麦わらのウタ   作:ヒラメもち

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第66話 エネル⑥

 

 エネルの雷神の姿を見るのが二度目の私やナミですら、その強大な雷の奔流を、呆然と見上げるしかなかった。

 

 ウソップは本能のままに足を震わせ、サンジはタバコをポトリと落として、ゾロは鋭い眼が揺れて、ナミも唇を強く噛んだ。

 

 私は思わず、ちょっと大きい麦わら帽子を両手で被り直す。

 

「で、でかすぎんだろ…」

 

「おいおい、こりゃあ近づくことすら」

 

「ハァ…ハァ……何度だって斬ってやるさ」

 

「あんた、もう立つのもやっとじゃない」

 

「明日の元気、ひねり出すしかないね」

 

 逃げることすらもう赦されないだろう。だから誰も死なせないために、死ぬ気で立ち向かうしかない。

 自然系の能力者に直接攻撃できるのは、私とゾロだけ。

 

 でもゾロは満身創痍で、それに私はそこまで傷はないけど、能力で体力の消耗が激しい。ムジカちゃんは一度引っ込めたけど、あとちょっとの間しか顕現できない。

 

「ヤハハハ もう立つこともやっとか」

 

 雷雲にも届きそうなエネルは私たちを見下ろしていて、大地にはますます雷がゴロゴロと降り注ぎ始めた。

 

 木々は燃え、何度も土は抉られていて、でも大地は耐えてくれている。たくさんの人の『声』がお互いに助け合って生きている。

 

 空島の新時代は近いんだ。

 それを壊そうとするエネルは許せない。

 

 でも。

 どうすれば。

 

「ふん。所詮は人の身、ゴムの男でなければ我へ近づくこともできまい」

 

 悔しいけど、2億Vを纏っている身に触れた時点で終わりだ。

 その熱量で、一歩を踏み出すことも躊躇っちゃう。

 

 私たちが一歩も動けない姿を見て、エネルは嗤ってその大きな腕を天へ向けた。

 

「さて。面白いものを見せてやろうか」

 

 方舟から出ている黒い雷雲。

 遠い向こうでモクモクと、その雷雲が集まる。

 

 そして、どんどん巨大な球体になっていく。

 確かにクロコダイルも砂漠では大きな砂地獄を作っていたけど、エネルギはそれ以上で、あんな大規模な能力の使い方、人間ができるなんて。

 

 空の上にあるこの舟からは、コニスたちが住む空島の真上だと判断できた。

 

「ヤハハハハ! 思い知るがいい、我はこれだけの神業を為せる!」

 

 まさか、あれを落とす気なの。

 

「物凄い気流と幕放電の巣窟、あんなの!」

「コニスたちの島が、ひとたまりもない!」

「クソ野郎が! おい、やめやがれ!」

「一体、どれだけのやつが死ぬと思うんだ!?」

「やばいぞ! あいつを止めないと!」

 

 まるで隕石が落ちているかのように思える。

 雷雲は、刻一刻とゴロゴロの音で迫っていく。

 

 ナミは恐怖を肌で感じて。

 私は届かない声も聴けず。

 サンジは足を動かせなくて。

 ウソップは思わず目を閉じて。

 ゾロは、三本の刀を構える。

 

ひれ伏せ。

 

 ズシンと感じる重圧に、私たちは膝をつく。

 勝てるどころか、立ち向かうのも無謀だと感じる。

 

 止めないといけないのに。

 こんな時、ルフィがいたら。

 

「お前たちの頼みのゴムの男も、ここには来れない。次に青海へと沈む大地(ヴァース)から、ここを見上げるばかりだ」

 

 エネルは愉しむためだけに、こんなことをするの。

 

「安心しろ。あのエンジェル島にはもう誰もおらんよ。だからこそ、ゴミどもの絶望を聴くのが面白いのだがな! ヤハハハハハ!」

 

 雷迎(らいごう)、と呟いたエネルは腕を振り下ろした。

 

 空がすべて蒼白の光に包まれて。

  

 

 

 

 バーーーーーーン

 

 轟音が非情にも鳴り響く。

 

 そして閃光が収まったあと。

 

「そんな……」

 

 湯気のように包まれた雲の煙が晴れた場所には、エンジェル島は跡形もなく消えていて、ただ大きな穴だけがあるだけだった。辛うじて残った瓦礫も、雲に空いた大きな穴から海へ落ちていったはず。

 

 『もう誰も残っていない』というエネルの言葉を信じれば、誰も死ななかったのは不幸中の幸いとも言えるけど。

 それでも。

 

「ヤハハハハハ! 泣き叫べ! 人よ!」

 

エネル~~~!!

 

 私は怒り叫ぶ。

 こいつは、みんなの故郷を壊したんだ。

 

 あの綺麗なビーチも、コニスたちの家も、人で溢れていた街も、みんなが過ごしてきた思い出も、その全部を奪った。

 

 しかも自分勝手に、みんなの声を聴いてただ愉悦するためだけだ。こいつは、上に立つ者として絶対に赦せない。

 

「んー、見晴らしのよいことだ。空はこうありたいものだな。ヤハハ、空島はただ1つ存在するだけでいいと思わないか?」

 

 そのふざけた声をかき消すために。

 足でドンと甲板を叩いた。

 

 私たち5人にもそれぞれ大事な故郷があって、それを失うみんなの痛みは伝わってくるから。

 だから、歯を食いしばって、声にならない怒りで力を出して、私は気合いで立つ。みんなが許せないこいつを、みんなの代わりに私たちがぶっ飛ばしてやる。

 

「ヤハハハ、いい表情だ。なら、さらに面白くしてやろう! 万雷(ママラガン)!」

 

 バリバリと天へ上がっていく2億ボルトの雷は、黒雲を刺激したのか、ゴロゴロと降り注ぐ落雷が凄く多くなる。

 

「この狭い大地もやがて青海へ沈むだろう。元々青海にあったものらしいじゃないか。ならば元ある場所へ戻すのが条理というやつではないか?」

 

 大地を抉る音、森が焼ける音、たくさんの悲鳴があちこちから聴こえてくる。この残された大地に逃げ延びた人たちがたくさんいるのに。

 

「ヤハハハ さて、我に跪き従うのならば、共に来てもいいぞ、ゴミども?」

 

「「「「「エネルーーッ!!」」」」」

 

 私たち5人は、怒りのままにエネルへ立ち向かう。

 我武者羅に、死を恐れず、拳を握って。

 

 その巨体を一発ずつ、殴る。

 

「……フン、興醒めだな」

 

 薄れるような意識で、飽きたような声は聞き取れた。

 

 冷静じゃなかったと思う。

 でもどれだけ頑張っても、勝てなくて。

 

 じゃあ、生きる道はこいつについていくことだけど、たとえ死んでも、こいつの船員(クルー)になることは願い下げだったから。

 

 彼の船に私たちは夢を乗せているから。

 みんなと一緒だから荒波を乗り越えられた。

 

 ガンッと拳を叩きつけて、何度だって立ち上がるんだ。

 

「……なぜ立てる? なぜ絶望しない?」

 

 そう聞かれたけど、自分でもビックリしてるよ。

 昔から負けず嫌いだったとはいえ、できないことはできないって周りに甘えてたからね。シャンクスたちやエースと、そしてサボが優しいから、ついつい甘えちゃって。

 

 だったらこの諦めの悪さは。

 臆病な私に、勇気をくれるのは。

 

「船長譲り、かな」

 

エネル~~~!

 

 空に響く彼の声が、私たちを奮い立たせるんだ。

 

「な!? いつの間に、あそこまで登った!?」

 

 こいつは、落雷から生きようと逃げるみんなの声を愉しむことに意識の半分を向けていた。それに、もうここまでは来れないだろうって慢心していた。

 こいつは、みんなで力を合わせれば、どんな不可能でも可能にできるって知らないんだね。

 

 バキバキと、大きな豆のツルが倒れ始める。

 

 火とか、刃とか、衝撃だとか、それぞれができることをやって空島のみんなが、彼に命運を託してくれたんだ。

 このスカイピアを守るために、たくさんの声が、空を見上げて私たちを応援してくれている。まだ出会って間もないのに、彼ら彼女らと絆で結ばれている気がする。

 

 その中心にいるのはやっぱり彼で。

 

 さすがだよね。

 太陽のように照らしてくれる。

 

「んがーーーーっ!」

 

 ギア2の状態で彼は、ツルから大きくジャンプしてから、その腕を全力で伸ばしてくる。

 

 なんとかその手は舟を掴むことはできたけど、でもあの金の重りが彼のもう片方の腕を地面へ引っ張ろうとしているんだ。

 

「誰が、この舟に乗ることを許した?」

 

 エネルは造りだした巨大な金の槍を構えて、彼の腕を貫くつもりだ。

 

「黄金の重りで登ってこれないんだわ!」

「早く引き上げないと!」

 

 事情を知っているナミと私は焦って動き始めたけど、逆にゾロは甲板を勢いよく蹴った。

 

「いけお前ら!! 三刀流……」

 

 ゾロの覇気がどんどん高まっていく。

 その一撃に最後の力を使い切るつもりなんだ。

 

武装! 龍巻き!

 

 回転する3本の刀は、エネルの巨大な足に斬り傷を作って、さらに龍が昇っていくかのようにその余波はエネルを怯ませた。

 

「ちぃ! なぜただの刃で我を斬れる!?」

 

 それでも勢いは止まらず、槍を投擲する。

 覇気で分かっていたのに、間に合わない。

 

「おらぁ! 羊肉(ムートン)ショット!」

 

 先を読んでいたかのように、飛び込んでくれたサンジが横から槍を蹴り飛ばしてくれた。

 でも空中で受け身を取れないほど、反動は大きくて。

 

 ゾロとサンジはそれぞれ、ドサリと落ちて、力尽きるように甲板に倒れる。

 

 でも2人のおかげで私とナミは彼の手を掴むことができた。私たちが力強く握るこ手はボロボロで、火傷があるのに無理していて、たぶんこの手と足でツルをよじ登ったんだ。

 

 また、こんな無茶して。

 目を離したらすぐ無茶をする。

 

「お、おい、次は俺が相手だ! ウソップゴム鉄砲!」

 

 パチンという音で、ウソップがなんとか耐えてくれているから、どうか間に合って。

 

「貴様! 先に死にたいか!?」

 

「ひぇ~~!」

 

 ウソップの悲鳴に紛れて、ゴツーンと叩く音が鳴ったけど。

 エネルの覇気が、揺らいだ。

 

「……なんだ、あの死に損ないの物だったか?」

 

 ハタハタと見覚えのある黒いマントが風に飛んでいく。甲板へカランカランと転がったスケート靴は、もしかして海楼石なのかな。

 

 そして、私たちの目の前で花のように手が咲いていく。しなかやか手が舟の壁から伸びて、しっかりと腕を掴んでいく。

 まだ、私たちには仲間がいたんだ。

 

「今よ!」

「今のうちに!」

 

 ピエールに乗っているロビンとチョッパーが、彼へ合図を出す。そして、ギューーってさらに力が籠った。

 

JET ロケットォォーー!

 

 彼が、さらに天高く飛んでいって。

 ドーーンッと降り立つ。

 

 遅れて、金の重りも壊れるほどの衝撃でドガンと落ちてきて、舟の甲板をガンッと抉りとる。

 

「やった! ここまで連れてこれたぞ!」

「後は任せてもいいかしら、船長さん」

 

「ああ! よくやったお前ら!」

 

 チョッパーとロビンにも、そして私たちにも、激励をかけてくれた。まだ喧嘩は終わってないのに、なんだかホッとしたね。

 

「さっさとコイツを倒して、黄金の鐘見つけて、みんなでメシいっぱい食べるぞ!」

 

 その横顔は間に合ったことに安心していて、もう大丈夫だってニカッと笑顔を向けてくれて。

 

「ああ。飛びっきりのメシ作ってやる」

「悔しいが、俺らは立ち上がれねぇぞ」

「よーし、俺たちはもう休むぞ!」

「苦労した分、稼ぎなさいよ!」

「フフ、欲張りな人ね」

「早く手当てしないといけないしな!」

 

 あんなに大変だったのに、なんだか釣られて、私たちまで笑みが零れちゃう。

 

「おう! ウタの帽子も探しにいかないとな!」

「う、うん...」

 

 服は燃えちゃって、そのたくましい背中を見せながらルフィはゆっくりと私たちの前へ出る。

 

「いい加減しぶといぞ、ゴムの男!」

 

 お前こそ!っとルフィはエネルに向かって叫ぶ。

 

どんな理由があろうと、俺は! 友達や仲間を傷つけるやつは許さない!

 

 そんな背中を見ていると、こんな大変な時なのに。

 心臓の音がうるさいくらいにドキドキして、頬が熱くなるじゃん。

 

 彼らの麦わら帽子を、私は後ろから黒髪へそっと被せる。

 やっぱりぴったりだね。




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