「なに他人の黒歴史を見てんだよコラ」
ドルチェットとコントラスが下水道の秘密基地から見つかった過去の映像を見ていると、現状最も登場シーンが多いアコーディアから待ったがかかった。いつもは朗らかな笑みを浮かべている顔は眉間に皺が寄り、知人には糸目と揶揄される細長い目は不機嫌そうに二柱を見下ろしていた。
「黒歴史?」
「リコードからシャローム絡みでキミタチが捜査してるって言うから様子を見に来たんだけど、こんな羞恥プレイを受けるなんて思ってなかったよ」
「んなこと言っても……普段のお前とそう変わんねえと思うぞ」
「気分の問題。ノイズィーズの一件なんて徹頭徹尾胸糞悪くて仕方なかったんだから。学者としてクールにエレガントに振舞わなきゃいけないのに、感情が先走り過ぎたのさ」
そういうアコーディアは高速で映像を再生し、情報を確認してゆく。学者というだけあって頭は良いというか、情報処理能力は高いのだと二柱は感心した。
「そういやお前のあの闘いはどうなったんだよ」
「何の面白みも無くボクが勝ったさ。殺したことを後悔はしてないけど、仮にもルカの……友達の娘だからね。いい気分じゃない」
「『狩り』ほどじゃないけど、あなたも結構感情的よね、『冬』。仮にも処刑者なんだから、それじゃ身が持たないわよ」
「ご忠告どうも、ドルチェット。あ、これ……」
アコーディアはこの話題を続けるつもりは無いと話を中断した。実際、処刑者としての任務は完遂したのだから文句を言われる筋合いは無いと思っていた。しかし、映像のチェックは変わらず続けていたらしく、アコーディア本人が持参した資料と照らし合わせて納得したように頷く。
「やっぱり。学院で見つけた不審研究室に残されてたのと同じだ」
「ムジカナムの学院でも同じような事が?」
「キミタチと違って既にもぬけの空だったけどね。そこに残されてたものにあった紋章と兵士達の腕章が同じなんだよ」
「じゃあ、やっぱりノイズィーズの奴らが犯人か?」
「もしくはそれを知る立場にある何者か、だね。ボク達の目を逸らすためにわざと残した可能性もあるけど、あの国の記録なんてそれこそ学院の図書室かリコードの頭の中でもない限りほとんど残って無いからね。偽装する意味が薄いし。とりあえず暫定あの国の残党って見てもいいんじゃないかな」
アコーディアが学院から持ってきた証拠物をドルチェットとコントラスに共有する。それと並行してお互いの捜査状況を話すと、お互いに意外な顔をした。
「ていうか、学院ってお前が副学長やってるとこだろ? その真下でこんなことやらせてんのかよ」
「学院自体大きいからね。学者達が魔法で空間拡げて研究室にしちゃうからボクだって全部は把握してないし、深部はもう迷宮と言っても過言じゃない。一応危険だからいくつかは立ち入り禁止にはしてるんだけどね」
アコーディア曰く、学院という施設の歴史は古く、それこそノイズィーズが建国する前から存在していたらしい。彼女が就職するより前の学院の深部など、危険地帯と変わらないと語った。
「わざわざ藪をつついて蛇を出したくないしね。前提として何らかの脅威がいるとも限らないわけで。ボクだって暇じゃないんだから入り込んだりしないよ。それより何? リュトに新しい女ができて、その子がシャロームに狙われてるってどういう状況さ」
「それだけじゃねえぜ。ざっと見た感じ、どうにも『歌』の死神と魂が混ざってるらしい」
「へえ……珍しいね。この世界で〝有り得ない〟を前提に考えない方が良いのは知ってるけど、ボクも見たこと無いや。うーん……ちょっと会いに行ってみようかな」
「ふーん。別に良いけど、『狩り』に噛みつかれないようにね」
「君らほど無神経じゃないよ。と言いたいけど、リュトは気難しいからなあ」
アコーディアは頭を捻りながらリュトが今住んでいるという場所に向かった。
「Laf sile ea darideor. Laf sile ea eyelif ro hesdrith.(私は路地裏に憩う。私は暖炉の前で眠る)」
ヴィオラは自分の部屋で詠唱の歌を歌っていた。動機は可愛らしいもので、自分から距離を取りたがるリュトに近づき、驚かせようというものである。術者の気持ちに呼応してか、リズムも少し跳ねるようなものだ。
「Biteot, rutvyke, fastylu……Laf oldvise.(黒く、小さく、素早い……私はそれを模倣する)」
本当はもう少し短い詠唱でも可能なのだが、戦闘中でもない現在、それほど効率を重視しなくても良いだろう。
ヴィオラはそう思いながら詠唱を完了し、次の瞬間には黒猫の姿になっていた。旅の最中に何度も世話になった魔法で、他にも蝙蝠や蜘蛛などバリエーションがある。主に人間が通れない悪路を通る時や敵から逃げる時に重宝する。
猫になったヴィオラは自室の窓から一度外に出て、窓の縁を渡り歩きながらリュトを探した。そして、一階の窓に降り立つと何やら来客の相手をしているリュトとリコードを見つけた。
「今度は『冬』か。途端に旧知の奴らによく会うようになったな」
「露骨に嫌そうな顔しないでよ。ボク、キミタチに何か嫌われるような事したっけ?」
「私は面倒ごとの気配を察知しただけよ」
「あーはいはい。そういう奴だったね。リコードは」
二人が見せた渋面に来客ことアコーディアは呆れたような顔を見せる。タウファクトに来てから、死神が嫌いな人間には殆ど会わなかったが、肝心の死神から嫌な顔をされると溜息を吐きたくなる。
「で、用件は?」
「その前に、ヴィオラちゃんとやらは? 一応彼女も聞いておいた方が良い事だと思うのだけど」
アコーディアがヴィオラの居場所を尋ね、リュトが自室だと答えようとした時、ドアからヴィオラが入ってきた。
「随分とタイミングが良いね」
「聞いてましたから。そこの窓から。まあ、リュトさんにはバレてたでしょうけれど」
「謎に猫がいるなと思って見てみたら、ヴィオラの魂だった」
「これで驚かすのは無理そうですね」
「何をやっているんだ……いや、猫になれる時点で少し驚いたけどな」
「蝙蝠や蜘蛛にもなれますよ」
「足元の蜘蛛には気を付ける……」
「猫の手も借りたいときには言ってくださいな。手が八本ある生き物になります」
「八本あるのは足だろ」
ヴィオラはリュトといつものやり取りをしながら隣に座る。
「狭いわ」
「なんでテメエは俺の隣に座ってやがる」
「一応ここの住人だもの」
「どうして君達は仲が悪いのにいつも一緒にいるんだい」
仲が良いのか悪いのか分からないリュトとリコードの不思議な関係にアコーディアは以前から疑問を持っているが、依然として要領を得ない答えしか返ってこないため、もはやそういうものと受け入れつつある。
「まあ、いいや。本題を話そう。キミタチ、ムジカナムに来ない?」
ムジカナムとは学問の都として知られる街だ。アコーディアの属する学院という教育研究機関もそこに存在している。
「ほう? そりゃどんな風の吹き回しだ?」
「別にヴィオラちゃんを研究対象にしようって腹積もりは無いよ。興味深いのは事実だけどね。でも、今のままだと前進も後退もできないだろ。学院なら資料も施設もある。ボクの権限で滞在も閲覧も出来るしね。〝音楽で溢れる街〟だっけ? もしかしたら、見つかるかもよ」
以前、リュトがアリアと訪れた時は資料を閲覧できなかった。しかし、アコーディアが副学長を担っている今ならそれが可能かもしれないと彼女は言う。
「随分と太っ腹だな」
「まあ、こっちにも事情が有ってね。ヴィオラちゃんを狙ってる組織は学院でも悪さをしている。言葉を選ばずに言うとヴィオラちゃんを餌にしようとしてるってことだよ」
「なるほど。数々の特権と引き換えに、ヴィオラを差し出せと」
「言っちゃなんだけど、学院の方が情報を集めるには効率良いよ? リュトだって早期解決は望むところだろ? 仮にヴィオラちゃんがかどわかされても自力で出てきそうだし」
「よっぽど厳重にやられない限りは……縄とか鎖なら出られるというか、出てきました」
「経験済みなのかよ」
「まずもって捕まるんじゃねえ。やっぱり外に出さない方がいいんじゃ……」
「過・保・護」
「うるせえよ『昨日』」
実際、ヴィオラは何度か捕まった事があるらしい。拘束されるのは縄だったり金属の鎖だったり魔力封じの枷だったりしたというが。
「魔力封じの枷!? どうやって出てきたのさ」
「魔法は封じられても酸には弱かったみたいですね」
「そう言えば色々薬品隠し持ってたわね、アンタ……」
荷物検査はされなかったのか、されてもわからない場所に隠していたのか。いずれにせよ、魔力封じの枷は『ヴィオラ特製強酸性薬』に敗北したらしい。無論、魔力封じの枷はそれなりに頑丈である。多少有害物質がかかってもびくともしないくらいには。
「きみ、それ絶対外で言わないでね?」
「あ、はい……」
ヴィオラはキョトンとした顔をしている。この辺りはまだまだ世間知らずのようだ。
「ヴィオラちゃんを連れて行きたい理由がまた一つ増えたな……薬品業界に革命が走りそうだよ。魔女に継承される類の情報かな? いずれにせよ、それならなおさら来た方が良いな。ボクの所に、学院にいるなら、かなりの数の襲撃者を減らせるはずだ」
「ああ、要塞みたいになってるものね、もはや。私だって迷うし。『冬』の研究室に辿り着くのすら難しいわ」
「私は構わないですよ。リュトさんがついてきてくれるなら」
三人からそう言われ、リュトは少し考えて頷いた。
本当はもう少しノイズィーズの話やアリアの過去を書く予定だったのですが、長引いてもあれなので一度切りました。設定が消失したわけではないのでまた別の機会に書くかもしれませんが。