ルフィの希望お肉1000個、というのは酒場のおじさん1人には難しい注文だったみたいで、てかサンジでも無理だし、ともかく今すぐ大量に出せるのは売れ残ったチェリーパイだけだって。
そういう意味でも、髭のおじさんは奢ってくれるとはいえ、自分好みの店にあらかじめ連れてくるつもりだったんだ。しかもいい年して、ルフィにマウント取ってくるところが大人げない。
私もルフィのお皿からパイを一口貰うけど、良くも悪くも普通かな。
「「このチェリーパイ!!」」
「死ぬほどマズいな!」
「死ぬほど美味ぇな!」
リスみたいにチェリーパイを頬張ったルフィが、青い顔をしながらもゴクリと全て飲み込んだ。
私と出会う前からガープさんに修行させられていたせいで、凄い色のキノコでも、青々とした果物でも、平気で食べるルフィが、たまに美味しくないって言うことがある。甘みと酸味のバランスが合わないときだけなんだけどね。
「お、おう、そうか?」
同時に褒められて、クレームつけられて、カウンター越しにいる酒場のおじさんは反応に困っていた。気を取り直して、ドリンクのジョッキを3人分出してくれる。
「ぷはぁーっ!」
一気に飲んで思わず声が出ちゃったけど、喉が渇いてたから美味しく感じる。といっても今度は新鮮すぎる果物を使っていて、しぶみっていうのかな、独特な味がするね。
「このドリンク、格別に美味いな!」
「このドリンク、格別にマズいな!」
今度はルフィが美味しいって言って、髭のおじさんがマズいって言って、なんだかこの2人、真逆すぎてむしろ気が合うんじゃないかなと思う。
ムカムカしてくるんだけど。
「てめェ! やっぱ気に食わねェな!」
「やる気か! 喧嘩なら買うぞッ!」
「やめなさい。みっともないから」
自然とため息が出ちゃうな。
「「フン!」」
「……。」
まだまだ煮え切らないだろうけど、2人はカウンターの椅子にドサッと座り込んだ。そこからチェリーパイとジョッキをこっそり押し付けるように交換し始めた様子を。
私、思わず真顔で見つめていた。
「なんだなんだ? 今日は小汚ねぇガキどもが居やがる」
そんな声が入口から聞こえてきた。
キラキラしたコートとか、じゃりじゃりしてるチェーンとか、ドクロのベルトとか、結構イカしてるんだけど、この温かい島でよくそんな恰好できるね。そんな男を先頭に、美人を引き連れた一団が酒場に入ってくる。
「ハッ! ここは酒とツマミしか取り柄がねぇのに、そんな安物を食べてやがんのか」
「「あん??」」
リスみたいに飲み食いすることに集中していた2人は、ゴクリと飲み込んで振り返った。しかもまた同時になんだけど。
「おいおい、まさかこんなガキが手配書のやつかよ。何かの間違いだなこりゃあ」
地面に落とされた手配書の額は3000万ベリー、笑顔のルフィと、ほんの少し映った私の赤髪、もうあれから数か月経ったんだね。確かグランドラインに入る前だし、ずいぶんと長い航海をしてきたように思える。
そんな思い出の手配書を、こいつ、踏みつけたんだ。
「ちょっとあんた!!」
カッとなって私は立ち上がっていた。
ゾロとナミもお酒のグラスを置いて睨んでいる。
「別にいいよ」
う~、ルフィがそういうなら。
「気の強ぇ女を手懐けてるんだな。お前も見習ったらどうだ、麦わらァ?」
「手懐けてなんかねぇよ。仲間だ。」
ルフィはそんな挑発にも乗らない。
仲間って言ってくれるのは嬉しいけどさ、そこは『俺の女だー!』くらい言ってほしい。まあルフィが急にそういうことを言ったら、何か変なものでも食べたかなって驚くけど。
「おいおい、随分とチビだな」
新しく入ってきたのは、船長らしいコートを着た金髪の男だ。確かにルフィより背が高くて、それでいてしっかり鍛えられている。他のメンバーはあまり強くなさそうだけど、偉そうにできるくらいにはこの島の中で一番の実力者かもね。
「ゼハハハハハ! 確かにチビだなァお前ェ!!」
「んだと! てめぇこそ太りすぎじゃねぇか!」
「はいはい 喧嘩しないの。いつまでも子どもね」
さっきまで平然としていたのに、こいつの挑発にはすぐ乗る。まるで身内ノリのようだけど、仲良くしたくはない。
「…...ありゃあドンキホーテの。いやただのファンか?」
髭のおじさんってば、チェリーパイを食べながら話すから、聞き取りづらかったけど、この人たちのことを知ってるのかな。
「よく分かんねぇけど、海賊なら宴しようぜ!」
「ハッ、海賊だぁ??」
金髪の船長がそう答えて、えっとこれは、ルフィが攻撃されてる光景だ。見聞色の覇気で読み取れたし、余裕で間に合うかな。
「えっ、なんで……?」
防ごうとしたけど、なぜかウタえなかった。
気づいたときには、ルフィがカウンターに叩きつけられている。
「おいルフィ! 無事か!?」
「今、一瞬、身体が重く……?」
「ウタも大丈夫!?」
ナミに肩を揺すられた時には、さっきのが気のせいだったと思えるくらい大丈夫だ。
「いってぇな!! なんだ? ケムリンみたいにカイロ~セキか?」
「へぇ、どうやらてめぇも能力者か」
カウンターの瓦礫から、少し血を流したルフィが飛び上がるように起きた。
確かにさっきのは、海楼石だったり、水に溺れたり、そういう感覚だった。だけど、そういった金属は見当たらないし、こいつの能力なのかな。
いや、チェリーパイを呑気に食べている髭のおじさんが、怪しく思えてくる。
「ベラミーのやつ、やりやがったぜ!」
「ははっ! ダッセェ~!」
「あの赤白の女も相当びびってるわよ!」
うぐ、指を刺されてバカにされるけど。
確かにウタウタの実を封じられた状態で、戦える自信がないのはホントのことだ。今まで戦ってきたどんな相手にも私は能力に頼って戦ってきた。
「思ったよりタフだな。どうだ、俺の手下にならねぇか?」
「やだ。」
麦わら帽子を被り直したルフィは、おでこの血を指で拭った。ルフィはゴムだけど、さっきの打撃でダメージを少なからず受けたのはなんでだろ。
「嬢ちゃんたちはどうだ? お前らはもう少しまともな格好をすれば見込みがある。俺たちに
「お生憎様。あんたらみたいな小物チームに私たちは勿体無いわ」
「タイプじゃないかな」
そりゃあ私もナミも美人で引き抜きもいつか来ると思ってたけど、軽い男にナンパされるのってイヤな気分になるね。
「うちの女
「おう。喧嘩だ」
「食後の運動にはなりそうだね」
「待って、元々の目的を忘れたの?」
ルフィもゾロもやる気だったけど、ナミがそう制して少し前に出た。
「ねぇあんたら、空島のこと何か知ってることはない!?」
あっ、そう言えばそうだった。
この島に来て、良くない出会いがありすぎて忘れていた。
「え? 聞き間違い?」
「いや、あの女、確かに言ったわ」
「おいおい、何を言い出すかと思えば」
「「「ぎゃあっはっはっは!!!」」」
イヤな気分だ。
私たち、嗤われてる。
「ちょっと待って、確かに記録指針は空を指してるわよ! これが何よりの証拠よ!」
「ログポースが壊れたんだろ!」
「そもそもログは書き換えて安全な航路を選ぶのが常識だろ!」
私たち以外、誰もが嗤っている。酒場のおじさんもやれやれって顔だ。見物している人たちも話を広げて、嗤い話にしている。
なんかヤダな。
「やれやれ、まだお前らそんな伝説を信じてるのかよ!」
金髪の船長、確かベラミーが嗤いをこらえて、そう言ってきた。
「確かに空まで行ける海流はあるさ。だがそれで空島に行けるって!? 空島を信じたバカたちはどうなったと思う!?」
舌をハイエナのように出しながら、彼は親指を地面へ勢いよく下げた。
「全滅さ。」
夢を否定するように、現実を突きつけてきた。
「ああ、お前ら空島に行くんだってな? 協力するぜ! そんなショーをぜひ見ていたいもんだ! お前らが乗った船が海流によって突き上げられ、真っ逆さまに落ちる光景をよぉ~!!」
なんかバカにされてるけど、不思議な感じだ。
だって、最近は誰も空島に行けてないだけで、空島がないってきっぱり決めつけてる。じゃあ空島がない証明にはなってないもん。
「呆れたぜ。お前らをテストして新時代への船員に加えてやろうと思ったのによ」
「「……『新時代』?」」
思わず、私とルフィは聴き返した。
「そうとも。あの方が海賊王となって海を統べ、力ある者が上に立つ世界さ!!」
なんだ。
聞いて損した新時代だったね、ルフィ。
「無理だな。海賊王は俺がなる。」
「だね。私たちが新時代を作るもん。」
「ハッ、とんだ妄想野郎がなぁ?? 黄金郷? エメラルドの都? ワンピース??」
そうして腕を高らかに上げた。
まるで自分の価値観が正義なんだって人々に聴かせるために。
「たとえ力があろうと、ありもしない幻想に囚われて死んでいくんだ!! 白ひげも赤髪も頂点に立つ力はあるのによ! このままじゃワンピースを見つける前に老いて無駄死にだぜ?? まっ、そうなりゃ次はあの方が海賊王となる新時代だがなぁ!!」
「シャンクスが...?」
私のお父さんはそう簡単に死なないけどね。
麦わら帽子にそっと手を添えたルフィは、『友達』のシャンクスをバカにされて怒ってくれているし。
「ああ、そうさ。てめぇらみたいな軟弱な野郎共が海賊でいるから、真の海賊の俺達の格まで下がっちまう。海賊が夢を見る時代は終わったんだ!!」
喋りきったベラミーは。
随分と誇らしげだけれどね。
まるで、自分が王にでもなったつもりなのかしら。
「ゼハハハハハハハ!!」
「ァはっはっはっはっ!!」
「ぷっ、ちょっと、笑いすぎよ!」
その程度で『格』について語るなんて、盤上にすら立つことができない。だって、貴方達がありもしない幻想としているものの多くが、この雄大な海では現実なのだから。そういったものに目を背けて頂点に立てるほど、海は甘くないもの。
さて、私の『王』が己の夢を否定されたままで、黙ってはいないわよ。
「ふぅ~ おい。」
「な、なんだ、この威圧感は……」
空気が揺れた。
ベラミーたちは
「たとえ手配書を踏みつけられても、カウンターに頭を叩きつけられても、俺は大抵のことは笑って許せるんだけどな」
私たちは出口に向かって歩くルフィの背中へ付いていく。
唯一、ベラミーが一歩を踏み出したみたいだけど、髭のおじさんが立ったことで出鼻を挫かれて、立ち止まってしまったみたい。
「これ以上、仲間や友達をバカにされたら、タダじゃすまねぇぞ?」
嗤ってた人たちは元気があるみたいで、腰を抜かしても道を開けてくれる。外にいた人たちも道をどんどん開けてくれるし、ルフィが見つめている空の方向へ、思わず彼ら彼女らは無言で顔を上げていく。
その視線の先に『島があるんじゃないか』と夢を抱いてしまうほど、ルフィは空気を包み込んでいた。
「ゼハハハハ!!」
その特徴的な笑い声によって、冷たい空気が入り混じる。
私たちは歩みを止めて、振り返った。
「海賊が夢を見る時代は終わったって? えェオイ!?!?」
人の夢は!! 終わらねェ!!
太陽を隠すように動く雲は、みんなに『空島はあるんだ』という夢を抱かせるように、黒い髭のおじさんは力強い声で叫び続ける。
「そうだろォ!?!?」
「……さぁね」
そう尋ねられた彼は、肯定も否定もしなかった。
「ゼハハハ、お前はそうじゃなくちゃアな……おっと、こいつを渡しておこうか」
くしゃくしゃになった手配書を3枚、ルフィに手渡してすれ違っていく。
そこに描かれてるのって3000万じゃなくて、1億ベリーだ。アラバスタのこともあったし、そこで一気に跳ね上がったのかもね。
「行けるといいな、空島へよ。ゼハハハハハ!! やっぱチェリーパイは最高だな!!」
チェリーパイが入った包みから1つ出して、食べながら去っていく。
そんな彼を何人かが気配を消しながら追っていった。
「ゾロ、手配書だ」
「ん? へぇ、最初から6000万か」
再び歩き始めて、船に戻りながらルフィがゾロに手渡した手配書には、傷つきながらも戦意を失わないゾロの姿が映っていた。ジョニーやヨサクはもちろん、ミホークさんにまで元気でやっていることが届いていると思う。
「はぁ、これでうちはますます狙われることになるわね。あれ、もう1枚は?」
ルフィやゾロが写真なのに対して、なんだか似てない肖像画なのはまだいい。ファーストネーム以外間違えられているのはシャンクスが怒るとは思うけど、私的にはまあ気にしない。
「8600万ですってぇ~!?」
「ちっ、負けたか」
ナミやゾロは一喜一憂しているけど。
「……ルフィ、どう思う?」
「……エースなら大丈夫だ」
それよりも、手配書の『ポートガス・D』って部分に、血のようなチェリーの赤色で×がつけられていたんだ。その行為が名前ミスを指摘する意味には不思議と思えなかった。
『またな、ルフィ、ウタ』って笑って別れたエースが、そう簡単には負けないと思うけど。
「どうする? 追いかける?」
「いや、今は進もう」
今あいつらと、特に黒ひげのおじさんと、戦うのは危険だと思えた。もちろん絶対に退かない意志力はあるけど、ぶつかれば私たちの誰かが死ぬことになると思う。
この選択が合っているのかどうか、私には分からなかったけど、仲間が死ぬのは凄く怖いことだから。