転生したら死食鬼だった件。   作:パイナップル人間

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第108話...時の流れ

人の心象風景というのは、思ったよりも明るく暖かいらしい。

そして、寂しくもないらしい。

 

「やあ久しぶりだね、スライムさん。いや、悟さんだったね」

「止めろよ、今の俺はリムルって名前なんだ。過去を捨てる気はないけど、そう呼ばれると何だか照れるんだ」

「そうだね、貴方は…随分変わったものね」

「……シズさんも、そう言うんだな」

 

心象風景とはやけに便利だ。

寂しいと思えば、こんな美人が横を歩いてくれる。生死などお構い無しに。

 

シズさんのお陰で、何とか前へ前へと進む。

不安しかない。進む先には何も無いかもしれない。あっても、全部が壊れてしまってるかもしれない。

そんな俺を知ってか知らずか、シズさんは微笑みながら付いて来てくれた。

 

そんな俺達の前に、憎悪に満ちた目が立ち塞がった。クロノアだ。

 

「そこをどいてくれないか?」

「──リムル、なの? 本当に、本物、なの?」

 

攻撃を仕掛けられた際、心象風景でどう戦うか。

そんな事に頭を働かせる俺に、想定外の反応をクロノアは示した。

もっとこう、敵意を向けられると思ってた。

 

 

「リムル…リムルなんだよね?」

「おっおう、リムルさんだよ」

「あぁ! 無事だったのね。良かった…本当に良かった……貴方だけでも!」

 

クロノアが興奮したように俺に抱きつく。

そんな、今世紀最大のトップスターに出会ったような反応をされてはこちらとてどうしていいか分かったものじゃない。

スライムに抱きつく美少女…こんな状況で無ければとても素晴らしいというのに。

 

 

「お前は、クロノアで間違いないか?」

「そう。私はクロノア。クロエの中に封じ込められた、悪徳の化身よ。同時に、彼女のもう一つの人格みたいなものなの。ヒナタが名付けてくれなければ、ここまでハッキリした自我は生まれなかったと思うけどね」

 

「リムル……貴方が無事で本当に良かった」

 

今にも泣きそうな顔で、クロノアは俺を抱く力を強める。

 

「もう私を助けて犠牲になるなんてしちゃダメだからね」

「犠牲って……それは、未来の話か」

「そうだね」

「死んだのか、俺は」

「そう…だね」

「俺を…殺したのは、セイヤか?」

 

クロノアは少し息を飲んで俺を下ろした。

綺麗な黒髪を靡かせてくるりと振り返るその背は思ってたよりも華奢だ。

静かに前を見つめるクロノアが、口を開く。

 

 

「セイヤって子じゃない。居なかったもの」

「居なかった?」

「うん……そう、セイヤなんて居なかった。代わりに別の子が居たけど…リムルがこの世界に来るより前にレブルに殺されちゃったみたい。

レブルはその後全く姿を見せなかった」

「まっ待て! 話が見えたこない」

「…………ねぇリムル、貴方には…ただ幸せに生きて欲しいだけなのよ」

 

それは懇願にも似ていた。

シズさんが華奢な背中を優しく撫でる。

 

 

「クロノア、知っている事を全て話せ。

そして……俺をクロエとヒナタのいる場所に連れて行け」

 

 

弱った少女にかける言葉では無いだろう。

俺自身、随分と気持ちが焦っている。もしもクロノアの機嫌を損ねたら…そうは思うが言葉を選んでいる余裕は無い。

シズさんは、少し驚いた様に俺を見ていた。

 

俺の心配は杞憂に終わったらしい。

こちらに振り返ること無くクロノアは俺の問いに答えた。

 

 

「とても複雑な話なのだけど──────」

 

 

──────昔、本当に昔の話よ。

私達はレブルに力を乗っ取られた。それ自体に気付いたのも結構遅かったかな。

何度も時の流れを繰り返していくうちに気がついたの。いつも、レブルだけが全く違う行動をしているって。

今までで分かったことは二つ。

一つは、レブルは(クロエ)の力に自我を移植した事。もう一つは、その自我を使って繰り返される時間で得た経験、知恵、力…そういった物を全て受け継いで蓄積し続けている事。

つまり、レブルは常にその時間軸の自我と時間を飛躍してきた自我を統合した状態で居るってこと。

引き継いだ自我から、自分の目的の達成の為に色んな策を講じて色んな手段を取ってる。

セイヤって子も、その策のひとつ。前だかその前だかから、レブルはリムルと対になる様な存在を用いていた様だからセイヤがその集大成なんだと思う。そしてそれはレブルにとって、随分と上手く行ったようね。

これが最後になる確信を持ってしまった。それに気が付かなかった。

私達は、比較的に上手くいった時間をレブルに作らされ、そしてそれを今までなぞってしまった。

レブルは、次に何が起きるかを知ってしまっていた。だからどう(セイヤ)を動かせばいいか分かってしまっていた。

ごめんね、リムル。貴方がそんなに…心を強くしなきゃいけなかったのは私のせいよ。

 

……ヒナタが、レブルに殺された。

それは致命的だったの。あの力は魂すらも書き換えるものよ。とっくにヒナタはヒナタとして魂を世界に認知されていなかった。

だから、普段は起こるはずの時間遡行が発動しなかった。

レブルは長い時間の中で解析した力を、外側から無理矢理に動かした。

そして…(クロエ)の均衡が壊れてしまった。

クロエは今、私の心の奥の「無限牢獄」にいる。

でも……随分と衰弱してしまっている。

えっ、ヒナタ?ヒナタは、もう死んでしまったから助からない。彼女の魂はもう何処にもない。彼女の自我なら……セイヤが吸収した。

どうしてそこでセイヤが出てくるのか?

そんなに詰め寄らないでよ。私だってレブルの力が干渉したことでやっと全体を把握したのよ。

正確には、セイヤを通してレブルが行った事だけどヒナタの自我だけを保存していた「数学者(カワラヌモノ)」をセイヤに奪われた。中身だけを吸い取られ、汚されたユニークスキルは自我を保存出来なくなった。

 

 

「リムル、ヒナタの体も魂も自我も…もうこの世界の何処にも残ってない。救えるのはクロエだけなのよ」

「過去から飛躍してきたなら、今の世界線のクロエが過去に飛んだなら過去にいるヒナタを連れてくれば──────!」

「きっとクロエは過去に行けてない。行けていても、それはもうクロエとして存在してない。レブルが干渉するってそういうことよ」

 

 

クロノアは今にも泣きそうな顔で、声を震わせながらそう話す。

悪徳の化身とは名ばかりだ。目の前にいるクロノアは、見た目通りの年頃の少女そのまま。

それに詰め寄る俺はどれだけ滑稽なのだろうか。

救えない、そう言われて声を荒らげて可能性を問う。ただでさえ、クロノアは知っている事をきちんと話、クロエとヒナタについて話したのに。

まだ、見返りもなく要求を繰り返そうとしている。

 

 

『目の前にあるもの全てを欲しがって手を伸ばして囲い込む。』

 

 

声が聞こえた。記憶から這い上がってきた。

お前は傲慢で強欲で、力に溺れたと叫ぶ声がする。お前は人を下に見てると責め立てられる。

 

あの緑の髪が、憎たらしげに視界の端で揺れた気がした。

 

 

「少し落ち着こうか」

「っ!……シズ、さん」

「ほら息吸って、吐いて…って呼吸は必要ないんだったけ、ふふっ」

「シズさん…俺は」

「そうだね。まだ救えるその子を救わなきゃね」

「え?」

 

そうか、そうだ。

まだ…クロエが救える可能性が残っている。

体がやけに強ばっていたらしい。スライムの体がプルりと揺れた。

そんな俺を見て、シズさんが穏やかに笑った。

 

 

「ヒナタは強い子だった。きっと、この場にヒナタが居ても…クロエを助けなさいって言うよ」

「なんだか想像出来るな」

「ふふ、そうだね」

 

まるで今は嘆くなと言われてるようだった。

心が軽くなったみたいだ。もう声は聞こえない。

 

「そうだ…そうだよな。ヒナタなら……」

 

ツンケンして、厳しくせに何処までも優しい。

真面目で誰かの為に動ける。

力も……心も、強い清らかな騎士。

──────少し、夢を見すぎだろうか。でも、それくらい良い奴だったのだ。死ぬには、あまりにも惜しかった。

 

凛と佇む姿をきちんと思い出せる。

想像のヒナタは何も言ってくれないのに酷く突き動かされる。

本当に、惜しいと思う。

 

 

「クロノア、俺はクロエを救う。何か方法は無いか?」

(クロエ)の気配がだいぶ弱いの、急がないと間に合わなくなっちゃう。でも『無限牢獄』の解除は出来ないの。それをしたらこの体も汚染されてしまう。無限牢獄は今、膨大なエネルギーがレブルによって乗っ取られていってる。ずっと無限牢獄の外にあった力がヒナタを通して侵入してる」

 

つまり、無限牢獄の中からクロエだけを助け出せばいいわけだ。

解除はせず、中身だけを探る────智慧之王で干渉すればいけるだろうか。

 

《否。今のままでは不可能です。最小単位である“情報子”への干渉権限がありません》

 

”情報子”とは、“霊子”よりも極小で、質量が限りなくゼロに近い物質であり、この世のあらゆる物質は、“情報子”を必ず含むのだという。

無限牢獄の解除はできても、中の情報への干渉権限が無いらしい。

 

《なお、たとえ“情報子”への干渉権限があったとしても「絶対防御」内への干渉は不可能です》

 

 

レブルの力は観測不能の元素出できている。

絶対防御内は今、レブルの力に犯されている。干渉すれば、逆にこちらの魂が壊れてしまうだろう。何せこちらもまた精神しかこの場に居ないのだから。

 

なあ、先生。レブルの…観測不能の元素には情報子は含まれてるのか?

《否。確認できませんでした》

この世のありとあらゆる物に該当しないって事か。

 

困ったもんだ。

いくら考えても、可能性を見出しても、あの力をどうこうする策はそうそう浮かばない。

 

 

《告。レブルの力はまだ完全に「無限牢獄」を満たしていません。

干渉されていない一部分を切り取り 個体名:クロノアの体に残すことで、個体名:クロエの魂を救出できます》

 

それは、俺がレブルの力に触れずに出来ることなのか?

 

《…………解。個体名:クロノアが──────》

 

 

 

「わかった、いいよ。そうしよう」

 

急にクロノアが声をあげる。

一瞬、振り返りざまに見えたその目は覚悟に染まり、瞳孔が揺れている。

 

「クロノア?」

「私が、レブルの力を連れて行く。クロエの魂はもうこの世界に重複してない。なら私がここを退くことでクロエは戻ってこれる」

「待て、そんなことは!」

「私が無限牢獄のエネルギーと一緒に自滅する。流石にエネルギーの善し悪しを図るのは難しいから…クロエには戦う力を残せないけどね。

生きる最小のエネルギーなら、大丈夫よ」

「それじゃあお前が!!」

「リムル、私…貴方には笑っていて欲しい」

「ッ!」

 

クロノアが歩き出す。

ゆっくりと、けれども確かな歩みだ。

展開が急すぎやしないだろうか。

 

「待て、クロノア! 」

 

 

後を追おうとする俺を止めたのはシズさんだった。

 

「クロエをよろしくね、リムルさん」

 

それはどちらの声か。

体が後ろへと押し出される感覚がする。

目を覚ましてしまう。

シズさんはクロノアの後を追ってしまう。

前へ進みたいのに、距離は離れていくばかりだ。

 

 

「待ってよ! なぁ! 待ってくれ!!」

 

 

そんな簡単に、自分を切り捨てる選択肢を取らないでくれ。

俺はまだ、クロノアの事を殆ど知らないのに。

俺を思う言葉を残して行かないでくれ。

 

 

「クロノア! シズさん!」

 

 

 

…………………

……………

………

……

 

 

「リムル!!」

 

ルミナスの声がする。

開いた目は、太陽光に刺激され微かに眩しさを感じた。

レブルは去ったのか、それにしてはここら一体は異常な静寂に包まれていた。

四方八方、焦げたような腐ったような悪臭が漂ってきているらしい。

 

「何があったんだ?」

「それは、こちらの台詞じゃ。そちらはどうじゃった」

 

精神世界での出来事。

判明した事実。

これから、起こる事。

 

俺が口を開く度に、ルミナスの顔は酷く歪んでいった。

どうしようも無い現実が、どうしてこうも胸を貫くのか。痛覚無効を忘れてしまった見たいに本当に酷く痛い。

この場の全てが、その痛みに支配されている。

 

 

目の前の少女が瞼を持ち上げる。

 

「クロノア……」

「リムル、約束…ちゃんと守ってね」

 

 

笑っていて欲しい。

 

 

少女の手が、俺の頬を撫でる。

いつかの時の様に、キスを一つ落とした。

悲しげに笑ってクロノアはルミナスに視線をやった。

 

「………分かっておる」

「ありがとう、それから…ごめんね。ごめん」

 

──────バイバイ

 

笑ってと願われた側は、どこまでも暗い顔をしてるのに。

クロノアは美しく笑った。

 

 

膨大なエネルギーが動いているのを感じる。

クロノアの体が発光し、見慣れたクロエの姿で俺に崩れ落ちた。

上へ、上へと登っていくエネルギーの塊は、ルベリオスを一望できるだろう高さまで行き

 

──────弾けた。

 

残ったのは、何も力を持たない子供だけ。

 

 

「なぁ、俺は間違ってるのかな」

「急になんじゃ」

「精神世界で、ヒナタはもう助からないって聞いた時…俺はヒナタを救う考えを捨てた。

可能性が高いクロエだけを助けようと頭を動かした。昔の俺だったら、諦めなかったのかな」

「ヒナタの事は、どうしようもなかったことじゃろ」

「なら、クロノアは?

俺は確かに行動を移そうとするクロノアを止めようとした。でも止まらなかった。

俺はクロノアを救う対象に入れてなかった。

覚悟した筈なのに、その覚悟が、あったかもしれない『皆が笑ってる未来』を潰したのかな」

「…………知れたことを」

「覚悟は変わらないし、変えないけど。

少し、今の自分と向き合わなきゃだな」

 

 

「──────その事じゃが、あまり時間は無いな」

「え?」

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