「ひぃぃ!逃げろ!!殺されっ───」
情けない声を上げて走り回っていた影が、胸に穴を開けて黙り込む。肉を割いて、臓器を潰して胸を貫いた腕を引き抜く。
支えを失った塊が、力なく階段を転げ落ちていった。螺旋の階段を曲がりきれずに壁にぶつかった塊は血を壁に塗りつけて止まった。
興味もないから先に進もうとして、ふと手に着いた血と肉片が気になった。
手を鼻に近づければ、甘くて濃厚な匂いがする。ずっと喰べることを我慢してきた匂い。
口から無意識に唾液が溢れ、顎を伝って落ちていく。さっきまで何も思わなかった空腹がやけに主張してくる。
おもむろに、手に着いた肉片を舐めとった。
「あっははっ…はは!あははは!!」
まったりとした芳醇な味わい。血に濡れた柔らかくて滑らかな肉。
体の奥底から快楽が沸き起こってくる。今まで口にしてきた食事も肉も全てがバカバカしく感じてしまう。
興奮とは裏腹に、霧がかった頭が晴れていく。
下に落ちた塊に目を向ければ、黒い影が色を持ち輪郭を作り出していく。───人間だ。
この階段を上がれば、まだたくさんの人間がいる。全部俺の餌だ。危害を加えてくる影を殺そうと思っていたが、それがこんなにも美味いなんて一石二鳥だ。自分を守れて腹も満ちる。
この先には魔人やらもいるのかも知れないけど、それはいいや。邪魔だから適当に殺しておけばいい。前まではそれなりのご馳走だと思ってたけど、この味を知ってからあんな家畜の餌は要らない。
───大丈夫、俺が俺を幸せにしてあげる。誰にも傷つけられず、空腹を知らず、幸せな一生を俺にプレゼントしてあげる。一人ぼっちかもしれないけど、それくらいなら俺自身でできるから。
《告。個体名ヒエラルテの解析が終了しました。ユニークスキル「無法者」を獲得...成功しました。能力は物事の法則を書き換える事。》
俺の素足が石畳を叩いて上へと登る。上に上がるにつれて、吹き込む風が強くなって潮の匂いを運んできた。もしかしたら、ここは海に面しているのかもしれない。…船で逃げられたら面倒だな。
《ユニークスキル「無法者」を使用し、大魔法「
思ったよりも長かった階段の先に、入口が見えた。雲一つない晴天と群がる人間。
近侍者が俺の周りを飛び回っている。今、地下と地上を分ける境界線を踏み越えた。
「弓構え!放て!!」
対魔物用の弓。疲労にやられた今の体では四方から放たれる弓を避けることは不可能だ。それを、人間たちは理解している。
それが、予想通りにいかなかった。
「悲嘆者」によって向上した身体能力は人間たちの希望をへし折っていく。
絶望に沈んだ顔が、これから腹に収まる食事のスパイスのように見えて心が踊る。自暴自棄になって突っ込んでくる者、逃げ惑う者、その全てが俺の思うがまま。
一人の頭を握り潰す。横で近侍者が首を切り落とす。俺が一歩進む度に、生きていた人間たちが肉塊になって血の海を作り出す。綺麗であった地面が血に染められていく。
俺の高笑いと人間たちの阿鼻叫喚が混じり合う。口を開けば、粘っこい血が筋を作ってねちゃねちゃと音を立てた。不快なはずの音すらも心地よく感じる。
「忌々しい魔物め!我らが同胞の血で体を汚すその姿…今この場で滅ぼして!」
「ぺちゃくちゃとうるせぇな…。餌は黙って鳴いてればいいんだよ」
「……その手に持った者を離せ!それは妻子を愛する心優しき青年だ。お前のような者が無造作に持っていいものでは無い!」
「あ?知らねぇよ。愛だとか心優しいだとか、俺になんの関係があるんだよ」
「まずはその手と口を切り落としてやる!」
雄叫びをあげながら手に持った剣を振りかざしてくる人間。無鉄砲で中身のない言葉に当てられて、他の者たちも続いていく。
随分と小物っぽいけど、他の奴らと着てる鎧も羽織も違う上等そうなものだし上の人間なのかな?……まぁ、関係ないか。
工夫もなく振り下ろされた剣を避けて、頭に手を添える。
「え?」
正面を向いていた顔が、180度に曲がる。皮膚が限界を迎え破け、筋肉が引きちぎれる。骨があられもない音を立てて砕けた。
後ろに立っていた同胞だとか言う奴らには、光の失われた目が写ってるのかもしれない。
俺の手の中にある頭を残して体が崩れ落ちる。
「隊長!!」
「へぇー隊長なんだ、こいつ。結界内だからって弱すぎない?そんな声を荒らげるほどの存在かなぁ」
ボタボタと血が零れる生首を口に運ぶ。自分たちの尊敬する隊長様が、忌々しい
「隊長を離せぇ!!」
隊長が隊長なら部下も部下。さっき俺に避けられたことを覚えていないのか、全く同じ方法で襲いかかってくる。
けれど、俺に辿り着くより前に、その首は横に吹っ飛んで行った。
「はぁ、近侍者…お前どっか行ったと思ったら何してんだよ」
飛ばした首を食べる近侍者、コイツが来た方を見ればなかなか悲惨な光景が広がっていた。俺が言えたことでもないかもしれないけど。
俺と近侍者によって死んでいった人間たちが三千人くらいになっただろうか。それなりの能力を持ってそうなやつは収集してしまったが、立ち向かってくるような奴はもう全員殺してしまった。
助言者によって判明したこの場の人間の数は約一万三千。まだ、一万もいるというのにその全員が戦意喪失し許しを乞おている。腹も満ちたし、これ以上一人一人殺すのも時間の無駄だろう。近侍者も飽きてきてしまっているようだ。
《ユニークスキル「無法者」と「悲嘆者」をリンクさせ、魔法術式の作成を行いました。
“内撃魔法”…主様に恐怖を感じた者の恐怖を魔素に書き換え、対象の体内で魔法を行使することが可能になります。》
《現在この場にいる全ての生存者が対象です》
………まっ、それでいっか。
近侍者に頼んでおいた、この場所にある書物類の収集は終わったか?
《はい。情報の記載されている物は全て回収済みです。》
杖の上に立って空へと飛び立つ。地上にいた時は分からなかったが、どうやらここは島だったらしい。島全体が高い壁で覆われている。全体がやけに廃れているが、破棄された監獄島か?
「なんでもいいか。楽しませてもらったよ、人間。もう少し強いやつがいてくれたらもっと良かったんだけど、最後までしっかり楽しませろよ?」
手を前へと翳す。
人間の心臓を基点にして見慣れない魔法陣が一人一人に広がる。
「死ね、形も残らずに。“
魔法陣が淡い光を放ち、体内へと収束して消えていく。呻き声をあげて体が宙に浮く。ゆっくりと膨れ上がった体が
──────弾けた。
血も臓器も骨も、全てが粉々になって弾け飛んだ。べちゃべちゃと落ちていくそれらは地面を覆い隠していく。
また一人、弾け飛ぶ。
「あっはは!最っ高!!もっとだもっと!!」
人間花火というのだろうか。
一万発の花火の鑑賞会。苦痛に苦しむ悲鳴がその場を彩り、体の破片が残り火として落ちていく。
美しい時間はあっという間に終わってしまう。
それが嫌で、悲しくて、最後の悪あがきに落ちた破片が火をあげた。
人間であったものが燃える匂いが、俺の欲を満たしていく。あぁ、幸せ。
《
──────え?
視界が歪んで体の力が抜けていく。このままでは今も尚燃え続ける地面に落ちてしまう。
なんとか一つだけ存在する建物の上に降り経てば、人化が勝手に解けて倒れ込む。
やばい、本当に眠い。
拷問されてたから寝てないってのはあるけど…多分これは違う奴だ。進化って言ったか?
一体……なんの?
ダメだ、もう目を開けてられない。
まぁ………少しくらい寝ても、いっか。