今はこの親バカを早くどうにかしないと、心配でそのうち倒れそうだ。

 

「それでゲンさんが倒れたら、ナミが泣くわよ」

「なんと!? すぐにでも寝てくる!」

 

 何にせよ、妹が元気に笑っている姿を早く見たいとノジコは思った。元海軍のベルメールさんはピースメインとはいえナミが海賊をしていると知ったら驚くだろうか。

 

「ほら。あんたらさっさと仕事に戻るよ」

「「へい! アネキ!」」

 

 ナミは世界地図を作るという夢のために頑張っているんだから、応援するに決まっている。ともかく楽しくやっているなら、この故郷へ帰るのはまだまだ先になりそうだよね。

 

 

 そして、新聞はニュースクーによって、東の海のあちこちに配られていく。七武海の件はそれだけ重大事件であり、多くのカモメが大海原を飛んでいた。

 

 ローグタウンのバーで老人が2枚の手配書を並べて酒を飲んで客へ彼らのことを話をしたり。

 

 手配書を崇め始めたヤンキーたちが船を買うためにアルバイトを始めたり。

 

 軍艦の甲板で煙を漂わせる男と女剣士が3枚の手配書を側に置いてトレーニングを続けたり。

 

 建設途中の巨大な橋で魚人がまた1人海へ逃がしながら風で運ばれてきた手配書を握りしめたり。

 

 海上レストランでシェフたちが手配書を見つめているところをオーナーに蹴られたり。

 

 新しく造られ始めた町の見習いコックがスープを皆に配りながら手配書を懐へ隠したり。

 

 シロップ村のお嬢様が長身で眼鏡の執事に頼んで屋敷に手配書を飾ってもらったり。

 

 海賊が来たぞと叫ぶ少年たちがその手配書を持って走り回ったり。

 

 オレンジの町の町長が1匹の犬へ手配書を見せると喜ぶように吠えたり。

 

 シェルズタウンの海軍大佐が新品の義手で手配書を優しく握っていたり。

 

 ご飯屋の少女が手配書を友達に見せにいったり。

 

 赤い鼻の船長の代わりに海賊団を率いる美女が1枚の手配書を持って頬をスベスベしたり。

 

 たんこぶいっぱいの見習い海兵2人が手配書をこっそり宝物にしたり。

 

 シモツキ村の男性が誰かへ手配書を見せるように穏やかな表情で青空を眺めたり。

 

 コルボ山の山賊たちが1つの墓の前で安全祈願のために手配書を2枚並べて謎めいた儀式を行ったり。

 

 フーシャ村の静かな酒場の女主人は新たに2枚増えた手配書を指で優しく撫でる。そして、ペンダントの中にあるビブルカードが今日も綺麗なことを確認してから、小さくため息をついた。

 

 心地よい風が吹いている。

 

 遠くまで声を届ける方法はあって。

 でもそれは手元になくて。

 

 付いていったウタが羨ましい。

 

「...会いたいな」

 

 赤髪の彼を忘れられるわけがない。

 私は待ち続けるって決心したけど。

 

「やっぱり寂しいです」

 

 

 そして。

 そんな彼女の待ち人は。

 

 

「今すぐに戻ってこい。お前の命が大事だ。」

『はい! そうします!!』

 

 新世界の冬島で電伝虫で通話をしていた。

 

 電話越しでも感じ取る程の威圧、いや覇気に憧れて、赤髪海賊団のメンバーとして最近加入したが、やはり四皇は格と器のデカさが違う。

 

 そこに痺れる憧れるぜ、と思いつつロックスターは部下へ出航の号令を出す。

 

「おっと。すまんなロックスター、今少し機嫌が悪くてな」

『いえ、お(かしら)を侮辱されて、俺も頭に血がのぼっていました』

 

 大海賊の中では最高齢かもしれない白ひげからすれば、確かにシャンクスはガキに思えるかもしれない。

 

「ありがとよ。俺のために怒ってくれているんだろう?」

『お(かしら)ぁ~』

 

 シャンクス直筆の手紙を破られただけでなく、尊敬する船長を見下されたのだ。怒りをこらえて白ひげの縄張りから一度離れたことはロックスターの英断だろう。

 

『あっ、そうだ。何かあったのですか?』

「個人的なことさ。ちと、欲しかった宝をお預けにされてしまってな」

 

 だってどうせならウタの写真が欲しかったんだもん。

 

 感動で涙ぐむロックスターは、こんな親バカの表情をしているとは思いもよらないだろう。

 

「まっ、気ぃつけて戻ってこい」

『了解だぜ!』 

 

 ガチャッと電伝虫が目を閉じた。

 

「どうすんだ、お(かしら)

「そりゃあ、頑丈なやつに入れておくさ」

 

 コックのルウにそう尋ねられたが、宝物庫から引っ張り出してきた(がく)には大切な娘の手配書が入っていて、いい年こいた大人が頬ずりを始めた。

 

「一目会いたいものだ。いや、抱きしめたいな。それにお前らな、ウタが国を救ったんだぞ。もし求婚者が現れるのなら一人一人潰しにいかねばならんだろ」

 

 10枚ほど持っているビブルカードのどれもが、この数ヶ月だけで何度もウタの危険を知らせてくるのだから、その度にシャンクスは新世界の海を泳いで向かおうとしたくらいだ。

 

 手配書が出たことでようやく無事が分かったのだから、父親としてとても嬉しいのだろう。もう10年も会えていないが、たとえ離れていようと彼とウタは家族なのだ。

 

「フッ、今は使い物にならないな」

 

 だが、時代のうねりは止まらない。

 新時代へ向かって嵐は起き始めている。

 

「まずは白ひげのところに向かう。そうだろ、船長(キャプテン)?」

 

 副船長のベックマンが代わりに指示を出すと、シャンクスは黒いコートの懐へ、大切な娘の手配書をしまった。

 

「ああ! お前ら、船を出す準備だ!」

 

 シャンクスの表情が、研ぎ澄まされた刃のように鋭くなる。

 

 衰えてきた白ひげはともかく、何年も力を蓄え続けているカイドウやマムは、自分を含め誰かが本格的に『ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)』を()りに行けば必ず動きを見せる。どのようなきっかけであれ、新世界が混沌とすれば、闇に(うごめ)く海賊たちも頭角を現す。

 

 かつてロジャー船長とロックスが争ったらしいが、ウタやルフィの前にも最凶の大海賊が立ちはだかるだろう。カイドウやマムなのか、脱獄した大海賊なのか、それとも自分の目元に3本傷を負わせたヤツなのか。もしかすると全員かもしれない。

 

 そして海軍の上に位置する世界政府も必ず裏を出す。『ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)』の取り合いは、海賊同士の喧嘩だけでは済まないだろう。

 

「俺はお前たちと同じ時代に生まれることができて、幸運だな」

 

 ウタとルフィは、七武海の1人を倒すほどには立派な海賊になって、自分たちのいる海へ確実に近づいている。そして、ロジャー船長が望んだような新時代を創るには、それぞれの悪魔の実の能力の覚醒は必須条件で、むしろそれでスタートラインとなる。

 

 だから、親としてもう少しの間は荒波を鎮めておかなければならない。

 

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