真っ白な紙に、小さなシミができた。
そのシミが不格好な円を作りながら広がっていく。無視する事もできる程小さなシミが俺を不快にさせた。
「お初にお目にかかります、ラルタ様。ミュウランと申します」
ヨウムが帰って来たと思えば、紹介したい奴がいると言い出した。仕方がないから、時間を作って会いに行ってやればそこには魔人がいた。
いや、正確に言えば人間に化けた魔人だ。
聞いてもいないのに語り出したヨウムによれば、この女は
ミュウランについて話すヨウムは何故か妙に高揚してるように見えた。
「ふーん。ヨウム一行は馬鹿っぽいやつばっかりだから、頭のキレそうな奴が来て良かったじゃん。ミュウラン、歓迎するよ。くれぐれも変な事は起こさないでくれよ」
釘を刺すために一瞬だけミュウランを睨みつければ、気まずそうに目を逸らされた。
何故人間に化けているのかなんて知らない。
けれど、やんわりとその部分をつついてみれば話を逸らしてきた。何があっても核心に触れられたくないという事が見え見えだ。
人間に化けている理由は、知られてはいけないものであることはほぼ確定した。
談笑という名の探り合いは、すぐに解散の流れへと変わっていった。
ミュウランにとって俺と会話を続けるのは嫌だっただろう。
「ミュウラン、先に戻っててくれ。俺は少しラルタさんと話してから戻るよ」
「......分かったわ。ではラルタ様、お先に失礼致します」
一礼して去っていくミュウランとは真逆の方向にヨウムが歩き出す。
先程の談笑が嘘かのように、移動中俺たちの間に会話は生まれなかった。
黙ってついて行けば、町の騒がしさから隔離されたような薄暗い路地裏でヨウムは足を止めた。
くるりと俺に向き直したヨウムは困った様に笑いながら話し始めた。
「ラルタさん、あんな釘の刺し方はやめてくれよ。俺にとって大事な奴なんだ」
「大事な奴?よく言えたもんだな」
「......ミュウランが何かを隠してるのはわかってる」
正直言って、ヨウムがミュウランの隠し事に気づいていたのは意外だった。さすがに、魔人である事まではわかっていないようだが。
リムルが一度、ヨウムは人を見る目があるなんて言っていたがあながち間違ってないのかもしれない。
だが、気に食わない。
ヨウムとその一行はテンペストの上層部との距離が極めて近い。そんな立ち位置に隠し事をしている奴を加入させたという事だ。
何とも軽率で、馬鹿な行いだ。
「ミュウランは魔人だ。それも、何かしらの目的があってこの国に来てる。その目的は俺に知られたくない様なものだ」
「.........魔人。そうか、ミュウランは魔人なのか。よくミュウランは自分は人間じゃないみたいに話すことがあったんだ。納得だな」
「納得?それだけか?あいつには裏があるんだ。それがどんなものか分からずともそれは確かだ。お前は騙されてるんだ、それともお前の頭ではミュウランに騙されているってことも理解できないか?」
「俺は騙されててもいいんだよ。俺はさ、ミュウランに惚れちまったんだ」
惚れた?だから、騙され続けてもいい?
なんだその馬鹿げた話は。
恋は人を盲目にさせると言うが、それがこれなのか?馬鹿だ馬鹿だと思っていたか、ここまで来ると怒りすら覚えてくる。
その巫山戯た感情が国に危害を及ぼすかもしれない、そんな可能性をこいつは見れていない。
「ヨウム、馬鹿げた事を言うのはやめろ。惚れただかなんだか知らないが、その感情が嘘を真実に変えることはない。何かあってからじゃ遅いんだ」
「この気持ちを馬鹿げた事だなんて言わないでくれ。アンタはさ、人を信じれないんだな」
「は?」
「俺はミュウランを信じてるよ。そんなに長い時間一緒にいたわけじゃないけどさ、あいつと過ごした時間をあいつの見せてくれた表情を、全てを信じてる。
ラルタさんはさ、疑う事しかしてないんだよ。初対面の奴にも関係を深めた奴にも。リムルの旦那の事だってアンタは信じれてないのかもな」
さっきから聞いてれば、なんだこの男。
過ごした時間?見せてくれた表情?
それが全て嘘だって言ってるのがまだ分からないのか。お前は騙されてるって何度言ったら分かる?
信じてるから何だ、そんなもの無駄でしかない。信じる事は結果には何ら影響しない。
誰かとの関係に信じるだなんて馬鹿げたものは必要ない。誰かとの関係を続けるのに一番大事なのはそいつにとって利用価値のある存在でいることだ。
ミュウランのように、こちらを騙す事でできた関係なんて直ぐに崩れ去る。ヨウムが例え信じていたって。
「やっと納得がいったよ。誰かに囲まれててもアンタが一人に見えた理由。そりゃそうだ、疑い続ける事しか出来ない奴が誰かとまともに繋がりを持てるわけが無い」
「黙れ!お前に何がわかる!」
「それ、そっくりそのまま返してやるよ。お前に何がわかる。人を信じれないやつに馬鹿だ何だなんて言われたかないね。お前が一番の馬鹿だよ」
今、こいつは俺の事を馬鹿だと言ったのか。
それを理解した瞬間、頭に昇った熱が一気に下がる様な感覚があった。
ヨウムの首を掴み壁に叩きつければ、潰されたカエルのように惨めな声をあげた。
「ミュウランの事、信じてるんだよな?なら証明して見せろよ。お前達がこの国をまた出発するまでの間、ミュウランが何もしなかったら今のお前の話全部受け入れてやる。
だけど、もしミュウランが何かした時には殺す。お前の前で、惚れただ信じてるだほざいたお前の前で原型すらも分からないほど無様に殺してやる」
「...っは、上等じゃねーか」
手を離せばヨウムは地面にへたりこんで、咳き込む。荒い呼吸を繰り返すヨウムをおいて路地裏を出れば、すぐに町の騒がしさが俺の思考をかき消した。
ちょうどいい、ぐるぐると無駄なことを考える頭を冷やしてしまおう。
そうだ、シミなんて上からまた白で塗り潰せばいいだけだ。