第1話 ルフィ
この
幼い頃に経験した航海はとても荒々しくて、宴の時はいっぱい歌って愉快だけれども、大変そうなときはすごくこわかったことを憶えている。ごつごつして安心する腕で撫でられるととても安心したことも憶えている。風に靡く『赤』もちゃんと憶えている。
「ビンクスの酒を届けに行くよ
海風 気まかせ 波まかせ♪」
海のずっと先へ向かって唄を歌う。
お父さんたちに届くように、兄たちへ届くように。
本当は赤髪海賊団に付いていきたかったけど、私は今よりずっとずっと弱かった。たぶん船で1人お留守番する時間が続いたと思う。だから、このフーシャ村に残った選択に後悔はない。
「潮の向こうで夕日も騒ぐ
空にゃ 輪をかく鳥の唄♪」
この村ではたくさん楽しいことがあったけど、かなしいこともあった。ルフィやそのお兄ちゃんとはいっしょに多くの時間を過ごしたし、マキノはお姉ちゃんだと思ってるし、ダダンはお母さんだと思ってる。あと村長たちはよくお菓子くれるし。
この村はもう私の故郷なのだ。
風車がいっぱいあって心穏やかな風がよく吹く。
「さよなら 港 つむぎの里よ
ドンと一丁唄お 船出の唄♪」
波風の音に重ねて、元気な足音、呼び声、
ヘッドホンをしてもよく響く。
「ウタ――! はやくいこうぜ!!」
「うんっ! ルフィ」
昔はもっとぶかぶかだったのに。
一丁前にその麦わら帽子を被っちゃってさ。
私は振り返りながら地面を蹴った。
待っていてくれたルフィを追い越しつつ。
「どっちが先につくか競争ね!」
「あー! そういうのずるいぞ!」
悔しいけど、ハンデがないと私はルフィに勝てない。
なんとなくどんどん距離が縮まっている気がする。
「勝てばよかろうなのだ~!」
「まーてー!」
背の高さも、かけっこの速さも、食べる量も、いつの間にか追い抜かれてしまった。昔はもっと泣き虫で私たち3人の背中を追いかけてきてたのにさ。
まっすぐ前を向いた横顔は楽しそうで。
こんなにかっこよくなっちゃって。
「マキノー!」
村のみんなが集まってくれていた。
私はお姉ちゃんのところへ飛び込んだ。
「もう、いつまでたっても」
エプロンの柔らかさが心地いい。
息を整えつつ、やさしく撫でてくれるのを味わう。
「俺の勝ちだな!」
「マキノがゴールなんだもんー」
べー、ってしながら私の連勝を告げる。
「そうだったのか!?」
「そ。また私の勝ち―!」
いやほんと単純だし、こりゃあ私がいないと変な女にだまされちゃうよね。大丈夫、付いてってあげるから。
マキノやみんなはまるで子どもを見るように微笑ましい視線を向けてくるけど、私はもう立派なレディーなんだけどね。まだまだお子様なルフィとちがって。
「ウタ、男には気を付けてね!」
「ルフィ、ウタちゃんのこと頼むわよ!」
むー、それじゃ逆だもん。
おばさんたちに、ぷくーってしてやる。
「しっしっし、俺強いからな~ 安心してろって」
「ルフィの癖に生意気~」
ルフィの頬っぺをびよんびよんしてやれば、私の後ろ髪の割っかをいじってくる。私の後ろ髪は♪のようにうれしそうに跳ねている。今の馬鹿力なルフィに頬っぺを引っ張られたら、めっちゃ痛そうだ。エースもそうだけどほんと人外なんだから。
そろそろ、行かないとかな。
ヘッドホンをはずしつつ、ルフィから少しだけ離れた。
「ウタ、無事でいてね」
「うん……お姉ちゃんも元気でね……」
エプロンにしわができるくらい、ぎゅってする。
温かい。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
心臓の音だ。
涙の音も聴こえる。
「はい、これ。海は日差しがつよいからね」
「麦わら帽子……、ありがとっ!」
絶対ここに戻ってくるからね。
そのときはまた抱きしめてね。
「今までありがとう、マキノ!」
ルフィのものより鍔の広い麦わら帽子被ると、後ろ髪がぴょこんと出てきてうきうきするように跳ねる。赤いリボンがチャームポイントで、マキノに作ってもらったこともあるし、とにかくなんだか頬が緩む。
たまに、ルフィにはシャンクスの麦わら帽子を貸してもらうことがあるけど、やっぱりそれはルフィに託されたものだし。ていうか、今の私、なぜかルフィのことチラチラ見ちゃってて、今はルフィと視線を合わすのはちょっと気恥ずかしくて。
海へ駆け出す。
「よしっ、いこっ!」
「おうっ!」
2人で小舟に飛び乗る。
そして、ヘッドホンを付け直した。
大きく手を振り、何度も『行ってきます』を伝えて、『いってらっしゃい』を聴き取る。
船が離れていくように進む。
少しずつ、だんだん、にじんで見えなくなっていく。
パーカーの袖で一度目元をぬぐう。
私たちは笑顔で向き合った。
「なぁなぁ! どっち行ったらいいんだろうな!」
「シャンクスはあっちに行ってたはずだし、あっち!」
村に背を向け、太陽がある方向を向いた。
まあパーカーのポケットにはちゃんとあれがあるはずだし。
「あ、コンパスを机の上に置いてきちゃった!」
「大丈夫だろ、あっちが北だしな!」
昔乗っていた海賊船より、なんともこじんまりとした海賊船だけど、これが私とルフィの舟なのだ。
よくわからないけど、たぶんこれがいい方角なんだろう、風と波に乗って、自然と村から離れていく。
「そうね。太陽は東から昇るし!」
「おう! 東は北の右って教えてもらったよな!」
あれ、そもそも北に行けばいいんだっけ。まあいいや。はやく腕のいい航海士見つけよっと。
それにしても。
なんだかこの辺り、かなり静かだ。
大きなものが泳ぐ音がする。
「ルフィ、なにか来そう」
「……あいつか」
轟音、大量の水飛沫を上げつつ怪物が現れる。
牙が光る大口はこの小舟すら飲み込むだろう。
私たちの1食分にはなりそうなウツボだ。
かつてルフィを襲って、お父さんが腕を喪った原因だ。
村の漁師も何人も被害に遭ったって聞く。
「ちょうどいいや。あれから俺たちがどれだけつよくなったか」
ルフィは麦わら帽子を深く被りつつ、肩に手を添えた。
私も両手で麦わら帽子を深く被り直しつつ、息を吸う。
「ウタウタの
歌に乗って、音符が周囲を舞う。
ルフィの身体へ触れると、弾けて消えていった。
ルフィは嬉しそうにニヤリとして、勢いよく反対方向へ腕を伸ばした。
「ゴムゴムの~
ゴムのように伸びた腕を弾くように戻すと、その拳は一瞬でウツボに叩き込まれる。シュルシュル~って、ゴムの腕が元通りになり、バシッってかっこいい音が鳴る。
まるでピストルのようなパンチになすすべもなく、再び海に沈んでいった。今日の食事にはされないけども、これに懲りてこの辺りの海からはいなくなると思う。
「たぶん『強化』しなくてもよかったね」
「そんなことねぇよ。」
私がウタウタの実、ルフィがゴムゴムの実、どちらも物知りなシャンクスが教えてくれたことだけれど、悪魔の実と呼ばれる果物であり、
「歌聞くとやる気が湧いてくるんだ」
「そ。」
倒した感触を思い出しつつ、ルフィは誇らしげに自分の拳を見つめているようだ。ほんとかっこよくなった。
私たちは『あの時』から活用方法をがんばって考えたし、もう誰も大切な人を喪いたくないから、今もがんばって考えつづけている。能力は使い方次第で普通の人にはできないようないろんなことができるから。
それに。
しっかり憶えているし。
『ねえルフィ。ルフィは海賊になったらどんな仲間が欲しいの?』
『そうだなー、コック! 美味いメシつくってくれるやつ!」
『アハハ 食いしんぼうだ~』
『それはウタもだろ。次は音楽家だな!』
『えー、音楽家? 航海士とか船医あるでしょ?』
『そういうやつらもほしいけどよ。海賊は宴やるだろ?』
『まあシャンクスたちもよく歌ってるよね』
『ああ。ウタが歌ってるのも好きだしな!!』
『っ……ルフィのくせに生意気!』
『なにを~っ!』
ほんとは、私はマキノたちと一緒に、シャンクスとエースとサボと、そしてルフィの帰りを待つつもりだったんだけどな。でもこの数年間、『待つ』って結構つらいことだって分かったし、ルフィは変な女にだまされそうで心配だし。こんないい女が付いてってあげるんだから感謝してよね。
「付いてきてくれてありがとな、ウタ」
「そういうのは夢が叶うまで置いておいて」
そっかと呟いて、ルフィは一度だけ村へ振り返った。
じゃあ私も。
「海賊王に俺はなるーー!!」
「世界の歌姫になってくるねーー!!」
私の歌はみんなを幸せにするって信じているもん。
届けに行くよ、世界のみんなに。
・フーシャ村で長く過ごしたこと、サボの一件を踏まえると、少し性格が変わると思われます。
・ウタウタはまだまだ覚醒ではありませんし、いくつかの作品の『歌』を参考にしてオリジナル能力にします。野生児たちにたまに混じっていたとはいえ、東の海にいて修羅場の経験も少ないから、身体能力もナミ未満の設定です。
・ペアルックって良いですよね。しかも麦わら。