この現状はもしかしたらラッキーと思うべきかもしれない。
あの少女に智慧之王先生が下したジャッチはヴェルドラと同等。つまりは化け物判定。
全裸に見えた少女は瞬く間に服を纏い、それは美しい細剣突き出した。
───クロノア。
“勇者”であって、勇者でない存在。人の名のついた邪悪の化身。
その邪悪の化身とやらは、現在、本当の意味での邪悪の化身と元気よく戦闘中だ。
クロノアとレブル、余裕があるのはやはりかレブルだ。上手いこと攻撃をあしらっている。
けれどレブルからクロノアに攻撃を仕掛けていない。何かあるのか。
「リムルよ」
「あぁ、ルミナス。レオンはどうだ」
「荒治療じゃが何とか。今は眠っておる。……両手両足は…戻ることは無い」
「そう、か」
「リムルよ」
「なんだ」
「クロノアはクロエの別人格じゃ」
「…………───はぁ!?」
「騒ぐな! 今あヤツらの意識がこちらにそれてはならない。よく聞くのじゃ」
「おっ、おう」
「クロノアの中には、クロエとヒナタの魂が眠っている可能性がある。レブルの干渉があったゆえ、何処までその形を保てているかは未知数じゃ。じゃが…………」
「救えるかもってことか」
「さよう」
「分かった」
救える可能性があるなら、やるしかないだろう。ルミナスだって、俺がそんな事を言われて動かないなんて選択が取れないことを分かってるから言ってるんだ。
「やれる事は、やってやるよ」
智慧之王先生、状況説明を。
《解。
可能性として、クロノア=クロエという図式が考えられます。過去から時間を飛躍して出現したクロエの成長した姿がクロノアである、という推測です。
同じ魂が同一時空に存在する事は不可能です。
個体名:ルミナス・バレンタインの発言が正しい場合、クロノアが解放された事により、同一の魂であるクロエが別時空に飛ばされたと考えられます。
そして、別時空に飛ばされたクロエの魂とは別の魂がクロノアの中にあるのだと思われます。
個体名:ルミナス・バレンタインが重点的に魂を抑え込むことに力を注いでいた場合、クロノアの中に魂が閉じ込められている可能性は極めて高いです》
なるほど、なるほど。
中身の保証は出来ないけど、って事ね。
問題はどうやって、二人の魂を救い出すかだ。
この場には戦えるものが少ない。ヴェルドラを呼んでクロノアを押さえ付けるか?
それはレブルを刺激するだけじゃないだろうか。
ルミナスにやってもらう?
既に満身創痍な状態でそんな事頼むのは死ねと言っているようなものだ。
例え良好状態にあったって、死ねと言っているのと変わらないのに。
どうする───
『リムル様、宜しいでしょうか』
『ディアブロか。大聖堂にいた皆は?』
『全員生きております。処置も完了しておりますゆえ、ご安心を』
『……そうか。全員生きてるのか、なんだか…意外だ』
『リムル様』
『なんだ?手短に頼むよ。どうやら、急がないと最悪最悪な状況になる』
『なんと』
『クロノアがレブルに殺されそうだ』
『───!
それだけ弱っているならば、何かで心を落ち着かせてしまえば、簡単に』
『過大評価だな』
『ご謙遜を。お帰りをお待ちしております』
決定事項みたいに言いやがって。
“何か”ね。
クロノアがクロエなら、また“仮面”を上げたら喜んでくれるのだろか。なんて───
待て、あの仮面は上位精霊を封じ込めるだけの力があった。
ワンチャン、イケるんじゃないか?
先生。
《解。“抗魔の仮面”の複製を作成しますか?
YES/No》
YESだ。
問題なく複製された仮面が手に乗る。
寸分違わず、性能も同じ。
作戦は決まった。決行する事も決まってる。
全く、誰が好き好んで化け物クラスの戦闘に乱入したがるんだか……。
『ルミナス、レブルの気を反らせるか』
『出来てもほんの一瞬じゃ』
『十分だ』
僅かに目が合う。それは合図になった。
ルミナスの放った攻撃がレブルに向かう。
それに気がついたレブルが身を翻す。
結果、クロノアと俺の間は一直線になった。
仮面を片手に一直線に迫る。
そして───
すれ違いざま、レブルが厭らしく笑ったのが見えた気がした。コイツは今日ずっと笑ってる。
その仮面をクロノアに押し付けると同時に、俺の意識は闇に飲まれた。
▽
これは賭けだ。
リムルを信じた愚かな賭けだ。
しかし、そんな賭けでしか勝負できない己はきっともっと愚かだ。
ピタリと動かなくなったクロノアとリムルを守るため、直ぐにレブルと戦闘に入る。
ルミナスのその予想は驚く事に外れた。
「私はそろそろ帰らせてもらおうか」
ヒナタから作られた剣が地に投げ捨てられる。
それを踏み壊して、レブルが歩き出した。
「待つのじゃ」
ルミナスの声にレブルは従順に足を止めた。
あまつさえ、振り返ってさえ見せた。
「なんだ?」
「あの死食鬼はどうやって作り出した」
「あの…とはどれの事だろうか」
「とぼけるな! ラルタ…否、今はセイヤと名乗っておるのだったか。アレは───」
「“前の時間軸ではいなかったのに”?」
「ッ!」
「そうだろうな。お前が、“聞かされた”話にはラルタも誠也も出てはこなかった。何故なら、存在が無いから。
不思議か? 『今度は上手く行く』などと言って始めた時間軸が知りもしない物で汚染されるのは。そうだろうな、あまつさえ“神代誠司”などと言う存在も居なかったのだからな。
お前の聞かされたレブルは、何と名乗っていた? 誠也を初めて見た時、私の今の名を聞いた時、動揺せずにいられたか?」
子供に問い掛けるように、レブルは首を傾げた。もはや恐怖だった。
コレは、なんだ?
「貴様何者じゃ。何故『時間遡行』の存在を知っておる!」
「お前は…本当に馬鹿なのだな。まぁいい、馬鹿に教えるのは嫌いじゃない。何処かで教師なんて言う職業に就いたこともあるからな。
確かお前は、私の事を『この世界の創造主である竜からこぼれ落ちた出がらし』と表現した様だが…まぁ表現方法については自由意思を尊重して黙認して差し上げよう。
しかし、その表現方法は一部間違っている。
私は創造主に創られた存在だ。自然発生的表現はそぐわない。創造主の権能を用い、“世界の均衡の為に創造主の片割れとして ”創られたのだ。創造主と私は同位体に限りなく近い」
「…………それは」
「まだ分からないのか?
この世界は私に限りなく近い存在が作り出した。そして創造主は創った本人がその世界で起きる事象を認識出来ないと思うか?
出来ると仮定した場合、それは片割れにだって出来ることだとは思わないか?
──────出来るさ。
全て分かる。この世界が与えた“スキル”の数々だって、誰にどのような内容で何を代償に与えられるかだって分かる。
クロエ=オベールのスキル『時間旅行』
あれは、少し小難しく勝手が効かないスキルだったが……漬け込みやすい物だった。
何者だ。という回答は…そうだな、一言に纏めるなら“世界の均衡者”だ。
今は、
──────お前達は私を下に見すぎたのだ。
あぁ……あぁ…。
足の力が抜け、完全に地面にひれ伏した。
自分の立つこの世界が、怖くなった。
己が生まれ、太陽を克服し、魔王になる。
2000年前に会いに来た少女が語った未来。
全て、全てが把握されていた。
首を絞められているかのように息苦しい。
そんなルミナスの状況を知ってか知らずか、レブルはルミナスに近づいた。
態々しゃがみこみ目線を合わせ、顔を掴む。
恐怖に揺れる目が、レブルの目と視線を混じり合わせる。
「私が怖いか?
「ッ──────!」
「それとも、何もかもを失った今が怖いか?
ルイなら死んだ。ギュンターも長くはない、お前は間に合わないだろう。あの勇者の中にある魂も、私が随分と使い古してしまったから何処まで助かるかは分からない。
第一、ヒナタの体は今そこで剣となって折れてしまったしな。
お前は何も出来なかった。
“神”として、人々に“信じられていた”のに。
三公に、ヒナタに、グランベルに。お前はそうやって地べたに座り込んで…グランベルの意思すら遂行しようとしない。お前こそ何者だ?
お前は何者にならなれる?
いい事を教えてやる。神という役職名は、世界が消滅しなければ消えない。
お前は何も出来なくとも、神を降りられない。
なら、神として…お前は何者になる?」
これは誘導尋問だ。
現実を突きつけて、脅迫し、都合のいい台詞を言わせようとしている。
こちらの意思を操ろうとしている。
惑わされてはいけない。
西方聖教会への、唯一神ルミナスの信仰が息絶えた訳では無い。
ジュラの大森林周辺国家は信仰心の強い者も多い。また、都を移せば民は集まる。
「上に立つ者は誰一人残っていないのに?」
ヒナタは生き返る。
それだけで、残った聖騎士達は立ち上がれる。
後は、自らが魔王と法皇の何方も務め、時の中で三公に変わる存在を待てばいい。
リムルは信頼出来る。助けを借りればいい。
百年の国交などいくらでも伸ばせばいい。
無様でも、今は信じて頼るしかない。
「そしてまた、こうやって壊れていく宗教を眺めるのか? また…繰り返すのか?」
違う。
そう何度も繰り返す程、愚かでは無い。
法皇交代に準じて、レブルの存在を民に顕にすればいい。
絶対的な悪を提示し、それを殺せばいい。
それなら、魔王というスパイスを強くしなくてもいい。これだけ強大な悪なら、法皇だって前に出なくていい。
神自らが前に出てしまえばいい。
その姿は必ず信仰に繋がる。
信ずる心が、必ず悪を殺す。
そう「信仰させればいい」。
《確認しました。個体名ルミナス・バレンタインに究極能力「
「あぁ…ルミナス・バレンタイン」
「ッ──────! 妾は……」
「…フッ、ククッ……アッハハ!
いや、失礼。こんなに声を上げて笑うつもりは無かった。ここまで単純だとは思わなかったんだ。あぁ、やはり善を生み出すのは簡単だな。」
《ルミナス・バレンタイン、戦うのです。
貴女がその力で“背教”を消滅させるのです。》
頭に響く世界の声。その声は、レブルにだって聞こえている。
自分はまんまと嵌められたのだ。「善を生み出す」という言葉から、レブルがこの瞬間ここに来たのは、他者にスキルを獲得させるためだった。
そして思い通りになってしまった。
今度こそ踵を返したレブルは静かに口を開いた。置き土産とでも言いたげに。
吐瀉物に塗れた様に汚い。
「まだまだお前の神としての命は長いだろう。精々、精一杯に頑張りなさい」
風が吹く。それも強い風が。
風になびかれてレブルが姿を消す。
その風が、“どす黒い力”を乗せていること気づいた。やけに暑く、臭い。
まるで火山の噴火の予兆のように。
「あ…あ、……あぁ」