「アンタ、『狩り』の傍から離れちゃ駄目よ」
リュトとサクスの家を訪れたリコードは、用意された椅子で脚を組みながらヴィオラにそう言った。
「……とりあえず何があってその結論に辿り着いたのかを聞かせろ。あと、人ん家で何ふんぞり返ってんだお前は」
リュトがややあってそう返すと、リコードは心底面倒そうな顔でドルチェットから聞いた話を聞かせる。
曰く、シャロームとやら名乗る組織が死神を抹殺しようとしているらしい。目的は世界の在り方を変え、真の平和を得る事だと言う。
「また随分と荒唐無稽じゃねえか……確かに死神を排除すりゃあ世界の在り方は変わるだろうよ。良くも悪くもな。だが、何でそれが平和につながる?」
確かに、理論上は世界の在り方を変える事が出来るだろう。命の秩序を保っているのは死神なのだから。しかし、それによって齎されるのは死ぬべき者が死ねない、生きるべき者が生きられない。そんな地獄のような世界だ。身体が腐り、血管を蛆虫が這い廻ろうとも死ねない……下手な拷問より余程苦痛を味わう事は想像に難くない。
「知らないわよ。で、ここからが本題なのだけれど、これまた何でか知らないけどヴィオラちゃんを狙ってるらしいわ」
「マジかよ……」
リコードだけでなく、リュトも面倒そうな顔をした。だいたい、シャロームという組織の理念こそ分かっているものの、その理念を成就する詳細な手段や全体的な組織の規模は不明だ。その活動にヴィオラが必要な事は分かっているらしいが、どうせ碌な事では無い。
「お前に記録された歴史には存在しねえのか?」
「どうやら『歪み』の渦中で成り立ってる組織らしくてね……『正常な歴史』じゃないから私の中にも記録されてないのよ」
見事にすり抜けたものである。こちら側に何も情報が無いと言うのが痛い。
「因みに、ここに来る前にヴィオラちゃんにちょっかいを掛けてたチンピラ供だが、どうやら誰かに頼まれた事らしい。だが、金で雇われただけだから詳しい事は知らねえんだと」
サクスが手に持った資料を読む。『蜘蛛』の死神が得た情報をギルド経由で手に入れたようだ。それにしても「金で雇われただけ」……ならなんであんな白昼堂々と攫おうとしていたのだろうか、とリュトは思ったが。
「ああ、実は無計画に動き回る悪党って結構いるのよ。『狩り』はあんまりそれ系統には参加してないから知らないでしょうけど」
「へぇ……」
「ああ、何か時々いるよな、そういう奴」
なんでもリコードやサクスの話では、「俺達に計画なんて物は不要だ!」と嘯いて短期間で鎮圧される悪党というのは往々にして存在するらしい。
「何なのかしらね? 悪党になりたてなのが駄目なのかしら?」
「いやあ……個体差じゃね?」
「ナチュラルに人間扱いしてないですね」
サクスの中では悪党は人間の括りではないようだ。
「とは言っても、『墜落』さんは例外だぜ? アイツは何度か協力も敵対もしたからよく分かるが、信念はある。心はねえが」
「「なるほど、言えてる」」
サクスは『暗黒時代』と呼ばれた期間に『墜落』の死神であるドルチェットと共に非合法組織をやっていたらしい。そこで、サクスは悪党を人間扱いしなくなった。ドルチェットは悪人も善人も元より駒としてしか見ていなかったが。
「テメエのやり方には心ってモンがねえ」
そう言ってサクスはドルチェットと決裂した。仕事上の関係こそ続けているが、人格的には最低評価のようだ。
「まあ、最近は? 昔よか話が通じるけどね。因みに伝言、『また遊びましょ、ダーリン』だそうよ。因みに投げキッスも追加」
「今度会ったら『くたばれ』って返しとくぜ」
とはいえ、仮にも『処刑者』に数えられる死神。そう簡単にはくたばらないだろう。リコードは鼻で笑って了承した。
「いいわ。次に会うのは私だろうから伝えといてあげる」
「『昨日』ってこんなに働き者だったか? 明日は矢か弾丸が降りそうだぜ」
「うっさいわよ『狩り』。アンタがご執心のヴィオラちゃんの為にやってるんだから黙ってなさいよ」
だが、リュトはリコードの言葉に尚更不信感を覚える。リコードがここまで動き回るのは最高位の『月』の死神の為だけである事をリュトは知っている。話の内容からしても歴史の修正が関わっているのはまず間違いない。だとすれば、
(『月』の直接命令って事か……)
リコードは普段は殆ど動かない。一度住む場所を決めたら一歩も外に出なくなるほどである。アリアと出会う前は、リュトが生活必需品を買ったり住居の掃除をしたりと動き回っていた。
(マズい。思い出したら腹立ってきたぞ……)
「アンタが掃除する様子を見守っててあげるわ」とか言いながら足を組んでいたリコードをリュトは殺意の眼差しで見ていた。なにせ本当に見守るだけである。自分は手伝わないという鋼の意志を感じる。何故あんな他人事でいられるのか……まあ、正直手伝われたところで邪魔にしかならないのが悲しい所だが。なお、リュトが戦闘時にリコードをこき使うのはこれの報復だ。
「というわけで、今日から私もここに住むことになったわ」
「帰りやがれ」
「何よ。強くて美人な死神が同居するんだからお釣りがくるでしょ」
「何が悲しくて世話になってる人間の家にゴミ屋敷製造機を招き入れにゃならん」
リコードの過去の所業を知ったリュトはサクスの家に住むことを断ろうとするが……
「え? 俺は別に構わんが?」
「こんのお人好しがよ!」
「私も……話の内容的にはリュトさんと一緒にいる事になるんですよね? 女性のリコードさんがいてくれた方が……」
「クソ……シンプルに反論しづれぇ……それなら俺が出ていくか……?」
結局、サクスの家に全員住む以上に良い条件の方法が見つからず、リュトはリコードに「絶対に汚すんじゃねえぞ」と何度も言い含めていた。
その後、ヴィオラやリコードの荷物が少ない事もあって移住は滞りなく進んだ。一応男女で生活空間は分けてあるが、トイレや風呂は共用なので鉢合わせないように気を付けなければならない。
なお、中世の欧州のようなファンタジーな世界ではあるが、魔法その他の存在によってインフラや衛生の面は史実よりも発展している。
「ねえ、『狩り』。
「おいこら! 裸のまま歩き回るな! 濡れた状態で脱衣所の外に出るな!」
「何よ、うるさいわね。どうせアンタは女の裸体に欲情なんてしないでしょ」
「しねえが常識の問題だ阿呆!」
なんと移住初日にリコードが裸のまま液体石鹸の催促に来るという暴挙をかましてくれた。必要最低限の布で隠すという措置すらしていない。確かに備品を切らしていたのはリュト達の落ち度だが、限度という物がある。
時計の文字盤のような物が付いた胸元や、腕に埋め込まれるようにして存在するニキシー管、脚の役割を果たす砂時計などが惜しげもなく晒されている。しかし、一部が違うとはいえ女の裸体であることに変わりはない。
リュトが倉庫に液体石鹸を探しに行っている間、「やっぱりね」と何やら意味深に頷くリコード。
「おら持ってけドロボー!」
戻ってきたリュトが目当ての物を投げつけるとリコードは危なげなくキャッチして風呂場に戻っていった。その後、リュトがやや足の不自由なサクスに代わって掃除をしたとか。
(だが、俺がこの前確かめた時は結構余ってたはずなんだが……女ってのは思ってるよりも消費が激しいのか? 二人とも長髪だしな)
♪ ♪ ♪
「あ、おかえりなさいリコードさん」
一緒に入っていたヴィオラがリコードを出迎える。リコードが戦利品を見せると、やや引き気味にお礼を言った。
「本当に裸のまま出ていったんですね……」
「ええ。おかげで収穫もあったわ。『狩り』の奴、やっぱり女の身体には欲情しないみたいね」
死神は子孫を残さない。故に性欲が存在しない事が多い。人間同士の恋愛は性欲に端を発する事も多いが、やはり死神には当てはまらないのであろう。
「だからアイツを落とすならハニートラップ的な方法は無意味ね。意思表示としては使えるかもしれないけど」
「そうなんですね……関係ないですけど、リコードさんは、その、恥ずかしくないんですか?」
一瞬何の事かと思ったリコードだが、他人に裸体を見せる事は人間の間では恥であるという事実を思い出して「ああ」と納得した声を出した。
「さっきも言ったけど死神って性欲無いのよ。だからそういう面での羞恥はあまりないわ。戦いになったら服の損傷なんて気にしてられない事もあるし」
なんなら戦いの過程で服が全損したこともあるらしい。裸のままでは不便だからリコードの力で復元しているが、面倒な時はしないこともあるそうで。
「そもそも私が生まれたのなんて服とか言う概念があまり定着していなかった頃だもの。旧時代の人類が滅んで今の人類が文明と言えるような物を作り出した辺りかしら」
「真似できないスケールです……」
「まあ、『月』の命令で違う時代に飛ばされたりもするから、厳密にはもっと昔も見てるかもしれないけど」
何ならこれでもかなり鯖を読んでいるリコード。何せ、彼女は旧時代と呼ばれる時間の記録も有るのだから。
リコードの話によるとタイムパラドックスも割と頻繁に起こるらしく、それを修正する時などに初めて大規模な時間操作能力が解禁されると語る。そして、その過程で羞恥心などという物はある程度吹き飛んでいるようだ。
なお、口うるさいリュトに対して年齢を引き合いに出して反論すると、「無能な時間を過ごした老いぼれ」と辛辣な意見が返って来る。年寄り扱いされたところで事実なので何とも思わないが、流石にその言葉にはリコードも腹が立った。「殺す」とノータイムで思った。
「でも、あまりそういうことはしない方が良いと思います。リコードさん綺麗だから……その……悪い事を考える人が出て来そうですし」
「あら、心配してくれるの? でも大丈夫よ。しっかりと境界線は見極めてるわ」
流石に服も着ないで市井を歩き回ったりはしない。リュトについては仲が悪いなりに距離感を分かってるからこその行動である。
「え、じゃあ、同居してた時にも……?」
「いいえ。基本的にアイツに持ってこさせるもの」
(なんでリュトさんがリコードさんにだけあんなにトゲトゲしてるのかと思ったけど、こういうのの積み重ねなんだろうなぁ……)
「全く以てムカつく話で、この事象一つでこの世を呪いたくなるほどだけど、アイツと仕事をすると面白いくらい上手くいくのよね」
「そ、そうなんですか……」
もちろんリュトが好戦的で効率主義なのも関係してはいるだろうが、リコードとの仲の悪さはもはや飛びぬけているようだ。反対に、リコードの方もリュトに対してかなりの鬱憤が溜まっているようである。
こんな二人でも戦闘や任務では息が合うのは人間関係の業の深さを体現していた。
「くしゅん」
「あら、湯冷めしちゃったかしら? ちゃんと温まりなさいね」
(リュトさん関わらなければ普通に優しい人なんだよなあ……ちょっと図々しいけど)
まあ、リュトって意外と頭堅い上に冗談通じない上に変な所で厳格だから人によってはウザい奴でしょうね。あと恋愛方面は割と無能です。
にしても色気もへったくれもねえ……
2024/3/19:リコードの年齢を修正しました。