立ち上がったエネルは、いまだ甲板を見つめたままで。
「俺が負ける、など……」
まずい、雷になって消えた。
早く音を聴きとって…
「うし、ろ……?」
呆然と私は見上げることしかできなくて、腕の中のルフィを掴み取られる。
「や、やめてよ!」
「な、なにするんだ!」
「こうするのだ。
元の大きさに戻っていくルフィの腕を、溶けた金が包み込んでいく。どんどん大きく、それは球状になっていく。
「くそっ! 何しやがる!」
「ねぇ、やめてっ!?」
「貴様が俺に勝てるはずがないのだ。ゴムだかなんだか知らんが、神たる我が負けるはずはないだろう」
ルフィは腕に金色の重りをつけられた状態で、甲板に転がされちゃう。私たちの背丈より大きい重りは、たとえルフィでも立ち上がることが難しそうで、なんて酷いことをするの。
「お前、俺と戦え! 何度でもぶっ飛ばしてやるから!」
「フン、ウタの女がいなければ、指1本触れることもできまい。それに、誰がこの舟に乗ることを許した?」
ガンッと蹴られてしまって、ルフィはゴロゴロと転がっていくボールに引っ張られていく。
どうしよう、このままだと舟から落ちちゃう。
「ムジカちゃん、止めて!」
「させん!
「おい! これ溶かして! 俺と戦え!」
伸ばした鍵盤の腕は、雷で焼き飛ばされて、私の身体が急に重くなる。私へ直接的なダメージはないけど、身体を回復しようと体力を吸ってくる。やっぱり、制御しきれてないんだ。
金を溶かす程の熱量を、どうにか出したいのに。
「ヤハハ、貴様さえ封じてしまえば、我の天下だ。我に勝てるものなど、この世にいなくなる。我こそが唯一の神なり」
「何言ってる! 下の海にはもっと怪物みてぇなやつがうじゃうじゃいるぞ! お前なんかシャンクスの足元にも及ばねぇ!」
金の重りを壊そうと拳を叩き続けるルフィの表情を見ていると、私はますます焦ってしまう。何か、なんとかしないと。
「口の減らん小僧だ。青海へ堕ちろ、空島と共に!!」
雷の腕が、舟の一部を破壊して。
「ルフィ!!」
「いやあああああ!?」
「エネルーー!!!」
どんどん地面へ向かって遠ざかっていくルフィに、私は手を伸ばすこともできなかった。
エネルの高笑いが、耳に刺さる。
「ヤハハハ! あの金を溶かすことのできるのは、俺か、ウタの女くらいだろう。もうここまで這いあがってこれん!」
追いかけて飛びこもうとしたら、私の腕が何かに止められる。力強く引っ張っても、ビクともしないけど、思考が真っ白になっている私は進む。
まだ、今ならルフィは、海に沈んでいないから。
「早まるなよウタの女、お前たちの命は俺が握っていることを忘れるな」
そんなかき消したい声を無視して、私を掴んでいたのはナミで、その瞳はまっすぐ私を見つめてくる。
「ルフィは何度でも助けにくるわ。だから信じて」
ねぇルフィ、どうしたらいいの。
溢れる涙が止まらないよ。
助られてばかりで、私はルフィをまた助けられなかった。
「だから言っているだろう。あいつはもう来ない」
「来るわよ。ウタを助けるためなら、どこでも! 何度も!」
ゴロゴロとエネルの指で雷が音を立てる。あんな雷、あんなの私たちじゃ防げない。私たちを脅すつもりなのかな。ギュッと私は抱きしめられて、ナミは私の前に立った。
ダメだ、ナミじゃ勝てない。
「神を否定するか、小娘?」
「
突き進んできた雷の攻撃を、ナミはフワフワとした泡で逸らした。
「ヤハハハ、雷の通り道を作り出すか。よほど気象に詳しいようだな」
たぶん的確な角度で泡を作っただろうし、私じゃ真似できないや。でも、防いだはずのナミは冷や汗をかいていて、逸らした雷が抉った甲板を見つめている。
「しかし、規模を変えれば、そんな小細工は何の役にも……」
その時エネルの顔へ、ドガンという音で火薬が破裂した。
「か、火薬星……ごめんなさい」
「ウソップ!?」
「……覇気が
包帯まみれのウソップが一瞬顔を見せたと思ったら、スタスタと物陰へ隠れた。
「すまん、助けてくれ」
「あんた何しにきたのよ!?」
助けに来てくれたのは、ウソップだけじゃない。革靴が甲板を叩く音がするけど、確かにナミが
「そりゃお前、助っ人を連れてきたんだよ!」
どうだ、と言わんばかりにウソップは叫んだ。
「お迎えに上がりましたよ、
「サンジ君!! と、ゾロ!?」
サンジも包帯まみれ、それに、エネルに勝てる方法があるのか分からないけど。
ナミがとっても嬉しそうだね。
てか、腕で荷物のように抱えられたゾロはもっとボロボロなんだけど。
「どうしてここまで来れたの?」
「えっと、ゾロは無事?」
「あのペガサスに運んでもらったのさ。アイサって子が俺たちを探してくれてな。ルフィに頼まれたんだってよ!」
「ロビンちゃんとチョッパーで、他の重傷者共は退避させているが、こいつは必要だろう?」
そっか、ルフィたちのおかげで、3人はここまで助けに来てくれたんだ。
「今更、ゴミ共で何ができる?」
そうエネルは言うけど。
大切な仲間をそう呼んでほしくないね。
「起きろマリモ、休憩は終わりだ」
「……ああ。ちょっと雷を斬りに来た」
その傷だらけの身体でも、獰猛な瞳がギラギラと輝いている。しっかりと立ち上がったゾロは、手拭いを頭にシュッと巻いてから、白い刀を1本抜いた。
「……みんな、ありがとう。ここまでついてきてくれて」
「「「「今更。」」」」
思い返しても、東の海から出てここまであっという間だったよね。まだまだ夢を叶えている途中だけど、ルフィの船に乗ってくれてありがとう。
ルフィがいたから、私は寂しくなんてない。こんなにたくさんの出会いをできて、一緒に船旅を楽しむ大切な仲間がいる。
私は、彼らの麦わら帽子を両手でキュッと被り直す。船長がお休みの時は、私が代わりに船長しないとね。
「気に入らん。6000万V……」
「太鼓を叩かせないで!」
「ああ、了解!」
サンジのキックが、金の錫杖を弾いた。
「ウタの女、ここに来て
「一刀流 三十六煩悩鳳!」
まだ態勢を整えられていないサンジへ腕を伸ばしたエネルは、咄嗟にバチバチと音を立てて、ゾロの飛ぶ斬撃を回避する。
飛ぶ斬撃はすごいし、ギリギリに撃つのとか、サンジが無理に避けずにじっとしているのとか、信頼があるからこそだよね。
「ウソップ、あいつにはゴムが効くよ!」
「え、ゴムなんて……いや、ある!」
「
下がってきたサンジの背中へ、温かそうな空気が託されて。
私たちはどうにか隙を作らないといけない。幸いなのは、ルフィとの戦いのおかげで消耗していて、いろいろ分かったから、リズムを掴みさえすれば勝てなくもないよね。
まずは、覇気の意識を逸らさないと。
「それがゴム、だと?」
「ああ。これが俺のゴムのピストルさ!」
ウソップは輪ゴムを指鉄砲の形に伸ばして、そしてバチーンって飛んだ。
その弾丸はいとも簡単にエネルの手へキャッチされちゃったけど。
「これがゴムだとでも? こんな物に、俺は?」
「そうよ。ゴムがあんたの天敵よ!
「ルフィにボコボコにされて、しかもまた戦うのから逃げて、エネルはさっきより弱くなってるよ!」
さっきよりは気配もだいぶ弱っているし。
「小娘ども、死にたいようだな?」
これで、ナミの技が完成した。
あとは。
「ゴムゴムのムジカチョ~プ!」
亀裂から伸ばした鍵盤の腕の素材をゴムにした、これなら有効のはず。
「ヤハハハ、考えたな。だが遅い」
回避されちゃって、でもいくらエネルは雷になれて、覇気が使えるといっても、ルフィからのダメージは少なくないし、それに思考も1つ、人だからこそ必ず隙はできる。
ガキンと、舟から鳴っちゃいけなそうな金属音が鳴った。
「なんだ様子がおかしい……、いや待て貴様、さっき何を蹴った!!」
「おっと悪いな。ムカつくお前を蹴れないからちょっとイライラしたんだ」
吠えヅラかきやがれ、と姿を消していたサンジが現れた。
「
私が届けた音符の火を使って、サンジはタバコに火をつけた。そしてナミは私のところまで一度下がってきて、その瞳に私は頷く。
「おのれ、よくもやってくれたな!」
音符があちこちに漂い始める舟の、重要そうな歯車がずれたことで、舟のプロペラは減速していく。
「いかん、デスピアも止まり始めている!」
慌てて、歯車を叩いて戻したエネルは隙だらけで。
「いくよナミ、ウタウタの!」
「
一時的にナミの思考を読み取って従うムジカちゃんによって、音符はそれぞれ冷気と熱気を持って、私たちの姿を隠す。
「ちぃ! もういい! MAX2億V
私たちのいた場所を中心に、最大火力の雷がドーンと落ちたけど。
「あ、あっぶな~」
「ひぃ~」
「ひゅー、とんでもねぇ火力だぜ」
「ウタウタ
赤いレイピアを創って、私はエネルへ突っ込む。
後ろでじっとしているのは性に合わないや。
「
「ぐっ、この戦いで
エネルが動揺しているし、体力を消費しているのもあるけど、金の棒と斬り結ぶことができている。
でもやっぱり、剣技だけだと決め手にかけるし、私はシャンクスたちのように純粋な剣士とはなれないんだろう。
だから。
「っ!? あの男、ここまで気配を抑えていたのか!?」
まるで刃を鞘に納めていたように、たとえ放電の余波を受けようと耐え忍んで、ゾロはこの一撃に賭けてくれた。力強く、ダンと甲板を叩いて、エネルとの距離を一気に詰めた。
「斬られるだと!? なぜ無敵の俺が、ただの刀に!?」
私たちがお互いの強みを発揮して、リズムを重ねたから、届く一撃。
「「「「いけぇぇーー!!」」」」
「武装 鬼斬り!!!」
覇気の一撃は、確かにエネルの身体へ3本の斬撃を与えたんだ。
これで。
やっと。
「俺は神だぞ……」
ゆっくりと倒れていくエネルの身体は。
深紅の血を流しながら。
ゴロゴロと、音を立てて雷を纏った。
「
再び巨大な神のような姿になると、気配が一気に高まった。
あいつ、傷を熱で塞いだんだ。
「ウソ、だろ……」
「ハァハァ……俺の覇気がもっと強ければ」
「クソ、もう1発当てるのはキツいかもな」
「でもルフィとの連戦なのよ!?」
「まさか、全く本気じゃなかった!?」
それに、私たちが優勢に思えて、あいつへ有効打を与えるまで全くダメージはなかった。
だから、ルフィとの戦いの消耗を、少しは回復させたんだ。だって、ルフィの時と違って、エネルは本気を出す必要もないから。
「ヤハハハ、遊びは終わりだ、ゴミ共」
すでに死力を尽くした私たちにとって、ただ見上げるしかない雷の塊は絶望を感じさせた