リュトは歩いていた商店街を駆け抜け、歌声の源に辿り着く。
そこには子供の膝の怪我を治す歌う魔女がいた。一目で魔女と分かったのは、彼女がいかにもな服装をしていたからである。聖職者のものでは無いローブに、遠目からでも目立つ三角帽子。狩人が銃やら弓やらを持つのと同じように、魔女が持っている標準装備だ。
〝魔女〟とは『魔女の里』と呼ばれる所在地不明の場所に集まる魔法使いの集団だ。魔『女』という名前だが、普通に男性もいる。彼女らの持つ知識や魔法の技術は他とは一線を画すものもあり、一部の学者や知識人は血眼になって探しているという。更に、人間と殆ど変わらない身体構造をしていながら、人間を遥かに上回る寿命を持つ彼女ら自身に知識欲や経済価値を見出し、非人道的な手段を取る人間も少なからず存在する。
要するに、歩く厄物。彼女ら自身に罪は無いが、扱いが厄介な奴らなのである。里を出た魔女はその辺の事情を多少なりとも把握しているので、一見しても魔女とは分からない格好をしているものなのだが……
(攫って下さいって言ってるようなもんじゃねえか……それに)
リュトは既知の情報には存在しなかった、ただでさえ扱いに困る魔女に〝ある特徴〟を見つけていた。いよいよ野放しにするわけにはいかなくなった彼は、魔女に一声かけようと近づくと、それより先に彼女に近づく男達がいた。
「綺麗な歌声だねえ。お嬢ちゃん」
「え? あ、はい、ありがとうございます」
「こき使うようで悪いんだけどさあ、俺等にも怪我しちまった奴がいてさあ。治してほしいんだけど」
「えっと、どなたでしょうか?」
「ここにはいねえんだわ。だからちょっとついてきて欲しいんだよねえ」
「え? あの、あんまり重症だと治せませんから、まずは怪我の程度を……」
魔女の外見年齢は十代後半程度だ。そんな相手に口答えされるのが我慢ならないのか、いきなり魔女の手首を掴む。
「うるせえ! いいから来いよ!」
「きゃっ!? ちょっと、離してください!」
リュトは溜息を吐きながらその光景に割って入る。普通の男子なら女の子を助ける――的な状況に何かしら感じるのだろうが、リュトとしては似たような事をいつもやっているし、半ば予想していたので高揚感も何も無い。
「はいストップ。怪我が酷いなら治療院にでも放り込んどきな」
「ああ? なんだお前!」
リュトは目の前の、朝っぱらから道のど真ん中で人攫いを実行しようとするオツムの弱そうな男達を見る。情報屋の仕事で関わりそうな裏組織の人間のリストに入っていない事はさっき確認済みだ。
そもそもそういう手合いならもっと慎重にやる。
「探しモンしてたら巡査の真似事する羽目になった死神だよ。一から十まで狩りに向いてねえ男共」
一字一句嘘は言っていない。死神と名乗ったのも、この世界では割と一般に周知された存在だからである。しかし相手がそれを信じるかどうかは別の話だ。
「死神~? 嘘吐くならもっとマシな嘘つけよ」
「そうそう、あんなの眉唾だろ」
男達はゲラゲラと笑う。どうやら死神の存在を信じていないタイプの人間らしい。まあ、リュトにとってはどうでも良い事だったが。
「それじゃあ、ちょーっと社会勉強しましょうかぁ」
「そうそう、軽薄な正義感に身を任せるとどうなるかって事を、身を以てお勉強しなァ!」
「逃げて……逃げて下さい!」
男の拳が振り上げられ、魔女が逃走を促す。男達は勝利を疑わず、魔女の少女はリュトが殴り倒される姿を幻視した。しかし、
「な、なんだ…?」
「身体が、動かねえ!?」
男達は殴りかかる寸前で、まるで固定されたように動きを止められていた。よくよく見ると、細い透明な糸に絡まれている事が分かる。
「いきなり呼び出して悪かったな」
「いーよー。ここ最近、暇だったし」
「仕事しろよ給料泥棒」
「無い仕事はできませーん」
気軽に話すリュトと何者か。拘束された男達が唯一動く首で声がした方向を見ると、
「やっほー」
民家の屋根の上に異形がいた。おおまかなシルエットは人間の女だが、下半身が異常である。約六本の脚が生えており、屋根を掴んでいるモノ以外はワシャワシャと蠢いていた。糸を操っていると思われる二本の腕の間にある顔は、一見すると人間のものだが、笑うと口が耳元まで裂け、眼は瞳が四つもある。
「な、なんだよ! 放せよ!」
「化け物!」
男達は理解不能な存在に悲鳴を上げる。この世界は人間や魔女の他にも獣人や有翼人種などがいるが、自分達の知るどれとも合致しない特徴を持つ存在に、男達は本気で恐怖していた。
「化け物って酷い言い草だなー。私は『蜘蛛』の死神だよ」
「し、死神なんて」
「いるわけないって? まあそう思うのは勝手だけど、君達が信じようと信じまいと、現実に私は存在してるんだ。あ、助けを呼んでも無駄だよ。この街の住人は私の事なんて見慣れちゃってるからねー」
『蜘蛛』の死神は小蜘蛛を出して男達を縛り上げ、小脇に抱える。彼女はある意味ではこの街の主と言ってもいい。普段は保安官のような仕事をし、給料というか供物を貰っているが、彼女にとってはそんなものなどどうでもいい。
彼女はただ巣であるタウファクトの街を荒らされるのが嫌いなのである。蜘蛛が幾何学模様で巣を作るように、彼女は健全な街を編む。壊されれば修復するし、獲物が留まっていれば捕まえる。流石に喰いはしないが、見逃す事は無い。
『蜘蛛』の死神が街を自分の所有物だと思っているかまではリュトにも分からない。しかし住人が増えれば新たに街を編むこともあるため、人が増える事自体は歓迎しているのだろう。因みに『蜘蛛』が死んだときは小蜘蛛が母親を食べ、代替わりする。彼女が何代目なのかは不明だが。おそらく本人も数えていない。
あの男達は比較的新顔で、この街の実態を知らなかったのだろう。自分達の住む街が、実は『蜘蛛』の死神の巣だったと分かった時にはどんな顔をするのか。
そんな事を考えながらリュトは魔女の少女に向き合う。先程『蜘蛛』は「魔女ちゃんは君に任せるよー」と言って去っていった。街の住人は平常運転である。『蜘蛛』を気にする人間はいない。
リュトは自分が助けた……というには少々微妙な少女に向き合う。この魔女の実年齢は知らないが、死神の自分からすれば皆子供みたいなものである。
「あ、あの……助けてくれてありがとうございました」
暫くして魔女のほうから口を開く。リュトは彼女の顔を見て分かり切っていた結論を出す。
「彼女はアリアではない」と。
声や顔の作り、髪の色などの特徴見られるが、態度や性格なんかは明るく他人を振り回す彼女とは正反対だ。それでも彼女に惹かれる部分があるのは、彼女が〝混ざっている〟からだろう。
「どういたしまして。助けたのは『蜘蛛』だけどな」
「で、でも、あの死神さんを呼んでくれたのは貴方です!」
「お、おう、まあ、じゃあ、受け取っとく」
前言撤回、性格も押しが強いという意味では似ているかもしれない、と思うリュト。
(いやいや、何考察してんだ俺。失礼にも程があんだろ)
リュトは自分の思考を悟られまいとしながら、魔女に忠告することにした。この調子でトラブルを撒かれたら自分も『蜘蛛』もデスマーチである事は明白だ。
「とりあえず、その服装はどうにかしろ。嫌な言い方をするが、魔女は希少価値が高いから人攫いが頻繁に現れる。さっきみたいなボンクラならともかく、その手の達人だったら相手にするのが面倒だ」
「あぅ……ごめんなさい。死神さん」
「……随分とあっさり信じるんだな。俺は人間にそっくりな外見してるが」
「私、分かるんです。死神さんがいれば」
やっぱりな、と思うリュト。彼女は『歌』の死神と〝混ざっている〟。細胞移植とかそういう話ではなく、魂が混ざっているのである。
この世界の魂は、いわば情報版DNAとでも言おうか。生命体を定義する情報のようなもので、どの生命体にも個別に存在するものだ。通常の生物には特殊な魔法でも使わない限り観測できないが、死神にはある程度観測できる。
だから、リュトは魔女に『歌』の死神が混ざっている事も判別できたし、死神の魂を持っている魔女にもリュトが死神だと分かった。
彼女がアリアに似ているのも、アリアが司っていた『歌』の死神が混ざっているからだろう。今もリュトは目の前の魔女を嘗ての恋人に重ねないように必死だった。
「まあ、死神だって分かってんなら話は早い。俺はリュト。アンタ、名前は?」
「な、名前は、ヴィオラ、です」
「そうか。で、アンタはこの街に何しに来たんだ? ただ通っただけっていうなら宿くらい紹介するし、移住者なら空き家を紹介する。『蜘蛛』に家を作らせたっていい」
頼めばやってくれるだろうとは思う。後で何かしら食べ物を要求されることもあるが、その辺はサクスに丸投げする。しかし少女はどちらでもないという。
「私は……『音楽で溢れる街』を探してるんです」
ようやくタイトル回収ですね。なんか文章構成能力が急に下がった感じがする。というかいつにも増して短いな……まあ、それなりの情報量だから許してください。また書き直すかも
タウファクト:別名『蜘蛛嫌い発狂の街』。外見は普通の、いわゆるナーロッパ? という感じだが、正体は『蜘蛛』に編まれた巣だったという……因みに割と死神が集まっている街でもある。
『蜘蛛』の死神:タウファクトの保安、建築担当。主な仕事は建築分野で、保安に関しては別の奴が担う事も。