戦いの火蓋はベニマルの
球体状の結界が、カリュブディスを中心に展開さる。普段だったら敵を跡形もなく焼き尽くす技も、魔力妨害の影響を受けて本来の威力が発揮されていない。
カリュブディスは平然と空を浮遊し、メガロドンも焦げただけだ。
カリュブディスの不快な鳴き声が響き渡り、メガロドンが突っ込んでくる。
突っ込んできた一体は加速しながらラルタに向かっていく。当の本人はボーッとメガロドンを見つめている。
あいつ、どうするつもりだ?
魔力妨害でラルタが得意とする魔法は使えない、このままならあと数秒でラルタが食われる。
「ラルタ様!」
「......」
シオンの呼びかけを無視したラルタは未だにメガロドンを見つめている。
仕方ない、俺が助けに...。
俺が剣を引き抜こうとしたその時、ラルタの足元の影がボコボコと泡立った。
影から飛び出した黒い液体が大きな口を作り出す。
「近侍者...魚は好きか?」
呑気にそんなことを聞くラルタに、周りの球体がぐるぐると回って返事をする。
「そっか...」
鈍い音を立ててメガロドンが喰われた。
加速を続けていたメガロドンは急に現れた大きな口に逃れることが出来ずにほぼ自分から飛び込んで行った。
ゴキゴキと鈍い音を立ててメガロドンを食い尽くした口は静かに影の中へと戻っていく。
その光景を静かに眺めていたラルタが空に手を伸ばす。反対の手で握っている杖をより強く握ると、三体のメガロドンの下に魔法陣が浮かぶ。
「ラルタ、そいつに魔法は!」
「......問題ない」
三体のメガロドンが別々に黒炎の半球体に包まれる。轟々と燃え盛る黒炎の中で、メガロドンがのたうち回る姿が一瞬見えたが数秒後には大人しくなってそして姿を消した。
ラルタが手を下ろすと同時に消えた炎にはメガロドンの姿はなく、炭だけが微かにここまで降り注いだ。
おいおい、魔法は効かないんじゃなかったのかよ...。
《一部解析に成功。
なんて恐ろしいもんを掛け合わせてんだ。
しかも、威力が単純に倍になっただけじゃない。ラルタは最初にメガロドンを食うことで「魔力妨害」を獲得して解析し、それを掻い潜れる術式をその場で作り出した。
ラルタに助言者がいるとしても、魔素の操作はラルタがやったはず...。化け物め。
もう一体のメガロドンがこちらに突っ込んでくる。
それを避けるようにラルタが杖に座って空へと浮いていくのに続いて俺も空へと飛び立つ。
ラルタは元々風系魔法を使って飛んでたはずだけど、この感じメガロドンが浮遊に使っていた重力操作の方を使ってるな。
「さすがだな、ラルタ」
「そりゃどうも」
下を見れば、地面に突撃した空泳巨大鮫の攻撃を
あの調子なら任せても大丈夫だな。
カリュブディスは攻撃を手下に任せて高みの見物と洒落こんでいるし、ちょうどいい先にお供を片付けるか。
(ベニマル)
(は!)
「先に
俺たちに着いてくるように飛んできたミリムがラルタの横に座る。
ラルタの周りをぐるぐる回る球体はミリムがつつくものだから、引っ込んでしまった。
近侍者に進化してから、本当に感情豊かになったなあのスキル。
メガロドンと交戦を始めた皆は、ラルタの圧倒ぶりに感化されてか闘志を燃やしている。
ラルタにそんな意図はないんだろうが、いい鼓舞効果になったな。
「ラルタ、さっきの技は派手でかっこよかったのだ!」
「はいはい、ありがとう」
キャッキャとはしゃぐミリムの頭をラルタが優しく撫でる。お前たちはカリュブディスのすぐ近くで何をしてるんだ、ちょっと可愛らしい空間を作り出してるんじゃない。
メガロドンの殲滅は順調に進み、最後の一体もハクロウが仕留めた。
「これでもう高みの見物は終わりだな、カリュブディ「リムル!なにか来るぞ...」
ラルタが俺に向かって叫ぶ。
カリュブディスからはギィギィと不快な音が響き渡る。鱗が逆立ち、本体から剥がれていく。
まずい、あれは...
鱗が雨のように降り注がれる。
ランガと一緒に空中にいたシオンが構わないとでも言うように、カリュブディスに突っ込んでいく。全く、仕方がない奴らだ。死んでもいい、何て考えはよして欲しいものだ。
「バカはよせよ」
「リムル様!!」
俺はシオンの前に立ち塞がる。
「リムル様!俺のうしろに...」
もうひとつは今日まで使うことのなかった「新しい力」。
降り注がれる鱗に手を伸ばす。
「
▽
数え切れないほどあった鱗が、リムルに捕食された。今まで、捕食行為はリムルが直接接触することが必須だったというのに今では手を翳すだけであれだけの数を瞬時に捕食できてしまう。
「あーあ」
「ん?ラルタ、どうしたのだ」
「なんでもない」
カリュブディスの上に移動したリムルが捕食しようする。
けれど、尻尾で弾かれてしまった。
リムルでも、カリュブディスは捕食できないか...。
飛ばされたリムルを受け止める。
「どう?」
「腐食の方は多少効いてるみたいだ」
リムルの新しく手に入れたユニークスキル「
俺も
リムルに腐食されたことに怒ったのかカリュブディスがリムルに向かって光線を放つ。
左右に別れてそれを避ければ、リムルがニヤリと笑う。
なるほど、リムルがターゲットになることでカリュブディスの攻撃を集中させて他に総攻撃をさせるわけか。
「全員持てる手段を尽くしてカリュブディスを攻撃しろ!効きが悪くてもいい!ヤツに回復の暇を与えるな!!」
リムルの意図を汲んで、ベニマルが全員に指示を出す。総力戦の始まりだ。
カリュブディスへの集中攻撃はトレイニーやドワーフの
そこから3時間ほど経過したが、そこまで戦況に変化は見られない。
俺も威力の高い魔法を使ってはいるが、魔力妨害を掻い潜るために緻密な魔素の操作を要求されて疲労が溜まりつつある。
その時、ドクンと体が疼いた。
一瞬体に力が入らず杖の浮遊が失われた。すぐに持ち直したが、俺の体の中で近侍者が暴れ回る。
「ラ、ラルタ!どうしたのだ」
「いや...大丈夫」
何があった?
《解。近侍者が何らかに反応した模様。解析を開始...失敗しました。》
...反応?誰か、いるのか?
「ラルタ、魚の攻撃がきてるのだ!」
ミリムに肩を揺らされて前を向けば光線がすぐそのまで来ていた。急いで光線を避けたはいいが、近侍者が落ち着いてくれないせいで体に力が上手く入らない。
数秒、荒い呼吸を繰り返していると近侍者が大人しくなった。
なんだったのかはよく分からないが、大人しくなったならそれでいい。今カリュブディス以外の事に気を回してる暇はない。
カリュブディス戦が始まって10時間。
状況はかなり厳しいものになっていた。カリュブディスの方も消耗はしてるようだが、撃墜にはまだまだかかる。
それに対してこちら側の疲労が激しく、回復薬も底を尽きそうだ。
先程、リムルからも仕切り直しの案を出された。このままなら、仕切り直した方がいい気はするが...
「お...の...れ...、ミリ...ミリムめ...!!」
知性が無いはずのカリュブディスが喋った。
その口から出たのはミリムという名前。
《告。敵個体より生命反応を確認。依り代になった者のものだと思われます。》
「うむ、覚えがあるのだ...この感じ、確かフォビオという魔人だ」
フォビオ...カリオンとやらの使いか。
依り代になったフォビオの意思でテンペストをめざしていたのか。
(なぁ、ラルタ。これ俺達関係なくない?)
(たぶんな)
俺の横にいたミリムが飛び立ってリムルに詰寄る。
「なぁなぁ!」
「!...わかったよ。ありゃミリムの客だ」
リムルの意向でカリュブディス撃墜がミリムに託された。急いで全員が避難を済ます。
フォビオを残して欲しいというリムルの要望を聞き入れたミリムがニコニコと俺に手を振る。
振り返してやると、ミリムがカリュブディスを蹴り飛ばしす。
「見せてやろう。これが、手加減というものだ! ─
強い光と風がこちらまで来る。
煙が舞い上がるせいで何度か咳き込んでしまった。だが、手加減はきちんとできていたようで煙の中にフォビオの姿が見えた。
リムルが落下していくフォビオを受け止めて地面に寝かせる。
こちらに降りてきたミリムの頭を撫でてやるとドヤ顔を俺に披露してくれた。
「助けるのか?」
「当たり前だ。ラルタ、今からフォビオとカリュブディスを完全に分離する。手伝え」
はいはい、手伝いますよ。俺の脳みそは限界を迎えてますけどな。
これが終わったら絶対に休みをもぎ取ってやる。