気づいたらとても静かな船の上だった。
ここはどこなんだろう。
甲板から見える景色には広大な海が広がっている。
レッド・フォース号よりずっと小さい船だ。船首には羊さんがあって、あちこちにツギハギで修理した箇所がある。直したのは本職の船大工の人というわけでもなさそう。
麦わら帽子を身に着けたドクロの海賊旗がパタパタしているから、シャンクスたちの傘下でファンなのかな。それなら敵の海賊に捕まったってわけでもないから少し安心だけど。
それとこのリボンのついた新しい麦わら帽子、なぜか分からないけど、とても大切なもののように思えた。いつの間にか背の高さも大きくなっていて、胸もマキノくらいの大きさになってて、ここは夢の中なのかな。
そんなとき、恐る恐る動く可愛い足音が耳に入る。
「ギャアアアア 人間だーー!」
ヒトみたいなタヌキさんが慌てて逃げていく。
海には不思議な生き物がたくさんだね。
「お~ ウタじゃねぇか! 無事でよかった~!」
私の名前を呼んでいる明るい声がしたから振り返ってみる。
人懐っこい顔の男子で目元の古傷が特徴的で、何よりも見慣れた麦わら帽子がかなり似合っていて。
成長したのに面影は確かにある。
「えっと、もしかしてルフィ?」
「何言ってんだ、ウタ?」
目の前の男子はさぞ当たり前のように首を傾けた。
「ルフィ! 大きくなったルフィ!」
知らない場所で知っている人に会えたってだけで嬉しくなっちゃう。
感極まって抱き着いたら、『なーーっ!?』って金髪でスーツの男子がうるさく騒いでいる。別に幼馴染の男子と女子ならこういうことくらいするでしょ。
「どうしたウタ、何かあったのか?」
「ねぇルフィ、私ってフーシャ村にいたはずだよね?」
ポカポカする身体の感触を確かめたくて、ギューってしたら身体がゴムって感じだから、もしかして悪魔の実も食べちゃったのかな。なんだかお揃いで嬉しくなってくる。
「おいおい、どっかで頭をぶつけたのか?
俺とお前でフーシャ村を出たじゃねぇか」
「ん~? そうなの?」
ずっと抱き着いていたい気もしたけど、一旦離れて首を傾ける。
「私が? あんたと?」
「おう。でっかい渦巻きが来たから、慌てて一緒に樽に入ったじゃねぇか」
たぶん樽漕ぎ対決した話とは違うよね。
えっと、1番新しい記憶は8歳の頃だし。
「ヤバい、8歳の頃から記憶がないかも…」
「なにぃ!? 医者ァー!?」
私がガタガタと青ざめて、ルフィが大口を開けて叫んで、そしてガタンガタンと木箱の1つが音を立てた。
「はじめまして、紅白の髪のお嬢さん、何かお困りごとかい?」
「お前はこの海賊船のやつか?」
金髪男子がナンパしてくる感じで声をかけてきたから、ルフィが私を庇うように立ち塞がった。
すごく大きな背中になって、なんだかカッコよく見えちゃう。身長対決だってずっと私の勝ちだったのに。
「ああん? お前には話しかけてねぇよ」
「まさかお前が助けてくれたのか?」
「て、てめぇら海賊なのか!?」
長い鼻で誰かの面影を感じる男子が、ルフィたちの会話に割り込んできたけど。
3人とも全く話が噛み合ってないね。
同じ船にいるのにまるで今日出会ったみたいに。
「えっと、まずはお互い自己紹介でもしたら?」
「は~い! 俺はサンジって言います!」
女子の私にはずいぶんと素直で、金髪男子のサンジは海上レストランのコックさんなんだって。
「俺ルフィ、こいつはウタだ」
私のことはルフィが紹介してくれたけど。
これじゃルフィの娘みたいじゃない。
「コック? お前海賊じゃないのか?」
「ああ。ったく朝は忙しいってのに」
「ここってルフィの船じゃないの?」
「お、お前らが昨日のことを憶えてないのも無理はないぜ。なんたって、伝説の大クジラに襲われたところを、このキャプテンウソップが救ったからな」
長鼻の男子が船長だったんだ。
ルフィの話とも辻褄が合うね。
「なんだ、そうだったのか。ありがとう!」
「私は泳げないから助かったわ」
「しかし東の海で聞いたことのない海賊だが」
「それは俺がグランドラインの大海賊だからさ! しかも8000人の部下がいる! さらにさらに~ お前ら3人は昨日から俺様の手下になった!」
うっわ、8000人いるとか嘘でしょ。
それだけいたらもっと騒がしいもん。
「すっげー!」
「嘘でしょ」
「嘘だな」
「バレたー!?」
もっとまともな嘘をつきなさいっての。
騙されたことにもルフィったら大笑いじゃん。
しかもギュルル~ってお腹鳴らして、ルフィってば成長しても慌ただしいんだから。かわいいままカッコよくなっちゃうの、結構好きなタイプだからドキドキしちゃうかも。
「えっとマキノいないし、ご飯どうしよ?」
「食い物になりそうな猛獣もカエルもいないしなぁ」
「こ、こいつ、どんな生活を送ってきたんだ」
ルフィってガープさんに無人島サバイバルへ送られた経験があると聞くけど、私はそんなの食べるのイヤだから。
「この事態を解決しようにも、まずは腹ごしらえだな」
そうか、自己紹介でコックって言ってたわね。
船内を散策しようとしていた時、ガチャリと船室の扉を開ける音がして、みんなそっちを向いた。なんだか強い人の気配がしたから、私は思わずルフィの背中に隠れちゃう。
「やっぱり船長さんのところに行っていたのね、歌姫さん」
黒髪で大人の女性が、たぶん私に向かって話しかけてきたのかな。それとオレンジ色の髪の女子がこちらを警戒していて、どちらもルフィとそういう関係ではなさそうで。
なんだかホッとしたかも。
「え、えっと?」
「なるほど。航海士さんだけでなく、あなたたちも記憶を失っているようね」
「「「俺たちも?」」」
つまり6人の中で事態を把握できているのはあの女性だけってことみたい。
「美しいレディーたち、お名前は?
それと今夜ご一緒にディナーはいかが?」
「うわっ、何こいつ……」
「私はロビン、航海士さんはナミという名前よ」
また自己紹介の流れってことで、改めて私やルフィ、サンジやウソップも名乗った。たぶん能力で腕を咲かせたロビンさんに無理やり連れ出されて、トナカイで仲間らしいチョッパーも紹介してくれる。
それと剣士のゾロって人を含めて、たった8人で海賊をやっていたんだって。
「そして私たちは今、ログポースに従ってグランドライン前半の海を航海していたところなの」
「「「ぐ、グランドライン~~!?」」」
私はビックリして、ルフィは目を輝かせて、ウソップは青ざめて、声に出してなくてもナミやサンジも呆然としている。遠くで話を聞いているチョッパーだってブンブンと首を振る。
私は東の海のフーシャ村でお留守番をしていて、ルフィやマキノたちと過ごしていた記憶までしかない。それなのに赤髪海賊団以外で海賊やってて、私が危険なグランドラインにいるなんて。
「なら麦わら帽子のあいつが船長なのか?」
「ええ、そうよ」
海賊旗を見ればそれは一目瞭然だけど。
まさかあの泣きムシが今では船長なんて。
「ならそれはキャプテンウソップの……」
「いや、この帽子は俺が友達から受け取ったんだ。いつか必ず返しに行くって約束した。立派な海賊になって、ウタと一緒に会いに行くってな」
そう言って二カッと私に笑いかけてくるから、頬が熱くなっちゃう。
シャンクスの次には、その麦わら帽子が似合う男になってる。私がずっと手に持っている麦わら帽子を被ったら、まるでルフィとお揃いみたいに見えて恥ずかしいかも。
「ふ、ふん、私にすら勝ててないあんたが追いつけると思わないけどね」
「はっはっはっ! 昔ウタと対決やってたのも懐かしいな」
頭に手を置かれたから、私はぷくーって頬を膨らませる。
「私が憶えている対決では全部勝ってるからね!」
「中身だけ昔のウタに戻ったみたいだな!」
も~、2歳年下のくせに余裕ぶって。
これじゃ、シャンクスたちだけじゃなくルフィからも子ども扱いされているじゃん。
それからはナミが海賊嫌いだと伝えてきたり、私とルフィやロビンさんやチョッパーが能力を見せ合ったり、サンジやウソップが面白いくらいにビックリしていたり、ゾロって海賊狩りの剣士が起きたから再び自己紹介したり。
なんで海賊嫌いと海賊狩りが海賊やってるのよ。でも海賊といってもピースメインって感じだから安心した。
「それでロビンさん、どうして私たちの記憶が?」
「呼び捨てにしてもらってもいいわよ。そして、あなたたちが記憶を失った原因については、分からないと言わざるを得ないわね」
ロビンが航海で起きたエピソードをいくらか話してくれても、まるで他人事のように思えて、私たちは何も思い出せなかった。
サンジがご飯を作ってくれている間に、ナミやゾロは海賊船を離れていっちゃったし、前途多難ってやつなんだけど。