リュト達は森の中を進んでいく。
(さっきはああ言ったけど……なんだか悲しみの音が強くなってる気がする……)
その中でヴィオラは、森の深部に行くにつれて悲しい音が強まっていることが気になっていた。過去再生で閲覧したマッチ売りの少女は間違いなく幸せそうであった。にもかかわらず、何故聞こえてくる音は悲しみなのか。
「……その音の正体はそのうち分かる。あの魔女が与えた幸せとやらの正体がな」
ヴィオラは納得がいかないというよりは、純粋に分からないのだ。幻影とは言え、少女は望むものを手に入れたはずである。幻影は幻影と観測されなければ幻影ではない。ならばそれは、紛れもなく現実ではないのか。
そんなことを悶々と考えるヴィオラだったが、死神の一行は目的の場所に着いた。
そこにいたのはフードを被った少女のような魔物。右手に燃える剣のような武器――よく見ればマッチであった――を持ち、じっとリュト達を見つめる。
「キラキラ……キレイ……」
少女はリュト達に手を伸ばす。だが、その手は永遠に届かない。彼女が見ているのはリュト達ではないからだ。今もなお、幻影の食事を貪り、幻影の団欒を享受している。
その様は、あまりにも滑稽で、悲しい光景だった。
「分かるか? ヴィオラ。現実には何も手に入らず、飢えも満たされず、暖を取る事も出来ない。そして、幻影に導かれるがままに飢えと寒さの中で、生かされ続ける」
「それが、あの子が手に入れた幸せ……?」
「或いは、本人は幸せなのかも知れねえ。だが、目の前に有るのに満たされることの無い欲望ってのも、どうなんだろうな」
「…………」
ヴィオラは黙ってしまった。リュトはそれを特に咎めはしない。そう簡単に答えが出るような問題ではないだろうことは、リュトにも分かるからだ。しかし、現実の時は止まる事は無い。
マッチで斬りかかって来る少女に、グラスハが蝶の形をした魔弾を放つ。
「……いずれにせよ、世界の秩序と言う側面からも、私達はアレを討伐しなきゃならない。決心が付いたら参加して」
炎のようにユラリと斬りかかって来る少女に、グラスハはつむじ風で応戦する。その後隙にリコードが斬りかかり、リュトが銃撃する。少女は地面に火を放つが、アコーディアの吹雪でかき消される。
「あぶねえ……」
少女はマッチで刺突攻撃を仕掛けてくるが、リュトが鎌で防ぐ。すかさず銃で反撃し、距離を取らせる。しかし、少女はマッチから迸る火の粉を繰り出してきた。
「戦闘能力は低いんじゃなかったっけ?」
「……思ったより強いことは認める」
リュトは鎌を振って火の粉をかき消しながら、距離を詰めて少女に斬りかかる。少女も回転するようにリュトに斬りかかるが、リュトは一、二発目は回避して三発目を弾き返した。その際にリコードが写真機で空中にナイフを投影し、少女に降り注がせる。少女は炎の竜巻を起こし、ナイフを散らすがアコーディアの吹雪には敵わない。
「警戒してるほどは強くないわね」
「……でも周囲に魔物が湧いてきた。それに、森に延焼してる」
「その辺の対処は私が!」
「……私もやる。風は、炎を消せるから」
ヴィオラとグラスハはフォーゴットやオブリヴィオンの掃討、そして森の火消しに掛かった。
グラスハは風で炎を消し、ヴィオラは魔物達の対処に専念する。ヴィオラは魔力の剣を振るオブリヴィオンの手にナイフを投げ、攻撃を妨害し、その隙に詠唱して水属性の魔法攻撃を加える。ヴィオラが展開したのは水の刃を撃ち出す魔法であり、魔物への範囲攻撃兼消火の役割も果たしている。
更にフォーゴットが魔弾を放つが、先陣を切る魔弾をナイフで相殺しつつ、
「Ahbrach freitz, guiza ro uiteoth ahgizel luf.」
と、詠唱して土の壁で魔弾を防ぐ。更に壁の向こうから爆発性の薬品を投げつける。改めて言うが、爆発するだけであり炎上の効果はない。
このように、ヴィオラにとってナイフや薬品は魔法と並んで旅に欠かせない武器の一つである。魔法は詠唱の必要が有るために隙を作りやすいし、万一無効化された時もナイフや薬品があれば戦える。魔法を無効化したと思ったら、毒ナイフと催涙薬が飛んできた時の盗賊達には少し同情した方が良いかもしれない……
閑話休題
ヴィオラの心境として、迷いを持つ自分が少女を倒すのは違うと思ったし、死神達の邪魔になってしまう。そう判断したヴィオラだが、それによって死神達が少女に集中することができるようになった。
少女は大きな炎の弾を作り出し、リュト達に放り投げる。嫌な予感がしたリュト達は咄嗟に回避した。
————ドッ!
その予感は的中し、炎は大きく爆発した。
「ねえ、もしかしなくても……」
「ああ、強くなってやがる。早めに決着付けるぞ」
「だね。温もりを奪うのは気が引けるけど、氷の棺で眠らせてあげるよ」
アコーディアが氷の飛刃を飛ばす。リコードがその合間を縫って細剣で少女に攻撃を加えた。少女はマッチの剣でそれを受け、二撃三撃と撃ち合う。
「!!」
少女が炎を放ち、リコードは宙返りして回避する。その下をリュトが矢をくぐらせて攻撃する。更に背後からアコーディアが人間大の氷塊を飛ばす。
「リコード、交代!」
地面を凍らせてスケートのように少女に近寄るアコーディア。リコードは言われた通りに退き、前衛を譲った。
「思った通り、再生してるね。なんて深刻な呪いだ……これはちょっと、本気を出した方が良さそうかな」
「やり過ぎんなよ」
リュトの忠告を後ろに聞きながら、アコーディアは氷の双剣で少女に連続攻撃を仕掛ける。少女は目から炎を撃ち出してくるが、間一髪氷の壁で相殺する。
「隙だらけだぜ?」
リュトが地面に手をつくと、地面から大鎌の刃のようなものが幾つも生え、少女を取り囲むように迫る。それもアコーディアはしっかりと避けた上で。少女は幾つもの傷を負うが、すぐさま再生……しなかった。
「君の再生能力は封じさせてもらったよ」
アコーディアが手を氷に包みながら宣告する。アコーディアの言う本気とは、権能を一時開放するということ。その権能とは、生命の停止。死神にある程度共通する権能だが、アコーディアの場合はそれが氷として表れる。一歩間違えれば辺り一帯が不毛の凍土と化してしまう危険な能力でもあるが、そこは処刑者。上手く対象を調整している。
「行き過ぎた悲しみは笑い、行き過ぎた喜びは
少女は炎を飛ばしてくるが、リュトはそれを大鎌で全て叩き消す。そして、少女を優しく地面に倒すと、大鎌を首に回して、刈り取った。
「痛みは感じなかったはずだ。それまでは苦痛だけが、お前の忠実なる友だったんだろう。その苦痛がお前に幻影を作り出し、束の間の安らぎを与えた。だが、お前は死を以て引き延ばされた生の苦痛から解放された。死者よ、ゆっくり眠れ……」
リュトがそう締めくくり、魔界は消滅した。この事件はこれを以て、解決された事になる。
「………」
ヴィオラはその光景を見ていて、納得できるような出来ないような、複雑な感情を覚えた。確かに、少女は幸福の幻影という名の苦痛に喘いでいた。しかし、それもまた幸福なのではないかと言う思考が頭から離れない。幸福とは何か、苦痛とは何なのだろうか。どちらにせよ討伐しなければならなかった事は分かっているが、少女は果たして解放されて良かったのだろうか。
悩むヴィオラに、リュトが近づく。
「今すぐに納得しろとは言わねえ。だが、少なくとも死神の価値観で言えば、あの子は死ぬべきだった」
リュトとて、この価値観に疑問を持ったことが無いわけではない。アリアが死んだとき、必死に蘇生ないし延命の理論を組み立てた事だってある。あの時は延命を望む人間の気持ちが分かった気がした。
偽善だ、独り善がりだと自分の中で叫ぶ心もある。
だが、やはり生命は歪められることなく死すべきなのだ。
アリアの死を以てしてもなお、いや、アリアの死を以てリュトのその価値観はより強固になった。それが人間と相容れないものだとしても、死神として死が歪められるのを見過ごすわけにはいかない。
それはリュト達がどうしようもなく、死神であるということだった。