勇者とは、勇気ある者の事である。
そんな安直な。
それなら、苦手な野菜を目の前にした幼子がその大きな目に涙をためて、必死にそれを飲み込んだなら親は子供を勇者としなくてはいけないじゃないか。
そんな牽強付会な。
勇者はしばしば魔王とともに語り継がれる。
大衆が恐れる様な困難に立ち向かい、偉業を成し遂げる。その困難に、魔王が挙げられるのだ。
なるほど、苦手な野菜とやらが魔王であるらしい。例えばピーマン、例えばパセリ。
大半の子供が嫌いとする、あの緑色をひとたび口に含み喉を鳴らしたなら。そうしたなら、それは大層な勇者らしくて素晴らしい。
しかし、一度飲み込んだピーマンも次に出てきた料理には我が物顔で混じりこみ、パセリは何故そこにと言いたい程に常に端に添えられている。
魔王と勇者に因果が巡るとはこういう事である。
「しかしまぁ、光の勇者がこうも陰気臭いときたら、過去にその栄光によって生き長らえた寄生虫達は今頃嘆き悲しんでいることだろうな。
だが...同時にお前には外界との関わりを遮断したかのようなこの暗闇が良く似合う」
「何時になっても無駄口が上手いじゃないか、セイジ」
「グランベル、私のこれは無駄口では無い。対話だ。何より私の言う事は耳をすまして聞いておくべき内容だ。餓鬼は大人の言う事を聞くものだろう?」
「はっ、誰が餓鬼で誰が大人だと言うのか」
「たかだか記憶の維持が容易な程度しか生きていない勇者が大人ぶる気か? 思春期ならば早急に終わらせるべきだ。......それとも、思春期の延長線にあるのが、“今日”の演奏会か?
あぁ、なるほど...思春期だからこんな陰気臭い部屋が似合うのだな」
「やはり無駄口だな。貴様、そんなに優雅に口を動かしているが、分かっているだろうな?」
「失敗は許されない、とでも言いたいのか」
「当然だ」
「ははっ、いや失礼。思春期の餓鬼を笑ってやるものでも無いな。グランベル、いい事を教えておいてやる。これは無駄口では無い。
“大人は餓鬼が何を考えているか等、手に取るように分かるのだよ”」
「そうかそうか、それは素晴らしいことよの」
「そうだな...素晴らしい事だよ」
失敗は許されない。
グランベルからしたら当然だ。
私が一つでも想定外な事をすれば、グランベルの“作戦”は無に帰す。私と手を組むなど、現役をとうの昔に引退した勇者としては中々な綱渡り。
それでも、やるしか無かった。
人類至上主義者は『レブル』と手を組まなければ今回の演奏会を成功させられないのだから。
しかし、悲しいかな。
大人は子供の考えなど手に取るように分かる。分かってしまう。
なぁ、グランベル。
私は演奏会など、もう...“見飽きてしまった”。
食器とカトラリーがカチャカチャとなる音と、親の催促の声にまじる子供の微かな泣き声。
苦手な野菜を食べられなければ、ため息が聞こえ、逆なら猫撫で声が褒め称える。
しかしどちらにも拍手は送られる。
やはりつまらない。
これも、子供の頃に名を馳せた者が少しでも成長すると「昔の方が良かった」と言われてしまうからだろうか。
私に昔を懐かしむ等という風情は無いのだが。
成長し続ける子供は、いつまでも子供のまま。
しかし、昔を懐かしまれながら生きるのはさぞ苦しい事だろう。あぁ、しかし安心していい。
今日が、グランベル・ロッゾという演奏会の最後の演目となるのだから。
幕を閉じた先の拍手は、きっと聞こえない。
「光の勇者は、いずれレブルを討伐しに来るのだと思っていた」
「ほう? それは願望か?」
「期待はあったかもしれない。しかし終ぞ光の勇者は現れなかった。討伐者としてはな。
何故だ? 私の事は、あの神を名乗った蚊からよく聞いているだろうに」
「あぁ...聞いておった。貴様がなんの耐性も身につけていないこと、魔法が使えないこと、魔素の保有量が極めて少ないこと、全て聞いている」
「そこまで知られているとは、嬉しい事だ。で? 何故討伐には来なかったのだ」
「......それは、」
「“勝てないとわかっていたから”だろう?」
「...どうとでも言うと良い」
「なぁ、光の勇者よ。希望の光は見つけられたか?」
項垂れていた頭が微かに上を向く。
チラリと見える猛禽類の様な鋭い目は、殺気を奥底に宿し、今か今かとその時を待っている。
何が「世界など滅んでしまえ」なのか。
その目は、未だに人類至上主義を掲げ人類守護に躍起になっているというのに。
そうだろうな。
人類の守護者が、『レブル』を目の前にその目をしない訳が無い。
やっと、私を殺せる可能性を見出したのだろう。そしてそれが今日なのだ。
光の勇者が、かの反逆者を討つ日。
演奏会の奏者は確かにグランベルだが、楽器は私であるらしい。
自分から鳴る音に興味はそそられる。けれど演奏者がグランベルとくれば、私にだって拒否の意思くらいあるという物だ。
光の勇者と謳われた昔の子供は、見た目を老けさせ、けれど舞台から降りる事はなかった。
昔の方が...そんな言葉をかけられる事すら無くなった、時の男。それでも、その舞台から降りないならば、私からとびきりのサプライズをくれてやらなくては。
グランベルはついぞ、私に希望の光が何かを答えなかった。まぁ答えられなくても構わんが。
数秒間続いた猛禽類に睨まれるだけの沈黙は、古びた時計の音と共に終わりを迎えた。
それは朝焼けを告げる音。
演奏会がたった今、開演を迎えたのだ。
「......時間だ。ワシはもう行く。貴様も悠長にして要らん失敗をしない事だ」
「承知しているさ。私だって、今回の件にはそれなりに重大な用事があるのでな」
「用事?」
「自らが語らずに、他者に語ってもらえると思うなよ餓鬼」
「はぁ...もう良い、貴様と話すと疲れるわい」
そんな心底疲れたとでも言いたげにため息を付かなくとも良いのに。
私を一瞥するだけして、部屋を出ていくグランベルの姿は部屋に差し込む廊下の逆光で黒く浮き出ていた。それは確かに勇者の姿だ。
「あぁ...“勇者”か、やはり不愉快だな。まぁ、私という存在が尊敬するような勇者が現れたなら、それこそ問題だが。
──────セイヤ、ちなみにお前はいつまで寝ているつもりだ」
太腿の上、毛に覆われた頭を我が物顔で乗せて眠るその小さめの体を何度か揺する。
手を触れれば毛に埋もれてしまうほどの柔らかさと獣らしい温かさは存外に悪くない。体が小さいから足が痺れないのも高得点だ。
しかし、あのグランベルの殺気は私だけでなく、空気も読めずに眠りこけたセイヤに対しても含まれているだろうに。何故私だけがその殺気を受けねばならないのか。
子供のおままごとに付き合わされるのは、常に大人という事か。それなら、確かにセイヤはまだ子供。いや...親からしたら息子などずっと子供なのかもしれない。
なら私は、両親にとって未だに子供だろうか? 死んでしまった後は、それすら無効だろうか?
親子関係とはついぞ難しいものだ。
「セイヤ、起きなさい」
今もそうだ。
叩くなり、力をぶつけるなりすればセイヤは簡単に起きる。しかしそれをすれば起床後の機嫌は人類が到達した海溝を優に超えるだろう。
反抗期中の子供の不機嫌など付き合いきれたものじゃない。
「セイヤ」
「..................あれ、本当なんですか?」
「おはよう、寝坊助」
「おはようございます、ほわぁ...眠」
「もう鐘は鳴った」
「はいはい...仕事のお時間ですねー、で?」
「で?」
「あれ、本当なんですか。耐性とか魔法とか魔素とか」
「仮にも勇者クラスの人間に、嘘の情報が出回る事はまず無いだろう」
「なんで? なんで、そんな感じなの?」
「何故と問われても、ずっと昔からこうだった。強いて言えば...そう望まれたからと言うべきか」
「反逆者として弱くあれって?」
「......レブルと私に名をつけた人間は、確かに太古の人類だ。だが、セイヤ、その考察はハズレだ」
「それで良くギィから核が奪えたものですね。何より、よくもまぁそんな長い時を生きてこれた。スキルが篦棒に強いとか?」
「究極能力が一つ、能力も別に大した事は無い」
「......どういう戦い方する人なんだよアンタ」
「ふっ、さぁな。時間だと言っているだろう? さっさと支度をして行け」
「はいはい」
「“はい”は一回」
「へいへい」
「............はぁ、子供とはどうしていいものか」
ようやっと太腿の上から退いたセイヤは、人化を行いながら扉へと向かう。
グランベルは逆光が良く似合っていたが、セイヤは残念なくらいに似合わない。光が浮かび上がらせる姿は、我が物顔で生きる子供の姿。
グランベルよりも遥かに幼いその子供に光も闇もあって無い。あるのは好きか嫌いかという感情的な基準のみだろう。
扉を出る瞬間に、セイヤに話しかけたのは、何故だろうか。最初に要件をまとめて言えばいいものを。
「あぁ、そうだセイヤ。ルベリオスのお使いが終わったら、そのままもう一つやって欲しいことがある」
「えー、何俺の仕事増やすの?」
「そう大したことでも無い。西方評議会参加国を潰せ。
国民も文化も跡形もなく。惨めに無様に......」
「ははっ、趣味悪、でも最高。良いよそれくらいなら、大歓迎」
「それは良かったな。セイヤ、気をつけて行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
笑顔で手を振り、完全に部屋を出ていった数秒後、何故かひょこりと顔を覗かせたのは行ってきますを口にしたセイヤだった。
「どうした」
「いや、なんかさっきの会話、すごく親子らしいなって思っただけ...えへへ」
もう一度行ってきますと発し、姿を消した。
──────ドクリ
今、強く心臓が脈打った。痛い。
おもむろに心臓上の服に皺をつけても、なんの術も感じられない。
なんだ? 確かに私は風邪の類は引くが、最近はそこまでの寒暖差も無く、病気にはならないだろう。 なら私の心臓は何に反応したのか。
“親子” という単語だろうか。今更?
セイヤの反抗期が来てから、何処と無く自分自身も異変が起きている。
理解出来ない現象が、理解出来ない感情と共に襲ってくる。そして、同時に「忘れてしまった何か」が頭を掠める。
あぁ、クソ......これはあまりにも痛すぎる。
▽
──────快晴。
演奏会当日としては、素晴らしい天候だろう。
しかし口角は上がることなく、胸につっかえた不安感は主張を強めた。
「何故じゃ、何故......ユウキ・カグラザカの動いた形跡が一つも無い。いや、まず東の帝国に渡ったという報告自体が可笑しいのじゃ。
ユウキ・カグラザカはグランと手を組む...そういう流れではなかったのか? 何が起きておる」
ルミナスはおもむろに、聖櫃に触れる。
淡く光る、愛しいそれは体に鞭を打ってでも触れたいほどにルミナスの心を動かす存在。
『この“時間軸”は、いい結果になる。』
信じている。その言葉を。
同じ行動、同じ状況を幾度なく繰り返した。ヴェルドラの襲撃により都が消えてから。
“聞かされた話”を違えたことはなかったと言うのに。
────────────何が、起きている?
ステータス
名前:レブル(自称名:神代誠司)
種族:概念乖離体──人間?
加護:なし
称号:なし
魔法:なし
究極能力:????
その他スキル:無限再生、万能感知
耐性:なし
※この話は、全体的に原作を知らないと何言ってんだこいつ状態になるかもしれないです。
グランベルに関しては、もはや「本当の望み」を前面に出して行動してます。どうぞよろしくお願い致します。