魔界の主『アムネシア』は人間界の町における広場にあたる場所に鎮座していた。魔物の例に漏れず石膏のような白い肌をしており、飛行能力を持つ花弁の中央に女性の彫像のような本体が存在している。
「どっちから行く?」
「んじゃレディーファーストで」
「チッ」
短いやり取りの後、剣を構えたリコードが先制攻撃を仕掛ける。だが、アムネシアも動かない彫像ではなく、花弁から複数の光弾を飛ばしてきた。
「露払いはしてやるよ」
しかし、その光弾はリュトの銃撃により撃ち落とされる。障害が無くなったリコードはそのまま剣で斬撃を仕掛け、アムネシアの反撃が来る前に離脱した。アムネシアはその場で回転するように飛び、花を害する虫を近づけない。その姿はさながら妖精のようであった。
「撃ち落としてやるよ」
リュトは銃を組み合わせて弓の形に戻すと、盾のように本体を守る花弁の隙間を縫うように矢を放つ。一瞬だけアムネシアの動きが止まり、更に畳みかけるようにリコードが死神としての権能を使い時間を止める。現実の時間にして1秒も無い期間の停止だが、処刑者相手にそれ程の時間があれば十分だ。
リコードは長剣の他に細剣を取り出し斬撃と刺突を織り交ぜてアムネシアに連撃を仕掛ける。やがて時間停止の効果が切れる。あまりに長く展開すると、新たな歪みを生み出しかねない。『時を操る』というリコードの権能は諸刃の剣なのだ。
怒涛の連撃に叫び声を上げたアムネシアは周囲に霧状の花粉を撒き散らした。リコードが慌てて飛びずさり、リュト達に合流する。
「マズいわ。あの花粉、幻覚作用がある」
「どうした? 俺の死体でも見えたか?」
「そこまで具体的じゃないわ。全体的に景色が霞んで見えるって感じかしら。……これ幻覚作用に入るわよね?」
「あの、私の薬に気付け薬が……」
ヴィオラが自分の鞄を漁って一つの瓶を取り出す。おそらく魔法薬の類であろうそれをリコードに嗅がせると、彼女の不調は回復したらしい。
「ありがとう。おかげで気分爽快よ」
「で、どうするよアレ。特効薬ありきで突撃するか?」
「爽快だったところに水を差されたわ。脳筋にも程があるでしょう?」
「ではどうするのだ」
「簡単よ。閉鎖空間でもないんだから、花粉を吹き飛ばせば良いわ」
「オメェも大概じゃねえか……」
とはいえ、他に方法も無い。ヴィオラが風魔法を詠唱し、発生した突風が花粉を吹き飛ばす。その直後に雷速で接近したザイロフが爪で引っ掻き、大鎌を構え直したリュトが後に続く。先程とは逆に、アムネシアの光弾をリコードが短剣を投げて撃ち落としていた。
「きゃっ!?」
「はぁ……」
と思いきや、ヴィオラとリコードの足元から白い蔓が生える。リコードは面倒そうに溜息を吐き、ヴィオラは足を取られるが、咄嗟にナイフで蔓を切り落として逃れていた。この魔女、侮れない。
「やるわね。あなた」
「ナイフと薬品は旅のお供です!」
細剣と逆手に持った長剣を華麗に操り蔓を伐採していくリコードはヴィオラの逞しさに感心する。ヴィオラは魔法使いらしく剣や槍は使えないが、野営用などに常備しているのだろうナイフで魔法の隙を縫うように闘っている。
と、今までの蔓とは違う植物が生えてきた。葉だけでなく花が付いている。
「っ! コイツも花粉を撒き散らすの!?」
リコードは咄嗟に離れ、短剣を投げる準備をする。しかし、それより前に動いていた人物がいた。
「えいっ」
ヴィオラである。自分の鞄から取り出したのであろう何らかの薬品が入っている瓶を花に投げつけていた。軌道はちょうどリコードを跳び越すような形である。その瓶を目で追っていると、着弾した瓶はそこそこ大きい音を立てて爆発した。
「……………」
花も少し撒かれていた花粉も跡形もなく消えている。この魔女は回復薬だけでなく爆薬まで常備しているらしい。
「あ、その薬品は諸に被弾すると皮膚が爛れて一カ月は火傷に苦しむことになるので、ちゃんと避けて下さいね?」
「なんてもん投げつけんのよ!!」
ヴィオラは「てへっ」と舌を出している。仮に当たっていたら、たとえ処刑者に数えられる死神でもあまり想像したくない事態になりそうである。もしヴィオラとリコードが戦ってもリコードが負ける事はないだろうが、心情的に戦いたくない。というか、薬の効果を詳細に把握している事が何より恐ろしい。誰かで試したのだろうか……
なおも生え続ける蔓や花を見たヴィオラは、鞄の中から複数の瓶を取り出し撒き散らす。臭いからして油であろうことはリコードにも分かった。もうこの時点で嫌な予感がしている。
「暗闇に揺らぐ」
今までで一番短い詠唱の後、ヴィオラの指先から火種が飛んでいく。結果はそれこそ火を見るより明らかだ。蔓も花も大炎上である。しかも魔法で制御しているのか味方には延焼しない。最後に火種を得るのに魔法を使ったものの、随分と戦術が多彩な魔女だ。
(うん……ほっといても大丈夫そうね)
リコードは細剣を構え、周囲に短剣を複数召喚すると燃え残った蔓を巻き込むようにアムネシアに飛ばす。
「キリがないわね……」
ヴィオラが絶賛燃やしているが、無限に蔓やら花やらが生えてくる上に、リュトとザイロフが対応しているが本体も攻撃してくる。このままでも倒せはするだろうが、効率が悪い。
「(面倒だけど仕方ないわ……)『狩り』と犬っころ! いったん立て直すわよ!」
「なんだどうした」
リコードの一声でリュトとザイロフが戻って来る。最初は面倒そうな顔をしていたが、リコードからの作戦を聞いて納得したようだった。なお、放火を続けるヴィオラもしっかりと聞いている。
「ハッ、珍しいじゃねえの。お前が積極的たァ」
「そうしないともっと面倒だと思ったからよ」
そう言いながら、リュトは矢を
「『昨日』という名の牢獄に閉じ込めてあげる」
リコードがそう言って短剣を飛ばすと、当たったアムネシアの時が止まる。そう、放たれた短剣にはごく短時間ではあるが時間を止める効果が付与されていたのだ。そして、リュトの矢が放たれる。
「———!」
リュトの矢に貫かれたアムネシアはその生命を散らした。花が散る様はどのような植物でもそうは変わらない。
「終わった……んでしょうか?」
「そういう事言うと終わってない事にならざるを得ないからやめなさいな……。安心して。魔界が崩れ始めたわ」
リコードが言う通り、ヴィオラ達のいる空間が硝子のように崩れていく。やがて完全に崩れると、そこはリュトと出会った時の街並みであった。まだ夜には早く、そこかしこに人がいる。
「皆驚いてますね……」
「そりゃいきなり広場のど真ん中に現れたわけだからな」
群衆からすれば何の前触れもなくリュト達が現れた事になる。魔物と勘違いして剣を向ける者もいた。ザイロフを影に帰らせ、事情を説明するリュト。魔界が発生していた事とその主を倒したことを説明すると、町人は納得して剣を収めた。何人かリュトの顔見知りもいたので、盲言を吐く怪しい奴、と思われなかったのは不幸中の幸いだろう。
「さて……後は
所属する者は、武具やその他を作る
単に
現にサクスは『代理人』として認識されているし、リュトも『職人』としての側面も持っている。
(とりあえずサクスに報告だな。アイツに伝えればタウファクトの組合には情報が伝播するだろう)
それに、とリュトは思う。
(アリアの魂が混ざってることをヴィオラに感づかれないようにしないとな……)
アリアとヴィオラは全く別の存在であり、人物だ。という認識はリュトの中で確定しつつある。不要な混乱を抑えるためにも魂の特異性については伝える必要があるが、混ざっているのが死別したリュトの恋人だという事は、ヴィオラは知らなくていい事だ。
「……………」
思考するリュトは気付かない。ヴィオラがリュトに向けるやや熱の籠った視線に。実際、後々の事を考えると打ち明けていた方が良かったのかもしれない。そこまで詳細な事情は知らないにしても、夢で逢う死神がリュトであり、ヴィオラと何らかの関わりがある事は明白だったのだから。しかし、そうはならなかったのである。
「……………」
そして、そんな二人を含みのある視線で見つめるリコード。彼女の脳内に有るのは、これから起こる面倒ごとをどう片付けようかという憂鬱だった。
色々不穏。特に戦闘中のヴィオラェ……
備忘録
アムネシア:『記憶喪失』という意味で、薔薇の品種でもある。一応言っておくが、某旅小説は関係ない。
ヴィオラ:爆発物を含む怪しげな薬品を多数携帯している。回復薬もあるが、薬品は基本的に(性能テストも兼ねて)攻撃に転用することが多い模様。また、ナイフも何本か所持している。伊達に一人旅はしていない。
リコード:『昨日』の死神。主武器は短剣、長剣、細剣で、それぞれ時計の短針、長針、秒針をイメージして設定。面倒くさがりな性格なのは、性格面でデバフ掛けないと強すぎるから。何せ『時を操る死神』とかいう文句なしのクソ強キャラなので……
組合:他作品で言うところの冒険者ギルドに相当。今作ではあくまで職人と商人がベースで、狩人(いわゆる冒険者)の区分は後から加わったという設定。ちなみに他作品で言うところの『受付嬢』ポジションは『代理人』に相当する。