魔女と死神   作:三文小説家

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 少し物語が動きます。


旅立ち

 話し合った日の三日後、リュト、リコード、ヴィオラ、アコーディアの四人はタウファクトの外の分かれ道で休憩していた。全員旅慣れているので準備にはそれほどかからなかったのだが、アコーディアがドルチェットやコントラスに資料を引き渡したり、ちょっとした組合(ギルド)への根回しなどそれなりにやる事があったのだ。

 

 なお、リュトの住んでいた家の家主のサクスは旅立つ際に「10年に一度くらいは顔を出せ」と言い含めた。なるほど、死神や魔女といった長命種の性質をよく分かっている。また、リュトの知り合いであればドルチェット以外は歓迎するとも言っていた。

 

「何したんだよ『墜落』……」

 

 リュトは多少気になったが、聞かない事にした。アコーディアも言っていたが、藪蛇は御免である。まあ、ドルチェットは人間世界における非合法組織の長である以上、言うのがはばかられる事も山ほどあるだろう。『月』の命令とはいえ、本人も「向いている」と言っているため、性格的に嫌われる要素もあるのだろうとも思った。

 

「んで、ムジカナムってどっち方面だっけか。ずいぶん昔に行ったきりだから覚えてねえ」

「だろうね。というか、リュトが来なくなってから道も変わってるよ。アリアちゃんと一緒に来て、目的の物が無いって分かった瞬間に出てったけどね」

「『狩り』らしいわね。その薄情さ」

「本当だよもー。出て行くまで学院で二人のイチャイチャを見せつけられるしさあ」

「アコーディアさん目が死んでる……」

「独り身にはつらかった」

 

 アコーディアが男運に恵まれない、というのは処刑者達を始めとする知人には周知の事実だった。最初は黙っていなくなり、二人目は「好きな人ができました」というアコーディアの学者としての頭脳を以てしても理解できない文字列を残して消えた。一時期あらゆる資料を読んで何かしらの暗号化と解読に躍起になっていた彼女をリコードやドルチェットが慰めたこともある。

 

 そして、長き生において付き合った男が軒並み難在りな性格だったのである。流石にそんなことが繰り返されれば恋愛そのものに諦めもつくが、死神の中で数少ない恋の話に乗れる人物でもあるのが複雑である。

 

「最近は『花』と『蝶』もそんな雰囲気だものね」

「らしいね。ドルチェットから聞いたよ。あの二人って恋愛に興味無さそうだったから安心してみてられたのにさ。ケッ。その点、リコードは本当に安心して見れるよ」

「惚れた腫れたに興味ないもの、私。まあ、よくナンパはされるけど」

「どうせボクはモテないよ!」

「あの……そろそろ目的地の話をしませんか。どんどんアコーディアさんがやさぐれて……」

「そういえばヴィオラちゃんも恋愛事には一家言あったよね……」

「成就してませんから! 誰かさんがずっと無視してますから!」

「よし、話を変えるぞ。誰も幸せにならねえ」

 

 リュトが有無を言わさず話を軌道修正する。四人はまずムジカナムに向かう前に近くに発生した魔界を消すことにしていた。元々人が寄り付かない森に発生した魔界であり、放置された結果育ってしまったらしい。組合(ギルド)への根回しというのはこれの件で、後始末は完全に任せる形になる。

 

「まあ、魔界の主の討伐自体は処刑者が三人もいるんだからどうにかなるとは思うんだけどね」

「言われてみれば凄い光景ですね……」

「僕達だって普通に生活してるし、つるんだりするからね。レクイエムとかラプソディとかは分からないけど。まああと人目につかないのはノクターニアとかドミナントかな。それ以外は人里でも見ると思うよ」

「確かに『夜』とか『王』とかは滅多に拠点から出ないわな。『黒』と『青』は……『月』のところじゃねえの?」

「え? そうなの?」

「ああ、そう言えば、一時期から『月』から『話し相手になれ』って連絡来なくなったわね。あの二人が行ってるってことね」

「そういうこった。俺もアリアと付き合い出してから顔を出さなくなったが、代わりにアイツ等が行ってる。暇だったらしいしな」

 

 『月』の死神はその名の通り月にいる。歩くだけで世界が壊れてしまうほどの力を持つ『月』の死神は地上に降りる事が出来ない。だからこそ別の天体である月にいるのだが、寂しいのだろう、部下である処刑者を月に招待して宴会を開くことがある。

 

「時間があったら顔を出すかねえ」

「気のいい奴だよね。『月』は」

「…………」

「どうしたんですか? リコードさん」

「別に、何でもないわ」

 

 「気のいい奴だ」とアコーディアが言ったとき、リコードが溜息を吐いたのをヴィオラが目撃したが、本人はどうでもいいと流してしまった。

 

「それにしても変な空間ね。森の中に炎みたいな結晶があるわ」

「結晶化した炎だの魔法だのってのは珍しくはないよ。それこそ研究室とかじゃよく見るしね。ただ、自然発生したのか魔界の産物かで話は変わってくるな」

 

 森に入ると、炎のような結晶体がそこかしこに点在していた。魔力の流れが豊富な場所だとこのように結晶化する事例もある。今回は状況的に見て、魔界となって魔力が増え、結晶化したと見た方が良いだろう。

 

「なんだか……悲しい感じ」

「どうした? ヴィオラ」

「聞こえてくる旋律が、悲しい響きがするんです。まるで、何かを切望するような……暖かい、夢のような……」

 

 ヴィオラが何かを聞き取り、それを伝えるとアコーディアが少し耳を動かした。

 

「ふむ、特に何も聞こえないけどねえ……」

「気のせいと言われればそうかもしれませんけど。そもそも、仄かに暖かい感じがするだけで、それが何かは分からないんですけどね」

「物理的に何かがあるわけではないのか……?」

 

 ヴィオラが聞こえる旋律の正体をアコーディアが考察する中で、ヴィオラは何かを感じるものの、その正体が理解できない事に悲しそうな顔をするヴィオラ。虚無が肌を撫でる。その感情の正体を、ヴィオラは知らないのだ。

 

「まあいいや。いずれにせよ、ここに魔界が生まれてるって事は、何かしらの歪みが有るのは間違いないのだからね。特異現象の一つや二つ、起きたっておかしくない」

「ただ、ヴィオラはここまでその〝旋律〟とやらを頼りに旅をしてきたらしい。多少は当てになるかもな」

 

 アコーディアは「ふーん」と言ったきり特に反応を返す事は無かった。考えても分からない事は考えない主義なんだよね、と以前に彼女が言っていた事をリュトは思い出す。今回はその類の話題ということだろう。

 

「? 何か上から来ます!」

 

 と、ヴィオラが突然上を見て何かの飛来を知らせる。リュトやアコーディアもそれを感じ取って上を見ると、飛来したのは彼等の見知った顔だった。

 

「おや珍しい。グラスハじゃないか」

「えっと……お知り合いですか?」

「グラスハ。『蝶』の死神だ」

 

 「俺らと同じ処刑者でもある」とリュトが続けた。その死神は黒いボブカットの髪に、同じく黒のアフタヌーンドレスという容姿で、何より特徴的なのはその右眼だった。そこには眼球ではなくそれを覆い隠す大きさの蝶が代わりに存在しているのだ。そして、腰には蝶の翅が付いており、花が装飾された日傘をさしている。

 

 降り立って、蝶の死神は口を開いた。

 

「……久しぶり。飛んでたら固まってるのが見えたから降りてきた」

「確かに久しぶりだな。お互いに相手が出来てから会う事も無かった」

 

 グラスハには恋人がいたはずだが、今回は彼女一人のようである。

 

「そういえばコトノサクヤは? キミタチはいつも二人一緒だった気がするけど」

「……ちょうど彼に逢いに行こうと思っていた所。そしたらこの森から出られなくなった」

「ああ、なるほど。ここ魔界だからね」

「魔界……? 道理で」

 

 どうやら蝶の死神は魔界だと知らずに迷い込んでしまったらしい。大方、空を飛んでいたら境界に気付かずに入り込んでしまったのだろうとリュトが言うと、グラスハは静かに頷いた。

 

「私は早く彼の所に行きたい。だから手伝う」

「了解。正直今でもかなり過剰戦力だけど、手伝ってくれるならありがたいね」

「良いじゃない。暇な奴は休んでればいいのよ。私とか」

「へいへい。テメエには(はな)から期待してねえよ」

 

 「働け」と言うのも莫迦らしくなったのか、リュトはリコードの言葉に投げやりに返す。仲が悪いにもかかわらずよく一緒にいるのはこの辺りの距離感が分かっているからかもしれない。

 

 そして歩き回ること数分。

 

「ねえ、一つ言ってもいいかしら」

「良くない」

「迷ってるよな」

 

 リュトの指摘にアコーディアが渋い顔をする。五人は見事なまでに迷っていた。

 

「処刑者四人いて苦戦するのも珍しいね……」

「魔界の主の戦闘力自体はそれほどでもないだろうが、能力が厄介だ。〝狩人ノ探索〟を以てしてここまで迷わされるとはな」

 

 〝狩人ノ探索〟とは『狩り』の死神であるリュトの技である。簡単に言えば森や遺跡などの道順や構造が分かるという技だ。しかし、全てが見えるというわけではなく、ある程度は経験と確率論に頼らなければならないが。ヴィオラやザイロフの探知にも言える事だが、あまり過信することなかれ。

 

「……ただ、突破口はある」

「そうだね。魔力の流れがおかしいところがある。ヴィオラちゃんも同じところが気になってるみたいだし」

「魔力か……〝狩人ノ探索〟はあくまで物理的な事象に限定されるからな。そもそも魔界と相性が悪いと言われればそれまでだが」

「ということは、今回『狩り』は役立たずかしらね」

 

 リコードが発した評価にもリュトは肩を竦めるだけで何も言わなかった。この程度はいつもの事である。ヴィオラが少し眉をひそめたが、本人が気にしていない以上は言っても仕方が無い。

 

「いや、そんな事は無いよ。〝狩人ノ探索〟がいくら魔界において不利だからって、死神としての力は普通以上に持ってるじゃないか」

「了解、だいたい察した」

「話が早くて助かるね」

 

 リュトがアコーディアとヴィオラの指定した場所に大鎌を振り下ろすと、代わり映えのしない景色が砕け、新たな道が現れた。

 

「なんて脳筋な解決方法……」

「こうでもしないと森の中で羊を五百匹は数える羽目になる」

「でも、周りへの影響が……とか言ってませんでした?」

「時と場合による。それに、今回は市街地じゃなくて人の寄り付かない森だからな。多少の荒技は勘弁してくれ」

「まあ、最悪ボク達で何とか出来るからね。効率よくいこう」

 

 人間には分からないレベルの匙加減が死神なりにあるのだろう。特に、処刑者ともなれば死神の中でも古株なわけで、素人であるヴィオラが口を挟むべきではないだろう。

 

 ただ、ヴィオラが気になっているのは死神達の意外と脳筋な解決方法もそうだが、新たな道が現れたと同時に、悲しみの気配もより濃密になったことだった。

 




 グラスハは顔見せ程度の登場なので、あまり本格的には関わって来ません(あまり喋らないキャラなのもありますが)。正直入れるかどうかすら迷っていましたが、気が付いたら登場していました。
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