ルフィは再び、食堂の隅っこでお昼ご飯を食べていた。
海軍のコックたちが各々挑戦してみた料理を何十人前も、『うまい! うまい!』と言いながら食べてくれる。
いまだ海賊たちが潜入して厳戒態勢中の海兵たちも食堂へやってくるが、豪快にまかない料理を食べるコックに首を傾げる。
そして、本日の昼食の独創性と美味しさに、『うまい!』と全員で叫ぶ。おかわりを求めて行列ができる様子に、気分をよくした女料理長は巨大な中華なべで、野菜たっぷりチャーハンを振る舞う。
お腹を空かせた海兵たちが100人ずつ交代しながら、食堂はいつも以上に、活気が溢れることとなっていた。
「ふぅー 食った食った~」
満足そうにポンポンとお腹を叩いた後、ルフィは積み上げた大皿を洗い場へ持っていく。何か手伝おうとも思ったが、横一列に並んだコックたちで、ルフィの立ち入る場所はなさそうだ。
「サンジ~、そろそろ行こうぜ~」
「あん? 今日はジェシカさんのために千人前の料理を作るって決めてんだよ」
料理長にアピールを続けるサンジのせいで食堂から動けない。まあウタも仕事だから自分も大人しくしておこうかと。
でもなー とルフィは唸る。
ゾロやロビンはともかく、ウソップやチョッパーは捕まっていないか心配だし、メリー号もどうなっているか確認したいし。
それにウタたちも医務室ではなく、休憩室で食事をするらしいから、そこへ運んだだけに終わった。
案内で付いてきてくれたコックに止められながらも、こっそり医務室を見たが、ルフィが来たことにも気づかないくらい、なぜかナース服を着て働いているウタとナミは忙しそうだった。
「な~ サンジ~ ビヨ~ン」
「料理中だ! 肩に腕乗せてくるな!? てか腕伸ばすな!!」
自分と違って、2歳年上でもまだまだ子どもっぽいウタが、今日は大人に見えた気がする。あれだけ細いのだから もっと食べてほしいとも思ったし、やっぱ何を着ても似合うなとも思ったし。
海兵たちに笑顔を振りまく姿に、明確に自覚はないとはいえ、ルフィは拗ねているのかもしれない。
「ちょっといいかい」
ちょうど2人でいる彼らに、ジェシカは汗を拭いながら、話しかけてきた。
「挨拶がてら、司令官にもう一品、新人2人で持っていってくれないかい? 食堂の奥、あそこの扉だからすぐ分かるさ」
「あいあいさ~、ジェシカさんのためなら、火の中 水の中 鉄壁要塞の中~!」
ジェシカが先ほど、野菜たっぷりの料理を持っていった時に。新人2人の顔を見たいのと、その料理を食べたいのだと彼から伝えられた。
あの狸のような表情の裏に海軍中将としてこの2人に何かがあるのか、それともいつもの子どもっぽい思いつきなのか。
できれば、後者であってほしい気持ちは、ジェシカに確かに芽生えていた。
「ほら行くぞ、ル……」
「んあー? それ食べていいやつか?」
食べるな!? と、まるで漫才のようにサンジに叱られている彼は、麦わら帽子を隠すようにコック帽を被っていて、確かに顔も似ている。
しかし彼女の目に映る光景では、彼が1億ベリーほどの賞金首だなんて思えなかった。
「旦那様が新人を指名なんて、嫉妬ですかい?」
「司令官は意外と子供舌だからなぁ?」
「苦手な野菜たっぷりだしな!」
「お前たち無駄口を叩いてないで、仕事に戻りな。次の100人が来るよ」
夫の実力からすれば、1億ベリーの賞金首なんて苦戦もしないだろうが、それでも彼を心配するのは、ジェシカが彼を愛しているからなのだろう。
そんな雑談を聞いてショックを受けたのはサンジで。
「だ、だんな...? 司令官...?」
「おー、なんか偉そうな部屋だな」
食堂に隣接するには、豪華な部屋だ。
サンジはトボトボと、ルフィに着いていくが、だんだん冷静になっていく。すでに己の船長は警戒心もなく入室していたが。
「ししし お待ち!」
「ん。ご苦労。」
ボサボサの茶髪に、イカした髭の男が、制服を気崩した状態で座っていた。例えばスモーカーを中心に、海軍の高官はどこか威圧的であったが、今回はむしろその逆だ。
ルフィと向かい合う彼は陽気そうであるが、その裏で一癖ありそうな人物だと、サンジは目を細める。
「ん~ 素晴らしい味だ」
早速フォークを使って、魚のすり身の揚げ団子をモグモグと口に入れて、彼は満足そうに頷いた。
「ゴクリ ……だろ?」
「す、すみません。こいつがっ!」
ルフィは腕をゴムのように長く伸ばして、ヒョイと口の中に入れた。慌てたサンジは首を掴んで、グイッと謝らさせる。
「てめぇ! せめてこういう時くらい!」
「ちょっとくらい、いいじゃねぇか! あれまだ食べたことないぞ!」
「食べたいなら構わんよ」
大きく口を開けて叫ぶ彼らへ、司令官はナプキンで口元を拭いながら許す声をかけた。
その脳裏には、もしここに座っていたのがあの海軍大将であれば、その場で処罰は免れながっただろうがな と思いつつ。
「私はジョナサン、ここの司令官だ」
「俺ルフィ、海賊王になる男だ」
気さくに挨拶をして、2人は向かい合った。
力量さを感じるだろうに、それでもルフィは笑う。
「てめぇ、とっくに気づいてやがったな?」
「食堂で手荒な真似はしたくないからな」
船長に代わってそう質問されたことに、どこか照れたように返すジョナサンへ、サンジはぐぬぬと睨みつける。
これが既婚者の余裕なのかと。
「1つ、聞いてもいいか?」
「答えたらそれ全部食べていいか?」
いいぞ、という許可に、ルフィはもう隠すこともなくゴムの腕をお皿に伸ばした。
「私にはどう考えてもお前たちの目的が分からんのだよ」
んあ、とルフィは食べながら首を傾げた。
いつもは隣のウタとコツンとするのだが。
「それぞれ8人がバラバラに忍び込み、それでいて何かを盗むわけでも、誰かに危害を加えるわけでもない」
ゴクリ と食べ終えて満足したルフィは、お皿を彼の机へ返した。
「ならば、なぜわざわざここへ入ってきた? 個人ではなくわざわざ船で、危険を冒してまで?」
ここは仮にもグランドラインの海軍基地だ。海賊が欲しがるような武器や食糧もあるし、極秘の情報だってある。それが狙いでないのなら、なぜ力ずくで脱出しないのか。
別々の場所に潜伏する海賊たちを相手に、海兵や職員たちの犠牲が出てしまうのは得策ではないと。
そのためジョナサンは、いまだ様子を見ていたのだが。
「ん? そりゃ空から落ちてきて、入っちゃダメで面白そうなとこがあったら入るだろ」
「ほう……なんだ、偶然にも入っちゃったか!」
その素直な感想のような言葉に、ジョナサンは彼ら彼女らの海賊船で自ら捜査した情報を含めて、やはり空島から落ちてきたのだと判断した。確かにここ十年以上、空島へわざわざ危険ルートから進んだ者はいない。
しかし、亡き海賊王がそれを成し遂げたことを、海軍中将として知っている。
ジョナサンはニヤリと笑い、ルフィもニカッと笑う。
「この秘密基地は気に入ったぞ。飯は美味いし、楽しいし」
「フッ、それは結構だ。なら入園料でも払ってもらおうかな」
軽口を叩き合う中で、ルフィもジョナサンも ぽきぽきと拳の骨を鳴らす。
「お金払ったらナミがうるさいし、俺たちは出たいときに勝手に出ていくぞ」
「ロロノア・ゾロを捕まえた、と聞いても?」
えっ、とルフィの余裕そうな表情が崩れた。
戦闘面で絶大な信頼を誇る男が。
「司令官のオッサン、ゾロは無事か?」
「あいつがそう簡単にっ!」
「傷1つない。反抗もしないで投降してくれたよ」
ルフィとサンジは、あのゾロが目の前の男に一撃で敗北して捕まったともなれば、警戒度はとても高くなるのだが。
「いやなに、運が良くてな。なぜかおぼれていたところを偶然釣り上げてしまったのだ」
ゾロのうっかりだったようだ。
しかしジョナサンさんの仕草。
とんとん と己の耳を叩く姿に、別の意味でルフィやサンジは警戒心を高めた。彼らの仲間にもいて、空島でも何度もその使い手に会ったからだ。
恐らく、この男も見聞色の覇気を使えるのだと悟る。
「どうやら心当たりがあるようだ。前半の海で覇気の存在を知る者はそう多くはない。最近の若い者は、悪魔の実という神秘に夢中だからな」
海軍中将はそのほぼ全員が覇気を扱えるからこそ、その地位にいるのだ。海軍の三大将、その下にいる海軍の幹部とも言える存在たちだ。それが自然系だの、超人系だの、動物系だの、いちいち悪魔の実に驚くほど経験が浅くはない。
「牢屋に1人、船のドックに2人、医務室に3人、そしてここに2人、これでお前たちは全員だな?」
司令官の机の上にあるチェス板に並べられた8個の黒い駒は、まるでルフィたちの居場所を全て看過されていることを表しているようだ。
席から立ち上がりながらジョナサンは、ナイトの駒をコトンと倒した。
「まあ、私が最も警戒していたのは……」
「ゴムゴムの
勢いよく腕を伸ばしたルフィの鋭いパンチを、パシンと片手で受け止める。
そして空いている指で、白いクイーンをキングの隣へ動かした。
「そうカッカするな。なぜかは知らないが、重傷者を看病してくれたナースだ。8600万ベリーの賞金首とはいえ、危害は加えんよ」
「イデェ~!!」
ルフィは初めて、その手が握り潰されそうな感覚を味わう。
腕を戻そうと引っ張るが、目の前の男に完全に力負けをしていた。
「ルフィ! こんなところから逃げるぞ!」
「あいつ武装色! 硬化もできるのか!?」
「ふむ? いや、まさかな」
ガンッと黒くなった腕でサンジの蹴り技を受け止めたが、特に痛がる様子がないことに、ジョナサンは1つの単語が脳裏に浮かぶ。
しかしいまだ無名のコック、そう思うことにしよう。ワノ国で言うところの、やぶ蛇をつついて なんとやら、だ。
「ん。ロロノアは地下牢にいる。行っていいぞ」
「「なっ!?」」
ヒョイと掴まれて投げ飛ばされたルフィとサンジは、出口の前で尻もちをついた。
しかも海兵が、海賊である自分たちを見逃すこともあって、驚きは大きい。
「どうした? この場で戦うか?」
ジョナサンはいまだ、司令官の席から立っただけで一歩も動いてはいない。
死力を振り絞れば、勝利をもぎ取れるかもしれないが。
「今回だけは料理の礼だ。ご馳走様」
「てめぇあんま舐めるなよ……ルフィ?」
「いや、悪かったよ。ほとんど食べちまって」
ルフィは、飛び出しそうなサンジを手で制した。
「いやなに、また小腹が空いたら、妻の料理でも食べるさ。おかげさまで忙しいみたいだがな」
「このやろぉ……リア充が……」
「オッサン、すげぇな」
再び席に座る彼はとても大きく感じる。
書類やチェス盤で埋まる長机が、彼の戦場という風に。
「俺は俺のやり方で
「フッ、難攻不落の鉄壁要塞、アバロンから出られるかな?」
目の前にいる男は1000人の船長なのだと、その器の大きさを見せつけられた。
「行くぞ、サンジ」
「おい、クソッ!」
それでも今は船長として仲間を守るために、背を向けて出口へ走り始めた。
「……お手並み拝見だな」
己のプライドを捨て、仲間の安全を優先する若者はそう多くはない。世間的な名誉も、アラバスタの宝も、何も得ることはなかった、王下七武海クロコダイル討伐もあった。
彼は略奪をするような海賊、モーガニアではないのだろう。
さてと。
そう呟きながらジョナサンは席を立つ。
「やれやれ。モンキー・D・ルフィ、どのような嵐かと思えば」
今日も天気は良く、ある程度は
だが窓の外には、海賊団侵入を警戒して引き締まったように巡回をする海兵たちがいる。
「高級レストランでも通用するほど美味しかったが、やはり私はあいつの味がいいな」
そして、ジョナサンは綺麗に食べられたお皿を持って、おかわりでも貰うために厨房へ向かう。
そこでは愛する女性が慌ただしく働いていることに、う~ん と子どもっぽく拗ねてから、おかわりの行列に彼は並んだ。