「それじゃあリムルの旦那、行ってくるぜ」
英雄化計画が指導して数週間。
数週間前まではゴロツキだったヨウム一行は装備を整えハクロウに預けた結果、英雄と呼ぶに相応しい一団に仕上がっていた。
これなら、
どうせ、20万の軍勢だとか魔王に進化しただとか具体的なことは知れ渡ってないんだし...。
ロンメンは一足先にファルムス王国に戻って
盛りに盛って報告することにヨウムは恥ずかしがっていたが、win-winだし気にしなくていいだろう。
ヨウム達には今後魔物の国を拠点に英雄活動を行ってもらう。彼らの名声が高まれば、それだけ協力した俺たちの評価も上がるという寸法だ。
「俺は髪の毛あげない方が好きだけどなぁ」
「そりゃ、ラルタさんの趣味じゃねーか」
ラルタがヨウムのおでこを指でつつく。
ヨウムも苦笑いはしているが嫌がってはいなかった。お前らいつそんなに仲良くなった?
俺はラルタとヨウムが話してるところを見たことがないし、ヨウム自身死食鬼にビビりまくってた気がするんだが...。
ヨウムがいつまでもつついてくるラルタの手をどけて逆に頭を撫でる。
ラルタは口を尖らせてはいるが、されるがままになっている。いや、本当にいつそこまで仲良くなったんだよ。
「ラルタさんも色々あるだろうが、無理すんなよ」
「お前なんかに心配される程の事じゃない」
「そーかよ」
軽く笑ってヨウムが馬にまたがる。
馬の首元を撫でてヨウムが俺たちの方を向くと、何故か少し顔を引きつらせた。
「あ...ミリムさん」
「なんだ、もう行くのか?」
ヨウムが顔を引きつらせた理由はミリムだった。1度ミリムにぶん殴れて以来、すっかりミリムに及び腰だ。
「しっかりがんばるのだ!」
「おっおう...」
「良かったなヨウム君、魔王の激励なんてそう受けられるもんじゃないぞ?」
俺の魔王という言葉にヨウムは困惑気味だ。
そういえば、ちゃんと言ってなかったな。
「こちらは魔王ミリム・ナーヴァ」
「なのだぞ!」
「えーーーッ!?」
驚きの声を上げて数秒、ヨウムはミリムから逃げるように旅立って行った。
なんとも締まらない旅立ちである。
▽
「あーーーーーー」
俺の唸り声が洞窟の中に作られた研究所に響き渡る。
ヨウム達が旅立ってから、やっとまともに休息が取れる。当分は絶対にグータラ生活を送るんだ。絶対にだ。
「お疲れですね、ラルタ様。紅茶をどうぞ」
「あーありがとう。ベスター」
まともに休息が取れたことで、やっとベスターとの時間も作ることが出来た。
ベスターの出してくれた紅茶を1口飲むと結構美味しい。紅茶は苦くてあんまり好きじゃなかったが、もしかしたらベスターは紅茶を入れるのが上手いのかもしれない。
そういえば紅茶にはゴールデンルールなるものが存在した気がするし、そういうものがきちんと守られているのかもしれない。
いつまでも立ったままなベスターを向かいに座らせて、俺は本題に入る。
「
「!...ありがとうございます、ラルタ様」
本題というのは
俺に褒められたのがよっぽど嬉しかったのか、聞く前から開発までの過程、これからの量産のやり方、販売の仕方などをベラベラも話してきた。まぁ、それを聞くつもりでいたからいいんだけど。
ベスターの話はめちゃくちゃ長く、目をキラキラさせて話すものだから止める訳にもいかずに紅茶を5杯もおかわりしてしまった。
初めてリムルからベスターの話を聞いた時は、欲に目が眩んだ馬鹿野郎なんだろうと思っていたが...ここに来てから丸くなったんだろう。
裁判はリムルの無罪で終わった以上、そこのところをベスターに追求しようとは思わない。
テンペストお抱えの優秀な研究員であってくれればそれでいい。
「そういえば...ずっと気になっていたのですが、一つ質問をしても?」
「はいはい、どうぞ」
「ラルタ様は、その...礼儀作法というものは身につけていらっしゃいますか?」
「は?なんだお前、失礼だな」
「あっ、いや...その...」
ベスターが俺を見る。
机に肘をつけて紅茶を啜り、足を組んでいる俺がどうやら不満らしい。
礼儀作法くらい、俺だって身につけてる。
前世でまず最初に父に教えこまれたものだ。
国としての面会はリムルがやっているし、ガゼルに関しても私用じゃなければちゃんとするんだが...。
「別に普段はそこまでシッカリしなくたっていいだろ?元々堅苦しいのは性にあわないんだ」
「では、身につけてはいる...と?」
「当たり前だろ」
普段の俺ってそんなに行儀悪いか?
ヨウムみたいに机に足を置いたりとかはしないし...国の大臣だったせいか厳しいんだろうか。
まぁ、リムルに注意されない内はこのままで大丈夫だろう。
「時と場合はわきまえるさ」
「それなら安心です」
空になったカップにベスターが紅茶を注いでくれる。これを飲んだら、お暇するか。
(ラルタ!)
(リムル?何、そんなに焦って)
(緊急事態だ、ベスターの所にいるんだよな?ベスター連れて早く会議室に来い!)
ベスターが注いでくれた紅茶を一気に飲み干す。俺の休息が死んだ。
「ラルタ様?」
「ベスター、会議室に行くぞ...」
会議室に着けば、他のメンバーと殺気を纏った
トライアと名乗った
助言者、カリュブディスってのは何?
《
なお、物質体を持たない精神生命体であるためその復活には屍などの依代を必要とします。》
うわっ、めんどくさいのオンパレードだな。
「天空の支配者」なんて名高い呼び名もあるカリュブディスは、どうやらこっちに向かってきているらしい。
「こっちに向かってきてる以上、迎え撃つしかないな。住民を広場に集めろ、俺から説明をする。ベニマル、お前は迎撃体制を整えろ。ベスターはガゼル王に連絡を」
リムルは迎え撃つ気満々だし...めんどくさいなんて言える空気感でもない。
俺の休息を殺したクソにはきちんと落とし前をつけてもらうとしよう。
「俺は先に避難経路を確保しておく。戦闘場所はどこにする?」
「ああ、ありがとう。町が破壊されるのは避けたいからな、ゲルド達には申し訳ないが...ドワーフ王国に伸びる街道にしよう」
「わかった、なら避難経路は森の方がいいな」
ベニマルとベスターに続くように、俺も会議室を出る。とりあえず、リグルと合流しなきゃいけないな。
リムルによって、住民たちに緊急事態宣言が出された。
非戦闘員の誘導はリグルに一任してきた。相手が何をしてくるか分からない以上、俺が前線から退くわけにはいかない。
カリュブディスの進行経路を助言者に協力してもらって逆算したから避難経路は安全だと思うんだが。敵が変に非戦闘員の方に向かわないように注意しなきゃいけないな...。
やってきたフューズに休暇を潰してしまったことをリムルが謝罪する。俺にもその謝罪欲しいんだけれども、仕方がないか。
カリュブディスは
俺たちは魔王を相手にしようとしているのと同じだった。
それでも、リムルは引かない。
魔王に匹敵する奴を前に引いてしまえば、シズと約束した魔王レオンをぶん殴ることも出来ない。
「フューズ君、ひとつ頼みがある」
「...聞きましょうか」
「もしも俺達が負けたら人間の国に対策を取ってもらう必要がある。あんた達は結末を見届けてくれ」
リムルめ、カッコつけやがって...。
戦闘服に身を包んで、杖を持つ。
この服を着るのは
近侍者も俺の周りを飛び回ってやる気全開だ。
「ヴェルドラの申し子?」
「はい、
ヴェルドラ...もしかしてリムルの中にいるヴェルドラを目指してるのか?
それなら、知性もないくせにわざわざこの町に向かってきてる理由にはなるが。
リムルの胃袋は完全にこちら側とは遮断された空間のはずだ、カリュブディスが察知できるのか?
「はじめに申し上げておきます。
カリュブディスがエクストラスキル「魔力妨害」を持っているせいで魔素の動きが乱されるらしい。そのため、物理攻撃で削るしかないのだが...「超速再生」を持ってるせいで傷をつけてもすぐに回復するらしい。
その上、異界から
やっぱりめんどくさいのオンパレードだな。
「ラルタ様、今回は後ろに下がられますか」
「は?ベニマル、お前今なんつった」
「いえ、その感じなら大丈夫そうですね」
ベニマルの言うことは一理ある。
魔法を主な攻撃手段とする俺には魔力妨害は最大の鬼門になる。だからって後ろに下がって眺めている訳にもいかない。
リムルが迎え撃つと言った以上、俺には戦わないって選択肢は与えられてないんだから。
「ふっふっふっ。何か忘れてるのではないか?ワタシが誰だか覚えていないとは言わせないのだ!」
「ミリム!」
「リムル、ラルタ。安心していいのだ。デカいだけの魚などこのワタシの敵ではない」
おおっその手があったか。
ミリムがその気なら今回の戦いはすぐに解決するぞ。
「そのような訳には参りません、ミリム様。私達の町の問題ですので」
は?おい馬鹿野郎!何言って...
「そうですよ、友達だからといってなんでも頼ろうとするのは間違いです」
なんでもじゃねーだろ!町の一大事だ馬鹿野郎!
「リムル様とラルタ様がどうしても困った時、その時は是非ともお力添えをお願い申し上げます」
それが今なんだよ!何笑ってんだ、ニコッじゃねれんだよ!
「そっか...」
そっかじゃねーよ。ミリム、お前はいつもの我儘モードはどこに置いてきたんだよ!
(おいリムル、なんとかしてミリムに協力してもらえ!)
(えーと...)
「そうだぞミリム、まぁ俺達を信じろ!」
馬鹿野郎!リムルの大馬鹿野郎!!
「なっ、ラルタ!」
「............そうだな」
俺は今泣きたいよ...。
《告。
ああ、俺にも見えてるよ。
やれるだけのことはやるしかない。
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