転生したら死食鬼だった件。   作:パイナップル人間

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第32話...イカれた茶番劇

「ファルムス王国が戦争準備?」

『そうだ、だがファルムス王国と表立って敵対している人間の国はない。どこに仕掛けるつもりか探らせているが...』

「わかった、何か摑めたら報告してくれ」

『了解』

 

西方諸国の中で一・二を争う大国として知られているファルムス王国。

西方諸国からドワーフ王国や東の帝国へ向かう交易路の玄関口として位置しているその国は重要な交易拠点として栄えている。国の収入源は貿易中継国としての利益が大元を占めてる。

 

そんな国が戦争準備を始めた。

 

「戦争先は、テンペストかもな」

「それはどういう事ですか」

「別にそんなにピリピリするな、まだ予想に過ぎない話だ」

「...何故ラルタ様はそのようにお考えなのですか」

「だって、邪魔だもん。テンペストって国はファルムス王国にとって。ファルムス王国は西方諸国が魔物の住まうジュラの大森林を避けて交易を行う場合、必ず通らなければならない国だ。それを利用して貿易中継国として発展してきた。それがテンペストの建国に伴って貿易中継国としての機能が低下し始めている。

なら、この国を潰してしまいたいと思うのもよく分かる話だ」

「もしその話が本当だとしたら、ファルムス王国はドワルゴン、ブルムンドにも喧嘩を売ることになります。正当な理由のない戦争はファルムス王国において不利益にしかならないかと」

 

ファルムス王国の首都“マリス”

荘厳たる都には西方聖教会のファルムス大司教区の本部がある。その統括責任者は大司教レイヒムだったはず。

西方聖教会から正式な討伐の神託が出た場合、その戦争は「聖戦」となる。他国から責められることは無くなるだろう。

 

「とりあえずリムルに報告しよう。リグルド、連絡準備」

「はっ」

 

はぁ、どうしたものか。

人間の国と敵対するなんて、リムルの意思とは反する事になる。住民達は賛成するだろうか。

ファルムス王国が戦争を仕掛ける国が、どこぞの遠い国であれば嬉しいんだがな。

 

その時、連絡用の水晶に連絡が入った。

音質は極めて悪く、声の主の緊張がひしひしと伝わってきた。

 

『───ます。応答─...ます。

こちら獣王国ユーラザニアのアルビス。テンペストの幹部の方、応答願います。緊急の要請でございます』

「ベニマルだ。緊急と言ったな、用件を聞こう」

『我が国ユーラザニアは一週間後、魔王ミリムとの交戦状態に入ります』

「......何だって?」

『ついては貴国にて避難民の受け入れを頼みたいのです。突然の要請、申し訳なく思います』

「おい、待て!そりゃ一体どういう事だ!?」

『ど...か、願いしま...』

 

 

連絡は一方的に切られた。

ファルムス王国の件で消耗していた思考が「ミリムと交戦状態」その言葉を迅速に処理できずにいた。

なぜ、ユーラザニアと?ミリムとカリオンの中はそこまで険悪には見えなかったはずだが...

 

「...とりあえずリムルに連絡しろ。すぐに「ラルタ様!!」

 

部屋に広がる困惑を強める声が、行き良いよく割り込んできた。

俺の名を呼んだのは、森を見回りしているはずの狼鬼兵部隊(ゴブリンライダー)の一人だった。

 

「ご報告です、森の方から得体の知れない物が襲ってきています!」

「得体の知れないもの?人間じゃなくて?」

「はい。数は中々に多く負傷者もでております」

「わかった。すぐに行く、案内しろ」

「ラルタ様!わざわざラルタ様が向かわなくとも俺が...」

「いや、いい。今は何が起こるかわならない。お前は残って指揮をとれ。リグルドは引き続きリムルへの連絡準備を急げ」

「はっ!」

 

 

 

 

俺の目に飛び込んで来たのは、傷だらけの狼鬼兵部隊(ゴブリンライダー)。そして得体の知れないものと称された、ガラクタの寄せ集め。

基盤となるものは人間の体だろうか。手足や頭、それらは人間のものとはかけ離れ、魔物の一部や金属でできた武器がツギハギにくっつけられていた。

人工キメラってやつか...数は、十数体。

森から町へと狼鬼兵部隊(ゴブリンライダー)が流したであろう血が点々と続いていた。

 

「ラルタッ様...来てくださったのですね...くっ」

「全員、町に戻れ」

「ですが...ッ我々はっ、まだ...戦え」

「戻れ」

 

悔しそうに顔を歪めたホブゴブリン達はお互いで支え合いながら町の奥へと戻っていく。

 

「お゛ぁぁ」

「今テンペストはお取り込み中なんだ。お前達のような悪趣味な見た目の奴は子供たちにも悪影響だし、お引き取り願おうか」

 

俺の言葉を合図に、近侍者が突っ込んだ。意味をなさない言葉を上げていた人工キメラは頭からまるっと食べられてしまった。

器に入っていたのは魔物の魂。魔物の戦闘本能が歪な体を動かしているらしい。

 

どこの誰がこの体を作って魂を入れたのかは知らないが、こいつらからその誰かさんを見つけるのは無理そうだ。

なら、適当に消してしまっていいか。

 

俺の手に静かに現れた杖は、変わらずに火を灯している。ここら一帯に他の者の気配はない。

狼鬼兵部隊(ゴブリンライダー)が己の身を呈して逃がしたのだろう。素晴らしいことだ。

 

人工キメラの群れの頭上に、魔法陣が現れる。

俺も早く執務室に戻って作業に移らなければいけない。少し手荒になるが、元々死んでいるようなものだ。己の死に様が醜いものになってもそう気にならないだろう。

 

魔法陣から小規模な隕石が振り落ちる。

体は崩れ落ち、熱に溶けて消え失せる。

 

───そのはずだった。

俺の意思に反し、魔法陣が解れた。

 

《告。広範囲結界に囚われました。結界内での魔法の使用は不可能です》

結界?町全体を覆ってるのか...これだと、通信手段も奪われてるな。リムルへの連絡もこの感じだと出来てないだろう。

《解析が完了しました。

大魔法「魔法不能領域(アンチマジックエリア)」内側を基点に発動される結界魔法です。発動者は───》

 

ミュウラン。

あのクソ女、後で肉団子にでもしてやろうか。

舌打ちをひとつして杖をしまう。

 

「その前に...」

空気を読まず襲ってきた人工キメラの頭を蹴り飛ばせば、簡単に吹き飛んだ。

軽い音を立てて転がった頭を意に介さず、体だけになったそれは俺に襲いかかる。

 

俺の後ろから殴りかかってきたやつを避けて、

腹に手を突っ込めば腐った肉の感覚とともになにかの塊があった。

それを掴んで引きずりだすと、器は崩れ落ちピクリとも動かなくなった。取り出された物は肉片がこびりついた黒い箱だった。

 

《魂の刻まれた核だと推測。破壊することで、完全に機能を停止させることが可能です》

 

頭を吹き飛ばしても動き続けた理由はこれか。

箱を握り潰せば、すぐに魂は拡散し消えていった。無理やり詰め込まれた魂は脆く、ほぼその機能を失っていた。

 

全部この方法で倒せばいい訳か、ダルいなぁ。

それなりに速さも威力も兼ね備えているが、これくらいなら肉弾戦でもどうにかなるか。

さっさと終わらせよう。

 

 

 

 

この日、魔国連邦(テンペスト)の首都リムルは二種の結界に覆われた。

その影響の一つは魔法の無効化による外界との遮断───

 

そしてもう一つは...

 

《警告。外部からはられた広範囲結界に囚われました。魔素の浄化を確認。魔素濃度が低下しています。多重結界による抵抗(レジスト)を開始します》

 

視界が弾け、体の力が抜けた。

膝が笑って立ち上がれない。心臓が痛い程に揺れ、息が詰まる。

呼吸がまともにときず、咳が止まらない。まるで、体の全ての器官が機能を失ったようだ。

 

おい、助言者...これ本当に抵抗(レジスト)してんのか。

《多重結界は発動済みです。原因を解析...一部成功。未知の力が主様に干渉している模様》

未知の力?それを消しさることは

《不可能です。干渉は主様の魂を基点に行われています》

つまりなんだ、俺の魂に居座って誰かさんが俺自身をいじってるってか

《肯。結界効果が約10倍にまで跳ね上がっています。多重結界での抵抗は意味を成しません。》

そりゃそうだ。内側からやられてんだもん。

 

それで、じゃあなんでこの人工キメラはピンピンしてるわけ?

そうなのだ、俺が苦しんでる中このガラクタ共は結界がはられる前と後で何も変化していない。まるで俺自身を嘲笑っている様な気分で大変不快だ。

 

《解。製作者の能力によるものだと推測》

こちらでそれをどうにかは?

《主様の弱体化の進行は著しいものです。余分な魔素の消費は死に直結します。それに並び、近侍者の使用も不可能です》

お前、今俺にこの状況で肉弾戦をやれって言ってんの?俺、気合いタイプじゃないんだけどなぁ...

 

 

結界が張られる前の俺に感謝だな。

数十体いた人工キメラは三体しか残ってない。

さっさと倒して戻らなければ、この結界は明らかに敵の仕業だ。町自体にも何かが攻め入ってきてるのかもしれない。

 

己の膝を叱咤して立ち上がる。

その単純な動作すらも膨大な体力を持ってかれた。

 

助言者、近侍者を俺の体内で動かせ。

それくらいなら魔素もそんなに消費しないで済む。

《告。主様の提案は激しい苦痛を要します》

早くしろ、時間が無い。

《......了》

 

 

近侍者が動き回るのを感じる。

激しい苦痛なんてもので表していいようなものじゃない。ベニマルにコレをやった時は快楽になるように調整したが......。

口から唾液が溢れる。目から涙の様に血が伝うのがわかる。

別々の存在を無理やり一つにしているんだ。こうなる事は想定内だ。

 

 

「近侍者...っすみや、かに...あ゛っく、殺せ」

 

振り下ろされた拳を避け、すぐ様懐へと潜り込む。俺がしていた様に腹に手を突っ込んで箱を取りだして破壊する。

結界がはられる前は作業のように行っていたそれが、今は酷く辛い。

痛覚無効なんてないんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。

 

後の2体もすぐに方が着いた。俺には何時間にも感じられたが、どうせ一分にも満たない時間で終わった事はわかっている。

 

全て片付いた事を確認した近侍者が引っ込んでいく。

無理やり動いていた体が、糸の切られた舞台人形の様に崩れ落ちる。腐敗した肉の匂いが鼻をくすぐった。

 

 

こんな所で蹲ってはいられない。

魔力感知がまともに働かないせいで町の状況が何一つ分からない。早く、行かなきゃ。

 

壁に手をおいて立ち上がる。

急げ、その意思が足について来ない。体だけが前のめりになりながら、ほぼ滑るように歩く。

 

 

 

 

 

 

───何もかもが遅かった。

 

───俺はきっと何かを間違えた。

 

 

馬に跨り、鎧を着た人間と倒れ込む住民達。

広がる血溜まり、破壊された屋台。

叫び声と泣き声、そして理不尽な怒号。

そこは暴力に塗れていた。

 

一人の兵士が振り向いた。

俺を捉えたその目は、まるで汚物でも見ている様だった。

 

その後ろ、兵士の跨る馬の足の隙間から見えてしまった。

血を流す、紫髪の...

 

「......シ、オンッ」

 

ふらつきながら、シオンの元へと向かう。

たった数歩すら惜しかった。

 

 

力の入らない腕でシオンを抱き上げる。

抱えきれなかった腕がずるりと落ちた。血溜まりがシオンの手と当たって軽い音を立てる。

 

胸に耳を当てても、何の音もしなかった。

 

───守れなかった。

 

「シオン、シオン...起きて...シオンッ」

「.........無様なものだな」

 

───なんのために、これまで

 

「この町は魔物に汚染されている!我らが神ルミナスは魔物の国など断じて認めぬ!!」

 

───皆を守るという、その意思だけが

 

「故に!西方聖教会の助力を受け、武力をもって制圧する!!」

 

───俺を俺とたらしめていたのに

 

「時は今日より一週間後、指揮官は英傑と誉れ高いエドマリス王その人である!」

 

───それだけが俺の誇りだったのに

 

「恭順の意を示すならばよし。さもなくば神の名の下に貴様らを根絶やしにしてくれようぞ!!」

 

───それだけが、俺がリムルの横に立てる理由だったのに

 

 

立ち去る兵士達の、馬の蹄鉄の音が...

 

俺の存在価値を踏み潰してゆく。

 

 

 

シオンの頬を涙が伝う。

俺の目から止まることなく流れ続ける涙が、シオンを濡らした。

 

「ごめん...なさいッ、ごめ、んなっさい」

 

涙の止め方が分からない。

俺の頭は完全に思考を放棄してしまった。しなきゃいけない事がある、わかってる。

今はまだ国王代理だから、皆の指揮をとらなきゃいけない、わかってる。

 

なのに口から出るのは謝罪の言葉だけ。

 

 

 

どれだけ、そうしていたんだろう。

人影が俺を覆った。

少しだけ顔を上げれば、悲痛に歪んだベニマルの顔がありありとわかった。

 

「ラルタ様」

「.........あっ、ベニ、マル...ごめんッなさい」

「ラルタ様」

「ごめんなさいっ、ごめ...んなっさい」

 

ベニマルの目には俺はどう写っているんだろう。この出来損ないに、失望してしまっただろうか。

きっとしただろう。俺だったらする。

 

俺の名前を呼び続けたベニマルがゆっくりとしゃがむ。同じ目線になったベニマルはまた一つ俺の名前を呼んだ。

 

俺に向かって伸びてくるベニマルの手がやけにゆっくりに見えた。あぁ、きっと殴られる。

目をつぶって下を向いて、衝撃に備えた時だった。

 

俺を襲った衝撃は別の所からやってきた。

ドクリと体が疼いた。

この感覚には覚えがあった。カリュブディスとの戦闘の時に感じたのと同じ、いやあの時よりも強い感覚。

 

《告。生命体反応を検知》

 

「ベニッマル、何か...感じる?」

「えっ、いえ...何も」

「.........そっか」

 

ずっと抱きかかえていたシオンをベニマルに託す。体の悲鳴を無視して立ち上がる。

流れ続ける涙を無理矢理拭って顔を上げる。

 

あぁ、まだ。まだ俺にもやれる事が残ってた。

 

「ベニマル、ごめん。俺は...何も出来なくて」

「ラルタ様?」

「リムルがっ、帰ってきたら...言って。俺の事は気にしなくていいって、お前は国王だから優先するべきっ、事を、優先してって」

 

 

 

 

 

 

行くべき場所は感覚でわかった。

そこにいるのが、今の俺ではまともに戦えない様な奴であることもわかっていた。

 

死ぬのかもしれない、でも...それでもいいや。

誰も、悲しみなんてしないんだから。

 

 

「あっ、やっと来たぁー。もぅ待ちくたびれちゃったじゃん。あと少し待って来なかったらこの町のヤツらを粉々にしてあげようと思ってたとこだよぉ」

 

鼓膜に張り付いてくるような甘ったるい声。

長い髪を丁寧に巻いて、沢山のフリルのあしらわれた服を着た女。

 

その手には、華奢な体に似つかわしくない大鎌が握られていた。

 

「お前か...森に、出た魔人ってのは」

「正解!私の作った兵隊さんはお気に召してくれたぁ?いい時間稼ぎにはなったみたいだけどぉ、あの兵隊さんの中にあった魂はねぇ、この森の魔物からとったの」

「なんの、ために?」

「もちろん、時間稼ぎのため。あなたがいるとぉ計画が狂っちゃうしぃ、私のお父様がアナタに用があるって言うからお迎えも兼ねてねぇ」

「はっ、熱烈な...お迎えだなっ」

「ヤダっ!褒めても何も出ないよぉ」

 

女の舐めた口調とは裏腹に、緊張がその場には張り詰めていた。

時間稼ぎって事は、今回の件の首謀者とグルなんだろう。迎えに来たという発言からも、この女が用があるのは俺だけだ。

この感じなら、他の奴らに被害が行くことは無いな。

 

 

「ラルタ様!!」

 

俺を呼ぶ、焦った様な声がした。

後ろを振り向けばこちらに走ってくるベニマルの姿があった。その姿は必死そのものだ。

 

「ベニマッ.........ゴホッ」

「ごめんなさいねぇ。赤鬼さん、この子は貰ってくから、バイバーイ」

 

口から血が零れ落ちる。

あの大鎌が振り向いた事によって晒された首筋を切ったのだ。

痛みが走る。切られた場所が妙に熱い。

なんで、この感覚があるんだろうか......

 

女が後ろから俺を抱きしめる。

視界が歪んで、空間移動をしようとしている事がわかった。

 

歪む視界には俺の名前を叫び、走るベニマルの姿があった。

伸ばされたベニマルの手があと一歩の所まで近づいてきた。俺が手を伸ばせば、きっと届く。

 

でも、俺にはその手をとる資格なんてない。

 

 

 

 

──────暗転。

 

 


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