半日のナースのお仕事体験だったけど。
私とナミはヘトヘトで。
「「つ、つかれた~~」」
先輩ナースたちと交代で、私たちは休憩室までやってきた。
一応新入り扱いだから、今日はこれで上がっていいらしいけど。
先輩たちは夜中も交代で患者さんに対応するって言っていて、やっぱり本職のお医者さんやナースにはほんと頭が上がらないよ。
お医者さんたちが他の島へ出張していて、そこに規模の大きい急患があったせいで、いつも以上に忙しかったんだって。猫の手だって借りたいタイミングだったんだろうね。
でも明日にはまた、ナースから海賊に戻らないとね。
「日給でも貰いたいとこだけど、これが連日続くなんて、たまったものじゃないわ」
「だねー」
ナミはせめてもの報酬を貰うべく、テーブルでラップをかけられていたサンドイッチに手を伸ばした。
街の高級なカフェにでも出てきそうな丁寧な作りで、それに彩りだって食欲を湧かせてくる。しかも、まるで露店で買って食べ歩きできるかのように、真っ白な紙で包まれていた。
「おいしっ! ここのシェフ、なかなか腕がいいじゃない!」
確かにナミの言う通り、先輩ナースたちもサンドイッチを食べていったみたい。
でも私は、10個ほど積み上げられたおにぎりに手を伸ばす。
はみ出るくらいに大きなステーキ肉で、そんな具が見えるくらいに形もバラバラだよ。疲れた身体に元気が出るようにって、具にお肉を入れたんだね。
「いただきます♪」
両手でかぶりつけば、冷たくなったお米から肉汁があふれてきた。冷めても柔らかいステーキは、よほど凄腕のシェフが作ったんだろうね。強すぎるくらいにギューって握っているから、お米は硬くなっていて、お肉の美味しさを包んでくれる。
こんな大きなおにぎり、私くらい大口で食べないと、手が大変なことになりそうだよ。
「あれだけ大変だったのに、相変わらずの食欲ね」
「ゴクリ…… 美味しいからいっぱい食べちゃうね」
ナミだって頬を緩ませて、どんどん食べちゃってるじゃん。疲れが一気にとれるくらいに、誰かのことを考えて作っている料理だもんね。どんな紳士的なシェフ、それに、どんな優しい人なんだろうね。
さてと。
この部屋にやってくるのはお医者さんかナースだから、海兵さんは来ないと思うし。
この気配はチョッパーだね。
コバト先生も一緒に入ってくる。
「ええ。私、これから外科の勉強し直して、頑張ってみます!」
「応援するぞ! 次にこういうことがあっても大変だからな!」
チョッパーは1番重要なポジションを任されただろうし、コバト先生も普段小児科で大変だっただろうし。
それでも疲れを見せない医者仲間の2人は、意気投合したみたいだね。
「コバト先生、申し訳ないけど、ちょっと休んだら、私たち3人で出ていっちゃうね」
「えっと、事情があって、元々ナースじゃなかったの」
チョッパーも大きい身体に変化してから、おにぎりにかぶりついた。
「3人は、えっと、もう行ってしまうのですか?」
はむっと、私もおにぎりを食べ続ける。
ルフィとサンジが、ゾロとウソップがいる地下を目指して走っている。2人の場所は動かないし元気そうだから、隠れていると思っていたけど、捕まっちゃったのかな。
「食べたら、私たちもメリー号へ行こっかな。ルフィたちが走り回っているし」
「ちょっ、ウタ!」
「えーと、俺たちは海賊なんだ。黙っててごめんな?」
コバト先生、放心したみたい。
そしてチョッパーを恐る恐る見て。
「あっ……そういえば、タヌキ……?」
「俺はトナカイだ!?」
もしかして、休憩室に来るまで、身体が縮んでいたことに気づかなかったのかな。私の名前や、ルフィの名前くらいは、さすがに海軍基地で周知されているみたいだね。
大海賊の娘として、有名になっていくのはなんだか嬉しいや。
「あっ、いえ、むしろ私たちのほうが助かりましたから。何かお礼をしたいくらいです」
といっても、私たちに協力したってなると、海軍って処罰とかありそうだし。
気持ちは嬉しいけど。
「そうだ、あなた方の船、もしかしたら父が直しているものかもしれません」
コバト先生は何かを思い出したように、手のひらを合わせてそう教えてくれた。
メリー号の場所を知っているのなら助かるけど。
「昨晩、海賊船がボロボロなことを居ても立っても居られない。これから直すんだーって出かけていったのです」
「えっ、ホント!?」
「私たち、幸運すぎない!?」
「なぁ、場所だけでも教えてくれるか?」
「では案内をさせてください。いざとなったら人質になったって説明しますから!」
度胸のある提案に、私たちはクスリと笑って頷いた。
「よしっ、それじゃあ脱出大作戦!」
「「「おーっ!」」」
明るい声が、休憩室に響き渡る。
結局、どうせ人員不足で在庫が溜まり続けているからって、ナース服も貰っちゃった。私たちはコバト先生に案内されながら、メリー号があるドックへ走る。
チョッパーと麦わら帽子を入れた木箱を抱えているとはいえ、海兵さんたちには、ドクターとナース2人が急患へ向かっているようにしか見えないみたい。
さてと。
「もうすぐです!」
「なんかヤバそうじゃない!?」
「300人以上いるね!」
でもルフィもゾロもサンジもウソップもいるから、余裕でしょ。
そう思っていたらルフィが倒れていて。
ケガはないけど、元気のないルフィが網にかかっていたんだ。
「ゾロ、パス!」
「ん? うぉ!?」
「ナミさんたち、ナースだぁ~♡」
木箱から出したチョッパーを両手で、えいってゾロに手渡して。
「ウタ、それはダメだ!」
ウソップに止められながらも、私はルフィを捕まえている網に手をかけた。
まさかこれって。
「ルフィ、大丈夫? へにゃぁ~」
「ふにゃ~ ウタぁ~?」
これたぶん海楼石でできた網なんだ。
ちからがでない~って、ルフィに向かって倒れ込んじゃった。
「あいつが火拳の妹……お前たち、構えを解くな!」
海軍の隊長っぽい人の指令で、300丁くらいの銃が向けられる。こんなの防ぎようがない。私もルフィも動けないし、能力が封じられている状態だもん。
でもそんな時。
「キャアアアアア!?」
コバト先生が大きく悲鳴をあげた。
「私たち人質にされちゃったんです! 助けてください! ここまで脅されて連れてこられたんです!」
「なにっ! まさかやつにっ!?」
私へ向けられた銃口が増えた気がする。
これはさすがにマズいかも。
「きゃあー! この大男も海賊の一味なんですぅー!」
「え、そ、そうだー! 俺は強いぞー!」
「き、貴様だったか。見慣れぬドクターは!」
コバト先生とナミの機転のおかげで、私とルフィから銃口がずらされた。今のうちにって、私たち2人はごそごそと動き始める。
「ウタぁ~ 網をぉ~」
「ごめんルフィ~ 起きれない~」
「イチャイチャしてる場合か!」
「クソ羨ましい!」
ウソップやサンジからツッコミを入れられた気がしたけど、こっちはなんか手足が絡まってきてそれどころじゃない。ルフィとの距離だってキスができるくらい近いし、こっちは今ナース服ってのもドキドキするし。
「人質か……お前たち、銃を下ろせ」
「ドレイク少佐?」
「はっ、かしこまりました」
あれ、この声は確か、病室に押しかけて何か皮肉を言ってた気がする人なのに。
「我々にとって、大事な医者とナースが人質なのだ。仕方あるまい。全員武器を下ろして後退せよ!」
意外と、正義感があっていい人じゃん。
「お前ら、さっさとずらかるぞ」
「てめぇ、ナース姿のウタちゃんと、クソ羨ましいことしやがって」
ゾロが網をとってくれたおかげで、私もルフィも元の調子に戻れた。サンジから手渡されて、リボンのついた麦わら帽子を被るけど、やっぱりナースキャップより落ち着くね。
「人質とはひきょーだぞ、チョッパー!」
「ややこしくなるから、やめてルフィ!」
えーと、メリー号まで道を開けてくれているし、このまま行っていいのかな。チョッパーは、きゃーきゃーしてるコバト先生やナミに挟まれて、両腕を振り上げながら、おたけびをあげる。
「この人質は俺たちが脱出するまで返さないぞー!」
「……要求は呑もう。さっさと船に乗れ!」
海軍の人たちのコソコソ話を聞いた感じ、船へ乗る前に人質を奪還する気みたいだね。
誰も人質ごと撃たない辺り、ここの海軍の人たちは結構好きかも。コビーが目指しているように、みんなこういう海軍になってくれるといいな。
カツン
と、1人が銃を床に落とした音。
それにゾロとサンジは思わず反応しちゃって。
コバト先生は確保されちゃったけど。
「イヤアアア!!」
「おい! それは味方だーー!!」
海兵に向かうナミのパンチに、隊長が思わずツッコミを入れた。
「構わん、撃てー!!」
「ムジカちゃん、オンステージ♪」
バンッ バンッ バンッ とあらゆるところから音が鳴り響くけど、歌のバリアはそのすべてを防ぎきる。
ピアノの鍵盤の腕が亀裂から伸びて、白い天使の片翼が広がるけど、やっぱりこれだけでも、私自身が動けなくなるくらいに負担が大きい。
「な、なんだあれは!?」
銃弾がなくなるくらいに撃ち終わる。
それに、みんな動揺しているね。
「ルフィ!」
「おうよ!」
「「「「「なっ!?!?」」」」」
ルフィは鞭のように腕を伸ばして、ゾロとサンジとウソップとチョッパーとナミを船に叩きつける。
そしてグルグルと腕を私の身体へ巻き付けて、伸ばした腕でメリー号の手すりを掴んだ。
「ロケットぉー!」
「ひゃっほぉー♪」
ドックから動き始めるタイミングとも合って、メリー号は海面を進み始めた。
メリー号のストッパーを解除してくれたのはロビンか、それとも他の誰かなのかな。
「はっはっはっ メリー号だ!」
「うんっ! 無事でよかった!」
「てめぇは!」
「なんであの助け方しか!」
「できないんだ!」
「生身の人間には!」
「痛いのよ!」
ルフィへ1発ずつツッコミを入れるくらいに、みんな無事でよかった。
あとはロビンだけだね。
「さー、みんな! 早く帆を張って!」
ナース姿のナミが指示を出し始めたけど、確か人質扱いだよね。まあいいや。
「ナース姿のナミさんもステキだ~」
「でも結局、どこから出るか分からずじまいね」
「俺コック、お前何してた?」
「コックだぁ? お前が?」
「私はナースやってたよ!」
「俺はドクターだ!」
「てめぇらは職場体験かよ!?」
あくびをしているルフィとゾロはともかくとして。
サンジやウソップも分かっていないなら、結果的に基地へ忍び込んだ目的は果たされていないよね。
「あら、これが必要?」
腕を繋げて咲かせて、ロープのようにして降りてきたのはロビンで、その手には大きな地図があった。
「お姉さま~ やっぱりお姉さまが1番頼りになるわ~」
「そ、そう?」
私たちの中で潜入捜査が1番得意なのは、ロビンかもね。
あとは、目を輝かせているナミが、地図を得たことで脱出も簡単にいきそう。
「う、撃ってきたぞ、おい!」
「それに軍艦も追ってきてるぞ!」
海軍の隊長さんの話だと。
「人質がいないってバレたって~!」
「はっはっはっ 全速前進~!」
ルフィは呑気だけど、風があまりないから、いつか追いつかれる。
軍艦に比べて小さなメリー号は砲弾1発だって致命傷だし、体当たりだって無事に済まないから。
「ウソップ、主砲の準備をして! チョッパーもこのまま進んで! このまま唯一の海門から強行突破するわ!」
「おう! わかった~!」
「それがよぉ、さっき見てきたら全部なかったんだ!」
「あら、海軍の人たちに取られちゃったみたい」
「ししし それならいいこと思いついた」
「やっちゃって! ルフィ!」
ルフィは砲弾に向かって勢いよくジャンプした。
だって砲弾なら、ガープさんで慣れているもんね。
「ゴムゴムの風船! ファイアー!」
「へぇ、やるじゃねぇの」
「こりゃ、いい花火だ」
ルフィが砲弾を上手く逸らして、海門は爆風に包まれた。
その煙が晴れる頃には、広大な海まで一直線の航路ができている。船での脱出が絶望的なこともあったから、私たちは思わず笑みがこぼれた。
堅牢な海軍基地だったけど、これで無事に。
「……あれ、そういえば、砲弾がないって!?」
あっ、そういうことか。
遠くから見聞色の覇気でこちらを見ているおじさんが、ずっと自分で動かない理由は。
「やられたぁ! お宝がない~~~!」
倉庫を開けたナミが、大きな悲鳴をあげた。
まるでチェス盤に乗せられたように。
おじさんの手のひらの上なんだ。